漂白された男たち
フレッドは消え失せた冒険者の件について、メルに説明をさせた。
結果として、その内容はクルトやジェナから聴取した話と、何ひとつ変わらなかった。
(各人に解釈の違いは見受けられたが、事実として矛盾しない範囲だ。しかし…。生き埋めにして、再教育だと…?そこのところが、まったく分からん)
フレッドとしては、メルの魔法を説明されても理解できない。
「ならず者たちに、これまでの悪事を反省させるって…。そんな真似ができりゃあ、こちとら苦労しないんだよ」
そもそもフレッドはメジエール村の安全を担う、責任ある立場にいた。
確証のない話を無暗やたらと信じる訳には行かない。
「相も変わらず、メルのやつは片言だ。いくら説明させても、俺としては納得に至らない!」
傭兵隊の酒宴を準備しながら、フレッドがアビーに愚痴った。
「ちょいなちょいなと魔法で片づけましたって、言われてもなぁー」
「フレッド…。そう言うときはねぇー。結果が出るまで、今まで通りに行動すればいいのよ」
「悪党どもが、何処にも見当たらないのにかぁー。明日から俺たちは、何を見張れば良いんだよ…?」
「数日も経てば、結果が分かるんでしょ。どこへ消えたか分からない冒険者たちは、二、三日で冒険者ギルドに帰って来る…。そうメルちゃんが言ったなら、黙って待つのが正解よ。アナタは無駄にメルちゃんを問い詰めたりしないで、気を抜かずに村の巡回でもしてなさい」
メルの不思議に慣れ切ってしまったアビーは、怪しげな魔法が関わると高度なスルー・スキルを発動させる。
アビーとメルの距離感はフレッドよりずっと近いので、不思議な魔法を理解しようとは思わなかった。
メルが間違いを犯さなければ、どんな魔法を使っても構わない。
アビーの経験則に照らすなら、メルの倫理観は大人顔負けの高みにあった。
だから、メルを信じれば良いのだ。
「あのねぇー。メルちゃんの魔法は、あたしたちが慣れ親しんでいるようなモノじゃないの…。本当に、マジで、精霊の子なんだよ。表の魔法料理店を見れば、よぉーく分かるでしょ。これに関しては、森の魔女さまが言う通りだよ。アナタだって、クリスタが言えば信じるんでしょ。だったらもう…。理屈で納得しようとするのは、止めなさい!」
アビーは噛んで含めるようにして、フレッドの説得を試みた。
「いやぁー。しかしだなぁー。頭で理解できないと、アイツが予測不能になっちまうだろ…。それはメジエール村を守る指揮官として、非常に不味いんだよ」
フレッドがシチュー鍋をレードルでかき混ぜながら、ブツブツと不満を述べた。
「常識の枠にはめようとするなって、話だよ。魔法はともかくとして、メルちゃんの性質なら信じられるデショ。それはさぁー。子供っぽいウソを吐いて、都合が悪いことを隠そうとするけど…。バカみたいにヨイ子なの…。だからアナタが困っているなら、真面目にメルちゃんと相談しなさい」
「疑いを持ってアイツに接するなら、俺は父親失格って事になるのか…。なるほどなぁー。分かった。分かったよ…。これは、アビーの言い分が正しかろう…。確かに、メルはヨイ子だ。魔法で何ができるかなんて、問題じゃねぇ」
フレッドは迷いが晴れたような顔で、アビーの言葉に頷いた。
調停者クリスタに引率されて、帝都ウルリッヒで活躍したメルは立派だった。
フレッドだって、メルが普通の幼児とは違うことに気づいていた。
子供らしい狡さを持っているけれど、当人は善良であろうと頑張っているのだ。
その姿勢は、フレッドにとって馴染みのあるモノだった。
世間や他人との関係で意地を張っているのは、傭兵隊の皆に言えることなのだ。
恐怖に負けて堕落したら、心から笑うコトが出来なくなってしまう。
戦士の基本姿勢だった。
メルは幼いのに、ときどき傭兵隊の連中と同じ雰囲気を漂わせていた。
(女児なのになぁー。俺のカワイイ娘なのに…)
認めたくはないけれど、実に男前であった。
「はぁー。俺はメルを信じる。アイツの言葉は理解できないが、信じて待つ」
「そぉー言うコト。分かればよろしい」
大皿に鶏肉の照り焼きを盛りつけたアビーが、優しげに微笑んだ。
このような酒場夫婦のやり取りがなければ、いつまでもメルはフレッドの事情聴取から解放されることなく、苦手な説明をさせられる羽目に陥っていた筈である。
何しろ精霊魔法に関しては、メルだって経験則でしか把握していないのだ。
『妖精さんが、良い感じにしてくれます!』
この説明で他人を納得させるのは、とうてい無理と言うモノだった。
こっそりと物陰から両親のやり取りを窺っていたメルは、アビーの援護射撃に心から感謝した。
あの頑固なフレッドが、アビーの意見を受け入れてくれたことにも、泣いてしまいそうなほどに感動した。
だが、大きな問題が残された。
(うーむ。何故に僕のウソは、アビーに見抜かれてしまうのだろうか…?)
嘘を吐こうとすると言葉遣いが丁寧になり、お行儀のよい女児へと変身してしまう自分に、全く気づいていないメルだった。
もちろんアビーは、この事実をメルに教えるつもりなど露ほどもなかった。
メルは潜んでいた物陰から音もたてずに撤退し、ディートヘルムが待つ子供部屋へと引き下がった。
◇◇◇◇
雑木林での襲撃事件から二日が過ぎ、冒険者たちは一人、また一人と冒険者ギルドに姿を現した。
フレッドの心配をよそに、暴れるしか能のなかった無法者たちが、まるで幽霊のようにフラフラと歩いていた。
「どうしたんだ、アレは…?」
「狭くて暗い土の中に居ると、あんな風になるんよ。生き埋め、こわぁー」
「オマエってやつは…。自分でやらかしておいて、何を言うのか…?」
フレッドはプルプルと震えるメルを見て、呆れ顔になった。
「いやいや…。わらし、悪いことはでけんと思うわぁー。オッサンらのように、バチが当たるで…。おーっ、怖い!」
「何じゃそれは…?しょうもない責任逃れも、大概にせぇーよ。アイツらをあんなにしたのは、オマエだろうが…」
「そうだったかのぉー。記憶にございません」
「ちっ…!」
どのような魔法を使えば、悪党どもを更生できるのか分からないが、メルの言葉に偽りはなかった。
少なくとも冒険者たちは、もうメジエール村で悪さなど出来そうになかった。
ヤニックことヨーゼフ・ヘイム大尉は、戻って来た冒険者たちの様子を見て、フレッド以上に驚いた。
「おいっ。どうしたんだ、バルガス。ギルマスは、何処にいる?」
「さあなぁー。ギルベルトさんの行方なんざ、知らねぇよ。もう、オレたちのボスじゃねぇしな!」
「殺されたのか…?」
「そんなこと、知らねぇって…。おメェーらの仲間から、聞けばいいだろ。あの娘も現場にいて、確りと見てたんだからヨォ」
口調は乱暴だが、バルガスに以前の覇気はなかった。
攻撃されるのを恐れて、腰が引けてしまった野良犬のように見えた。
「オマエたち…。フレッドの娘を襲おうとして、返り討ちにあったのか?」
「………」
既にヤニックは、ジェナ・ハーヴェイから一部始終を聞かされていた。
ジェナはメルの魔法が凄かった話をいつ迄でも繰り返して喋りまくった。
小さな女児が二十人を超える荒くれ男たち相手に一歩も引かず、全員をボコボコにしたとか…。
ジェナに嘘を吐いている様子はなかったが、確証を得られるまで信じるコトなど出来ない。
(精霊使いとか言ってやがったが…。そんな話を真に受けるようじゃ、俺もお終いだぜ!)
これまでの半生を諜報戦に明け暮れてきたヤニックなので、眉唾物のネタに飛びつく奴はアホだと考えた。
だからこそ、バルガスが戻って来たのを知って、わざわざ確認しに来たのだ。
「まさか…。ちびっ子にやられたとは、言わないよな?」
「ヤニックさんよぉー。オレを挑発するんじゃねぇ。オレらは、以前と違うのさ…。経験して、賢くなったんだ」
「……賢くねェ」
「けっ。そうやって、バカにしておけばいいさ…。そのうち己の矮小さを知れば、小賢しいアンタも礼儀を覚えるだろう」
「……マジかよ」
思いもよらぬ相手から、思いもよらぬ台詞を聞かされて、ヤニックは顔を引きつらせた。
「言っとくがなぁー、ヤニック。オマエや貴族どもが礼儀だと思っているモンは、礼儀でも何でもないからな…。惧れ敬う心がなければ、折り目正しい仕草なんて、絵に書いた剣と同じようなもんだ。なぁーんにも、斬れねぇ…。役立たずヨ」
「はっ…。あんたの忠告を心に留めておこう」
ヤニックが苦笑した。
「気取り屋め…。その笑い方が、オマエの薄っぺらさを教えてくれる!」
バルガスはヤニックをちらりと見て、吐き捨てるように言った。
自分の態度が単なる演技に過ぎない事は、誰よりも心得ているヤニックだった。
偽名を用い、嘘を並べ立て、己の情報を隠したまま相手に一撃を加える。
そんなヤニックに礼節など求めても、まったく意味がなかった。
だけどヤニックは、ミッティア魔法王国の潜入工作員から足を洗ったのだ。
これからも偽りの自分を演じ続けて、どうしようと言うのだろう。
バルガスの台詞には、深く考えさせられるところがあった。
(そろそろ、人間同士の信頼に目を向けても、良い頃ではないのか…?)
このまま正体も知れぬ男として生涯を終えるのは、面白くなかった。
「資格も無いのに、アンタを嘲笑したことは謝る。済まなかった…。もう少し落ち着いたら、互いに腹を割って話したい」
「フンッ。気が向いたらな…。期待しないでもらいたい」
「いやぁー。楽しみにしておくさ。こう見えて俺は、待つのが得意なんだ」
ヤニックの顏に、微かな笑みが浮かんだ。
演技ではない、本当の笑顔だった。
ヤニックが立ち去ったあと…。
冒険者ギルドの執務室には、せっせと書類を整理するバルガスの姿があった。
ギルベルト・ヴォルフが放置していた決算書類などに目を通して、帝都ウルリッヒにある冒険者ギルド本部へ定期報告書を送らなければいけない。
慣れない仕事だし、数字を弄るのは苦手だった。
何より手に取る書類の数々は、そのまま冒険者たちが犯した罪の数である。
「おーっ。神よ。許したまえ」
生き埋めから解放されたバルガスは、全てをかなぐり捨てて逃げだしたかった。
だが、それは許されていなかった。
『逃げたら、捕まえて埋め直す!』
頭の中に声が響くのだ。
神を名乗る存在が、バルガスを震え上がらせた。
それは罰する神である。
他の冒険者たちも同様で、誰一人として『天の声』に逆らおうとはしなかった。
生き埋めに、二度目はない。
二度目なんて、絶対に喰らいたくなかった。
それが彼らの偽らざる心情であり、真っ暗で生々しい恐怖だった。