和のゴハン
メルはニックたち兄妹に大学芋を差し入れて、もの凄く感謝された。
お腹を減らしていた子供たちにとって、甘くて満足感を与えてくれる大学芋は素晴らしいオヤツだった。
強行軍ではあったけれど、煩わしい冒険者たちも一掃できたし、約束通りにオヤツを届けるコトもできた。
血塗れでフレッドを少し心配させてしまったけれど、終わり良ければ総て良し。
メルはニヨニヨしながら、空になった大鍋をトンキーの背に括りつけ、ニックたちの親が働く作業現場を後にした。
「あんなに喜んでもらえると、何だか幸せー♪」
「ぶひぃ?」
精霊の子であるメルもまた、妖精たちと同じように人から感謝されたとき、フワフワと心地よい多幸感を味わう。
なので、トンキーの背に揺られて家路についたメルの顏には、だらしない薄ら笑いが浮かんでいた。
「ウヒャァー。笑顔が直らんデス」
こんなことなら、もっと沢山の困っている人を見つけて助けたい。
そうすれば、今よりもっと気分よくなれるかも知れない。
そして具体的な計画を練り始めたメルは、酔いから醒めるように笑みを引っ込めた。
「はっ…。わらしは…。いったい、何を考えとるんじゃ!」
確かに、困っているとき誰かが助けてくれたなら、それ自体は幸せと言えるだろう。
メルだって手を差し伸べてくれた人に心から感謝するし、ありがたいと思うに違いなかった。
(だけど、困っている人が居るのを望んだらダメだろ…!)
誰かの助けを必要とする人が幸せだとは、どうしたって思えない。
それは前世で病に苦しんだメルが、嫌と言うほど分かっていることだった。
(誰かの不幸を望むなんて、僕は最低なヤツだよ)
メルは精霊の子だけれど樹生の魂と記憶を持つので、普通に小狡いことを考えてしまう。
これが妖精たちであれば、多幸感を得ようとして困った人を探すなんて真似は絶対にしない。
「ワラシ、ハズカチイ…」
己の浅ましさに恥じ入り、ガックリと肩を落とすメルだった。
そんなメルの鼻先を緑色のオーブがさっと掠めて行った。
緑色のオーブはメルを誘うようにして、左に茂った低木の脇で旋回した。
「おうっ、地のヨウセェーさん…。御用ですかぁー?」
メルとトンキーは地の妖精に案内されて、林道から外れた。
日没までに、まだ充分な時間があった。
それに、メルが迷子になるほど、大きな雑木林ではなかった。
だから、堂々の寄り道である。
「ここを掘れと…?」
地の妖精に促されるまま、メルは地面に生えていた草の根元を掘り起こした。
「うーむ。どうも、見覚えのある葉っぱデスネ…。何だろ…。どこで見たんだっけ…?」
思いだせないなら、掘ってみればよい。
そうしたら草の正体だって、ハッキリするに違いない。
あいにく地面を掘る道具は持ち合わせていなかったけれど、妖精パワーを使えば造作もない。
忽ちのうちに穴は深くなり、草の根茎が長大な全貌をメルのまえに現した。
「オーッ?これは…」
ゴボウだった。
そう言えば十日ほど前、メルはユグドラシル王国国防総省の本庁舎で廊下に置かれた目安箱を発見し、『きんぴらごぼうが食べたい!』とメモを入れた。
厨房で料理を頼むのと目安箱を使うのでは、何が違うのか試してみたかったのだ。
(なるほどォー。僕が欲しがったから、雑木林に用意してくれたんだね…)
目安箱に願い事を書いて入れると、こうして叶えてもらえるようだった。
「夢で頼んだことが、現実で叶うのかぁー。あら不思議…!」
魔法なので、頭を悩ませてみても仕方がなかった。
メルとラヴィニア姫で、メジエール村の周囲に精霊樹の苗を植えまくった結果、概念界から干渉できる事象が格段に増えたのだろう。
「ありがとぉー!」
メルは掘り起こした数本のゴボウを手にして、地の妖精にお礼を言った。
「おい、メル…。泥だらけの棒なんざ、持ち帰って来て…。どうするつもりだよ?」
「食べる」
「はぁー?それは喰えるのかぁー。俺には、ただの棒っきれに見えるんだが…」
「これは、美味しいデス!」
『酔いどれ亭』に戻るなり、フレッドにゴボウの正体を追及されたメルは、得意そうな顔で胸を張った。
葉っぱや茎を泥付きの根っこから切り取ってしまったので、メルが抱えているゴボウは泥だらけの棒である。
ゴボウを知らないフレッドが顔を顰めるのも、分からない話ではなかった。
因みに葉っぱと茎は、確りと細い紐で括り、背嚢に収納してあった。
もちろん、そちらも残さずに食べるつもりでいる。
(田舎の婆ちゃんは、そうしていたよ…)
メルが記憶する数少ない婆ちゃんの料理は、どれも最高に美味しかった。
だから調理スキルを頼りに、あの味を異世界で再現するのだ。
田舎でメルの食べたゴボウは、初夏に収穫された新ゴボウだ。
先ほど雑木林で掘った物も、姿形は変わらない。
スーパーや八百屋さんでは、ゴボウの葉っぱを見るコトなど無い。
田舎の婆ちゃんに教わらなければ、ゴボウは葉っぱまで食べられると言う事実を知らずに、前世を終わっていただろう。
渋くてほろ苦い、葉っぱの炒め物。
ゴハンにかけて食べたら、絶品だった。
「絶対に、美味しいです!」
「おっ、おう…」
フレッドはメルの勢いに流されて、カクカクと頷いた。
メルはゴボウに種類があるなんて、ちっとも知らなかった。
だけど魔法なので、何とかなるだろう。
ユグドラシルの妖精たちは、妖精女王陛下を悲しませたりしない。
「ところでメル。昼間に約束したよな…?」
「えーっ?何のこと…」
「オマエが冒険者に何をしたのか、きっちりと説明して貰う」
「わらし…。もぉーっ、オネムの時間ヨ…」
「全部話すまで、ダメだ!」
フレッドはメルの頭を鷲掴みにして、椅子に座らせた。
子供特権を振りかざしても、逃げさせてはもらえないようだった。
◇◇◇◇
早朝にトンキーの散歩がてら、近所の竹林で手頃なタケノコを掘り起こす。
タケノコは陽光を浴びて硬化するので、地表に顔を出すまえに仕留めなければいけない。
あっという間にニョキニョキと伸びるから、ボンヤリと寝ていたらタケノコが竹になってしまうのだ。
収獲したからと言って、ここで安心してはならない。
タケノコは息の根を止めても、時間と共に硬くなって味が落ちる。
「捌く!」
ザクザク、すこん…。
メルは収穫したタケノコを安心安全な児童用の包丁で真っ二つにした。
難敵を相手にするときには、フレッドに貰った包丁を使わない。
七対三くらいの割合で、魔法の包丁を使っている。
メルが自分の指を切り落とさないのは、偏に魔法のお蔭だった。
そこはちゃんと弁えていた。
調理スキルがあっても、メルは根本的に不器用なのだ。
それ以上に不注意でもあった。
「ウリャァー。往生せぇや!」
タケノコの皮をバリバリと剥がす。
根元に残ったカスを包丁でこそぎ落とす。
食べやすいサイズに刻んだら、沸騰した鍋に投入。
タケノコと言えば灰汁抜きだが、そんなことはしない。
やらないで済ませるために、わざわざ朝から竹藪まで行ってきたのだ。
(えぐみを残らず捨てたら、タケノコの味は消えちゃうもんね)
沸き立つ鍋から、浮いてきたアワは取り除く。
それは灰汁だから…。
タケノコの調理には、普通なら皮つきで茹でて灰汁を取り抜く過程が存在する。
それはタケノコの旨みを逃さないために行われる処理方法だけれど、一晩寝かせるなど非常に面倒くさい作業でもある。
腹ペコさんにはムリだ。
「味噌汁、つくる!」
そう…。
鍋に浮いて来る灰汁だけ捨てたら、このままカツオ節と味噌を投入して味噌汁にするのだ。
「えぐみも味なり…」
ワイルドである。
山菜の強烈なえぐみは、本来であれば灰汁抜きの作業によって取り除く。
フレッドは雑木林で毟ってきた山菜にカマドの灰を塗してから、適量の熱湯を注ぐ。
そのまま鍋を一晩ほど放置したら、漬けておいた山菜を取りだしてキレイに水洗いする。
畑で収獲される野菜と違って自生している野草には、食材に適した状態へ加工を施す必要があった。
メルはフレッドの仕事を眺めながら、『立派な料理人だのォー』と頻りに感心して見せるのだが、自分で灰汁抜きをしたことが無い。
(だって…。フレッドがしてくれることを僕がやる必要は無いじゃん!)
欲しい食材は、フレッドに無断で拝借する。
摘まみ食いは日常茶飯事だった。
これこそ、本物の甘えん坊である。
メルが一人前ではない、明白な証拠と言えよう。
味噌汁はタケノコが柔らかく煮えたら、味噌で味を調えて完成だ。
「さてと…。ゴボウの葉っぱで、ゴハンのお供を作りますか」
木桶の水に漬けて置いたゴボウの葉っぱと茎を鍋で下茹でする。
しんなりとしたら鍋から取りだして井戸水にさらし、粗熱を取ってから食べやすい大きさに刻む。
「エイッ!」
余分な水分は、キチンと絞ろう。
「なべ鍋ぇー。お鍋に油を引きましょう♪」
火にかけた鍋から白い煙が立ったら、ゴボウの葉っぱと茎を放り込んで手早く炒める。
「ウォーッ!焔の料理人じゃ」
ちょっと引火した。
天井近くまで火柱が上がった。
「アッチッチ…」
鍋に蓋を被せて消火だ。
醤油と調理酒に三温糖を混ぜた調味液を鍋に加えて、カシャカシャと混ぜ合わせる。
最後に少量のごま油で風味を加え、すり鉢で軽く当たった白ごまを塗す。
「ふわぁー。エエ匂い…。うんうん、この苦味。オトナの味デス」
ゴボウの香りとごま油の香りが、口のなかに広がる。
甘辛さと苦味のハーモニーは、まさにゴハンのお供だ。
メルが冒険者たちを処分してしまったので、今日は夕刻になったら傭兵隊の皆が酒宴を開くと言う。
「ヨイ子は、酔っぱらいと付き合えません」
なのでメルに任されたのは、お昼のゴハンである。
「夜にはっちゃけるんだから、お昼はアッサリよ」
お昼のメインディッシュはメザシだ。
花丸水産で購入した、ピカピカのメザシである。
マジカル七輪は、既に万全の構えで待機していた。
「春らしいゴハンじゃ。美味しいに決まっとる」
ジュルルッとヨダレを啜るメルであった。
きんぴらごぼうは…?
それは、また次回の話である。