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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
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お仕置だべェー



動揺してパニック状態に陥った冒険者たちと違い、クルトは平常心でチャンスを窺っていた。

メルと一緒に何年も過ごせば、少しは不思議に対する耐性も鍛えられる。


これほどの事態に巻き込まれたのは初めてだが、覚悟さえあれば理性を保てるのだ。


(取り敢えずは、ジェナさんを連れて囲みから抜けなければ…!)


メルの護衛を任されたのに、これでは足手まといになってしまう。

何もできずに捕縛されたとあっては、ヨルグ師匠に顔向けができない。


敵対している相手は、倫理的な判断など欠片も期待できないならず者である。

おそらくは戦士としての矜持さえ、持ち合わせていないだろう。


リーダーのギルベルト・ヴォルフがクルトやジェナを見せしめに痛めつけ、今すぐメルに投降を呼びかけたとしても驚かない。


「これ以上メルに、格好の悪いところは見せられないんだよ!」


クルトは小声で呟くと、脱力させていた全身に爆発的な力を発生させた。


「がっ!」


寸勁の威力を乗せた頭突きが、クルトを拘束していた冒険者の顎にヒットした。

僅かに(かいな)が緩んだチャンスを逃すような、クルトではなかった。


自由を取り戻したクルトの視線が、ジェナを捕まえている冒険者に向けられた。


「オマエにも、喰らわせてやるぜ!」


クルトはダメージを負った冒険者が呻き声を漏らすより早く、ジェナを抱えた冒険者に手刀を叩き込んだ。


「うげっ…」


喉首にめり込んだ手刀が声帯を破壊し、冒険者から正常な呼吸を奪う。


「こっちへ、早く!」

「ありがとぉー」


ジェナは苦しむ冒険者から逃れて、いそいそと魔鉱プレートの束を取りだした。


「おまえは、止めを喰らえ」


喉を潰されて咳き込む冒険者の水月(みぞおち)に、クルトが追い打ちとばかりに蹴りを放った。


「ぐぅっ…」


爪先を立てた突き入れる蹴りだ。

咳込み終わって息を吸うところに合わせ、爪先が突き刺さる。

力みようのないタイミングで急所を攻撃された冒険者は、声も出せずに蹲った。


「そこをどきなさい。燃やすわよ!」

「うるせぇぞ。テメェら、こいつを取り押さえろ」


「魔法使いを舐めるなよぉー」


ジェナの瞳に闘志が燃えた。


「聖なる浄化の焔ヨ…。我が行く手に立ち塞がる、全てを焼き払いたまえ!」


前方を塞ぐ冒険者たちに、ジェナが火の魔法を放った。


「うはっ!」

「やめんか、このクソ女…」

「あちちっ…」


咄嗟のコトで集中できず、ジェナの攻撃魔法は威力が低下していた。

だがジェナは躊躇することなく、手数で補った。


「えーい。みんな、燃えてしまえ!」


「やめろ。バカ女。そんな場合かよ」

「危ねぇぞ。こいつ、放火魔じゃねぇのか…」


こうした場面では、火の魔法が効果をあげる。

魔力が不足していても、焔は人の本能的な恐怖に訴えかける。

顔のまえで火を焚かれたら、怯むなと命じられても腰が引けてしまう。


それでなくとも冒険者たちは、雑木林に生じた未曾有の事態に怖気づいていた。


「ギャァー!」


離れた場所から、鶏を絞め殺すような悲鳴が上がった。


「ハキムがやられた。ケツを刺された」

「襲撃だ。単体じゃないぞ。ぐるっと囲まれてる!」


「チキショォ―。陣形を組め。敵が何者であろうと、返り討ちにしてやる」


バルガスが、鬼の形相で吠えた。


「魔法具を使え!」

「暗闇に注意しろ。何だか、ちっこいのが隠れてやがるぞ」

「見えねぇよ。誰か灯りを点してくれ」


ライトの呪文が詠唱されて、幾分か視界が広くなった。


「なんだ…。あいつらは…」

小鬼(ゴブリン)だ。小鬼(ゴブリン)族に違いない…」

「そんなもの、暗黒時代に滅んだはずだろ」


「だけどよぉー。アレは、ゴブリンだぜ。本に載っていた挿絵と、そっくり同じだ」


クルトとジェナを囲んでいた冒険者たちが、外敵を迎え撃つために陣形を変えた。

怯えていても、小さな敵に背を向けることはできない。


円陣である。


「そこを退きなさい。道を開けないと吹っ飛ばすわよ!」

「ふざけんな!いま陣形の外に出たら、オマエたちだって弄り殺されるんだぞ」


ジェナのまえに立ち塞がっていた若者が、大仰に身を躱しながら罵った。

数発の小さな火球が、若者の立っていた場所をすり抜けていく。


「行きましょう」

「おうっ。駆け抜けるぜ」


道が開けた。

火球の脅し効果は抜群だ。


「ロドリック…。そんな奴らは、放っておけ」

小鬼(ゴブリン)どもの対処が、優先だ!」


この混乱に紛れて、クルトとジェナは冒険者たちから脱出し、充分な距離を取った。


「ジェナさんの魔法、助かる…。どうやって殺さずに囲みを突破しようか、かなり悩んでた」

「そんなの、どうってことないわよ。それより、小鬼(ゴブリン)…。小鬼(ゴブリン)族が居るのよ。孤立したら、あたしたちも殺されちゃうよぉー」

「そっちなら、心配いらない。連中(ゴブリン)はメルの味方だ」

「えーっ。何それ…。意味が分かんない!」


「オレたちが、小鬼(ゴブリン)に襲われる危険はない」


クルトはジェナを宥めながら、前方から近づいてきた小鬼(ゴブリン)と互いの手を打ち鳴らした。

そして固い握手とハグだ。


ジェナは呆気にとられた顔で、クルトとゴブリンを眺めた。


クルトはメルに案内されて、帝都ウルリッヒの地下迷宮を訪れたことがある。

その時に、悪魔王子(デーモンプリンス)や精霊樹の守り役、ゴブリンにカメラマンの精霊などを紹介されていた。

前もってメルから色々と教えられていなければ、今現在の状況下で正気を保ち続ける自信などなかった。


「久しぶりだギャ、少年…」

「ケクス隊長も、お元気そうで何よりです。メルは無事ですか?」

「あっちで、メシを食っとるギャ」


「マジかよ…」


メルは邪霊たちを従える妖精女王陛下なのだ。

心配するだけ無駄と言うモノだった。



ケクス隊長の案内で雑木林に分け入ると、前方の空き地に座っているトンキーの姿が見えた。

だがトンキーは戦化粧のようなモノを施され、いつもより勇壮な外見に変わっていた。


その横に、チョコンと座ったメルが、お弁当を食べていた。


「おうっ、隊長。早かったのぉー」

「救出して来いと命令されたんだギャ、ちぃーとも活躍できんかった。わっちらが助けるまえに、クルト少年と姐さんは囲みから脱出して来たギャ」

「フゥーン。そうなの…?」


メルが目配せでクルトに訊ねた。


「とんでもない。ケクス隊長たちが暴れてくれたから、冒険者たちに隙が出来たんです。正直に言うと…。ジェナさんの魔法にも、すごく助けられました。皆さんに感謝です」

「えーっ。あたしぃー?なんだかクルト君に褒められて、すっごい嬉しいかも…」


クルトに礼を言われたジェナは、乙女のように頬を赤らめた。

三十過ぎて恋の予感…?


「フゥーン。なんにせよ、二人が無事でよかったわぁー」


メルは花丸屋の牛丼弁当を頬張りながら、クルトとジェナの合流を歓迎した。


「済まんのぉー。わらし、ちっこいからなぁー。血ぃー出たら、こまめに補充せんとアカンのです」

「そうだよ…。それそれ…。メルちゃん、頭の傷は大丈夫なの…?」

「傷なんぞ、どってことありません。でもぉー。血ぃー流したんで、えらいことになったわ」


「おいおい、メルー。もしかして…。これって、計算外なのかよ…?」


クルトが呆然とした様子で、メルを問い質した。


「そそっ…。雑木林に邪霊を呼び集めようとしたっけ、わらしの血ぃーが反応して、異界と混ざりよった。まあー。邪霊たちが喜んどるから、エエんかのぉー」


メルは食べ終えたお弁当を背嚢(デイパック)に放り込んで、よっこらせと立ち上がった。


「責任をどうこう言うんなら…。幼気(いたいけ)な女児のドタマをカチ割った、ボォーケン者どもが悪いねん。さてと…。悪魔王子(デーモンプリンス)さん、お仕置の時間やでぇー」

「畏まりました、妖精女王陛下」


木立に背を預けていた悪魔王子(デーモンプリンス)が姿勢を正し、優雅な仕草でメルにお辞儀をした。


「ケクス隊長、ゴブリン部隊を下げさせろ。トレントたちが暴れたがっている」

「了解だギャ!」


ケクス隊長は悪魔王子(デーモンプリンス)に頷くと、短く指笛を鳴らした。


トレントとは、朽木に邪霊が宿ったモノだ。

人より遥かに大きな樹木が、木人となって動き回る。

木製の土霊(ゴレム)と考えれば、それなりに外見をイメージできるだろう。



「今更なんですけど、ここは何処ですか…?」

「うん。今更だね」


時機を逸したジェナの質問に、すかさずクルトが突っ込みを入れた。




◇◇◇◇




小鬼(ゴブリン)たちが引き上げたあと、冒険者たちは警戒を解かずに負傷者の手当てを始めた。

数名が短弓の矢を喰らい、戦闘不能になっていた。


「あのチビを締め上げる予定だったから、回復剤が足りません」

「冒険者ギルドには、山ほどポーションがあるって言うのに…。なんてことだよ」


「ぼやくな…。ぼやいても、事態は改善されないぞ!」


バルガスは大声で手下たちを叱りつけた。


『小娘をぶちのめすのに、装備なんて要らないだろ!』


冒険者ギルドを出発する前に、そのような台詞を口にしたのはバルガスである。


自分の判断ミスを蒸し返されて責任追及が始まったら、事態の収拾は非常に難しい。

こうした場合は、威嚇し、強気で振る舞い、文句を言わせないのが一番だった。


だからバルガスは、手下たちを絶え間なく怒鳴り散らした。


「はははっ…。小鬼(ゴブリン)など恐れるに足らず。私の結界魔法に腰を抜かして、逃げ去ってしまったぞ。それでは諸君、あの女児を探しに行こうではないか」

「ギルベルトさん。ここから撤退しないんですかい?」

「何を言う?この幻術が女児の仕業であるなら、あやつを捕まえてぶち殺さなければ解けん。オマエは撤退と簡単に言うが、どちらへ向かうつもりだ?」


「ええっ。あのガキを殺さないと、ここから出られないんですかぃ?」


バルガスの顏に、絶望の気配が滲みだした。


これまでバルガスは、ギルベルトの太鼓持ちをして来たけれど、その実力を確認したことが無かった。

先ほども結界魔法について語っていたが、真実かどうかは分からない。

むしろ大言壮語であり、殆どが嘘だと感じていた。


ギルベルトは、狂気の臭いを漂わせていた。

帝都ウルリッヒで貴族たちに流行っている、麻薬の臭いだ。


「この忌々しい呪われた場所で、どうやってガキを見つけるんだよ…?無理に決まってるだろうが…」


バルガスは小声で悪態を吐いた。


そんな不安に囚われたバルガスの耳に、ズシンズシンと言う地響きが聞こえてきた。


「何だ、この音は…」

「やべぇ、絶対にやべぇ」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ…っ!あれを見ろぉ!」


「ヒィッ!巨人だぁー」


雑木林の陰から現れたのは、身の丈が人の三倍はあろうかと言う木人(トレント)の部隊だった。

その先頭に、育ち過ぎたブタの背に跨る、女児の姿があった。



「蹴散らせ!」


メルが冒険者たちを指さして命じた。



大きな木人(トレント)が三体。

ギシギシと身体を軋ませながら、ゆっくりと足を運ぶ。

赤錆色の明かりにボンヤリと照らされた木人(トレント)は、驚くほど巨大に見えた。


その周囲を守るようにして、小さな木人(トレント)たちが進む。

総勢二十体に及ぶ、木人(トレント)の部隊である。


明らかに過剰な戦力だった。


バルガスは謝りたかった。

今すぐメルの足元に這いつくばって、命乞いがしたかった。


だが、それは許されない。

手下たちの見ているまえで、そんな情けない真似は出来なかった。


「汚い。魔物なんぞに助けを求めやがって、汚いぞ。この悪魔っ子め…!」


バルガスは歯を食いしばって、メルを睨みつけた。

泣きそうだった。






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【エルフさんの魔法料理店】

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― 新着の感想 ―
[一言] メル様を害しようとしたその罪を償うが良い。
[一言] この場合のベストチョイスは 泣こうが漏らそうが どんなみっともない姿を見せようが 全力土下座で許しを乞うことだった まあ許す前にお仕置きでしょうけども
[良い点] ジェナさん、生きる上ですごく得しそうな性格してますね… まぁメルさんのご飯たべて楽しそうな描写は友好的で、お友達が増えた感が伝わってくるとこはとても良いですけど!
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