解放された遊民たち
メジエール村ではメルを中心に、冒険者ギルドとフレッドの傭兵隊が協力し合い、建築現場で強制的に働かされていた遊民たちを手際よく各所に収容した。
空き部屋を提供し、栄養のある食事を与え、キチンと身なりを整えさせてから、タイミングを見計らって人手が足りない農地へと送りだす。
ファブリス村長は、遊民たちにメジエール村での居住権を与えた。
遊民たちは、徐々に明るい笑顔を取り戻していった。
いや。
もう彼らは、正式なメジエール村の構成員だった。
どこへ行こうと胡散臭い目で見られる、遊民ではなかった。
その一方で…。
ファブリス村長がマルティン商会から派遣されたヘッポコな現場監督たちの説得に当たり、何とかメジエール村に都合の良い形で合意を得た。
メルに相談されて、アーロンが立てた計画である。
根回しまで済ませたアーロンは、魔法学校に入学する予定の子供たちを引率して、帝都ウルリッヒへと向かった。
『メルさんの能力があれば、簡単ですよ。知恵を絞る必要もないでしょ』
アーロンに言われた台詞が、メルの心を抉った。
(水は低きへ流れ、凡人は易きに向かう…)
人を動かすのは飴と鞭で、叩くばかりだと上手く行かないものだ。
今回のケースであれば、現場監督たちが引くに引けない理由を消し去ってしまえばよい。
岩をどければ、水は流れる。
(カネとメンツですか…)
メルとしてはドヤ顔のアーロンに納得させられたのが、非常に悔しかった。
現場監督たちは昼夜を問わずメルの襲撃に曝されて、すっかり追い詰められていた。
そこに救いの手を差し伸べられたのだから、意地っ張りの殉教者でもない限り、頷こうというものである。
村人から尊敬される村長の話なら聞こうとする現場監督たちに、少なからず思うところはあった。
けれど、すべては計略の内であるから、メルは堅く口を閉ざして知らぬふりを貫いた。
(こいつらは…。子どもの言うことなんて、聞けないってことだね!)
まあ、黙っていただけで、腹の中は煮えくり返っていた。
アーロンにへこまされた怒りも、ムカつく現場監督たちに上乗せだ。
そんなこんなで、メルはブブちゃんたちを出動させた。
勿論、『天の声』を使って、現場監督たちの不安をガンガンと煽るためだ。
ファブリス村長が現場監督たちと約束したのは、二つだけ。
先ずは現場監督たちがマルティン商会と交わした契約を滞りなく完了させるべく、メジエール村で支援すること。
その上で協力の見返りとして、ここでの話し合いを他言しないよう、現場監督たちに誓わせた。
(はんっ…。ブブちゃんたちが、居るからね…。約束は、絶対に破らせないよ!)
自分たちに得しかない契約を突き付けられて、現場監督たちは首を傾げた。
ハッキリ言えば信じられないし、旨すぎる話に疑念を覚えずにいられないのだが、面子を失わずにゲームから降りる機会を窺っていたので、差し伸べられた手を拒むことも出来なかった。
ここで約束すれば、少なくとも忌々しい小鬼の襲撃が終わるのだ。
夜も満足に眠れなかった現場監督たちに、甘い誘惑を退ける気力など残されていなかった。
(ちょぉー、面倒くさい!)
メルは胸の内で、ぼやいた。
埋めてしまえば簡単なのだが、簡単だからと言って埋めてしまうのは怠慢だった。
そんな手抜きに走って感性が鈍れば、そのうち気に食わないと言うだけで他人を生き埋めにしかねない。
(そんなのは駄目だ。何でも拷問で解決するような…。ディートヘルムに胸を張れないような生き方は、望まない!)
ろくでなしの現場監督たちを宥めすかすとか、本当に面倒くさかった。
それでも『調停者クリスタ』やメルの存在を敵から隠すには、慎重にコマを進める必要があった。
マルティン商会に要らぬ情報を与えるのは、考えるまでもなく悪手だ。
おそらくは敵も、モルゲンシュテルン侯爵領が制圧された時点で、ウスベルク帝国の異常さに気づくことだろう。
ミッティア魔法王国から派遣された魔法軍をヴェルマン海峡の向こう岸へ追いやるまでは、可能な限り情報を封鎖したい。
そのうちバレるに決まっているので、完璧さは求めていなかった。
さもなければ、タルブ川の桟橋付近に居住区画を造ろうなんて考えない。
『近いうちに、敵も気づくじゃろう…!』と、クリスタは苦笑していた。
メルの樹は、とんでもなく目立つ。
メジエール村の中央広場に堂々と聳え立ち、隠しようがない。
どうしたって、秘密は漏れるものだ。
(頑張って隠しても、あと二年と言うところかなぁー?)
エーベルヴァイン城に根付いた精霊樹は、何としても守り切る。
ミッティア魔法王国に囚われている妖精たちも、どうにかして助けたい。
メルは寂しそうな顔になった。
まだまだ、遊び足りない。
これからもずっと、普通の子供として幼児ーズと、はしゃぎまくりたかった。
(いや、僕はあきらめないぞ。邪魔者は、容赦なく倒す。そんでもって、みんなと一緒に遊ぶんだ!)
とっても面倒くさいけれど、雑魚どもの篭絡は平和な生活を守るための一手だった。
◇◇◇◇
納期に間に合いそうもない建築現場は、メルに依頼された大工の精霊が引き継いだ。
メジエール村にだって、ニルス兄貴みたいに立派な大工は居る。
だけど、メジエール村の大工職人にマルティン商会の依頼を押し付けるのは、どう考えてもスジが違った。
それだけでなく、大工職人を雇うために必要な費用が捻出できなかった。
現場監督たちが経費を使い込んだりしなければ、もう少しやりようもあっただろう。
現状、大工職人を雇うために使える資金は、全く残されていない。
メルは魔法料理店の自室に銅貨をたんまり貯め込んでいたけれど、何件もの屋敷を建てるなんて絶対に無理だ。
働いているとは言っても子供のヘソクリだから、小さな物置小屋を造ってもらうのが精いっぱいなのだ。
更に付け加えるなら、ファブリス村長がアーロンの計画を受け入れたのは、メルに大工の精霊を見せられたからであった。
ファブリス村長には謂れのない建築費用を立て替えるために、メジエール村の公的な貯えを切り崩すつもりなど毛頭なかった。
村長として、実に正しい態度である。
「ちっ。なんかヨォー。面白くねぇ図面だなぁー」
大工の精霊たちを従えた棟梁は、不満そうな顔で設計図を放りだした。
「トォーリョー。つまらないシゴトよ。だけど、辛抱ダイジねぇ」
「俺っちが、ちょいちょいと工夫してもいいか?」
「やめんかい!できればのぉー。こっちの建物は、思い切り手を抜いて欲しいんじゃ」
メルが棟梁に食って掛かった。
「むっ。そいつは出来ねえ相談だぜ。いっくら妖精女王陛下の頼みと言っても、職人には譲れねぇことがある!」
棟梁が、いきなり臍を曲げた。
「しゃぁーないのぉー。説明するんは、苦手じゃけど…。キッチリと話しとくわ」
「しょうもない話なんざ、こちとら端から聞く耳持たねぇー。俺っち職人に手抜きとか口にするのは、御法度だぁー!」
「まぁー、そう言わんと…。わらしの話を聞いておくんなまし」
こうしてメルは、計画の全貌を棟梁に打ち明けた。
「フーム。つまり、なんだ…。本命はタルブ川の桟橋付近に造る予定でいる小規模な居住区画で、こっちが見劣りするようにして欲しいと…。そう言うことか?」
「おぅ。正しく、その通りデス」
外部からの来訪者をメジエール村の奥まで立ち入らせず、居住区画で足止めするのがメルの狙いだった。
その為にも、現場監督たちが建築していた屋敷を安っぽく仕上げて欲しい。
むしろ、粗悪な方が好ましい。
要するに契約違反を追求されない程度の屋敷が、建っていれば良いのだ。
「なんでェー。そう言うことなら、なぁーんも問題なかろう…。こっちも全力で、おっ建てたるぜ!」
「なあなあ、トォーリョー。ちゃんと、わらしの話を聞いとったか…?」
「居住区画の方が、ここより立派なら文句ねぇーだろ!」
「うぐっ…」
メルは何も反論できずに、茫然として棟梁を見上げた。
棟梁は断じて手抜きをしないらしい。
どうしようもなかった。
「それより、問題があるぜ」
「何ぞっ…?」
「俺っちは大工だ。居住区画の下水や道路は、ちと扱えねぇな」
「おーっ。そこら辺は、バッチリじゃ。既に土建屋の精霊さんを創造して、区画整備を任せてあるどォー」
「さすが女王陛下だ。段取りが良いねぇー」
棟梁は機嫌を直して、ガハハハッと豪快に笑った。
話し合うメルと棟梁の後ろでは、相変わらず『合点だぁー!』を連呼しながら、大工の精霊たちが建築作業を進めていた。
◇◇◇◇
精霊復活祭の閉会式を終えた斎王ドルレアックは礼拝堂の脇に設えられた控室で、エグランティーヌが差し出した平たい木箱を睨んだ。
「何だ、これは…?」
「オミヤだそうです」
「おみや…?」
「正確には、お土産と言ってなぁー。よそ様へ挨拶しに行くとき手渡す、贈り物じゃ」
クリスタが、面倒くさそうに説明した。
「ふんっ。聞いたことがある。人族の習慣だな…。でっ、誰から貰った?」
斎王ドルレアックが、顔を顰めながら訊ねた。
木箱の中身は食べものらしく、既にエグランティーヌが口に入れていた。
「オイシイ…」
「メルが聞いたら、きっと喜ぶよ。あの子は、料理人だからね」
「そうなんですか…?これっ、メルさんが作ったんですか…。精霊の子なのに、料理人…」
メルが作ったお菓子ではないけれど、概念界の和菓子職人に何度も味を調整してもらった。
とくに微妙な甘さには、とことんまで拘った。
バージョンアップを繰り返してきた『兎だぴょん♪』は、餡に精霊樹の実をたっぷりと使用している。
食べたことのない生菓子の上品な甘さと香りに、エグランティーヌの顔がほころんだ。
「エグランティーヌ…。見知らぬ相手から貰った物を気安く口に入れるな。毒でも盛られたら、どうするつもりだ!」
「そんな心配は要りません。クリスタさまの知人から頂いたのです。柔らかくて、ほんのりと甘くって、とても美味しいです」
「クリスタの知り合いだと…?そんな者が、どこにおると言うのだ…?」
「もう、お帰りになられました」
「はぁー?」
訳が分からずに、斎王ドルレアックは周囲をキョロキョロと見回した。
聖地グラナックに、クリスタを慕う者など殆どいない。
遠方から訪ねてきたのだとすれば、こんな夜更けに帰るはずがなかった。
それ以前に、たまたまグラナックの城塞で寛いでいたクリスタを訪ねてくるとか、不自然にもほどがあった。
腑に落ちないことだらけだ。
「もう、お帰りになられました」
「ちっ…!それは、もう聞いた。いちいち繰り返さんでもよい。少しばかり驚いて、動揺しただけだ」
「左様でございますか」
エグランティーヌは、しれっとした顔で受け流した。
「せっ、精霊の子とは何だ…?」
当然、斎王ドルレアックとしては、そこが気になるところだ。
「えっ?メルさんですか…。とても可愛らしい、お嬢さんでした。お連れのラヴィニアさんも、素敵なお嬢さんでしたねぇー」
「メルの態度を見ても、平気でカワイイと言えるなら…。エグランティーヌは、あたしのサイドだね」
「あらあら…。それでしたら、別の意見があるのでしょうか…?」
「色々さね。怖い。生意気。憎たらしい…」
「おいっ。私をほったらかして、勝手な会話をするな…。メルとは何者だ…?そのっ…。精霊の子についても、説明が済んでいないぞ!」
斎王ドルレアックが癇癪を起して、卓子を蹴とばした。
「ドルレアック…。精霊の子は、精霊の子だよ。メジエール村から、聖地を浄化しに来てくれたのさ」
「メジエール村だと…。それは、アナタが造った村か?」
「そうだよ。オマエさんも、夜空に咲く大輪の花を見ただろう。あれは、メルが妖精に頼んで咲かせたのさ」
「なぜ…。どうして私と話もせずに、精霊の子は帰ってしまわれたのだ…?是非とも、お会いしたかったのに…!」
「それはだねぇー。多分オマエさまに、ちっとも興味がなかったんじゃろう」
ここぞとばかりに、クリスタが意地悪く言い放った。
「わっ、私に、興味がないから…。帰ってしまわれたのか…?」
斎王ドルレアックは、今にも泣きだしそうな幼子みたいに表情を歪ませた。
そんな斎王ドルレアックをチラ見しながら、味わい深い萌えを堪能するエグランティーヌだった。