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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
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聖地グラナック



ミッティア魔法王国の北端を区切る国境線は、峻厳なアスケロフ山脈によって形成されている。

人跡未踏と言われるアスケロフ山脈の向こう側には、かつてエルフの王国が栄えていた。



「久しぶりだけど、ここの景色は何も変わらないね。不埒な人間どもを近づけぬ、精霊たちの領域さ…」


現在、調停者クリスタは、アスケロフ山脈の東部に聳えるグラナックの霊峰を下っていた。


雪と氷と岩壁しかない難所をクリアしたクリスタの表情には、隠しようのない疲労が窺えた。

何しろメジエール村から出発して、既に百日を数える長旅なのだ。

身体の芯に蓄積された疲れは、ごまかせない。


クリスタは毛皮の防寒装備に身を固め、右手に年季が入った杖を携えていた。


メルにも見せたことがない、世界樹の根から削りだした曰く付きの杖である。

同胞(エルフ)たちの血を大量に吸わせた、呪詛を操るための特殊なワンドだ。


強力で忌まわしい呪法は、世界にクリスタを調停者と認めさせた、理由の一つである。


人々に踏破不可能と言われるアスケロフ山脈も、クリスタにとっては厄介な山くらいの意味しか持たない。

妖精たちの助けがあれば、手漕ぎ船で大海を渡ることさえ可能になる。


それでもクリスタは、ミッティア魔法王国の国境を越えてから、老婆の偽装を解いていた。

多くの妖精たちを従える高位術者にしても、無駄なことに魔法を使えるほど余裕があるわけではなかった。


やがてクリスタの行く手に、緑の丘が見えてきた。


丘の上には、旅の途中で力尽きた遊民の遺体を思わせる古びた城塞が、寂しげに横たわっていた。

クリスタが遺体の頭部に見立てた、ひときわ大きなドーム状の建築物には、屋根に設置されるはずの尖塔が存在しなかった。


倒壊したのではなく、最初から造られなかったのだ。

それは先史時代に世界樹が祀られていた、特別な建築物である。


グラナックの城塞は、精霊に祈りを捧げるエルフたちの聖地だった。


「やれやれ…。斎王は元気かねェー?」


できれば、くたばっていて欲しい相手だった。

精霊宮に君臨する斎王ドルレアックは、クリスタを呪って罵り続けることを生甲斐にする男なので、好感を持つのが難しかった。


クリスタと斎王ドルレアックの付き合いは、千年以上の長きに渡る。

千年も顔を合わせるたびに痛罵を浴びせられたら、嫌いになっても仕方がない。


自然とクリスタの足も、聖地から遠のこうと言うモノだ。


「まあ…。あたしがしでかした事を考えれば、やむを得ないかね!」


この地に精霊樹を植えるのは、尊き世界樹が朽ちたときにクリスタが妖精たちと交わした契約である。

クリスタとしては、斎王ドルレアックに何を言われようが、粛々と約束を果たすだけだ。


大切な苗木を譲ってくれたメルとラヴィニア姫には、感謝の言葉もない。


今後の戦いをシミュレートするなら、グラナックの霊峰は要所たりえない。

他に幾らでも、精霊樹を必要とする地があるはずだった。


それなのにクリスタの事情を考慮してくれた。

有難いコトである。



グラナックの城塞に足を踏み入れようとしたクリスタは、大門を守る二人のエルフ兵士に止められた。

漸く髭が生え始めたような若いエルフと、その上司と思われる年嵩のエルフが、槍を交差させてクリスタの行く手を遮った。


「この地は、我らユグドラシル聖樹教会の聖地である。余所者の立ち入りは、如何なる理由があろうとも認められない。速やかに立ち去るがよい」


年若いエルフが、胸を張って口上を述べた。


お決まりの台詞だった。


「斎王ドルレアックは、まだ健在かい?」

「むっ。何者かは知らんが、斎王さまを呼び捨てにするとは怪しからん」


年嵩のエルフが、クリスタの無礼な態度を詰った。


「あたしを知らないアンタの方が、怪しからんよ。クリスタが訪ねてきたと、ドルレアックに報告しな。ほらっ、さっさと行くんだよ!」


「えっ、クリスタ…?貴女さまは、調停者さまですか。これは失礼いたしました!」


年嵩のエルフはクリスタに敬礼し、暫し待って欲しいと言い残してから、大門の奥へ向かって走り去った。


「くりすた…、って。滅国のクリスタ…?」


若いエルフが、小さな声でボソッと呟いた。


それを耳にしたクリスタは、不機嫌そうな目つきで若いエルフを睨みつけた。


「若造が…。口をつつしみな。それとも…。あたしに、躾けてもらいたいのかい?」

「もっ、申し訳ありません」


残された若いエルフは、クリスタから視線を逸らして気まずそうに俯いた。


呪いをかけられるとでも思ったのであろう。

若いエルフの顔色が青ざめていた。

明らかに怯えているのだ。


(はぁー。若い連中にまで、あたしの忌まわしい過去を語っているのかい。ドルレアックの奴め、どれだけ悪口を吹き込んでいるのやら…?)


クリスタは溜息を漏らし、手にした(ワンド)を若いエルフに突き付けた。


「そこをお退き。勝手に通るよ!」

「えっ。ちょっとお待ちを…。私が叱られます」

「許可が貰えるのを待っていたら、いつまで経っても用事を終わらせられない。さっきの男は、もう戻ってこないよ」

「ええっ?」


「あたしは、嫌われ者だからね!」


若いエルフの肩を叩き、クリスタが大門を潜った。


クリスタはこの地を守り続けて弱り果てた妖精たちに、一刻でも早く精霊樹を返してやりたかった。

その為であれば、罪のないエルフの二、三人を張り倒すぐらい、どうと言うこともなかった。

邪魔をするようであれば、殺してしまっても構わないくらいに思っていた。


もう既に、数えきれないほどの同胞(エルフ)を殺してきたのだから…。




◇◇◇◇




精霊を祀る斎女(いつきめ)たちの頭であるエグランティーヌは、妖精たちが騒ぐので日課の祈りを切り上げ、見習いの娘たちを連れて祭祀場から離れた。


「どちらへ参られますか…?」

「分かりません…。妖精たちに訊ねてください」


エグランティーヌが、警護の兵士に微笑みながら答えた。


エグランティーヌの機嫌が良いのは、妖精たちがはしゃいでいるからだ。

きっと妖精たちに、良いコトがあったのだろう。


「アルレット…。アナタも、ナニか感じますか?」

「はい。何やら心が浮き立つようです」

「よろしい…。それはアナタの心が、正しく妖精たちの喜びを拾っている証拠です。抗わずに、心を開きなさい」


「妖精たちは、いつも悲しそうなのに…。今日は、どうしたのでしょうか?」


エグランティーヌに師事する巫女見習いのアルレットが、不思議そうな顔つきで首を傾げた。


「今から、それを確かめに行くのよ。ほらっ、妖精たちが急かしているでしょ」

「……はい」


アルレットは瞼を閉ざし、そわそわとする胸元を押さえて頷いた。


心が解放されて、妖精たちと同期(シンクロ)していく。

妖精たちの喜びに触れて、思わず笑みがこぼれる。


周囲を見回せば、アルレットの同輩である巫女見習いたちも、やさしげな笑みを浮かべていた。



グラナックの城塞は、教会の建築物として類まれなる大きさを誇る。

だが、都市や街と呼ぶほどの規模はなかった。


その造りも、至ってシンプルなモノである。

大門から世界樹を祀るドームまで、一直線に道が続く。


巨大なドームの手前には、斎王ドルレアックの御座(おわ)す主聖堂が建っている。

大門に向かって道を進めれば、小礼拝堂や居住区画が続く。


小礼拝堂とは、斎女(いつきめ)たちが日々の祈りを捧げる祭祀場を指す。


大門の近くには、城塞を守備する兵士たちの宿舎があった。



エグランティーヌは巫女見習いの娘たちをぞろぞろと引き連れ、妖精たちの導きに従って大門へ向かった。


やがてエグランティーヌの耳に、守備兵たちと罵り合う女性の声が聞こえてきた。

それは懐かしい声だった。


「お姉さまの声…?あの声は、クリスタさまね!」


夜の女神。

悲運のエルフ女王。

滅国の魔女クリスタ…。


もう百年近く会えずにいた、憧れの女性(ヒト)である。


「兵士たちよ、道を開けなさい!」


エグランティーヌは声を張り上げた。


「しかしエグランティーヌさま、斎王さまが…」

「調停者クリスタの行く手を阻むモノは、呪詛を受けて手足から腐れ堕ちるであろう…」

「……ッ!」

「そのように、斎王さまは仰せでありました。まさか同じ口で、『クリスタを足止めせよ!』と、アナタたちに命じたりするはずがありません。斎王さまは、それほど無慈悲な方ではございません」


「ですが、確かに斎王さまは…」


守備隊の隊長が、エグランティーヌに食い下がろうとした。


「もし仮に、クリスタを通すなとの命令を出されたとしたら…」

「……はぁ」

「それは戯言でございましょう」

「ええっ?」


「斎王さまの、お戯れです。本気では、ございませんわ。さあ…。分かったなら調停者さまに、ご無礼をお詫びして、道を開けなさい」


エグランティーヌは、兵士たちの隊列に割って入った。


「ああっ。おやめください」

「お黙りなさい。責任であれば、私が引き受けましょう。それでもアナタは、調停者クリスタを怒らせてみたいのですか?」


「いえ。そのようなつもりは、毛頭ございません…。失礼をお詫び申し上げます」


守備隊の隊長は、クリスタに向かって深々と頭を下げた。


「命拾いしたね。エグランティーヌに感謝すると良い」


守備隊の隊長のまえを横切る際に、クリスタが小さな声で言った。


「ひぃっ!」


兵士の一人が悲鳴を漏らした。


兵士たちの靴は石畳と融合して、半ば石化していた。


メジエール村から離れたクリスタは、とても短気になるのだ。


(危ないところだったよ。あたしこそ、エグランティーヌに感謝しなけりゃいけないね)


クリスタとエグランティーヌは再会を喜び、互いに抱擁を交わした。


「お久しぶりです、クリスタお姉さま。この度は、またどのような御用でしょうか?」

「フフッ…。精霊樹の苗を植えに来たのさ」

「………えっ?」


エグランティーヌが驚きに目を丸くした。






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― 新着の感想 ―
[一言] このエルフたちの態度をみると、メルに失礼な態度をとりそう。 しかしクリスタは本当に偉かったんだな。 皇帝も子供の頃から面倒を見て貰ってたから頭が上がらないのだと思ってた。
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