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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
208/369

ルイーザとファビオラ



魔法学校への入学が決まったとき、ルイーザとファビオラは天下を取ったような気分になっていた。

入学試験なし、学費なし、帝都ウルリッヒまでの旅費も魔法学校が負担してくれる。

そのうえ全寮制で、魔法学校の生徒には衣服や食事が支給される。


全ては無料である。


「何だか…。とても偉くなったような、気分になりますね」

「魔法が使えるからですよ。あたしたち、魔法の才能を認められたんです」


メジエール村から魔法学校へ向かう子供は、ルイーザとファビオラの他にもいた。

アーロンがスカウトした遊民の子供たちである。


建設労働者としてメジエール村に連れてこられた遊民たちは、日々の食事も満足に与えられず、ひどく困窮していた。

ニックとエミリの兄妹(きょうだい)を含む遊民の子供たちは、急いで誰かが助けなければ死んでしまいそうだった。

そこでアーロンは入学式と関係なく、遊民の子供たちを魔法学校に送り届けた。


ケット・シーたちが拵えた栄養満点の給食で、やせ衰えた子供たちをプリプリに肥えさせるためだ。


であるからして、微風(そよかぜ)の乙女号にはルイーザとファビオラの他に子供の姿がなかった。

もしルイーザたちが遊民の子らと話し合う機会を持てば、魔法学校への招待は魔法の才能と無関係であると知れただろう。


船旅の間、ルイーザとファビオラの優越意識は薄れることなく、すくすくと育っていった。

帝都ウルリッヒの魔法学校で、エリートへの道を目指そう。

そして、やがては王子さまとムフフ…。


二人の会話は、乙女らしい夢で溢れていた。


そんな二人も、微風(そよかぜ)の乙女号がクリニェの桟橋に(もや)われると言葉少なになった。


「これは…!」

「建物だらけですね。それも大きい」

「メジエール村の桟橋にも、何やら立派な建物が作られていて驚いたけれど…。帝都は規模が違いますね。そう思いませんか、ファビオラ…?」

「ルイーザさんの仰る通りですわ。きっと…。新しい時代が…。あたしたちの時代が、やってくる予感…」


二人が浮かれていたのも、ここまでの話である。


ルイーザたちは案内人の指示で馬車に乗り込み、エーベルヴァイン城を目指した。

そしてエーベルヴァイン城の全貌が見えてくると、次第に顔を引きつらせた。


「なななっ、なによアレ…。どんだけ大きいの…?」

「おかしい…。おかしいですよ。こんなの、人が住む建物じゃありません!」


二人はメジエール村の名家に生まれた。

血縁者たちはメジエール村に広大な耕作地を持ち、たくさんの資産を蓄えていて、強い発言権を持つ。


当然のことながら二人の両親にも権威主義的なところがあり、能力主義を口にすることもしばしばだった。

これに影響されたルイーザとファビオラには、鼻持ちならない親分風を吹かすところがあり、ときに同世代の子供たちからも煙たがれている。


そんな二人が、エーベルヴァイン城の偉観に圧倒された。


「冗談ではありませんよ」

「無駄…。まるっきりの無駄です。どれだけの苦労を民に強いて、アレを建てたのでしょう?」


ルイーザとファビオラは、自分たちを特別視して偉ぶるところがあったけれど、根っこはメジエール村の住民である。


権威主義や能力主義は、気分を(たかぶ)らせるための装いにすぎない。

言うなれば、両親のモノ真似である。


「こんなものを建てるくらいなら、農地を増やしなさいよ」

「お城って、こんなだったんですねぇー。絵本で見て憧れていた自分が、馬鹿に思えます」

「こうなると、お城で暮らしている王子さまにも期待できませんね」

「はい、ルイーザさん。あたしたちとは、絶対に話が合わないと思います」


ルイーザとファビオラの本性は、ガチな現実主義者(リアリスト)だ。

しかも要らぬ贅沢をすると、罪悪感に(さいな)まれるタイプだった。


メジエール村では皆で仲良く助け合うのが、もっとも大切な基本ルールである。

魔物の襲撃や災害に備えるのも、森を開拓して耕作地を増やすのも、村人たちが力を合わせなければ不可能だ。


目に見える敵や障害、山ほどの困難が村の外にあった。

そのような土地で協力を拒み、ふんぞり返って偉ぶっていたら生きていけない。


相互互助の精神を阻害するような優越意識なら、最初から持たぬ方が良い。


「見るからに、尊大ぶっていますね」

「ええっ、ルイーザさん。お城の癖して、反り返っているように見えます」

「私は見せびらかされるのが、すごく嫌いです。見せびらかされると悔しいからではなく、見せびらかす人が醜悪だからです」

「その気持ち、あたしにも分かります」


エーベルバイン城は帝国民を威圧するために建てられた、権力の象徴である。

そこには、他国の侵略に睨みを利かせる意味合いもあった。


自然に集まって集落を形成し、互いに助け合う仕組みを必然とするメジエール村の子供たちに、ウスベルク帝国のシステムを理解しろと言う方が無理である。

ウスベルク帝国は屍呪之王(しじゅのおう)を封印するために意図して作られた呪界であり、生贄を捧げる祭祀場であり、強固な檻である。


しかしピュアな心を持つルイーザとファビオラは、為政者の汚い都合を直感で察する。

権威を強調するのは、嘘を隠す目くらましだ。


「どうにも、好きになれませんわ」

「何やら踏みつけにされたようで、イヤーな気分です」


旅の間、浮かれていた分だけ、二人の落ち込みは激しかった。




◇◇




魔法学校はエーベルバイン城の敷地内にあった。

聖別された清らかな空気に包まれて、精霊樹の傍に立派な校舎が建っている。


その周囲には、生徒たちのために居心地の良さそうな寮が用意されていた。

どちらの施設からも、優しげな温もりが感じられた。


生徒たちがはしゃぎ、走りまわる校庭は、活気に満ちていて楽しそうだ。


ここには高圧的な雰囲気の欠片も存在しない。



「どういう事でしょうか?」

「ほんと…。それですよねぇー」

「お城とは雲泥の差です」

「素敵な校舎…」


魔法学校の建物は立派だけれど、生徒を威圧するようなところがなかった。

押しつけがましくもなければ、恩着せがましくもない。

子供たちを守ってくれる、お父さんのようだ。


ほっと安心できて、心が休まる。


とてもではないが、同じウスベルク帝国に所属する施設とは思えない。


「生徒たちは、私やファビオラより幼い感じですね」

「ええっ。何やら手習い所にいた、エルフっ子を思い出します」

「メルちゃんですね…。元気で、畏まったところがなくて、天衣無縫。たしかに、雰囲気が似ていますね」


「あっ。ルイーザさん、見てください。あれって、魔法じゃないですか…」


タケウマを操る男の子が、大きな歩幅でベンチを跨いだ。


「えっ?」

「あんなの…。普通なら、跨ぎこせる訳がありません」

「重心から考えて、足を開いたら動けなくなるはず…。あれは魔法ですね」


男の子はタケウマが自分の足であるかのように、ベンチを跨いで走り去った。

もちろん風の妖精たちが、男の子を手伝っているのだ。


(あなど)れませんね…。かなり優秀な生徒がいるようです」

「さすがは魔法学校と言ったところでしょうか」


ルイーザとファビオラは、お互いに頷き合った。


「どうやっているのでしょう。全然、分かりません」

「ちいさな子に負けたみたいで、無性に悔しいですね」

「このさい、これまでの驕りは捨てましょう。私たちは、学びに来たのです。あの子たちは、私たちの先輩です」

「そうですね…」


「力の限り頑張って、私たちが一番になるのです…!」


メジエール村の代表として、魔法学校の生徒たちに負けてはいられない。

マーシャ先生みたいな精霊魔法術師になりたいのなら、こんなところで(くじ)けてはいられない。


「私も、あの遊具が欲しい。多分あれは、精霊魔法を身につけるために必要なモノなのです」

「そう言われてみれば、精霊魔法の修行にも見えますね」


メジエール村の中央広場で遊んだ経験があれば、幾らでもタケウマの技を見物できたことだろう。

しかしルイーザとファビオラが暮らしていた場所は、中央広場から離れていた。

一緒に遊ぶ仲間や場所も、幼児ーズとは違う。


魔法タケウマを見るのは、二人とも初めてだった。


そして更なる驚きが、寮へと向かったルイーザたちを待ち受けていた。


「えーっ!」

「ネコ…」


入寮するさいに寮母と顔を合わせた二人は、びっくりして腰を抜かしそうになった。


寮の玄関に大きな茶色い猫が、二本足で立っていた。


「うん、いつもの反応だニャ。よぉーく、お聞きニャさい…。あちしは、猫でニャイ。偉大ニャる妖精猫族(ケット・シー)です。二人とも、よろしくニャ」


厳密には精霊であるが、ケット・シーたちは自分たちを妖精(・・)猫族と名乗っている。

そこに特別な意味はない。


「ええーっ。ケット・シーって、精霊の…」

「絵本だけの話だと、思い込んでいました。本当に存在するなんて…。すっごくカワイイ」


驚く二人にウンウンと頷く寮母さんは、花柄のエプロンドレスを纏ったケット・シーだった。


「私はメジエール村から来ました。新入生のルイーザです。よろしくお願いします」

「同じく、新入生のファビオラです。よろしくお願いします」


ルイーザたちは、礼儀正しく寮母さんに頭を下げた。


「あちしのニャ(名)は、ブラウンだニャ。ブラウンさんと呼んで欲しいニャ。困ったことがあったら、あちしに訊くといいニャ」


寮母(ブラウン)さんが仰ぎ見るようにして、二人の顔を眺めた。


「ルイーザさん。大きな猫ちゃんが二本足で立って、にゃあにゃあ鳴いてますよ」

「精霊さまとお話しできるなんて、夢みたい…。毛の色が茶だから、ブラウンさんなのね。分かりやすぅー。うはぁー、おひげがヒクヒクしてる。ニャンコちゃーん」


ルイーザとファビオラが手を伸ばして、寮母(ブラウン)さんの頭を撫でた。


やわらかなフワッとした毛並み。

モフモフだ。


「おまえたち、ちょっと失礼だニャ。もう少し、寮母さんを敬いニャさい」


ブラウンさんの目が半眼になった。

チョット怒っている。


「「はい。ごめんなさい」」


慌てて手を引っ込め、頭を下げるルイーザとファビオラだった。



二人が与えられた部屋は機能的で無駄が省かれているのに、窮屈さを感じさせなかった。

心もち天井が高くて、暮らしやすそうな部屋である。


自室に荷物を置いてから、寮母(ブラウン)さんに勉強部屋や談話室、寮生が共有するトイレやお風呂などを案内してもらった。


「ここは女子寮だニャ。食事は男女一緒に、大食堂で配膳されるニャ。お掃除当番は、交代制だニャ。もっとも女の子なら設備を汚さないように気をつけて、不備を見つけたら率先してニャンとかすべきだと思う…」

「はい。寮の設備は清潔に保つよう、心がけます」

「確かに…」


寮母(ブラウン)さんは満足そうに頷いてから、話を続けた。


「うん。ここからが大事ニャ…。しっかりと聞いて、覚えるニャ。もぉーし忘れたら、きびしい罰則を食らわすニャ」

「はい…」

「分かりました」


「朝、昼、夕と、面倒くさがらずに大食堂へ行くニャ。勝手に食事を抜いたりしたら、泣くほど蹴っ飛ばすから覚悟しておくニャ…。雨が降ろうと雪が積もろうと、朝、昼、夕の食事は絶対ニャ。これは魔法学校の生徒が守るべき、たった一つの掟ニャ…。授業をさぼるのは見逃してやるけど、食事を抜くのは許さニャい!」


寮母(ブラウン)さんが身振り手振りを交えて、ルイーザたちを脅しつけた。



その日の夕食を大食堂で取ったルイーザとファビオラは、目を丸くした。


大勢の生徒たちでガヤガヤと賑わう大食堂。

その片隅に席を取ったルイーザとファビオラが、夕食に並んだメンチカツ定食に舌鼓を打つ。


「お、美味しい」

「これって、卒業パーティーで食べたお料理みたい」

「あっ…。メルちゃんが用意してくれた、お料理ですね」

「あのときも、美味しくて驚きましたよね…。まあ、『酔いどれ亭』のメニューだと思いますけど…。だって…。あんなエルフっ子に、ちゃんとした料理なんて作れませんよ。料理上手と噂のフレッドさんかアビーさんに、拵えてもらったのでしょう」

「うーん。ファビオラは、そう言いますけど…。ここの料理長を務めるミケさんは、ケット・シーだそうです。メルちゃんとケット・シー、どちらが料理を作れそうですか…?」


「えーっ。それはぁ…」


どちらも無理っぽいので、ファビオラは答えに窮した。


ケット・シーの手は、猫手だ。

常識から考えれば、おたま(レードル)の柄さえ握れない。

包丁だって扱えないのだから、料理を作れるはずがなかった。


もし魔法で調理をしているとすれば、ファビオラの推理はまったく無意味になる。


「魔法が使えなければ、ミケさんやメルに料理は作れないと思います。だけど魔法が使えるのなら、最初から話は変わります。メルは、魔法が使えたのでしょうか…?」

「あの子は、エルフですし…。もしかすると、隠していたのかも知れませんね。ファビオラさんも精霊祭のときに、中央広場の精霊樹を見ましたよね」

「あっ、魔法料理店…」

「あの魔法料理店は、メルちゃんのお店かも知れませんね…」


ルイーザはナイフを使ってメンチカツを一口大に切り分けながら、ボソリと呟いた。


「えぇーっ。それはイヤだなぁー。あたし、あの子に魔法の自慢をしちゃったし…。えええーっ。かっこう悪い」

「ふっ…。心配いりません。格好の悪さでは、私の方がファビオラを凌駕しています」


ルイーザの顔から表情が抜け落ちていた。


「……いや。それ、あたしの立場で頷けませんよ」


ファビオラも料理の皿をにらんで、うつむく。


メルが魔法を使えたかもしれない可能性に気づくと、二人は目に見えて落ち込んだ。






いや、もう…。

わたし嘘つきですから。

今回もタケウマ先生を登場させられなかった。


予告ね。

絶対に次回で登場すると思うけれど、ここはそのうち登場するってことで…。


よろしくぅー。(´Д`)

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[一言] メジエール村の子供はみんな真っ直ぐだから メルちゃんが正直に話せばすぐ打ち解けられそうなのだ 次回タケウマ先生期待してます!
[一言] 更新再開されてた!やったー 作者様体調お気をつけてね! メルちゃんは相変わらずパワフル幼児だったw これからも更新楽しみにしてます〜 タケウマ先生出番早く来るといいね
[一言] ルイーザとファビオラ、根はとても良い子みたいなので安心した。
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