表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
215/369

エルフさんのケータリング



クリスタはドワーフ族の洞窟住居を出て、メルたちを迎えるために崖を下った。

それだけでもう、一苦労である。


メルとラヴィニア姫は、雪で団子を作りながらクリスタの到着を待った。


「はぁはぁ…。随分とまた、早かったね。報告を入れてから、一日しか経ってないよ」

「今朝方、お弁当を持って出発したヨ」

「移動時間は、半日でした」


「くっ…!」


クリスタの眉間に、たて皴が刻まれた。


「最寄りの精霊樹まで転移してから、雪原は風竜(ゼピュロス)に乗って移動したんじゃ!」

「あの雪原をドラゴンで…。あたしの苦労は、いったい何だったのかね…?と言うか…。オマエさまは歩くのが面倒臭いから、ドラゴンをクリエイトしたんかい?!」

「幼児にカコクな長旅は、無理デショ。精霊樹が育てば、異界ゲートを使えるけどなぁー。そもそもドワーフ族が住む場所を特定できんから、ク()スタさまに頼みました」

「あのなぁー、メルや。ババァだって、凍てついた荒野なんて歩きたくないんだよ!」


「えーっ。婆さま…。ひとり旅を懐かしんでおったから、良かれと思って頼んだんじゃ!」


メルはクリスタに抗議した。


「旅の苦労なんてもんは、思い出話で懐かしめば充分じゃ。だぁーれが、自分から苦労をしたがるもんかね!」

「だったら、そぉー言えや。わらしには、分からんモン…」

「やっぱりぃー。何となくだけど、そうじゃないかと思ってた。クリスタさまは冒険家だとか、メルちゃんの勝手な思い込みだったのね」


「そんなぁー!」


ラヴィニア姫の追い打ちに、メルが崩れ落ちた。


雪原に蹲るメルの姿は、茶色い饅頭だった。


「おい、クリスタ。そっちへ行っても、大丈夫なんか?」

「なに言ってるんだい。大丈夫でなきゃ、こうやって立っていられないだろ…。こっちへおいで、ドゥーゲル!」

「バカたれ…。ドラゴンが、おっかなくねぇーのかよ?」

「子どもらがビビッてないのに、情けないことを口にするんじゃないよ」


「そこの茶色いのは、子どもか…?見たこともねぇ姿だが、ヤバイ魔物じゃねぇのか…?!」


モモンガァーZを着たメルとラヴィニア姫は、そのシルエットからして怪しい。

子どもなので、余計にモコモコとした丸い生きものに見える。


「おーっ。ドワーフ…」

「絵本で見たのと同じだぁー。髭モジャね」

「腕も腹も、太いのぉー」

「その上、声がでかいじゃろ。あいつら、狭い洞窟でも声量が変わらん」


「そりゃ、うっさいわ…。一緒には、暮らしたくないデス」


怯えていたドゥーゲルが、仲間のドワーフたちに押されて仕方なく近づいてきた。


「うっ…」

「あふぅ!」


メルとラヴィニア姫が顔を顰め、鼻にしわを寄せた。


「あーっ。これは、あかんヨォー!」

「くっさぁー!」

「おっさん、そこで止まれ…。そっから近寄るな!」

「おっ?なんじゃい、この(わらし)は…。なんか、態度が失礼じゃねぇか?!」


「ギャァァァァァァァーッ!」


風竜(ゼピュロス)が鼻づらで、ドゥーゲルを突き飛ばす。


「ヒィッ!」


ドゥーゲルは尻もちをついて、後じさりした。


族長を見守っていたドワーフたちに、動揺が走った。

大きなドラゴンが怖いのは、当然のことである。


「あーっ、もう。悪臭プンプンで、我慢ならん!」

「妖精女王陛下が、いきなりの乱暴は良くないね。ちゃんと、やさしく説明してやりな」

「えーっ。説明とか、苦手やわぁー。めんどいわぁー」


「駄目だよ、メルちゃん。貧乏虫のこと、説明してあげないと…」


鼻を摘まみながら、ラヴィニア姫がメルを突っつく。


「ワカリマシタ…。おまぁーら、色々と汚染されとるデェー。穢れを祓わんと、どうにもなりませんわ!」


言うなりメルは、力が尽きるまで『浄化』を連発した。




◇◇◇◇




「二の姫。精霊樹の守り役、コルネリア姫よ。ドワーフ族の集落に到着したので、苗木をお願いしたい」


クリスタが精霊樹の葉っぱを地面に置いて、呼びかけた。


精霊樹の葉が眩い光を放ち、次の瞬間には苗木を(たずさ)えた二の姫に姿を変えた。


「スマナイね。穢れが酷くて、待たせることになっちまった」

「気にしておりませんわ。待つのには慣れております」

「贄の姫じゃから、アタシとしては待たせたくない」

「調停者さまの心遣いに、感謝いたします」


「コルネリア姫、優しそうな顔で言うことがキッツイわぁー」


ツンと澄まし顔で、嫌味を口にするコルネリア姫。

だけど精霊樹の苗木を大事そうに抱いている。


「あなたの苗木は、ちゃんと守ったわよ」


二の姫は、四の姫より偉い。


「ありがとうございます。姉さま」


ラヴィニア姫は、コルネリア姫にペコリと頭を下げた。


贄の姫として、きちんと順位は守りたいラヴィニア姫だった。

屍呪之王(しじゅのおう)を封じた巫女姫としての誇りは、なにものにも代えがたい。


「取り敢えず、ざっくりと浄化したが…。まぁーだ、穢れは残っておる」

「一度では、掃除しきれんだろ。なにしろ、千年モノの穢れだからねぇー」

「でも、メルちゃん。族長さんが、臭くなくなったよ」


「そこは大事です。不潔は、許せません!」


コルネリア姫の口調が、キツイ。


「不潔とか臭いとか、おらたちの住処にケチつけるんじゃねぇぞ。だいたい、おまえらが勝手に来たんだろうが…!」

「族長さん、声が大きすぎます」

「喧しい。黙りなさい!」


そもそもラヴィニア姫とコルネリア姫は、ドワーフ族の洞窟住居に強い不快感を示した。

樹木の精に偏る精霊樹の守り役たちにとって、陽光が届かない岩穴はアウェーだ。

氷に閉ざされた地であることも、大きなマイナス要因となる。


それでもメルの浄化で、洞窟住居に籠っていた悪臭は消えた。

ドワーフたちも風呂上がりのように、キレイだ。

毛皮の服も、汚れが取れてさっぱりとした。


メルだって、出来る限り頑張ったのだ。

ケンカは止めて欲しい。


「ままっ、カリカリせんと…。みんなで美味しいものでも、食べませんか?」


ギスギスした女子の雰囲気に怯えたメルが、揉み手をしながらお伺いを立てる。


「あたしは、温かくて野菜たっぷりなのが食べたいねェー」


ドワーフ族と暮らしていたクリスタから、注文が入った。


ふかし芋のみの食事は、一日だけで充分だった。

もう嫌だ。


「そんなもん、ウチにはねぇーぞ。ふかし芋を食え!」

「ドワーフ族には、なんにも期待していないよ。あたしはメルに頼んでいるんだよ!」

「このちびっ子にか…。でもヨォー。こいつ、なんにも持ってねぇだろ」


ドゥーゲルは、ドワーフ族の食料が減ることを気にしていた。

客人には大らかでありたいが、無い袖は振れない。

極寒の地で、野菜なんて収穫できない。


ドワーフの女たちも、メルに腹を立てていた。

他人の住居にやってきて、美味しいモノを要求するなんて、とんでもなく厚かましい子供だった。


ここでは、芋だって貴重なのだ。

丈夫な芋でさえ、畑を温めないと凍りついて枯れる。


「なんか、睨まれとぉーよ」

「ここは慢性的な食糧難なんだよ。ドワーフたちは、料理の材料を要求されたと思っているのさ」

「はぁーん。アグニが凍結した地表を融かすまで、二、三日はかかる。緑地化は、そっからじゃ」

「作物を収穫するのは、遠い未来の話になるね」


「わたしとコルネリア姫で協力すれば、そんなでもないですよ」


ドリアードには、緑の指がある。

緑地化の話からして、ラヴィニア姫とコルネリア姫が居なければ始まらない。


ドリアードの魔法があれば、作物の育成も短縮される。


「そんでも、いま食べるものはなかろ。わらしの在庫を放出します」


メルは背負っていた子供用デイパックから、『I.M』とイニシャルが記されたデイパックを取りだした。

サイドポケットにエルフの少年冒険者がプリントされた、前世から持ってきたデイパックだ。


「温かくて、野菜たっぷり…。おおっ。久しぶりに、あれが良いデショ!」

「メルちゃん。何を作るのかなぁー?」

「中華丼じゃ!」


「うわぁー。中華丼、オイシイよねぇー」


ラヴィニア姫は、大喜びだ。


だがクリスタとコルネリア姫は、中華丼を知らなかった。


幼児ーズを除けば、ビンス老人を筆頭にハーフエルフのジェナや巫女見習いのラシェルくらいしか、中華丼を知る者はいない。

『メルの魔法料理店』へ通い詰めなければ、中華丼とは出会えないからだ。


「それ…。あたしは、食べたことがないね」

「わたしは、聞いた覚えもありません」


「うんうん…。すっごい、美味しいんだよ」


フレッドの野菜炒めが大好きなメルは、材料の被る中華丼を滅多に作らなかった。

そのような事情もあって、中華丼に使う材料は作り置きが大量に残っていた。


たくさん準備するのは、料理屋の娘にありがちなことだった。


「その袋…。魔法かぁー?」


メルがデイパックから次々と材料や調理器具を取りだすのを見て、ドゥーゲルは呆気にとられた。


メルはピュリファイで中華鍋を洗い、火の妖精に火力を任せ、レードルで掬った油を流し込む。

ブタ肉を炒め、削ぎ切りにした白菜を投入する。

次いで、薄切りにしたニンジン。


中華鍋から、白い油煙が舞い上がった。


ブタ肉が焼ける香ばしい匂いが、鼻をくすぐる。

メルのお腹が、クゥーッと鳴いた。


「腹ペコじゃ!」


カシャカシャと音を立て、レードルでかき混ぜる。


塩コショウに、鶏ガラスープで味付け。


タケノコの水煮にエビやイカ、ウズラの卵とキクラゲ、ピーマンの細切り。

下拵えが済んだ材料を手際よく、火の通りづらいモノから順番に中華鍋へ放り込む。


適量の具材をボールから取り、缶に入った調味料を掬う。

レードルが、右へ左へと舞い踊る。


醤油とごま油の香りが、中華鍋から立ちのぼった。

仕上げは水溶き片栗粉で、とろみづけだ。


「うっしゃぁー!完成じゃ!!」


メルの横で深皿にゴハンをよそったラヴィニア姫が、待ち構えていた。


既にお盆には、鍋からよそったワンタンスープが湯気を漂わせている。

その横に中華丼の深皿が、ドーンと並べられた。


付け合わせは、搾菜と鳥の炒め物だ。


メルとラヴィニア姫は息の合った共同作業で、あっという間に三人分の中華丼定食を完成させた。


フレッドとアビーみたいで、ちょっと嬉しくなるメルだった。


「くっ。美味そうじゃねぇか…」


ドゥーゲルが、よだれを垂らした。


「あーっ。野菜が、あんなに沢山…」

「いい匂いがするねぇー」

「俺たちには、芋しかねぇのに…」


遠巻きに見ていたドワーフたちも、食べたそうにしている。


「あーん」


メルが、ぱくっとエビを食べた。


「おおぉーっ」

「うまぁー」

「美味いんか…?」


ドゥーゲルは泣きっ面だ。


それを見て、クリスタとコルネリア姫が苦笑した。


「毒味はしてやった。まず、族長が食え。そんでもって、ドワーフ族のみんなに勧めてまわれ!」


メルはドゥーゲルに、中華丼定食の盆を渡した。


「いいんか…?」

「見せびらかすのは好かん。やせ我慢するヤツも、嫌いじゃ。感謝は、ありがとうの言葉だけでエエ!」

「ああ。ありがとう」


ドゥーゲルは、メルに突きだされたレンゲを手に取った。


あとはもう、ハフハフしながら中華丼を貪る。


「あっちっち…。あちぃーけど、うめぇー。野菜なんて、ずーっと食ってなかったからな…。嬉しすぎて涙が出るぜ!」


ドゥーゲルがズズゥーッと鼻を啜り、ニカッと笑った。


「量が分からんけぇー。足りなかったら遠慮せんと、言ってください」

「足らん。ぜんぜん足らん。この量だと、ドワーフなら三倍は軽い」

「ほぉーっ。そんなら、ジャンジャン作らんと間に合わんな」

「メルちゃん、頑張ろぉー!」


ラヴィニア姫が、杓文字(しゃもじ)を突き上げた。


火の妖精が焔を舞い上げ、レードルがカシャカシャと中華鍋を叩く。


「ほな、やったるデェー!」


ドワーフ族の洞窟住居にて、メルの魔法料理店が出張料理(ケータリング)中である。

何でもストレージに入れっぱなしのメルは、仕込みが済んでいる材料を山盛りにして、フンスと意気込んだ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【エルフさんの魔法料理店】

3巻発売されます。


よろしくお願いします。


こちらは3巻のカバーイラストです。

カバーイラスト


こちらは2巻のカバーイラストです。

カバーイラスト


こちらは1巻のカバーイラストです。

カバーイラスト
カバーイラストをクリックすると
特設ページへ移動します。

ミケ王子

ミケ王子をクリックすると
なろうの書報へ跳びます!
― 新着の感想 ―
[良い点] メルさんとラヴィニアさんのナイスなコンビプレイが微笑ましい 可愛い
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ