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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第一部
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囚われの妖精さん



翌日の朝。

恵みの森の魔女がエミリオの家を(おとな)った。


「おはよう、メル」

「はじめまちて、ババさん」


メルは黒いローブ姿の老婆を前にして、『おぉー、ファンタジー!』と感動した。

絵に描いたような魔法使いのお婆さんだった。

それも、よい人っぽい。


「どうも、身体の調子が良くてね。ロルフに迎えを頼むつもりじゃったが、あたしも一緒に来ちまったよ」


森の魔女が、黒い犬の頭を撫でながら言った。


その手はシワが多く、指も痩せ細っていたけれど、爪は短く切り揃えられていた。

頭に載せた帽子や身体に纏ったローブも、メルのワンピースと比較したら、ずっと清潔そうだった。


殊更に醜悪さを誇張された物語の魔女と違って、森の魔女は不思議を扱う女賢者のような外見を持っていた。

折れ曲がった大きな鼻をしていないし、鼻の上に醜いイボも無かった。

身だしなみに乱れはなく、老化ゆえのだらしなさも感じさせない。


メルはひと目で森の魔女が気に入った。

何ならフレンド登録をお願いしたいところだ。


「エミリオや。手数をかけたね…。アビー、ちょっとの間メルを借りるよ」

「はい。魔女さま…。言うことを聞かないときは、頬っぺたを抓ってやってください。ウチでは、いつもそうしてるんで…」


「むーっ。わらし、いい子でしょー?」


メルがアビーを睨んだ。


「よしよし…。あたしゃ、叱ったりしないよ。オマエさまに、頼みごとをしたいだけじゃ」

「わらし、いい子にすゆ!」

「分かっておるとも」


森の魔女が、さも愉快そうに笑った。

優し気なブルーの眼差しには、澄みきった知性の光が宿っていた。


「ババさん、きれー」

「嬉しいねェー、ありがとよ。精霊の子に褒められちゃ、飴でもやらにゃいかんかな」

「あめー、いらん。わらし、ゲソしゃぶぅー!」


メルはスルメの足を咥えていた。


「ババさんに、あげうー」

「んっ?アタシにくれるのかい?ありがとな…」


森の魔女はメルに手渡されたスルメの足を訝しげに眺め、クンクンと匂いを嗅いで顔をしかめ、あきらめた様子で口に咥えた。


「おっ。しょっぱいのか。ふむふむ。なんだい、美味しいじゃないか…!あたしゃ、てっきり魔物の触手かと思ったよ」

「まもの、ちゃう。すうめヨ…!かまんれ、しゃぶうー」


メルが得意そうに胸を張った。

自慢のオヤツだ。


「それじゃ、ロルフに乗せてやろう。こっちへおいで」

「あぃ」


メルは魔女に抱き上げられて、ロルフの背に乗った。


ロルフに跨ったので、メルのお尻が丸見えになった。

ワンピースがペロンと捲くれ上がったのだ。

勿論、ブタに跨るときも捲くれている。


「あらあら…」

「メルちゃん、お尻ぃ…」


可愛らしいカボチャパンツを指さして、アビーとローザがケラケラ笑った。


「「……っ!」」


エミリオとティッキーは見ない振りをして、そっぽを向いた。

豚飼いの二人は、女児の下着に恥じ入る本物の紳士(・・・・・)であった。


因みにローザは、エミリオより七歳ほど若い。

しかも、エミリオとローザは幼馴染だ。


ティッキーは十歳でメルが四歳。


いや…。

どうでも良い話である。



「さあ、婆の家に行こうか」

「おーっ!」


こうしてメルと森の魔女は、スルメの足をしゃぶりながら恵みの森へと入っていった。




森の魔女は恵みの森に棲んでいた。

とは言っても、只人であればたどり着けない場所だ。

そこは妖精たちがわんさかと暮らす、この世と霊界の狭間であった。


「最後の結界を抜けたよ。もう此処は、あたしの庭みたいなもんだね」

「ちかぁー」

「そうさな…。遠いと歩くのが、しんどいからのぉ」


四半刻も歩かず、メルと森の魔女は隠された庵に到着した。


只人がたどり着けないからと言って、とても遠い訳ではなかった。


「そらっ。あの樹が、あたしの棲み処だよ」

「……木?」


それは大きな樹だった。

木造の家ではなく、樹が家屋になっていた。

窓や玄関のドアも存在するが、住居はまるっと幹の中。


だけど緑の葉が生い茂る樹は、生命力に満ちていた。


こんな家はファンタジーゲームの中でしか、目にした覚えがない。


「ずっごぉー。おウチが、木だぁー」


メルはあんぐりと口を開けて、魔女の庵を見上げた。


「ほぉ…。驚いたのかい。この歳になって、精霊の子を驚かせちまったよ。こりゃ、愉快さね…」

「うん…。おったまげたぁー」

「あはは…。メルさまや。わが家へ、ようこそおいで下さった」


「わらし、えらくないで…。『さま』いうん、はずかちぃ」


ロルフの背からズリ降りたメルが、プルプルと恥じらって俯いた。


「こりゃまた、キュートじゃな。ティッキーもライバルを蹴落とすのに、苦労しそうじゃ」


森の魔女が、茶化すような顔つきで独り言ちた。



玄関のドアを押し開けて大樹の幹に入ると、居心地の良さそうな空間が広がっていた。

部屋の中央には囲炉裏があり、魔女の大鍋がクツクツと煮立っていた。

湯気や煙は真上に昇り、天井の穴から抜けていく。


天井の穴…?


「あなー!」

「雨は漏らんぞ。あたしは魔女だからね。雨漏りを防ぐ魔法が、使えるのさ」


腰に片手を当てた森の魔女が、得意そうに魔法の杖を構えて見せた。


「だけどね…。あたしにも、出来ないことがあるんだよ」

「おぅ…」

「そこで、オマエさまに力を借して頂きたい。その霊力で、是非とも可哀想な妖精たちを助けて欲しいのじゃ」


「わらし、やるぅー!」


メルは小さなコブシで、トンと胸を叩いた。


妖精さんは、メルの友だちだった。

友だちが困っているとなれば、助けねばなるまい。



メルはどんよりと不機嫌そうな気配を放つ、たくさんの武具を前にしていた。


森の魔女が剣を鞘から引き抜くなり、根元の模様を指さした。


「この魔紋がな、妖精たちを武器に封じておる」

「ふぇー!」

「ずっと、ずぅーと長い間、妖精たちは封じられたまんまじゃ」


「かっ、かわいそう…」


メルは涙目になって、武具の山を見回した。


「高位エルフの血を魔紋に使用した、強制的でインチキな契約じゃ。して、この魔紋に使用されたエルフの血より、精霊さまの霊力が濃い血を用いなければ、契約を無効に出来ぬのじゃ」

「ちぃ…?」

「そう…。血じゃ。ハイエルフである精霊の子なれば、何処ぞの高位エルフなんぞより遥かに強い霊力を持つ。純血のエルフどもより、メルの血は遥かに濃い。精霊さまの霊力をしっかりと引き継いでおる」

「ちぃー?」


「そうじゃ…。針で指先を突き、オマエさまの霊力に満ちた血を用いて、そこな忌まわしき魔紋を消し去ってくれんか?」


森の魔女が、キラリと光る針をメルに手渡した。


「はり…!」


メルは怖気づいて、じっと森の魔女を見つめた。

森の魔女は、真剣な目つきでメルを見つめ返していた。


「わらし、ちぃーキライかな?」

「精霊の子ヨ。咎なく苦しめられている妖精たちを…。どうか、お救いくだされ!」


森の魔女が、剣に印された魔紋をメルにグイッと近づけた。


「うっ…」

「この通り、お頼み申します!」


森の魔女は両手を組み合わせ、メルを拝んでいた。

どうやら妖精たちを全て解放するまで、帰らせて貰えそうになかった。


「うん…」


メルの顔から表情が抜け落ちた。






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【エルフさんの魔法料理店】

3巻発売されます。


よろしくお願いします。


こちらは3巻のカバーイラストです。

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