暴君メル
冒険者になったメルは冒険者ギルドの会議室テーブルに着き、ヨーゼフ・ヘイム大尉ことヤニックとバルガスを呼びつけて、偉そうな顔で踏ん反り返った。
冒険者登録を済ませてから、暇さえあれば冒険者ギルドに入り浸るメルを追いだせる者など存在しなかった。
すでにメルの態度は、冒険者ギルドのボス気取りであった。
「ショクンに、説明を求む…」
どこまでも上から目線である。
「だからよォ…。何度も言ったけど、俺っちは本部から指示された土地を安価で手に入れるのが仕事だ。それとなぁー。工事を担当する連中は、メジエール村の発展なんて、少しも考えちゃいねぇよ」
「バルガスの認識は、概ねのところで間違っていない…。冒険者ギルドも一枚岩ではないけれど、大部分はミッティア魔法王国やマルティン商会の支配下にあると考えられる。そしてマルティン商会からすれば、メジエール村は魔鉱石を搬送するために必要な中継地点の意味しか持たない。中の集落に建てられている大きな邸宅は、採掘スタッフが寛ぐためのモノだ。村の利便性とは、まったく関係ない」
メジエール村の開発事業は、大人の利権が絡んだ難しい話である。
ヤニックはメルに説明したところで、まったく理解できないだろうと思った。
「だからさぁー。オマエのせいで、俺たちは村の土地を買い叩けなくなっちまっただろ…。早晩、冒険者ギルド本部から苦情が来るぜ…。俺たち下っ端には、上の決定を覆すコトなんざデキネェ。要するにだ…。全員、解雇されて、メジエール村からの退場を宣告される。冒険者の、総とっかえってこと…」
「今のまま、買収作業が進まなければ…。バルガスたちは無能者としてお払い箱にされて、新しいメンバーがメジエール村の冒険者ギルドに配備される。冒険者ギルドは、マルティン商会にケツを叩かれて動いている道具に過ぎない。マルティン商会に手が届かないなら、何をしても無駄なのさ…。と言っても、キミのような小さな子供には分からないか…?」
「フンッ…。そんくらい、分かっとぉーヨ。わらしをバカにすなっ…!」
メルは会議室の椅子にそっくり返り、ズルズルと滑り落ちそうになった。
「あうっ…!」
椅子から転げ落ちたら、妖精女王陛下として格好がつかない。
ボォーケン野郎一番星としても、見っともない。
早急に、自分用のゴージャスな椅子を用意させなければなるまい。
そうでなければ、フカフカのクッションを幾つか敷いておく必要があった。
重要事項として、心の備忘録にメモするメルだった。
「とこおで、オヤツは無いんかい…。お茶だけデスカ…?」
「普通はなぁー。会議でケーキなんか出さねぇよ」
「おまぁー、じゃかぁしぃワ。わらしがケーキ言うたら、はよぉー買って来んかい!」
「コイツ、暴君だぜ…」
バルガスが、小声で嘆いた。
「おーい。誰かぁー。ケーキを買ってきてくれ」
「承知しましたぁー!」
バルガスの指示に、若い冒険者が応じた。
「うむっ、ショクン。先を続けたまえ…」
メルは満足そうな口ぶりで、二人に現状を説明するよう促した。
「それじゃ、話を続けるぞ…。休養が必要なのは、採掘計画を立てるスタッフだけじゃない。採掘現場で働く人夫も、恵みの森に閉じ込められたままでは消耗する一方だ。絶対的な人数も、採掘現場の規模に足りていないし…。そうなると、大勢の労働者が寝泊まりできる宿舎も急いで用意したい。ストレスがたまりすぎて暴動を起こすまえに、今より緩やかなローテーションを組む必要がある」
「採掘場で働かせる人間は、簡単に集められるんだ。帝都には、仕事にあぶれた遊民どもが大勢いる。それなのに、ここにゃぁ受け入れる場所がない」
「だから人夫の寝泊まりできる宿泊施設が、メジエール村に必要なのさ。連中が羽目を外すための、ちょっとした遊技場だって建てなきゃならん」
「もっと、沢山の土地が必要になるんだよ!」
「そんなもん…。タルブ川の倉庫が建ち並ぶ脇にでも、建てたらエエんでないか…?」
メルが仏頂面で茶をすすりながら言った。
ローテクな異世界に、便利な重機なんて一つも存在しなかった。
油圧ショベルにトラックやブルドーザーなどの工事作業車は、人間の重労働を肩代わりしてくれる。
ところが異世界では、全てを人力か魔法に頼るしかないのだから、メジエール村に流れ込んでくる労働者の数も多めに見積もらなければいけない。
今はまだ大した変化などないけれど、労働者の受け入れ準備が整えばメジエール村の状況も一変するだろう。
(村の人たちが不安を抱えるのは、好ましくない)
メルは可能な限り、メジエール村に遊民を入れたくなかった。
村人たちと妖精のコミュニケーションが育っていく過程で、計算不能な因子を混入させるべきではない。
そのように感じていたからである。
別段メルが、遊民たちを嫌っている訳ではなかった。
余所者より恩義ある村人たちを優先するのは、当然のことだった。
「あっこなら水運の便もよい。採掘現場で魔鉱石を掘っている遊民たちも、メジエール村まで移動するんは面倒デショ。タルブ川の沿岸で、何がいかんのじゃ?」
「あのなぁー。労働者向けの簡易住居や遊興施設で働く連中だって、生きているんだぞ。あーんな寂れた場所で、若い女どもが我慢できる筈もねぇ。目を離した隙に、片っ端から逃げだしちまうぜ…。そうなりゃ娼館の主だって、お手上げだ」
「んっ。ショーカン…。それは、なんぞや…?」
「あちゃぁー。こいつは厄介だ。小さな子供に、男女のヒメゴトは説明できないぞ」
ヤニックが頭を抱えた。
当初ヤニックは、遊技場と言葉を濁したけれど、要するにホニャララな事をするためのエッチな施設を意味していた。
メジエール村には存在しない、男と女の社交場をおったてる話なのだ。
所謂、悪所である。
労働条件劣悪な採掘作業現場に駆り集められた男たちは、やさしい女性たちのサービスを必要としていた。
日々の過酷な労働で不満と性欲をため込んだ男たちが、メジエール村の娘たちに欲情して暴れだしたら、それこそ大変な騒ぎになってしまう。
ホニャララなサービス業を罵る余裕など消え失せてしまい、下手をすれば死傷者がでるような暴動に発展しかねない。
そのくらい、採掘作業現場で働く遊民たちの労働環境は劣悪なのだ。
悪所は穏便な形で、男たちのガス抜きをしてくれる。
ウスベルク帝国における性風俗産業は、歓楽街で普通に見かける稼業だった。
「うっぷん晴らしの理屈は、実に単純なんだけどなぁー」
しかし、それを小さな女の子に説明するのは、とても難しかった。
「頼むわ、バルガス…。ちと、俺には無理っぽい」
「ちっ!この悪魔チビに、何の遠慮が要るってんだよ。すぱっと説明しちまえばいいだろっ!」
「オマエに任せた」
「このぉー、ヘッポコが…」
バルガスが、グヌヌっと顔を歪めた。
バルガスだって、大人の男女関係をメルに説明するのは避けたかった。
『何某かの失言があれば、生き埋めアゲインなのではないか…?』と思えば、生きた心地がしない。
ここは慎重に言葉を選んで、メルを納得させなければいけない。
「あのなぁー、メル…。オトコってのはヨォー。ちゃーんと相手をしてくれるオンナが居ないと、こうムラムラしてきて乱暴になるんだ…。それを何とかするために、メジエール村にも娼館ってものを建てなきゃならん。娼館ってのは…。まあ、アレだ。男が女に、優しくしてもらう場所だ」
「ほほぉー。おまぁーら冒険者が、オトコばっかしな理由はヨォー分かった…。オンナに優しくされると、いざと言うときに暴れられんようなるんかい…。乱暴せねば生きられん無法者も、大変じゃのぉー」
「何だとぉー、テメェー。おいっ、聞いたかヤニック?このガキはなぁー。こんなこと、平気で言っちゃうやつナンダヨ。ちゃんと覚えとけ!」
バルガスが目に悔し涙を滲ませて、ヤニックを罵った。
腹が立っても、メルにぶつけることは出来ない。
そんな怖ろしい真似は、ムリだった。
「くっ…。わかった…。分かったから、顔が近いって…。オマエなぁー、他人の襟を掴むんじゃない!」
バルガスに襟首をつかまれたヤニックは、仕方なしに同意して見せた。
「ふぅーむ。その相手をしてくれる女の人が住むのに、桟橋の近くは寂しいっちゅーこつやね?」
「そう…。その通りだ。よく理解してくれた…!」
ヤニックがメルの言葉に頷いた。
「だったら、賑やかにしたるわ…!」
メルが胸を張って請け負った。
魔法学校の食堂で働けなかったケット・シーたちから、多くの苦情が寄せられていた。
丁度いいので、タルブ川の桟橋付近に小規模な居住区画を造り、好きなだけ働いてもらおう。
大工の精霊に頼めば、良い仕事をしてくれるに違いなかった。
(ミケ王子も、魔法学校から帰ってこないし…。僕と居るより、給食の配膳が楽しいって…。どんだけ、人真似が好きなのさ…?)
ケット・シーたちならウスベルク帝国の商人を真似して、放っておいても色々な商売を始めるに決まっていた。
人気のない湿地帯も、さぞかし賑やかで楽しい場所になるだろう。
それにしても…。
それにしてもデアル。
雑木林での襲撃事件を経て、冒険者ギルドは御通夜の会場みたいに静まり返ってしまった。
冒険者たちはメルと視線を合わせないように、ずっと俯いている。
どうやら薬が効きすぎたようだ。
「バルガス…。おまぁーは、手下どもに元気を出すよう言え。このままじゃ、辛気臭くて敵わん…。村人を脅すのは止めさせて、あっちゃこっちゃの掃除でもさせとけや」
「土地の買収は、どうするつもりだよ…。採掘スタッフの要請に応じなければ、どちらにしても俺たちは解雇されちまうぞ」
「うへへへ…。遊民たちに過酷な労働を強いる現場監督なんぞ、わらしが再教育施設に送ってやるわ!」
メルは床を指さして言い放った。
ニックたちの両親は、現場監督から犯罪奴隷のような扱いを受けて、不当に働かされていた。
他の遊民たちにしても、労働現場での酷い扱いは似たり寄ったりでしかない。
メルが毎日の『浄化』を怠れば、バタバタと倒れてしまいそうな状態だ。
(安全管理や健康への気遣いなんて、欠片もありはしない。僕が暮らしていた日本では、想像もできないような労働環境だよ)
日が暮れたなら明かりのないメジエール村なので、労働時間に関してはブラック企業より随分と短い。
けれど待遇の悪さと危険度で言えば、グンと上を行く。
現場監督が、本当にムチで労働者を叩くのだ。
メルの前世記憶である樹生としては、まず戦争や奴隷と言った理不尽な事象が受け入れがたい。
(まともな賃金を支払わないのに、ムチで叩いて働かせるって…。どういう事さ?それも、ニックたちが見ているまえで…。絶対に許せんよ!)
どうしようもなく腹に据えかねるものがあったので、こちらから襲撃をかけるのもやぶさかではなかった。
「生き埋めか…。俺たちと同じく、生き埋めにするんかぁー?」
「ここは、ユグドラシル妖精王国の領土内ですヨ。よって傲慢な悪人には、妖精女王が直々に罰を食らわしマショ!」
「ユグドラシル妖精王国って、なに…。妖精女王って、誰なんだよ?」
「わらし、ヨォーセイさんたちのボスよ」
「マジですか…」
ヤニックとバルガスが困惑の表情で、視線を交わした。
メルは、『ぶはは…!』っと笑った。
「アイツらよぉー。土地の購入資金や人足たちの日当に、手を出してやがるんだ。まっとうな振りしやがって、その中身は私腹を肥やす悪党だぜ。思いっ切り、やっちまってくれ!」
バルガスは腕組みをして頷いた。
いつも現場監督から汚れ仕事を押し付けられて、威張り散らされてきたバルガスとしては、ザマァー見ろの心境である。
よくよく考えてみれば、連中がムチャ振りさえしなければ、冒険者たちだって村人に暴力を振るう必要などなかった。
それなのに、自分たちだけが罰を喰らうのは理不尽な話で、どうしても納得できずにいたのだ。
「ぬっ。おまぁーらも、ちょろまかしとったろうが…?」
「いや…。それは言わんでくれ…。なっ、もう罰を喰らって、反省しているんだからヨォー」
自分の悪事をメルに追及されると、からきし弱いバルガスだった。
メルの脳天をカチ割った罪は、滅茶クチャ重かった。
「まぁ、エエわ。そんなことより、お食事会を開くんで全員参加しましょう…。すっぽかしたら…。分かっとるよな?」
「お食事会って、メシを食うアレか…?」
バルガスの質問に、メルが屈託のない笑みを浮かべて見せた。
「そう…。みんなで、お食事会じゃ。苦しゅうない。一番星ボォーケン者さまとの、親睦を深めヨ。『メルの魔法料理店』に、全員集合デス」
「強制かよ…?」
「イヤなんか?わらしが拵えたメシは、嫌デスカ…?」
メルがバルガスを睨みつけた。
「いいえ…。喜んで、参加させて頂きますっ!」
バルガスには、メルの誘いを断れなかった。
何を食べさせられるか知れたものではなかったが、すっぽかせば生き埋めアゲインかも知れない。
バルガスは嚙んで呑み込めるモノなら、履き古した靴下でも食べようと覚悟を決めた。