秘密の鉱脈
気持ちの良い朝だった。
空は雲一つなく晴れ渡り、爽やかな微風が樹の枝を吹き抜けていく。
メジエール村の中央広場にニョッキリと生えた精霊樹は、さやさやと梢を鳴らしながら微睡んでいた。
「あさぁーっ!」
大きな声で朝の到来を告げるのは、幼い女の子だった。
時告げ鳥の代わりを自らに任じているのだろうか?
甲高い女児の声に気づいて、精霊樹は目を覚ました。
眼と呼べるような器官は持ち合わせていないが、スッキリと目を覚ました。
「あさ。あさ、あさぁーっ!」
誰も聞いていないのに、朝からしつこい。
「オハァー。きぃ!」
精霊樹の根元に、賑やかな女児がトコトコと走ってくる。
「見よ…。わらし。おどえゆよぉーに、なった」
小さな女児は金の髪を揺らしながら、覚えたてのダンス・ステップでクルリクルリと回り、お辞儀をするようにフィニッシュのポーズを決めた。
なかなかに可愛らしい。
女児の周囲で、妖精たちもはしゃいでいた。
拍手して上げたいところだが、残念ながら精霊樹には手が無かった。
「おーい、セイエージュ!実ぃ、くれんかぁー?」
女児は精霊樹の実をねだった。
精霊の子が精霊樹の実を欲しがっているのだから、やらぬ訳にはいくまい。
素敵なダンスも披露して貰ったことであるし、欲しいだけくれてやろう。
精霊樹は熟した実を女児の手に落とした。
「アリアトォー!」
女児は皮も剥かずに、ムシャムシャと果実を食べた。
「うまぁー」
気に入ったようだ。
「もぉー、いっこ。くれんかのぉー?」
女児がオカワリを要求してきた。
精霊樹は、ボトボトと果実を落とした。
『立派に育てよ!』との、思いと共に…。
我が子の成長は、精霊樹にとっても嬉しいものだった。
◇◇◇◇
河原から黒い輝石を拾い上げた男の指は、ゴツゴツと節くれだっていた。
帝都で売れば、一財産になろうかと言うほど質の良い魔鉱石である。
「かぁーっ。でけぇな、おい!」
だが男は輝石の発見を喜ぶどころか、悲しげな顔で嘆いた。
上流で土砂崩れがあったのか、川の水は茶色く濁っていた。
「カイル…。こりゃもう、鉱脈が露出しちまったとしか思えねぇよ」
「んだなぁー。幾分かは下流にも運ばれてると考えた方が、よかっぺ。魔石は比重が軽いからな。かなり遠くまで流されちまう。こうなっちまったら、バレるのも時間の問題だぁー」
カイルと呼ばれた男も、その相棒も、『酔いどれ亭』に入り浸っている常連客だった。
「ハーディ、撤収だ。ここで粘っても、どうにもならん」
「ああっ、フレッド隊長と村長に報告だな」
「婆さまにもだ」
「あのババアには、報告しなくてもいいんじゃね。どうせ知ってるだろうし。魔法使いだし…」
「それでもだ…。報告はちゃんとしろヨ!」
ハーディは輝石を放り捨てるか一瞬だけ迷い、溜息を吐いてから背嚢にしまった。
『ゴミで荷物が重くなる…!』とでも、言いたそうな顔つきだった。
「どっちが来るかな…?」
「そら決まってんだろ…。村に現れるのは冒険者さまだ。メルちゃんの抱っこ権を賭けたっていいぜ!」
「一番近くにいる、業突く張りの領主が来るんじゃないのか…?」
「メジエール村はなぁ…。ウスベルク帝国の版図から、離れすぎてるんだよ。連中は道がないところにゃ、来たがらねぇ…。それに魔鉱石を見つけるのは、絶対に冒険者だ。そんでもって…。冒険者ギルドは、見つけた財宝を秘匿するに決まってる」
「そうかね…。だったら、冒険者で決まりだな…。同業者かぁー」
ハーディは懐かしそうな顔で、遠くを見つめた。
「そりゃ違うな…」
「んっ。どう違うんだよ?」
「俺らはメジエール村に腰を落ち着けた、流れ者だ。冒険者じゃねぇ。いつまでも、仲間気分でいるんじゃねぇぞ…。秘密を知って村に来る連中は、それが誰であろうと敵だ…!」
「まあ、そうだな。オイラたちは、傭兵隊になったんだよな…。農民か狩人になった気分でいたぜ…。けっこう気に入ってたんだけどな。狩人…」
「狩猟採取生活も農家の手伝いも、メッチャ楽しいけどよ。俺らの雇い主は、メジエール村だ…。村の自治独立を守れなけりゃ、何もかんも無くしちまう!」
カイルが険しい顔つきで言った。
メジエール村はどこの国にも属さない、妖精の里である。
メジエール村の守護を任されていたのは、フレッド率いる傭兵隊だった。
カイルとハーディがメジエール村に戻ると、報告を受けたファブリス村長は村民会館で緊急対策会議を開いた。
会議に参加したのはファブリス村長、『酔いどれ亭』のフレッド、森の魔女の三名だけだ。
ファブリス村長は大勢のまえで話すのが苦手だった。
「数か月後になるか、数年後になるか、どちらにせよ冒険者どもがやって来る。そしてわしらの村に、冒険者ギルドを設置する…。そう言うことだね。フレッド隊長?」
「残念ながら、もう隠し続けることは出来ません。遠からず、冒険者はやって来るでしょう。連中にとってメジエール村は、魔鉱石を採取するうえで絶好の前線基地となります。だから村の中に、拠点を作るはずです。それにつられて、強欲な商人たちも集まるでしょう」
「ふぅーっ。荒くれ者どもが、わしの村に住みつくのか…。とんでもない話だ」
「ファブリスよ。そう嘆くな。帝国貴族より百倍マシじゃ…」
「森の魔女さま。そうは言ってもですな。わしにも面子ってモノがありまして…。なにも、わしの時代に余所者が入り込んでこなくたって…」
ファブリス村長が、毛髪の薄くなった頭を掻きむしった。
「なにを言っとるか、情けない。村の歴史に偉大な村長の名を残す、チャンスじゃろ。知恵を搾って、連中と交渉するんじゃ!」
「魔女さまの言う通りだ。冒険者ギルドが相手であれば、話し合いの余地がある。帝国貴族に来られたら初っ端から武力衝突だが、冒険者ギルドは基本的に争いごとを嫌う。儲け第一主義だからな…。金持ち喧嘩せずだ」
「正体は盗人だろ…!」
「連中の目的は魔鉱石で、あたしらには必要ない石ころじゃ。そこのところを間違うなよ。魔鉱石をくれてやる代わりに、こちらの条件はひとつ残らず連中に飲ませるんじゃ!」
森の魔女とフレッドが、憤るファブリス村長を諭した。
「分かったよ。あんたらが村の要だ。わしは言われた通りに動こう!」
「そういうのがイカンのじゃ…」
「村長…。軽々しく、弱みを見せたらダメです。連中の本質は、野獣と変わらない。喧嘩は避けるけれど、喰えるとなれば食らいついてきますよ!」
「分かったよ。そう脅かすんじゃないよ…。わしはガキの頃から、臆病なんだ」
ファブリス村長はブツブツと文句を言いながら、忠告を受け入れた。
◇◇◇◇
その頃、タルブ川の下流で…。
うだつの上がらない魔法使いの老人が、小さな魔鉱石の欠片を拾った。
「おーっ。神さまのお恵みだぁー。だれか間抜けな奴が、うっかり落としたに違いない」
冒険者ギルドの探索専門家が魔鉱石に気づくのも、さほど遠くない日のように思えた。