エルフたちの里
エルフ族ほど排他的ではなかったドワーフ族だが、暗黒時代の陰惨な経験から完全なる引きこもりとなり果てていた。
お祭り好きで陽気だったドワーフたちは、酒に酔うと不機嫌そうな顔になる。
ドワーフたちの洞窟住居には、笑顔がなかった。
どんよりとした諦めムードが、ドワーフ族を支配していた。
どこにも明るさがない。
そこに居るだけで息が詰まり、どうしようもなく辛い。
クリスタはドゥーゲルに案内されて、ドワーフ族の施設を見てまわった。
「どうだよ。すげぇーだろ」
「なんちゅー、無駄な兵器を…。呆れたねぇー」
「ドワーフ族自慢の魔道具だ」
「こんなものを作る余裕があるなら、自分たちの生活をなんとかしなよ」
「ふんっ!」
ドゥーゲルは、力なく鼻を鳴らした。
「それが出来りゃなぁー」
ドワーフ族は外部からの攻撃に備えて、強力かつ巨大なゴーレムを何体も建造し、脅威の魔法兵器まで山頂に設置していた。
それなのに着るものは粗末で、食事さえ満足に取れていない。
「本当ならヨォー。オマエなんぞに、ぜぇーったい見せねえんだけど…。もう動かねぇから、どうでもいーや!」
「この設備が、動かないのかい?」
「おうよ。こんな場所で、おらたちと心中させるのは心苦しいってな…。妖精たちは、強引に概念界へ送り返した…。もう百年近くも、昔の話だ。妖精に力を貸してもらえなければ、おらたちの魔道具はガラクタよ!」
「そんな…。アンタたちが居れば、妖精も消滅はせんだろうに…」
「ここは寒すぎてな…。どんだけ世話を焼いても、子供が育たん。もうドワーフ族には、爺婆しかおらんのよ」
元々、ドワーフ族が住みついたハルフォーン山脈の中腹は、暮らしやすい気候だった。
それが寒くなる一方で、気がつけば見渡す限り氷に閉ざされていた。
「おらたちは、性根が頑固だからなぁー。ちと我慢しすぎた」
「暖かくなるのを待っているうちに、赤ん坊が育たなくなったのかい?」
自分が我慢できるから、子供も平気だろうとタカを括っていたらしい。
その結果が、ドワーフ族の高齢化である。
「子どもが育たなけりゃ、ドワーフ族に未来はない…。もう、お終いだぁー」
「確か…。アンタらは、地熱を利用する設備を持っていただろう?」
不安になって、クリスタが訊ねた。
「ご先祖さんが拵えた、環境温暖化設備か…?そんなもん、地下に熱源がなけりゃ意味なんぞねぇ!」
「魔法石は…?魔法石があれば、魔道具を動かせるだろ」
「もちろん、とっくに使い切った。ここいらは、何処を掘ったって魔法石なんざ見つからねぇ。雪と氷をはがせば、地面は採掘の穴ぼこだらけだわ」
「………はぅ!」
クリスタは言葉に詰まった。
「オマエが精霊樹の苗を持って来てくれたことには、感謝する。よくもまぁ、おらたちのことを覚えていてくれたもんだ。ありがとな…。けんど、ここじゃ樹木を育てられねぇ…。苦労させた上に、すまねぇ。ガハハハッ」
「………くっ!」
笑い事ではない。
ドワーフ族の困窮具合は、クリスタが想像したレベルを遥かに超えていた。
種族滅亡の、一大事だった。
「こりゃあ…。二の姫だけじゃ、精霊樹を育てられないよ。メルの助けが必要だね」
「んっ?メルってなんだ…」
「妖精女王陛下だよ」
クリスタは『天の声』を使って、メルとの交信を試みた。
◇◇◇◇
斎王ドルレアックはエルフ族の第一陣を纏めて、恵みの森に分け入った。
先導するのは、幼児ーズの面々である。
風の妖精に助けられ、エルフたちの移動速度はとても速い。
森もまた、エルフたちが得意とするエリアだった。
「都をつくり、平地で暮らすようになったが、一族の血はエルフが住むべき土地を忘れていない」
「まさに、斎王さまの仰る通りですな…。ここに来て、生き返ったような心地ですぞ」
「それにしても、メルさんたちは…」
「妖精女王陛下は、ともかくとして…。あの子らは、本当に人族なのですか?」
あの子ら…。
メルを先頭にして、幼児ーズは木から木へと空を舞っていた。
「モモンガァーZ!」
「ういうい…。チョー、楽しい」
「この可愛いヘルメット。ちょっと、チビ(吉祥鼠)に似てるよね」
「メル姉、こんなの隠してるなんてズルい」
「隠しとらんわ。最近になって、完成したんじゃ!」
モモンガァーZは、飛翔スーツである。
ユグドラシルの異界研究所が、和樹(メルの兄)から送られてきた動画をもとに作製した魔法具だった。
スカイフライングに使われる、ウイングスーツだ。
本物と違って、滑空だけではなく離陸できる。
素のままではメルを宙に浮かせるにも気苦労(加減が難しい)が絶えない風の妖精たちだけれど、モモンガァーZさえあれば自由自在。
ケガをさせる心配なく、速やかに幼児ーズの身体を空高くまで運べる。
メルと幼児ーズは大の字になり、手足の間に張られた皮膜で風の力を受けとめる。
手足の肉球には吸着の魔法が施されていて、簡単に枝や幹をつかめた。
加速も減速も、超高空飛行でさえ思うがままである。
スーツのパワーに守られて、風圧による呼吸困難など起きようもない。
高度による気圧低下にも対応していて、体温管理も抜かりなし。
ただし、おしっこをしたいときには、着陸しなければならない。
間に合うように高度を下げるのは、なかなかに大変である。
そこのタイミングは、経験から学ぶしかなかった。
「ユグドラシル王国国防総省の指示によれば、この先に目的地があるはずデス」
斎王ドルレアックの近くに着地したラヴィニア姫が、進行方向を指さした。
ラヴィニア姫の横に、メルも舞い降りる。
「それらしきものは、見えないが…」
「さいおーさま。エルフのご先祖さまは、樹ぃーの上に棲んでおったと婆さまに聞いた」
「ええっ。わたしも幼いころに、エルフ族の歴史で学びました」
斎王ドルレアックは、モモンガの衣装を着たメルに頷いて見せた。
背中は茶色で、お腹が白い。
頭に被っている帽子のようなものは、ネズミの頭とよく似ている。
小さな幼児ーズがモモンガァーZを着ていると、子熊のようで大層可愛らしい。
「古い資料を基に…。ユグドラシルの技術開発部が、エルフさんたちの住居を用意しよった」
「ほぉーっ」
「そんでもって、バッチリ結界も張られとるデェー。外からでは、なんも見えんのじゃ!」
「そうなんですね」
「もう、目と鼻の先じゃ。結界が無ければ、こっからでも見えとる」
斎王ドルレアックの疑問に答え、メルはフワリと飛翔した。
ラヴィニア姫がメルに続いた。
「本当に、ありがたいことです」
「ここまでの道中、まったく魔獣に遭遇しませんでしたな」
「あの子たちは、わたしたちより狩りが巧いのデショウ」
エアバーストやエアブレッドで危険な魔獣を追い払うのは、幼児ーズの役目だった。
殺すことなく追い払っているだけなので、また戻ってくるだろう。
それらの魔獣は、エルフ族が狩って食料にすればよい。
幼児ーズがガイドと護衛をするのは、エルフ族を居住区に送り届けるまでの話だ。
大人だけでなく、子供や老人も移動させるのだから、安全確保は欠かせない。
泊りの仕事だけど斎王ドルレアックの威光か、幼児ーズの同行にストップは掛からなかった。
ファブリス村長からの依頼と言う形で、それなりにお小遣いも貰える。
タリサやティナは、大喜びだ。
ダヴィ坊やに至っては、メルに抱きついてチューをする勢いだった。
だって、空を飛ぶなんてサイコーじゃないか。
それに泊りがけでキャンプが出来て、お小遣いまで貰える。
幼児ーズに、否やはなかった。
「イェーイ!」
「わんわんわんわんわん…」
ラヴィニア姫とハンテンも、楽しそうに樹々の間を飛んでいく。
ハンテン…。
ハンテンとチビは、羽根もないのに空を飛んでいた。
ハンテンはラヴィニア姫を追いかけて走っているうちに、自分も飛べると気づいたらしい。
相変わらず、どこか間抜けな犬である。
チビは…。
チビはハンテンの頭に、ちゃっかりと座っていた。
チビにとってハンテンは、乗り物だった。
「見えたどぉー!」
幼児ーズは結界を抜けて、古代樹の群生地帯へと突入した。
「うぉーっ。でっけぇー」
「なんて見事な樹かしら…」
ラヴィニア姫が古代樹を見て、感動の言葉を漏らした。
霊妙な森の大気が濃く、生い茂る草花の色は鮮やかだ。
結界の中央には大きな泉があり、そこから小川が流れている。
泉の傍には、エルフに加護を与えた水蛇ザスキアのトーテムポールが祀られていた。
小川は途切れることなく、タルブ川へと繋がる。
「木と木の間に、つり橋が架かってる」
「ホントだ。太い幹に、素敵な家が張り付いてる」
タリサとティナも、古代樹の周囲を飛びまわる。
頭上から小鳥たちのなき交わす声が、聞こえてきた。
美しくも荘厳で、幻想的な風景だった。
「エルフの里じゃ。それっぽくて、絵になるノォー」
「ねえねえ…。斎王さまたち、こんな場所に住めるの…?すごく綺麗だけど…。なんだか…。とっても、住みづらそうだよ」
ラヴィニア姫が、心配そうに言った。
「エルフじゃけぇー。イヤだって言っても、ここに棲んでもらうわ…。樹上生活しとるエルフを見るんが、わらしの夢じゃ!」
「まぁーた、そうやって滅茶クチャなことを言う。斎王さまたちを困らせるのは、良くないヨォー」
「ラヴィーさん。世間では住めば都、申しますねん。石の上にだって、三年いれば暖まる。タダで住まいを貰うんですから、それくらい我慢しよ」
「……メルちゃん、ヒドイ」
古代樹の根元にも、ちゃんとした家がある。
妖精女王陛下なりに、多少はエルフたちの事情も考えているようだ。
多少は…。
「心配いらんデショ。落っこちたら、風の妖精さんが助くるよって…」
「オレは、ここに住みたい。メッチャ楽しそうだ」
「ほれ、デブは分かっとるネェー」
「ダヴィーだよ。メル姉…。ダヴィーって言えるようになったんだから、デブ言うなや!」
「すまぬ、デブ…。はわわわっ…。アカンわぁー。また、デブ言うてしもた」
ギュッとハグして、お詫びのチューだ。
情熱のベロチューだ。
「んっ」
「んんーっ」
モモンガが二匹、大樹の枝に座って抱き合う。
色気はない。
「アナタたち、仲良しさんですね」
ラヴィニア姫の視線が、ちょっと冷たい。
嫉妬とかではなく、メルとダヴィ坊やのチューに品がないので、遠い目になった。
幼児ーズを追ってきた斎王ドルレアックとエルフたちが、結界を越えた。
「メルさん。えっ…。これはぁ………」
「なっ。ここは、なんですか…?」
そして視界に飛び込んできた景色に、呆然とした。
古代樹を見上げて、プルプルと震えている。
それはエルフたちの魂に訴えかける、原初の風景だった。
「あーっ。すごい」
「ここ…?ここが、俺たちの里…?」
「そうじゃ。今日から、ここがエルフの里じゃ!」
メルがモモンガの姿で、得意そうに古代樹を指さした。
「「「「「「うわぁぁぁぁーっ!!」」」」」」
エルフたちから歓声が上がった。
donさん、素敵なレヴューをありがとうございます。
誤字修正ありがとうございます。
感想もありがとうございます。
頑張れたら、今年中にもう一本載せます。
頑張れなかった場合のために、皆さん良いお年を…。