エルフさんのケータリング
クリスタはドワーフ族の洞窟住居を出て、メルたちを迎えるために崖を下った。
それだけでもう、一苦労である。
メルとラヴィニア姫は、雪で団子を作りながらクリスタの到着を待った。
「はぁはぁ…。随分とまた、早かったね。報告を入れてから、一日しか経ってないよ」
「今朝方、お弁当を持って出発したヨ」
「移動時間は、半日でした」
「くっ…!」
クリスタの眉間に、たて皴が刻まれた。
「最寄りの精霊樹まで転移してから、雪原は風竜に乗って移動したんじゃ!」
「あの雪原をドラゴンで…。あたしの苦労は、いったい何だったのかね…?と言うか…。オマエさまは歩くのが面倒臭いから、ドラゴンをクリエイトしたんかい?!」
「幼児にカコクな長旅は、無理デショ。精霊樹が育てば、異界ゲートを使えるけどなぁー。そもそもドワーフ族が住む場所を特定できんから、クィスタさまに頼みました」
「あのなぁー、メルや。ババァだって、凍てついた荒野なんて歩きたくないんだよ!」
「えーっ。婆さま…。ひとり旅を懐かしんでおったから、良かれと思って頼んだんじゃ!」
メルはクリスタに抗議した。
「旅の苦労なんてもんは、思い出話で懐かしめば充分じゃ。だぁーれが、自分から苦労をしたがるもんかね!」
「だったら、そぉー言えや。わらしには、分からんモン…」
「やっぱりぃー。何となくだけど、そうじゃないかと思ってた。クリスタさまは冒険家だとか、メルちゃんの勝手な思い込みだったのね」
「そんなぁー!」
ラヴィニア姫の追い打ちに、メルが崩れ落ちた。
雪原に蹲るメルの姿は、茶色い饅頭だった。
「おい、クリスタ。そっちへ行っても、大丈夫なんか?」
「なに言ってるんだい。大丈夫でなきゃ、こうやって立っていられないだろ…。こっちへおいで、ドゥーゲル!」
「バカたれ…。ドラゴンが、おっかなくねぇーのかよ?」
「子どもらがビビッてないのに、情けないことを口にするんじゃないよ」
「そこの茶色いのは、子どもか…?見たこともねぇ姿だが、ヤバイ魔物じゃねぇのか…?!」
モモンガァーZを着たメルとラヴィニア姫は、そのシルエットからして怪しい。
子どもなので、余計にモコモコとした丸い生きものに見える。
「おーっ。ドワーフ…」
「絵本で見たのと同じだぁー。髭モジャね」
「腕も腹も、太いのぉー」
「その上、声がでかいじゃろ。あいつら、狭い洞窟でも声量が変わらん」
「そりゃ、うっさいわ…。一緒には、暮らしたくないデス」
怯えていたドゥーゲルが、仲間のドワーフたちに押されて仕方なく近づいてきた。
「うっ…」
「あふぅ!」
メルとラヴィニア姫が顔を顰め、鼻にしわを寄せた。
「あーっ。これは、あかんヨォー!」
「くっさぁー!」
「おっさん、そこで止まれ…。そっから近寄るな!」
「おっ?なんじゃい、この童は…。なんか、態度が失礼じゃねぇか?!」
「ギャァァァァァァァーッ!」
風竜が鼻づらで、ドゥーゲルを突き飛ばす。
「ヒィッ!」
ドゥーゲルは尻もちをついて、後じさりした。
族長を見守っていたドワーフたちに、動揺が走った。
大きなドラゴンが怖いのは、当然のことである。
「あーっ、もう。悪臭プンプンで、我慢ならん!」
「妖精女王陛下が、いきなりの乱暴は良くないね。ちゃんと、やさしく説明してやりな」
「えーっ。説明とか、苦手やわぁー。めんどいわぁー」
「駄目だよ、メルちゃん。貧乏虫のこと、説明してあげないと…」
鼻を摘まみながら、ラヴィニア姫がメルを突っつく。
「ワカリマシタ…。おまぁーら、色々と汚染されとるデェー。穢れを祓わんと、どうにもなりませんわ!」
言うなりメルは、力が尽きるまで『浄化』を連発した。
◇◇◇◇
「二の姫。精霊樹の守り役、コルネリア姫よ。ドワーフ族の集落に到着したので、苗木をお願いしたい」
クリスタが精霊樹の葉っぱを地面に置いて、呼びかけた。
精霊樹の葉が眩い光を放ち、次の瞬間には苗木を携えた二の姫に姿を変えた。
「スマナイね。穢れが酷くて、待たせることになっちまった」
「気にしておりませんわ。待つのには慣れております」
「贄の姫じゃから、アタシとしては待たせたくない」
「調停者さまの心遣いに、感謝いたします」
「コルネリア姫、優しそうな顔で言うことがキッツイわぁー」
ツンと澄まし顔で、嫌味を口にするコルネリア姫。
だけど精霊樹の苗木を大事そうに抱いている。
「あなたの苗木は、ちゃんと守ったわよ」
二の姫は、四の姫より偉い。
「ありがとうございます。姉さま」
ラヴィニア姫は、コルネリア姫にペコリと頭を下げた。
贄の姫として、きちんと順位は守りたいラヴィニア姫だった。
屍呪之王を封じた巫女姫としての誇りは、なにものにも代えがたい。
「取り敢えず、ざっくりと浄化したが…。まぁーだ、穢れは残っておる」
「一度では、掃除しきれんだろ。なにしろ、千年モノの穢れだからねぇー」
「でも、メルちゃん。族長さんが、臭くなくなったよ」
「そこは大事です。不潔は、許せません!」
コルネリア姫の口調が、キツイ。
「不潔とか臭いとか、おらたちの住処にケチつけるんじゃねぇぞ。だいたい、おまえらが勝手に来たんだろうが…!」
「族長さん、声が大きすぎます」
「喧しい。黙りなさい!」
そもそもラヴィニア姫とコルネリア姫は、ドワーフ族の洞窟住居に強い不快感を示した。
樹木の精に偏る精霊樹の守り役たちにとって、陽光が届かない岩穴はアウェーだ。
氷に閉ざされた地であることも、大きなマイナス要因となる。
それでもメルの浄化で、洞窟住居に籠っていた悪臭は消えた。
ドワーフたちも風呂上がりのように、キレイだ。
毛皮の服も、汚れが取れてさっぱりとした。
メルだって、出来る限り頑張ったのだ。
ケンカは止めて欲しい。
「ままっ、カリカリせんと…。みんなで美味しいものでも、食べませんか?」
ギスギスした女子の雰囲気に怯えたメルが、揉み手をしながらお伺いを立てる。
「あたしは、温かくて野菜たっぷりなのが食べたいねェー」
ドワーフ族と暮らしていたクリスタから、注文が入った。
ふかし芋のみの食事は、一日だけで充分だった。
もう嫌だ。
「そんなもん、ウチにはねぇーぞ。ふかし芋を食え!」
「ドワーフ族には、なんにも期待していないよ。あたしはメルに頼んでいるんだよ!」
「このちびっ子にか…。でもヨォー。こいつ、なんにも持ってねぇだろ」
ドゥーゲルは、ドワーフ族の食料が減ることを気にしていた。
客人には大らかでありたいが、無い袖は振れない。
極寒の地で、野菜なんて収穫できない。
ドワーフの女たちも、メルに腹を立てていた。
他人の住居にやってきて、美味しいモノを要求するなんて、とんでもなく厚かましい子供だった。
ここでは、芋だって貴重なのだ。
丈夫な芋でさえ、畑を温めないと凍りついて枯れる。
「なんか、睨まれとぉーよ」
「ここは慢性的な食糧難なんだよ。ドワーフたちは、料理の材料を要求されたと思っているのさ」
「はぁーん。アグニが凍結した地表を融かすまで、二、三日はかかる。緑地化は、そっからじゃ」
「作物を収穫するのは、遠い未来の話になるね」
「わたしとコルネリア姫で協力すれば、そんなでもないですよ」
ドリアードには、緑の指がある。
緑地化の話からして、ラヴィニア姫とコルネリア姫が居なければ始まらない。
ドリアードの魔法があれば、作物の育成も短縮される。
「そんでも、いま食べるものはなかろ。わらしの在庫を放出します」
メルは背負っていた子供用デイパックから、『I.M』とイニシャルが記されたデイパックを取りだした。
サイドポケットにエルフの少年冒険者がプリントされた、前世から持ってきたデイパックだ。
「温かくて、野菜たっぷり…。おおっ。久しぶりに、あれが良いデショ!」
「メルちゃん。何を作るのかなぁー?」
「中華丼じゃ!」
「うわぁー。中華丼、オイシイよねぇー」
ラヴィニア姫は、大喜びだ。
だがクリスタとコルネリア姫は、中華丼を知らなかった。
幼児ーズを除けば、ビンス老人を筆頭にハーフエルフのジェナや巫女見習いのラシェルくらいしか、中華丼を知る者はいない。
『メルの魔法料理店』へ通い詰めなければ、中華丼とは出会えないからだ。
「それ…。あたしは、食べたことがないね」
「わたしは、聞いた覚えもありません」
「うんうん…。すっごい、美味しいんだよ」
フレッドの野菜炒めが大好きなメルは、材料の被る中華丼を滅多に作らなかった。
そのような事情もあって、中華丼に使う材料は作り置きが大量に残っていた。
たくさん準備するのは、料理屋の娘にありがちなことだった。
「その袋…。魔法かぁー?」
メルがデイパックから次々と材料や調理器具を取りだすのを見て、ドゥーゲルは呆気にとられた。
メルはピュリファイで中華鍋を洗い、火の妖精に火力を任せ、レードルで掬った油を流し込む。
ブタ肉を炒め、削ぎ切りにした白菜を投入する。
次いで、薄切りにしたニンジン。
中華鍋から、白い油煙が舞い上がった。
ブタ肉が焼ける香ばしい匂いが、鼻をくすぐる。
メルのお腹が、クゥーッと鳴いた。
「腹ペコじゃ!」
カシャカシャと音を立て、レードルでかき混ぜる。
塩コショウに、鶏ガラスープで味付け。
タケノコの水煮にエビやイカ、ウズラの卵とキクラゲ、ピーマンの細切り。
下拵えが済んだ材料を手際よく、火の通りづらいモノから順番に中華鍋へ放り込む。
適量の具材をボールから取り、缶に入った調味料を掬う。
レードルが、右へ左へと舞い踊る。
醤油とごま油の香りが、中華鍋から立ちのぼった。
仕上げは水溶き片栗粉で、とろみづけだ。
「うっしゃぁー!完成じゃ!!」
メルの横で深皿にゴハンをよそったラヴィニア姫が、待ち構えていた。
既にお盆には、鍋からよそったワンタンスープが湯気を漂わせている。
その横に中華丼の深皿が、ドーンと並べられた。
付け合わせは、搾菜と鳥の炒め物だ。
メルとラヴィニア姫は息の合った共同作業で、あっという間に三人分の中華丼定食を完成させた。
フレッドとアビーみたいで、ちょっと嬉しくなるメルだった。
「くっ。美味そうじゃねぇか…」
ドゥーゲルが、よだれを垂らした。
「あーっ。野菜が、あんなに沢山…」
「いい匂いがするねぇー」
「俺たちには、芋しかねぇのに…」
遠巻きに見ていたドワーフたちも、食べたそうにしている。
「あーん」
メルが、ぱくっとエビを食べた。
「おおぉーっ」
「うまぁー」
「美味いんか…?」
ドゥーゲルは泣きっ面だ。
それを見て、クリスタとコルネリア姫が苦笑した。
「毒味はしてやった。まず、族長が食え。そんでもって、ドワーフ族のみんなに勧めてまわれ!」
メルはドゥーゲルに、中華丼定食の盆を渡した。
「いいんか…?」
「見せびらかすのは好かん。やせ我慢するヤツも、嫌いじゃ。感謝は、ありがとうの言葉だけでエエ!」
「ああ。ありがとう」
ドゥーゲルは、メルに突きだされたレンゲを手に取った。
あとはもう、ハフハフしながら中華丼を貪る。
「あっちっち…。あちぃーけど、うめぇー。野菜なんて、ずーっと食ってなかったからな…。嬉しすぎて涙が出るぜ!」
ドゥーゲルがズズゥーッと鼻を啜り、ニカッと笑った。
「量が分からんけぇー。足りなかったら遠慮せんと、言ってください」
「足らん。ぜんぜん足らん。この量だと、ドワーフなら三倍は軽い」
「ほぉーっ。そんなら、ジャンジャン作らんと間に合わんな」
「メルちゃん、頑張ろぉー!」
ラヴィニア姫が、杓文字を突き上げた。
火の妖精が焔を舞い上げ、レードルがカシャカシャと中華鍋を叩く。
「ほな、やったるデェー!」
ドワーフ族の洞窟住居にて、メルの魔法料理店が出張料理中である。
何でもストレージに入れっぱなしのメルは、仕込みが済んでいる材料を山盛りにして、フンスと意気込んだ。