勝負になりません
それは一方的な蹂躙だった。
否…。
冒険者の逃亡を許さず、かと言って殲滅を目的とした攻撃でもないので、虐めと表現するのが正しいのかも知れない。
木人たちは情け容赦なく冒険者を蹴散らしたのだけれど、メルに指示された水の妖精が瞬時に蘇生させてしまう。
ほぼ即死で間違いないダメージを負わされても、冒険者は死ぬことを許されなかった。
「いけいけェー。いてもうたれっ!」
「ウゴォーッ!」
メルが指示するまでもなく、巨大な腕を振り回して冒険者を宙に跳ね上げる木人たち。
「遠慮や手加減は要らんどぉー。アイツらに、おとろしさをすり込んだれ。悪い大人には、恐怖が必要じゃけん!」
トンキーの背で腰を浮かせ、メルは木人たちに声援を送った。
「くっ…。魔法具が効かない」
「俺の魔法も、全く通用しねぇ。いったい、どうなっているんだよ!」
未だに心折れず抵抗する冒険者も為す術がなく、歯を食いしばって逃げまどうばかりだ。
巨大な木人に突進されたら、屈強な男たちも枯草と変わらなかった。
地面から捥ぎ取られて、ヒラヒラと宙を舞うだけである。
冒険者が装備している魔法具はミッティア魔法王国からの密輸品で、やる気をなくしたピクスたちのパワーに頼っていた。
魔法使いに従属させられている妖精たちにしても、いやいや力を貸しているに過ぎなかった。
どうしたって、気合い不足は否めない。
それに対して木人は、怨みと怒りに満ちたヒャッハーな妖精たちの融合体だ。
自らの意思で人間たちに害をなす故に、邪霊と呼ばれる。
ヒャッハーたちは、やりたいからやっているのだ。
人の願いから生まれ。
人に友好的で助力を厭わない妖精たち。
だけど、それなのに…。
化石燃料のような扱いを受けた恨みの深さは、底が知れない。
邪霊もピクスも、元を正せば同じ妖精である。
だけど邪霊とピクスでは、動機の時点で既に雲泥の差があった。
強固な意志と漲るパワーで、邪霊たちはピクスたちの魔法攻撃を弾き返す。
邪霊たちは、覚醒したピクスなのだ。
このような道理を知る由もない冒険者たちは、頼りにしていた魔法具の不甲斐なさに、只々狼狽えるしかなかった。
「助けてくれぇー。お願いだから、もう許してください」
とうとう意固地になっていたバルガスの心が、ポッキリと折れた。
冒険者の中でも、バルガスは念入りに叩きのめされていた。
水の妖精に蘇生させられること、軽く十数回を超える。
バカは死んでも治らないと言われるが、どうやら何度も臨死体験を繰り返している内に、身の程を知ったようである。
「あかーん。謝罪を受け入れたとなれば、わらしの責任になる。おまぁーが犯した悪事の尻拭いはでけんし、しとぉーもないわ。そもそもの話…。もし仮に、ディーやラビーがゴッチンされてたかと思うと、とぉーてい許せんわ!」
「もう、だれも襲ったりしません…。本当です」
「おまぁーの訴えなんぞ、どぉーでもエエ。ボォーリョク信奉者なら、強者が何をするか分かろぉーモン。おまぁーの言葉なんぞ、これっぱかしも信じません。わらしは、おまーらが、二度と、わるさでけんようにしたるだけじゃ」
メルは平伏するバルガスをトンキーに踏ませた。
ドスッと前足がめり込んで、バルガスの背骨を粉砕した。
「ウギャァー!」
臨死体験プラスワンである。
「ぐははははっ…。バルガスよ、惜しかったな。もう少しで、だまし討ちに成功したものを…。だが案ずるではない。このような目くらましの幻術で命を落としても、直ぐに復活する。死を恐れるな、冒険者たちよ。怯むことなく、真の敵を討ち取るのだ」
阿鼻叫喚の中で、一人だけ勘違いしている男がいた。
「ギルベルトさん。余計なことを言わんでください…」
水の妖精に蘇生されたバルガスは、ギルベルト・ヴォルフを泣きっ面で睨んだ。
「ホゲェッ!」
そして再び、トンキーに背骨を踏み砕かれる。
「私ほどの高位魔法使いになれば、この程度の幻術で血迷うコトもなくなる。その証拠に、私のみが巨人どもの攻撃を受けぬ。キミたちには、何故か分かるかね。くくくっ…。それはだね。私を攻撃すれば、あの巨人たちが幻にすぎぬとバレてしまうからだよ!」
「ヌヌッ…。貴族気取りのボケが、戯言も大概にせぇーよ。おまぁーが無事なんは、わらしのデザートとして取ってあるからじゃ!」
ギルベルトの長広舌に辟易としたメルが、トンキーの背中で踏ん反り返り、怒声を浴びせた。
「くくっ…。チビの癖に、強がりだけは一人前だな。しかし、ニキアスの生まれ変わりである、この私が…」
「んっ。ニキアス…?」
メルがギルベルトの台詞を遮って、小首を傾げた。
頭の中は、『?』で一杯だ。
「ドミトリかも知れぬが…。とにかく偉大なる魔法博士の生まれ変わりである私が、オマエに大人の恐ろしさを教えてやろう」
「うそつき…!」
「はぁ?何故に、この私を嘘吐き呼ばわりするのかね…」
「なぁーんも。ニキアスとドミトリは、輪廻転生に落ちこぼれたアホじゃ。生まれ変わりは、あり得ん。おまぁーが、連中の魂を宿しておる訳がない」
「なななっ、何を言う。ど、どっ、どこに、そのような証拠がある!」
麻薬漬けで正常な思考力を持たないギルベルトは、他人から反論されるのが大嫌いだった。
しかもギルベルトに異議を唱えたのは、小さな女児である。
そのうえ、高慢ちきで憎たらしエルフなのだ。
「口の利きかたも知らぬ生意気なガキは、この手で捻り潰してやる!」
「オッサンは、そんなに証拠が欲しいのかね?」
「フンッ。証拠だと…。そんなものが、あるはずなかろう」
「うふぅー。特別サービスじゃ。本物のニキアスとドミトリを紹介してやろう」
メルは右手を天に翳し、邪霊召還をおこなった。
「おいでませぇー。マホォー博士!」
夜空に青い光が走り、複雑な魔法紋を形成していく。
円盤状に区切られた平面が、忽ちのうちに記号と図式で埋め尽くされる。
「ひぃ…」
バルガスは見た。
トンキーの前足で胸を抑えられた仰向けの姿勢で、宙に生じた魔法陣から二体の悍ましい骸骨が滑り落ちる様を…。
両目を大きく見開き、恐怖に視線を逸らすコトさえ叶わず、口から血のヨダレを垂らしながら、禍々しいリッチの降臨を視認させられた。
頭から逆さまに登場したニキアスとドミトリは、メルのマスコットサイズではなく、屍呪之王を護衛していたときの姿に戻っていた。
「ウケェーッ、ケケケケケケッ…」
「クカカカカツ、クキャァーッ、カカカカカカカッ…!」
この世のモノとは思えない姿の死霊が、乾いた笑い声をあげた。
「うっ、うわぁー!」
バルガスにとって唯一の救いは、リッチたちの意識がギルベルトに向けられていたことだった。
「ニキアスとドミトリを紹介しよう。どっちがニキアスで、どっちがドミトリかは…。わらしも、よぉー知らん。教わっても、骸骨だし…。たぶん忘れてまう」
「なっ、召喚魔法だと…。そんなバカな…。これも、幻術であろう!」
「二人とも…。このオッサンが、何やら弟子入りしたいそうじゃ」
「はっ?」
ここに至って、漸くギルベルトの顏に焦りが浮かんだ。
「おまぁーら、責任もって面倒見ぃーや。弟子の恥は、師匠の恥やぞ。心して教育せよ!」
メルの命令に、ニキアスとドミトリがカクカクと頷いた。
「ちょっと待て…。キミたち、待ちたまえ…。言ってないぞ。私は弟子にして欲しいなどと、一言も口にはしていない!」
「ほぉー。そんなら奴隷の方が、良かったか?」
「いやぁー。それは…」
決めるのはメルだった。
ギルベルトが何を発言したかなど、全く関係なかった。
『強者は何でも、自分の思い通りに決める!』
メルは冒険者たちのルールに従って、行動しただけの話である。
ここでの強者は、誰が見ても明らかだった。
だからメルは、胸を張って命じた。
「そいつを連れて行け!」
「わぁーっ。やめろ。放せ。私に、何をするつもりだ!」
「再教育じゃ」
ニキアスとドミトリはギルベルトをしっかりと捕まえて、漆黒の夜空へと舞いあがった。
ギルベルトは、お持ち帰りされた。
「さぁーて、お遊びの時間は終わりですよ…。楽しんだ後は、お片付けをしましょう」
メルが手を打ち鳴らすと、木人たちはノロノロと円陣を作った。
『ドーン!』と、円陣の中央が炸裂する。
木人たちの魔法で、地面に大きな穴が穿たれた。
墓穴である。
「ギャァー!」
「これは、どういうことだよ?」
「助けてくれぇー」
「やめ…。もう、やめてください」
木人たちは泣き叫ぶ冒険者の訴えを無視して、次から次へと墓穴へ放り込み、その上に泥をかけた。
更に埋めた穴をドスンドスンと踏み均せば、きれいに元通りだ。
「とんでもないな…。一遍に二十人も始末すると、流石に気が重くなる」
「はぁー?何を仰りますのやら…。クルトは、何もしていませんよね。見てただけェー。それに…。わらしは、殺したりせんよ」
「えっ。そうなの…?あいつら、生き埋めなんだけど…。生きてたって、埋められたら死んじゃうでしょ!」
ドン引きな様子で、ジェナがメルに詰め寄った。
助けるつもりでいた最弱な筈のエルフ娘が、百鬼夜行の頭領みたいな怪物だった。
それだけでも充分にジェナを震え上がらせたのだけれど、『人殺しを何とも思わない鬼畜だったら、どうしよう…?』と、本気で頭を抱えていたのだ。
事情によっては人殺しも避けられない。
そんなことはジェナだって充分に理解していた。
だけど、小さな少女がすべきことではなかった。
これをどうやって、メルに説明すればよいのか…?
ジェナには、荷の重い問題であった。
「あんなぁー。リッパな大人を育てるには、手抜きしたぁーアカンのです。しっかりと毒を抜いて、熟成させないとダメ。そんでもって、なぁー。生きたまま埋めるとエエ感じに、毒を抜くことがでける」
「殺してないの…?」
「わらしは、不殺をモットーにしています」
メルが腕を組み、偉そうな顔で言い放った。
「でもさぁー、メルちゃん。人間は埋められたら、息が出来なくなって死んでしまいます。もしかして、知らなかったとか…?」
「うはぁー。子どもバカにするなや…。息でけんと人が死ぬくらい、知っとぉーヨ。けどなぁー。地の妖精さんが死なんように塩梅しとるで、あいつらは死にたくても死ねんし、狂いたくても狂えんのじゃ。ひたすらに、己の無力さと暗闇に封じられた恐怖を味わいながら、これまで犯してきた悪行の数々を反省するのデス」
「ホントにぃー?」
「前にも…。テェートでミッチアの特殊部隊につこぉーたから、安全安心。埋めたったアホどもはなぁー。三日もしたら、ボォーケン者ギルドに戻すわぁー」
自分の爪先を睨んでいたジェナが、『えっ?』と言うような顔になった。
「あいつらを…?冒険者ギルドに、戻すの…」
「はいっ。そのために、苦労しとるんデス。だって、傭兵隊に任せておいたらなぁー。まぁーたボォーケン者を全滅させて、テェートからオカワリが送られてきよる。そんなん、キリがなかろうモン」
「そうなんだぁー。職場に、復帰させるんだぁー♪」
ジェナはメルの説明で納得した。
その方が楽だし、人生は楽ちんなほど良いに決まっている。
ジェナのような性格の持ち主を世間では楽天家と呼ぶ。
◇◇◇◇
異界から現象界の雑木林に戻ったメルたちは、さっそく傭兵隊の面々に取り囲まれた。
「どうした…?」
「何があったんだ…?」
「冒険者どもは、何処に消えた?」
「おまぁーら、雁首揃えてごちゃごちゃと…。お小言なら、聞きたくありましぇん!」
メルは両手で耳を押さえ、イヤイヤと首を振った。
遅くなってしまったけれど、ニックたち兄妹に大学芋を届ける仕事だって残っているのだ。
フレッドに捕まって、お説教を聞かされている場合ではなかった。
ぼやぼやしていたら、日が暮れてしまう。
「おとぉーさま。万事、問題なしであります」
メルは開き直って、無理を押し通そうとした。
「ちっ。オマエさぁー。頭から血塗れで、問題ないとか言うなよ。俺が父親としての尊厳を疑われるだろ!」
「えっ?」
ふと己の姿を確認すれば、自慢のプラチナブロンドは血糊で固まってごわごわだし、余所行きのワンピースにも転々と血が付いていた。
これで万事問題なしは、あり得なかった。
「ゴメンナサイ…」
悲しそうなフレッドの顏を上目遣いに盗み見て、申し訳のない気持ちで一杯になるメルだった。
「何か急いでるのか?」
フレッドがメルから視線を逸らせ、優しい口調で訊ねた。
「腹ぁーすかせとる兄弟に、芋を届けたいんじゃ」
「わかった。行ってこい」
「エエんか?」
「構わん。話はクルトから聞く。ただし、家に戻ったらオマエにも説明して貰うからな」
メルはフレッドの言葉に、ウンウンと頷いた。
「それと…。雑木林を出るまえに、『洗浄』しておけよ。そんな姿を他人に見られたら、それこそ大騒ぎになるぞ!」
「分かりまチタ…。わらし、ちゃんとすゆよ!」
嬉しくなって、ちょっと台詞を噛んでしまうメルだった。
傭兵たちの喧騒を背後に、林道を進むメルとトンキーのコンビは、絶好調だった。