妖精パワーだよ
森の魔女が長年にわたって頭を悩ませてきた問題は、精霊樹の導きによって精霊の子に託された。
メルには使命を引き受けた自覚などサラサラ無かったが、封印されて苦しんでいる妖精たちを見れば、その手で解き放つに決まっていた。
森の魔女は妖精たちを苦しめる悪い魔法使いの存在と、封印魔法の解き方をメルに伝えることで、己の務めを果たしたのだ。
メルの身体に宿った妖精たちも、やがて心強い味方となることだろう。
今メルはアビーの膝に抱かれて、家路についたところだ。
エミリオが走らせる荷馬車に揺られて、眠たそうな顔をアビーの胸に埋めている。
メルの可愛らしい唇が、チューをするように突きだされていた。
疲れて、寝ぼけているのだ。
「もぉー、メル。メルってば…。なんか、この子。だんだん、赤ちゃんぽくなってない?」
「ぶははっ!そりゃ…。おっぱい欲しい顔かぁー。?!」
アビーとエミリオが、ウトウトしているメルを見て笑った。
琥珀色をしたメルの瞳は、ナニも見ていなかった。
ボーッとして焦点が合っていない。
ときおり耳がピクリと動くけれど、アビーたちの話を理解しているようには思えなかった。
薄目を開けて、眠っていた。
「寝てるよね。これ…」
「ああっ…。魔女さまの手伝いで、さぞかし疲れたんだろ!」
「メルは、赤ちゃんだ!」
「………」
アビーはメルからの異議申し立てがないので、寝ているモノと判断した。
メルの幼児化は、ユルユルと進行していた。
欲望の赴くまま、花丸ポイントで食べ物や調理具を買いまくり、幼児退行防止アイテムを後回しにしたツケである。
また見方を変えるなら…。
男子高校生である森川樹生が、メルとして異世界で生きるコトを受け入れた証でもあった。
女児である自分の境遇に、少しずつ抵抗を感じなくなっているのだ。
コクリコクリと舟をこぎながら、メルは唇を鳴らす。
チュッパ、チュッパと。
「どう見ても、おしゃぶりが必要な顔だぁー!」
御者台から後ろを眺めて、エミリオが断言した。
「何だかなぁー。おとな扱いを要求する癖に、指シャブリとかしたら許さないぞ!」
「まあまあ…。可愛いんだから、良いじゃないか」
「んーっ。そうなんだけどねぇ」
寝ぼけているメルはアビーが差しだした指を咥え、チューチューと吸った。
「ねぇ、見てよ…。吸ってる。吸ってる!」
「あははっ…。おっぱいチューチューだな」
吸ってしまったのがアビーの指なので、メルとしてはセーフだけれど…。
もし…。
もし仮に、これが指やおしゃぶりでなかったとしたら。
哺乳瓶でもなかったとしたら。
由々しき事態であった。
◇◇◇◇
翌日の朝。
メルはベッドで伸びをすると、タブレットパソコンを起動させた。
フレッドとアビーの姿は、既になかった。
二人とも朝の仕事に取り掛かっているのだろう。
メルはジッとモニターを見つめた。
(昨日の苦労は、ステータスに反映されているのかなぁ…?)
森の魔女から依頼されて、妖精たちを助けた。
だけど、黒いヤツを退治した訳ではない。
倒した敵が経験値に変わる仕組みだとすれば、指を血塗れにしてまで頑張ったけれど、ステータスとは関係なかったかもしれない。
そこのところを是非とも確認したかった。
「おっ…。えべる、あがっとぉー!」
レベルが、六に上がっていた。
しかも、『妖精パワー』なる新項目が追加されていた。
頑張った甲斐があった。
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【ステータス】
名前:メル
種族:ハイエルフ
年齢:四歳
職業:掃除屋さん
レベル:6
体力:24
魔力:80
知力:50
素早さ:5
攻撃力:3
防御力:3
スキル:無病息災∞、女児力レベル∞、料理レベル6、精霊魔法レベル8。
特殊スキル:ヨゴレ探し、ヨゴレ剥がし、ヨゴレ落とし、ヨゴレの浄化。
加護:精霊樹の守り。
バッドステータス:幼児退行、すろー、甘ったれ、泣き虫、指しゃぶり。
【妖精パワー】
身体に取り込んだ妖精さんたちが、能力数値を上方修正してくれます。
地の妖精さん:防御力、頑強さを上昇させます。
水の妖精さん:回復力、治癒力を上昇させます。
火の妖精さん:運動能力、攻撃力を上昇させます。
風の妖精さん:判断力、敏捷性を上昇させます。
(注意事項)
能力の上昇に伴い、霊力の消費が激しくなります。
精霊樹の実を摂取して、霊力の補給に努めましょう。
【装備品】
頭:猫耳ナイトキャップ
防具:幼児用パジャマ
足:なし
武器:なし
アクセサリー:なし
花丸ポイント:300pt
【友だち】
クロ:バーゲスト。犬の妖精。魔女の使い魔。
ミケ:ケット・シー。猫の妖精。猫の王族。
タリサ:人間の女児。雑貨屋の末娘。
ティナ:人間の女児。仕立屋の娘。
(友だちはナビゲーション画面から、パーティーメンバーに組み込むことが可能です)
【イベント】
ミッション:厨房を穢れから守る、食料保存庫を穢れから守る、畑を穢れから守る。
スペシャルミッション:囚われの妖精さんを探しだし、封印を解除しよう。
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「むっ、むむむっ…?」
新しい項目があった。
どう見ても、注目すべきは『妖精パワー』だった。
(これさえあれば…。まったく上昇しない素早さ、攻撃力、防御力の三要素が、完璧にカバーできるじゃないか!)
そうメルは考えた。
「んーっ?」
だが、発動のさせ方が分からない。
お腹に力を入れてグッと息んでみても、何かが変わったようには思えなかった。
「レーリョク…。おど、ないとダメ?」
正直なところ。
疲弊しきった妖精たちは、メルに力を貸せる状態になかった。
是非とも霊力の補充が必要だった。
「セイエージュに、ミィーもらう」
善は急げだ。
メルはベッドから飛び降りて、パジャマを脱ぎ捨てた。
かぼちゃパンツだけの、あられもない姿で靴下を着け、頑丈な革靴を履く。
前世と違ってズボンを穿かないから、靴が最初でも問題なかった。
「ミィー、おいしいかな?」
メルの口中に、ヨダレが溢れてきた。
昨日はエミリオの家から帰るときに寝てしまい、不覚にも晩御飯を食べ損ねた。
だから、お腹がペコペコだ。
フレッドが朝食を用意するには、まだ少し早い。
朝食まえに精霊樹の実を食べるのは、悪くない考えだった。
(だけど、メルの樹に実なんて生ってたかな…?)
先ずは、そこを確認しなければなるまい。
メルは手早くシュミーズを身に着けてから、いつものワンピースを纏った。
因みに、新しいワンピースはピンク色なので、あまり着たくなかった。
リボンとフリルがヒラヒラして、うざいし。
オシャレで恥ずかしい。
仕立屋に可愛らしいワンピースを注文したフレッドは、メルが喜ばなかったので悲しそうだった。
(ごめんね、フレッド。パパの気持ちは分かるけどさ。僕もオトコとして、譲れない線があるんだよ。自分からのオシャレは、ちと勘弁してください)
慣れでしかないのだが、慣れだけに色々と難しい。
アビーの抱っこにも慣れたのだから、そのうちオシャレにも対応できるはず。
多分、おそらく、きっと…。
『それまで、待っていてください!』と、メルは心の中でフレッドに頭を下げた。
村中を旅してメルのもとにやって来たクタクタのワンピースは、地味なブルーグレーで、リボンなどの装飾も失われていた。
草臥れているけれど、そこが良い。
古参兵と同じで、何とも言えぬ風格がある。
歴戦の女児服だった。
メルは姿見に映るエルフ女児の姿を見つめ、ニカリと笑った。