ルイーザとファビオラ
魔法学校への入学が決まったとき、ルイーザとファビオラは天下を取ったような気分になっていた。
入学試験なし、学費なし、帝都ウルリッヒまでの旅費も魔法学校が負担してくれる。
そのうえ全寮制で、魔法学校の生徒には衣服や食事が支給される。
全ては無料である。
「何だか…。とても偉くなったような、気分になりますね」
「魔法が使えるからですよ。あたしたち、魔法の才能を認められたんです」
メジエール村から魔法学校へ向かう子供は、ルイーザとファビオラの他にもいた。
アーロンがスカウトした遊民の子供たちである。
建設労働者としてメジエール村に連れてこられた遊民たちは、日々の食事も満足に与えられず、ひどく困窮していた。
ニックとエミリの兄妹を含む遊民の子供たちは、急いで誰かが助けなければ死んでしまいそうだった。
そこでアーロンは入学式と関係なく、遊民の子供たちを魔法学校に送り届けた。
ケット・シーたちが拵えた栄養満点の給食で、やせ衰えた子供たちをプリプリに肥えさせるためだ。
であるからして、微風の乙女号にはルイーザとファビオラの他に子供の姿がなかった。
もしルイーザたちが遊民の子らと話し合う機会を持てば、魔法学校への招待は魔法の才能と無関係であると知れただろう。
船旅の間、ルイーザとファビオラの優越意識は薄れることなく、すくすくと育っていった。
帝都ウルリッヒの魔法学校で、エリートへの道を目指そう。
そして、やがては王子さまとムフフ…。
二人の会話は、乙女らしい夢で溢れていた。
そんな二人も、微風の乙女号がクリニェの桟橋に舫われると言葉少なになった。
「これは…!」
「建物だらけですね。それも大きい」
「メジエール村の桟橋にも、何やら立派な建物が作られていて驚いたけれど…。帝都は規模が違いますね。そう思いませんか、ファビオラ…?」
「ルイーザさんの仰る通りですわ。きっと…。新しい時代が…。あたしたちの時代が、やってくる予感…」
二人が浮かれていたのも、ここまでの話である。
ルイーザたちは案内人の指示で馬車に乗り込み、エーベルヴァイン城を目指した。
そしてエーベルヴァイン城の全貌が見えてくると、次第に顔を引きつらせた。
「なななっ、なによアレ…。どんだけ大きいの…?」
「おかしい…。おかしいですよ。こんなの、人が住む建物じゃありません!」
二人はメジエール村の名家に生まれた。
血縁者たちはメジエール村に広大な耕作地を持ち、たくさんの資産を蓄えていて、強い発言権を持つ。
当然のことながら二人の両親にも権威主義的なところがあり、能力主義を口にすることもしばしばだった。
これに影響されたルイーザとファビオラには、鼻持ちならない親分風を吹かすところがあり、ときに同世代の子供たちからも煙たがれている。
そんな二人が、エーベルヴァイン城の偉観に圧倒された。
「冗談ではありませんよ」
「無駄…。まるっきりの無駄です。どれだけの苦労を民に強いて、アレを建てたのでしょう?」
ルイーザとファビオラは、自分たちを特別視して偉ぶるところがあったけれど、根っこはメジエール村の住民である。
権威主義や能力主義は、気分を昂らせるための装いにすぎない。
言うなれば、両親のモノ真似である。
「こんなものを建てるくらいなら、農地を増やしなさいよ」
「お城って、こんなだったんですねぇー。絵本で見て憧れていた自分が、馬鹿に思えます」
「こうなると、お城で暮らしている王子さまにも期待できませんね」
「はい、ルイーザさん。あたしたちとは、絶対に話が合わないと思います」
ルイーザとファビオラの本性は、ガチな現実主義者だ。
しかも要らぬ贅沢をすると、罪悪感に苛まれるタイプだった。
メジエール村では皆で仲良く助け合うのが、もっとも大切な基本ルールである。
魔物の襲撃や災害に備えるのも、森を開拓して耕作地を増やすのも、村人たちが力を合わせなければ不可能だ。
目に見える敵や障害、山ほどの困難が村の外にあった。
そのような土地で協力を拒み、ふんぞり返って偉ぶっていたら生きていけない。
相互互助の精神を阻害するような優越意識なら、最初から持たぬ方が良い。
「見るからに、尊大ぶっていますね」
「ええっ、ルイーザさん。お城の癖して、反り返っているように見えます」
「私は見せびらかされるのが、すごく嫌いです。見せびらかされると悔しいからではなく、見せびらかす人が醜悪だからです」
「その気持ち、あたしにも分かります」
エーベルバイン城は帝国民を威圧するために建てられた、権力の象徴である。
そこには、他国の侵略に睨みを利かせる意味合いもあった。
自然に集まって集落を形成し、互いに助け合う仕組みを必然とするメジエール村の子供たちに、ウスベルク帝国のシステムを理解しろと言う方が無理である。
ウスベルク帝国は屍呪之王を封印するために意図して作られた呪界であり、生贄を捧げる祭祀場であり、強固な檻である。
しかしピュアな心を持つルイーザとファビオラは、為政者の汚い都合を直感で察する。
権威を強調するのは、嘘を隠す目くらましだ。
「どうにも、好きになれませんわ」
「何やら踏みつけにされたようで、イヤーな気分です」
旅の間、浮かれていた分だけ、二人の落ち込みは激しかった。
◇◇
魔法学校はエーベルバイン城の敷地内にあった。
聖別された清らかな空気に包まれて、精霊樹の傍に立派な校舎が建っている。
その周囲には、生徒たちのために居心地の良さそうな寮が用意されていた。
どちらの施設からも、優しげな温もりが感じられた。
生徒たちがはしゃぎ、走りまわる校庭は、活気に満ちていて楽しそうだ。
ここには高圧的な雰囲気の欠片も存在しない。
「どういう事でしょうか?」
「ほんと…。それですよねぇー」
「お城とは雲泥の差です」
「素敵な校舎…」
魔法学校の建物は立派だけれど、生徒を威圧するようなところがなかった。
押しつけがましくもなければ、恩着せがましくもない。
子供たちを守ってくれる、お父さんのようだ。
ほっと安心できて、心が休まる。
とてもではないが、同じウスベルク帝国に所属する施設とは思えない。
「生徒たちは、私やファビオラより幼い感じですね」
「ええっ。何やら手習い所にいた、エルフっ子を思い出します」
「メルちゃんですね…。元気で、畏まったところがなくて、天衣無縫。たしかに、雰囲気が似ていますね」
「あっ。ルイーザさん、見てください。あれって、魔法じゃないですか…」
タケウマを操る男の子が、大きな歩幅でベンチを跨いだ。
「えっ?」
「あんなの…。普通なら、跨ぎこせる訳がありません」
「重心から考えて、足を開いたら動けなくなるはず…。あれは魔法ですね」
男の子はタケウマが自分の足であるかのように、ベンチを跨いで走り去った。
もちろん風の妖精たちが、男の子を手伝っているのだ。
「侮れませんね…。かなり優秀な生徒がいるようです」
「さすがは魔法学校と言ったところでしょうか」
ルイーザとファビオラは、お互いに頷き合った。
「どうやっているのでしょう。全然、分かりません」
「ちいさな子に負けたみたいで、無性に悔しいですね」
「このさい、これまでの驕りは捨てましょう。私たちは、学びに来たのです。あの子たちは、私たちの先輩です」
「そうですね…」
「力の限り頑張って、私たちが一番になるのです…!」
メジエール村の代表として、魔法学校の生徒たちに負けてはいられない。
マーシャ先生みたいな精霊魔法術師になりたいのなら、こんなところで挫けてはいられない。
「私も、あの遊具が欲しい。多分あれは、精霊魔法を身につけるために必要なモノなのです」
「そう言われてみれば、精霊魔法の修行にも見えますね」
メジエール村の中央広場で遊んだ経験があれば、幾らでもタケウマの技を見物できたことだろう。
しかしルイーザとファビオラが暮らしていた場所は、中央広場から離れていた。
一緒に遊ぶ仲間や場所も、幼児ーズとは違う。
魔法タケウマを見るのは、二人とも初めてだった。
そして更なる驚きが、寮へと向かったルイーザたちを待ち受けていた。
「えーっ!」
「ネコ…」
入寮するさいに寮母と顔を合わせた二人は、びっくりして腰を抜かしそうになった。
寮の玄関に大きな茶色い猫が、二本足で立っていた。
「うん、いつもの反応だニャ。よぉーく、お聞きニャさい…。あちしは、猫でニャイ。偉大ニャる妖精猫族です。二人とも、よろしくニャ」
厳密には精霊であるが、ケット・シーたちは自分たちを妖精猫族と名乗っている。
そこに特別な意味はない。
「ええーっ。ケット・シーって、精霊の…」
「絵本だけの話だと、思い込んでいました。本当に存在するなんて…。すっごくカワイイ」
驚く二人にウンウンと頷く寮母さんは、花柄のエプロンドレスを纏ったケット・シーだった。
「私はメジエール村から来ました。新入生のルイーザです。よろしくお願いします」
「同じく、新入生のファビオラです。よろしくお願いします」
ルイーザたちは、礼儀正しく寮母さんに頭を下げた。
「あちしのニャ(名)は、ブラウンだニャ。ブラウンさんと呼んで欲しいニャ。困ったことがあったら、あちしに訊くといいニャ」
寮母さんが仰ぎ見るようにして、二人の顔を眺めた。
「ルイーザさん。大きな猫ちゃんが二本足で立って、にゃあにゃあ鳴いてますよ」
「精霊さまとお話しできるなんて、夢みたい…。毛の色が茶だから、ブラウンさんなのね。分かりやすぅー。うはぁー、おひげがヒクヒクしてる。ニャンコちゃーん」
ルイーザとファビオラが手を伸ばして、寮母さんの頭を撫でた。
やわらかなフワッとした毛並み。
モフモフだ。
「おまえたち、ちょっと失礼だニャ。もう少し、寮母さんを敬いニャさい」
ブラウンさんの目が半眼になった。
チョット怒っている。
「「はい。ごめんなさい」」
慌てて手を引っ込め、頭を下げるルイーザとファビオラだった。
二人が与えられた部屋は機能的で無駄が省かれているのに、窮屈さを感じさせなかった。
心もち天井が高くて、暮らしやすそうな部屋である。
自室に荷物を置いてから、寮母さんに勉強部屋や談話室、寮生が共有するトイレやお風呂などを案内してもらった。
「ここは女子寮だニャ。食事は男女一緒に、大食堂で配膳されるニャ。お掃除当番は、交代制だニャ。もっとも女の子なら設備を汚さないように気をつけて、不備を見つけたら率先してニャンとかすべきだと思う…」
「はい。寮の設備は清潔に保つよう、心がけます」
「確かに…」
寮母さんは満足そうに頷いてから、話を続けた。
「うん。ここからが大事ニャ…。しっかりと聞いて、覚えるニャ。もぉーし忘れたら、きびしい罰則を食らわすニャ」
「はい…」
「分かりました」
「朝、昼、夕と、面倒くさがらずに大食堂へ行くニャ。勝手に食事を抜いたりしたら、泣くほど蹴っ飛ばすから覚悟しておくニャ…。雨が降ろうと雪が積もろうと、朝、昼、夕の食事は絶対ニャ。これは魔法学校の生徒が守るべき、たった一つの掟ニャ…。授業をさぼるのは見逃してやるけど、食事を抜くのは許さニャい!」
寮母さんが身振り手振りを交えて、ルイーザたちを脅しつけた。
その日の夕食を大食堂で取ったルイーザとファビオラは、目を丸くした。
大勢の生徒たちでガヤガヤと賑わう大食堂。
その片隅に席を取ったルイーザとファビオラが、夕食に並んだメンチカツ定食に舌鼓を打つ。
「お、美味しい」
「これって、卒業パーティーで食べたお料理みたい」
「あっ…。メルちゃんが用意してくれた、お料理ですね」
「あのときも、美味しくて驚きましたよね…。まあ、『酔いどれ亭』のメニューだと思いますけど…。だって…。あんなエルフっ子に、ちゃんとした料理なんて作れませんよ。料理上手と噂のフレッドさんかアビーさんに、拵えてもらったのでしょう」
「うーん。ファビオラは、そう言いますけど…。ここの料理長を務めるミケさんは、ケット・シーだそうです。メルちゃんとケット・シー、どちらが料理を作れそうですか…?」
「えーっ。それはぁ…」
どちらも無理っぽいので、ファビオラは答えに窮した。
ケット・シーの手は、猫手だ。
常識から考えれば、おたまの柄さえ握れない。
包丁だって扱えないのだから、料理を作れるはずがなかった。
もし魔法で調理をしているとすれば、ファビオラの推理はまったく無意味になる。
「魔法が使えなければ、ミケさんやメルに料理は作れないと思います。だけど魔法が使えるのなら、最初から話は変わります。メルは、魔法が使えたのでしょうか…?」
「あの子は、エルフですし…。もしかすると、隠していたのかも知れませんね。ファビオラさんも精霊祭のときに、中央広場の精霊樹を見ましたよね」
「あっ、魔法料理店…」
「あの魔法料理店は、メルちゃんのお店かも知れませんね…」
ルイーザはナイフを使ってメンチカツを一口大に切り分けながら、ボソリと呟いた。
「えぇーっ。それはイヤだなぁー。あたし、あの子に魔法の自慢をしちゃったし…。えええーっ。かっこう悪い」
「ふっ…。心配いりません。格好の悪さでは、私の方がファビオラを凌駕しています」
ルイーザの顔から表情が抜け落ちていた。
「……いや。それ、あたしの立場で頷けませんよ」
ファビオラも料理の皿をにらんで、うつむく。
メルが魔法を使えたかもしれない可能性に気づくと、二人は目に見えて落ち込んだ。
いや、もう…。
わたし嘘つきですから。
今回もタケウマ先生を登場させられなかった。
予告ね。
絶対に次回で登場すると思うけれど、ここはそのうち登場するってことで…。
よろしくぅー。(´Д`)








