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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
182/369

お食事会だよ

昨日の更新をさぼった分、今日はチョットだけ長めです。

てかさぁー。お食事会を描写してたら、びろーんと伸びちゃった。


蕎麦の話だけに、『伸びたらアカンよぉー!』てか?

お届けも、遅くなってしまった。


スミマセン…。

つまらん駄洒落でした。

今回は、蕎麦の話であります。


それでは本編をお楽しみください。( ̄▽ ̄)



『酔いどれ亭』の裏庭にしゃがみ込んだメルは、冷たい井戸水でジャボジャボとゴボウを洗っていた。

今朝の散歩でトンキーと雑木林まで出かけ、新しく掘ってきたゴボウである。


花丸ショップで購入したタワシを使い、泥と一緒にゴボウの皮をこそぎ落とす。

ゴボウの皮は、残っても構わない。

泥が落ちて、白くなれば良し。


先日、冒険者たちを撃退したときに採取したゴボウは、すでに家族で食べてしまった。

メルは鶏肉と根菜の煮つけを作り、ディートヘルムとアビーから高評価を得た。


フレッドは輪切りにされたゴボウを睨み、訝しげな顔つきで食べていたが、何も文句を言わなかったので合格点だ。

料理の師匠としてメルに厳しいフレッドだから、不味いものを食べさせたら黙っていない。


「木の根っこなのに…。コイツは随分と、柔らかいじゃねぇか」


フレッドの関心は、新素材であるゴボウに向けられていた。


採取したばかりのゴボウを見てしまったフレッドからすれば、食べられること自体に衝撃を受けたのだろう。

元の姿が想像できるように輪切りの状態で鍋に入れるメルも、なかなかのいたずら者である。

食材に対する好奇心が、有る、無しで、料理人フレッドを挑発しまくりだ。



さて…。

メルが今日作ろうとしているのは、大好物のキンピラゴボウだった。


「んーっ。土の匂い。とれたてはサイコォーよ♪」


『キンピラゴボウとマッチングが良い食べ物は…?』と言えば、お赤飯である。

キンピラゴボウのハッキリした甘辛い味とシャキシャキの歯ごたえが、おこわとの相性バツグンなのだ。

おこわであれば、山菜おこわだろうと、栗おこわだろうと、ちまきだろうと、どれでもキンピラゴボウを添えるコトで美味しさ倍増だ。


「おはぎだって、美味しいぞぉー」


『おこわの他に、キンピラゴボウと相性の良い食べ物は…?』と問われたなら、メルは迷わずに麺類と答えるだろう。

蕎麦、うどん、冷麦、そうめんと、どれもキンピラゴボウのお友だちである。


そしてメルは、おこわと麺類が大好きだった。

なので、キンピラゴボウがメルの好物になるのは、当然の流れと言えた。


因みに、お食事会のメニューは、キンピラゴボウを添えたザル蕎麦である。


樹生の母親が作ってくれたキンピラゴボウは、市販されているものより心もち細くカットされていた。

素材の香りと歯ごたえを残すために、短い加熱時間で調理を済ませる工夫だ。

甘味は抑えめでピリッと辛い。


「あの味を再現しマス!」


メルの調理スキルが、正しい手順とレシピを無意識の領域に用意(セット)する。

イメージを具現化させるための、調理チートである。

メルが詳細を知っている必要などなかった。


美味しい記憶と、食べたいと言う祈りさえあれば、メルの願いは叶えられる。


(調理スキル万歳だよ。このチート能力がなかったら、確実にホームシックでへしょげていたね…!)


当人の感覚で言えば、メルは食べ物への執着を抱えて異世界に転生したと言える。

元の世界で馴染んだ料理を食べられなければ、悲しくて頑張れなかったかもしれない。


「美味しいは、生きる糧ヨ…!」


お仕置されてゆくべき道を見失った冒険者たちに、生きる基本を教えるのがお食事会の目的だった。

先ずは美味しいものを食べなければ、明日への活力など湧くはずもない。


「わらしは、食べるために生きとォーよ。そんでもって、皆にも美味しいを上げるのデス」


メルは上機嫌で包丁を手に取り、まな板に向かった。


ゴボウとニンジンの長さを五センチほどに切り揃える。

これをサクサクと細切りにしていく。


ゴボウとニンジンの優しい香りが、辺りに漂う。

鼻をヒクヒクさせながら、暫し生きている喜びに浸る。


「しかし…。多すぎじゃ」


冒険者たちとのお食事会なので、大量のキンピラゴボウが必要になる。

従って、用意する材料だって、たくさん必要なのだ。


「くぅーっ、めんどくさ。やっとれんわ!」


基本的にメルは、自分が食べたいから作るのであって、こうした大変な作業が苦手だった。


〈あのねぇー。ここにあるのをゼェーンブ、こんな感じに切って欲しいの…。分かるかなぁー、妖精さん?〉

〈ホイホイ。見てたから、だいじょーぶヨォー〉

〈わたしたちに、任せてねェー♪〉

〈任せてねェー♪〉


後は、風の妖精たちに丸投げである。

お手伝いが大好きな妖精たちは、何事であれ最後まで踏ん張れないメルを心から愛していた。


お手伝いができるから…。

沢山の、お願いをしてもらえるから…。

すっごく嬉しそうに、『アリガトウ!』と言ってくれるから…。


だらしないメルと手助けしたい妖精たちは、ウインウインの関係にあった。


『酔いどれ亭』の裏庭に、ニンジンとゴボウの千切りが乱れ飛ぶ。

風の妖精たちはメルの手伝いを通して学び、最初の頃のように切り刻んだ素材を飛び散らせたりしない。

細切りにされたニンジンとゴボウは裏庭の地面に散らばったりせず、きちんと空中でキャッチされて大きなザルに放り込まれ、こんもりと山を作った。


「流石だわァー」


眺めていたメルは鷹の爪を輪切りにして、大鍋で温めていたごま油に投入した。

待つほどもなく、大鍋から唐辛子の香りが立ち昇る。


そこに刻まれたニンジンとゴボウを入れて、調味料を加える。

醤油に味醂、水を少しだけ注いだら、お玉でカシャカシャとかき混ぜる。


汁気がなくなれば、白ごまを塗して完成だ。


「うまぁー。ふぉーっ、久しぶりのキンピラゴボウ。サイコォーに、美味しいですネェー」


味見をしたメルの口から、喜びの声が漏れた。


「ありがとねぇー。ヨォーセイさん。これっ、なかよく食べてね…」


小鉢に取り分けたキンピラゴボウは、妖精たちの取り分だ。


メルは数回に分けて、大量のキンピラゴボウを拵えた。


「さぁーて、そいじゃ麵ツユの具合を見るべか…」



魔法料理店の厨房に移動したメルは、ソバツユの味をレードルでお椀にすくって確認した。


「うーむ。いい感じに、馴染んどるわ」


昨日の夕方に仕込んで一晩寝かせたソバツユは、醤油の尖った味が落ちて、まろやかに仕上がった。


メルのザル蕎麦は、ソバツユが田舎風である。

カツオ出汁の醤油ベースだけれど、たっぷりと具材が入っている。

大きな鍋を満たすソバツユの半量は、ひと口大に切った鶏のもも肉とシイタケだった。


細切りした長ネギがソバツユの表面に浮かび、爽やかな香りを添えていた。


「塩味はOK!」


次いで、お椀のソバツユをコクリと飲み干す。


「濃さも、バッチリじゃ!」


メルは満足そうに頷いた。


塩分濃度は、喉ごしで確認する。

舌が感じる塩味より、飲み下したときの抵抗でツユの濃度を測る。

ここで言う『飲み下したときの抵抗』とは、御猪口に注いだ生醤油を飲もうとしたときの飲みづらさと、思ってもらえばよい。


ソバツユの正しい飲みづらさを記憶していれば、濃度の調整が可能になる。


カツオ出汁と三温糖が入ったソバツユは、醤油のしょっぱさで甘みが消える瞬間を味の調和点と考える。

けれど濃度の調整に関しては、甘さと塩辛さで舌がバカになってしまうから、喉を通過するソバツユの重さに頼るのだ。


ソバツユの温度変化でも、舌が感じる塩味は大きく変化する。

濃度が足りない場合、冷めたときに塩辛さが消えてしまい、頼りなさを感じるようになる。


甘味と塩味のバランスが取れていても、濃度が足りないと美味しいソバツユにはならない。

だから、舌で感じる味より喉ごしを頼りにして、こまめに塩分量を確認するのだ。


メルは殆ど完成したソバツユに仕上げの追いガツオをすべく、火の妖精に加熱をお願いした。


「美味しいに、香りは大切デス…。ひと手間は、惜しんだらアカンよぉー」


長ネギとカツオ出汁に、醤油の香り。

懐かしいソバツユの香りだ。


「うへへーっ。和食の香り…。心が和むわぁー」


ここからが大仕事である。

ソバツユとキンピラゴボウがあっても、蕎麦がなくては話にならない。


「はぁー。人数分、茹でるんは大変じゃぁー」


蕎麦やうどんは、茹でるだけで済まされない。

たとえ乾麺であろうとも、茹で上がった麺は徹底的に冷水で揉み洗いをしなければいけない。


花丸製麺の二八蕎麦は、茹で時間が四分。

ツルツルしこしこが売りの、栄養価満点の田舎ソバだ。


だけど花丸製麺の商品であっても、茹で上がったら素早く冷水で締めて、うんざりするほど揉み洗いしなければいけない。

魔法食品だと言うのに、調理過程で手抜きするのを許してはくれない。

そこを省略したら、全てが台無しになってしまうのだ。


「くっ…。ちょっとだけ自分でして、残りは水の妖精さんに…」


既に逃げ腰のメルだった。


蕎麦を茹で始めたメルの横で、風の妖精たちが薬味の長ネギを刻んでいた。

なんとも、気の利く相棒たちである。


大根の味噌漬けに、卸したワサビや生姜、茗荷まで刻んでいる。

どれだけメルに、お礼を言って欲しいのか…?


「まぁー、エエわ。めっちゃ助かるで…。ほんにアリガトな、みんな」


こうして、メルの食べたい気持ちと妖精たちの努力により、魔法料理は完成するのであった。




◇◇◇◇




『メルの魔法料理店』では、珍しくオープンテラスのテーブルがフル稼働になった。

満員御礼の幟が必要な状態である。


冒険者ギルドのお食事会なのに、何故か隅の方の席に部外者が座っていた。

メルの家族とゲルハルディ大司教ことビンス老人だった。


『キミら、招待されてないデショ!』とは、言えない。


カレーうどんに味を占めてから、麺類となれば必ず顔を見せるビンス老人は、初めての蕎麦をまえにして満面の笑みを浮かべていた。

弟のディートヘルムは、メルに教わった箸を握って『いただきます』の合図を心待ちにしている様子だった。


「爺ちゃんやディーに、帰れとは言えません」


そうなれば、フレッドやアビーを追い返す事だって出来ない。

ただでさえお客さんが多すぎるのに、全くもって空気を読まない連中である。


メルは不愉快そうな顔で、各テーブルに蕎麦を運んで回った。


正に頑固エルフの店。

店の主人は、『お前ら帰れ!』と言わんばかりの仏頂面だ。




バルガスたち冒険者はメルに指示されて、四、五人ずつのグループに分かれ、テーブルに着いていた。


バルガスは目のまえに並んだ料理を調べて、穿き古したかぼちゃパンツなどが入っていないことを知り、ようやく胸をなでおろした。

汁が入ったお椀からは、食欲をそそる香りが漂っている。


「どうやら、まともな食物みたいだな…」

「まだ、分かりやせんぜ。何しろ相手は、あの悪魔チビだ。血を吐いて死ぬような、毒かも知れねぇ」

「だけどヨォー。食べるのは、オレたちだけじゃないようだぜ。だったら、そこまで心配することもなかろう」


「あーっ。悪魔チビの家族連中も、一緒に居ることだしなぁー。見たことのねぇ喰いもんだが、多分ちゃんとした料理なんだろう」


バルガスが料理を睨んで唸った。


メルにまともな飯を奢られるとなれば、これまた別の問題が生じる。


(あのガキに、ご馳走して貰う立場ってのは…。この場で正式に、上下関係を強要されてるってコトか…。はぁー。こまっしゃくれたチビが、俺のボスかよ。だけどなぁー。今更、面子に拘る意味があるのか?)


そう…。

冒険者たちに面子などと言うモノは、残されていなかった。


小さなエルフの娘に蹴散らされた時点で、バルガスたちのヒャッハーな日々は終わりを告げた。

泣いて、土下座して、許しを請うたあのとき、何もかもが失われてしまったのだ。

取り返しのつかない失敗だった。


メルを襲ったことが…。




何故かメルに促されたビンス老人が、オープンテラスの席から立ち上がった。


「えーっ、コホン。僭越ながら、食事会の挨拶を仰せつかりましたビンスと申します。皆さま、よろしくお願い致します…。この度、メジエール村と冒険者ギルドの間に、和解が成立したと伺いまして、大変に喜ばしく思います。私も余所者でありますから村人たちの代弁は出来ませぬが、冒険者の方々が村の皆さんと協力して日々の平和に貢献して下さることを私なりに願っております…。そして冒険者の皆さまが一堂に会し、このように和やかな雰囲気で食事会を開けたのは、やはり何と申しましても精霊樹さまのご加護があってのコト…。我ら衆生は(こうべ)を垂れて、精霊樹さまに感謝の祈りを捧げましょう」


ビンス老人は冒険者たちに釘を刺し、精霊樹に感謝の祈りを捧げた。


「さて、それでは皆さん…。メルさんのおもてなしを心から楽しむと致しましょう」


実のところ、誰よりもテーブルに並べられた料理に心を奪われているのは、ビンス老人だった。

お食事会の挨拶は、マチアス聖智教会で説法に慣れたゲルハルディ大司教の最短記録を更新した。


着席したビンス老人は、そそくさと大きな蒸篭(せいろ)から蕎麦を箸で取り、お椀に薬味を添えてズルズルと啜った。


「美味い…。カリーウロンとは、まったく異なる美味しさだ…。ありがたい」


ビンス老人の口から、素朴な喜びの言葉がこぼれた。


ビンス老人にとって、精霊の子が拵えた料理は特別な意味を持つ。

その意味するところは、日本神道における直会(なおらい)と同じくらいの重みがあった。


神さまに供えた御神酒や神饌のお下がりを戴くのが直会である。

精霊の子であるメルが拵えた料理なので、それはもう神さまが用意したゴハンを食べさせて貰うようなものだ。


「これでまた、寿命が延びると言うモノ…!」


ビンス老人としてはメルの料理を食べるたびに、竜宮城で乙姫さまから歓待される浦島太郎のような気分になる。

まさに夢心地だ。


「しかし…。これでまた、私の『美食の旅』に書くべき料理が増えた訳だが…」


どのように書き記せばよいのやら、皆目見当がつかなかった。


美味しいは、文章で伝えられない。




蕎麦とキンピラゴボウを交互に食べたフレッドは、『うーむ!』と唸って黙り込んだ。


「あっさりとしている癖に、うま味が半端ない。こりゃまた、どぉー言うことだ?」

「ねぇ、フレッド…。メルちゃんの作る料理と張り合うのは、そろそろ止めたらどうなの…」

「でもヨォー、アビー。父親としては、そうも行かねぇだろぉー。正直に言えば、俺だってメルが作った料理を手放しで楽しみたいよ」

「魔法だから仕方ない」


「なんだそりゃ?」


フレッドが呆けたような顔で訊ね返した。


「あの子がねぇー。そう言うのよ。口癖なんでしょ。いい訳みたいに、ボソッと呟くの…」

「魔法だから、仕方がないか…」

「そう言うコトです。アナタは、アナタの料理を作ればいい。メルちゃんのは、素材からして魔法料理なんだよ。味覚を頼りに材料を探っても、無駄だと思うな」


アビーはメルの樹に掲げられた看板を指さした。

そこには、『メルの魔法料理店』と太い文字で記されていた。


「魔法じゃ、仕方ねぇか…。確かに、それは言えている。それならレシピを探ったりせずに、ちゃんと楽しませてもらおう」

「そそっ、そうすれば、メルちゃんも喜ぶって…。ディーだって、すごく嬉しそうに食べてるじゃん。美味しいは、楽しむのが正解だよ」

「なるほどねぇー。オマエは、全く良くできた嫁だよ」


「この炒め物は、鶏肉と根菜の煮つけに入っていた材料と同じ…?」


アビーがゴボウを箸でつまんで、しげしげと眺めた。


「ああっ。細切りにして、調理方法も変えてあるけれど、同じものだ。こんな味付けも有りなんだな…」

「美味しいよねぇー」

「まったくだ」


フレッドは素直な気持ちで、メルの料理を受け入れた。




バルガスはメルを怒らせたくないので、全てをあきらめて料理と向き合った。

テーブルには箸とフォークが置いてあったけれど、箸の使い方など分かるはずもない。


だから、普段から使い慣れているフォークを手に取った。


取り敢えず、山盛りにされている蕎麦を食べてみた。


「何じゃコレは…。奇妙な喰いもんだぜ」


蕎麦だけ食べたバルガスは、不満そうな顔でぼやいた。


(こんな味気ないものを山盛り食わせようとするなんて、やっぱり虐めか…?)


そんなことを考えながらソバツユを飲み、その塩辛さに思わず咳込んだ。


「ゲホゲホ…。ちっ…。ガキのママゴトは、マジで洒落にならねぇ。こんなものを完食できるかっての…!」

「兄貴、兄貴…。その食い方は、間違っているみたいですぜ」

「あんだとぉー?」

「そのスープに、ニョロニョロしたやつを浸してから、食べるんでさぁー。だから、そいつはスープと言うより、ソースじゃねぇかと思いやす」


「だったらヨォー。最初から混ぜておけよ…!」


バルガスは八つ当たり気味に、手下を怒鳴りつけた。

そしてフレッドたちの食べるところを確認し、真似してみる。


バルガスが驚きの表情を浮かべた。


先ほどは味気なく感じた蕎麦と、塩辛すぎたスープが口中で混ざり合い、絶妙なハーモニーを奏でだした。

蕎麦の香りとカツオ出汁の香りが食欲中枢を刺激し、しっかりとした旨味が舌を喜ばせる。

それは帝都ウルリッヒの高級料理店でも、食べたことが無いような美味だった。


「おおっ…。ウメェー」

「でしょ。悔しいけど、スゲェー美味いんですよ」

「あのガキが、これを作ったのかよ?」


後はもう、マナーもへったくれも無い、蕎麦の大食い競争である。


「何だよコレは…。クソ美味いじゃないか…」


バルガスは、蕎麦とキンピラゴボウを交互に味わった。

キンピラゴボウのシャキッとした食感が、蕎麦の単調さにアクセントを加えてくれる。


「兄貴…。これを汁に入れると、もっと上手いですぜ!」


若い冒険者が、薬味の盛られた皿を指さした。


「マジか…?」


メルの家族やビンス老人の作法を真似して蕎麦を食べる冒険者たちは、薬味の使い方を即座に学んだ。

まだ箸を使い、蕎麦を啜ることは出来ないけれど、それぞれが自分なりに蕎麦とツユを一緒に食べようと工夫していた。




一方、冒険者の仲間として呼びつけられたヤニックは、これまた食にこだわりを持つ男だった。

もっとも、ウスベルク帝国に派遣されてからヤニックの食に対する期待は裏切られ続け、すっかり枯れてしまった。

それ故に最近では、トーストに目玉焼きとベーコンを載せて、辛うじて許せる味のスープで胃に流し込むと言う食事を繰り返すようになっていた。


そんなヤニックの悲しい日常は、メルが催したお食事会でひっくり返された。


「おいっ、ジェナ。オマエ…。毎日のように、こんな美味いものを食ってたのか…?」

「うへぇ、何ですか今頃になって…?そうですよぉー。メルちゃんのお料理は、とぉーっても美味しいのです」

「くっそぉー。ふざけんじゃねぇぞ…。俺だって、知っていればよぉー。自分で焼いた味気ないトーストなんて、食わなかったのに…!」


ヤニックが悔しそうにジェナを睨みつけた。


「ちゃんと教えて上げたのに、ちっとも信じようとしなかったので…。それはヨーゼフ・ヘイム大尉が、全面的に悪いです」

「だって、チビが作った料理だぞ。美味いと言われたって、信じられるか…!」


ヤニックの言い分は、尤もだった。


「ジェナ…。ヤニックさんだ。もしくはボスと呼べよ…。ここで大尉は、不味いだろう」


キンピラゴボウを取り皿に確保しながら、マーティムが注意を促した。


「あっ…。ごめーん」

「全く、ジェナはしょうがないよね」


メルヴィルは周囲を盗み見た後で、ジェナの天然ボケを笑った。


「メルヴィルよぉー。こいつは、笑い事じゃないぜ。そもそもメルって子は、フレッドの娘じゃないか…。敵対勢力のリーダーと思しき男が背景に居るのに、ジェナは自由に振舞い過ぎる」

「仲良くして来いって、ボスに言われましたぁー」

「バカか…?バカなのか、オマエは…。俺はなぁー。それ以前からの行動を問題にしているんだよ!」


マーティムは弛み切ったチームの様子に、苦り顔だ。


しかし…。

ここは長閑なメジエール村である。


ボスの名がヨーゼフ・ヘイム大尉だろうがヤニックだろうが、本当はどうでも良かった。

メルの店で誰が食事をしようと、何も問題はなかった。


バカで危険な冒険者だけが、静かに排除されていく。


「マーティムは、グチグチと文句を言うけれどさぁー。美味しいんだから、仕方がないんだよ」


ジェナが反省の色もなく、開き直った。


「ちっ、どうしようもねぇな…。おっ、おいっ、ジェナ。俺の分まで、食おうとするんじゃねぇ!」

「美味しいは、早い者勝ちなんだよ」

「クソォー!」


『取り敢えず今は、黙ってメシを食うべき場面である』と、結論を下すマーティムだった。






誤解のないように、あとがきで記載しておきます。


メルはフレッドの料理が大好きです。

ちゃんとフレッドを父親として尊敬しています。

だけど中身が思春期を迎えた少年なので、フレッドに対抗意識を向けてしまうのです。

理性では父親を認めているのに、どうしても素直になれないことが、メルとフレッドの関係を拗らせています。


因みに異世界の料理人は、己の経験則で仕事をしています。

料理人の間で共有された計量器具などが無いので、殆ど勘と経験で調理をこなします。

アビーはお菓子の調理に、計量カップなどを使用していますが、大量生産をしないので小さいです。

そもそも、それは普通のカップであり、アビーが計量用に使用しているだけです。


だからメルが大鍋でソバツユなどを作るときは、なんとなく(料理スキル)でドボドボと混ぜてから、味の調整をしています。

偉いのは、お手伝いの妖精さんたちと料理スキルです。

バルガスやヤニックたちの意見は、あながち外れていません。

妖精さんとチートがなければ、メルの料理なんてオママゴトで終わってしまうでしょう。


そう。

メルの中身は、単なる食いしん坊です。

そこら辺は、メルもしっかりと自覚しています。


今後も宜しくお願い致します。

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【エルフさんの魔法料理店】

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[一言] 今回の話すごく好き。 仲直りって良いよね。
[一言] 最近また一人称がわらしになってるけど意識しないで滑舌が普通になる頃にはタリサやダヴィが成人しちゃってそう
[良い点] 伸びたのは許しましょう! とっても美味しかったです(o゜▽゜) 細かいネタを細かく拾っていて ステキだと思いました もしかして作者殿は「小さな幸せの達人」! 小さな幸せをいっぱい集めれ…
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