相容れません
冒険者ギルドとメジエール村の代表者による会合が、村の集会場で開かれた。
メジエール村の人々にとって、冒険者ギルドは不愉快で危険な乱暴者たちの集まりだった。
フレッドによって組織された傭兵隊は、乱暴者たちからメジエール村を守るために誇りをもって働いていた。
先ごろも、村人を襲おうとした乱暴者たちに制裁を加え、その遺体を見せしめとして冒険者ギルドに届けたばかりだ。
メジエール村と冒険者ギルドは、公式に双方の武力衝突を認めていなかった。
とくに武威を誇示したい冒険者ギルドとしては、ギルド員が闇に葬られた事実を認められない。
これまでにも、荒事を飯の種として来たヤクザ者たちである。
『やりやがったな!』は、負け犬の遠吠えでしかない。
やられたら、黙ってやり返すべきなのだ。
それでも話し合いの機会は、必要だった。
相手を恫喝するために…。
「今日、ここに集まって貰ったのは、他でもない。我々には、相互に確認すべき事柄があると考えたからだ。ワシはメジエール村の村長として、冒険者ギルドに言っておかねばならぬことがある。お前たちがメジエール村に支部を設けると言ったとき、ワシは武器の持ち込みを禁じた筈だ。この決まりが守れぬようであれば、即刻メジエール村での活動を止めてもらいたい!」
ファブリス村長は臆病な性格だが、冒険者ギルドの代表を睨みながら言うべきことをキチンと伝えた。
クリスタやフレッドに鍛えられて、ファブリス村長も肝が据わって来たのだ。
正直に言えば冒険者ギルドなどより、クリスタやフレッドの方が何倍も怖ろしかった。
それに比べたら、冒険者などはチンピラに毛が生えたようなモノだ。
森林猪のように危険だけれど、ファブリス村長を竦ませるほどの雰囲気は纏っていなかった。
「ほう…。ファブリス村長は殺人鬼の居る村で、我々に剣を捨てろと言うのか…?そんな真似はできんよ。それこそ、非常識であろう…」
冒険者ギルド代表のギルベルト・ヴォルフは、薄ら笑いを浮かべながら異議を申し立てた。
ギルベルトは帝国貴族風の容貌をもつ、気取った中年男だった。
酷薄そうな灰色の瞳をぎらつかせ、口元には嘲るような笑みを貼りつけていた。
「失敬な…。メジエール村に殺人鬼などおらんよ」
「村長…。ウチの若いもんが、警邏中に殺されてるんだよ!」
ギルベルトの右隣に座ったバルガスと名乗る男が、胴間声を張り上げた。
暴力臭を漂わせる、凶暴な顔つきの男だった。
実質上、バルガスが冒険者ギルドの実務を任されているらしい。
感情の見えない熱に浮かされたような目付きが、まともな精神の存在を疑わせる。
狂犬の目だった。
「バカが…。怒鳴らんでも、よぉーく聞こえるわ。そもそも村から依頼を受けてもいないのに、ほっつき歩いて死んだヤツの話なんて、どうでもいいだろ」
ファブリス村長の背後に立つフレッドが、バルガスの発言をせせら笑った。
「フレッドさん…。バルガスを挑発するのは、感心できませんな。荒っぽい性格ゆえに、あとで何が起こっても責任を負いかねますぞ」
「ほぉーっ。面白れぇ。何が起こるか、見てやろうじゃねぇか!」
「止めておけ、フレッド。弱い者いじめをするなんて、男らしくないぜ」
ヨルグが諫めるようにして、フレッドの肩を叩いた。
そのまま二人は、これ見よがしに小声で耳打ちをした。
「あれは、ここで始末したい」
「あいつは、弟子に任せてある。初めての獲物を横取りするな」
フレッドは妻子持ちなので、メジエール村に放たれた狂犬を放置したくなかった。
ヨルグだって、いつまでもバルガスを泳がせておくのは面白くない。
見張るにしても、それ相応の手間が掛かるのだ。
だけど、メジエール村の集会場で冒険者を始末するのは、どうにもこうにも外聞が悪かった。
『それでも手足をバッキバキに砕いて、半身不随にするくらいならありかな?』と、フレッドとヨルグは考えていた。
「……舐めやがって!」
「おやぁー。聞こえてたのかよ。そいつは悪かった。ケンカなら買うぜ!」
「オマエら骨が弱いし、戦いに必要な辛抱を知らん。そんなだから、簡単に首の骨が折れたりするんだ。もっと、小魚を食った方が良いぞ」
今にも爆発しそうなバルガスを眺めながら、フレッドとヨルグは容赦なかった。
「よせ、バルガス。私たちは、話し合いに来たのだ。ここで暴れるのは無しだ」
ギルベルトが、視線も動かさずに命じた。
「畏まりました、ボス…。まあ、いい。オマエたちには、後でタップリと後悔させてやるさ」
バルガスが、『フヒヒ…!』と笑った。
「………畜生め。バカの癖しやがって、俺さまの挑発に耐えるとは思わなかったぜ!」
「うーむっ。曲がりなりにも、冒険者ギルドの副頭目だからな…。他の連中より、少しはマシなんじゃないか。脳ミソの容量が…」
「いいや、手間暇かけた調教の成果だろう…。ギルベルトの野郎は、魔法具で強化された精霊魔法術師なのか…?」
「ビンゴだ…」
片付けても、片づけても、新しい冒険者が送られて来る。
全く際限がなかった。
ギルベルト・ヴォルフは、三人目のギルドマスターなのだ。
前任者は二人とも、タルブ川に沈んでいる。
「ちっ…。厄介ごとが増えたぜ!」
ヤンチャな娘はともかくとして、可愛い息子の身を案じるフレッドだった。
「コホン…!話をもとに戻させてもらおうか。メジエール村からの要求は、ひとつだけだ。冒険者が所持する武器を我々に預けてもらいたい。それが嫌なら、出ていってくれ。メジエール村に、剣を振りまわす乱暴者は必要ない!」
ファブリス村長が、勇気を振り絞って言い放った。
村人たちの安全を願うファブリス村長には、フレッドの心配が痛いほど理解できた。
大切な家族を攫われたり、傷つけられたりして、平気な男など居ない。
「嫌だと言ったら…?」
「………っ」
「嫌だと言われたら、そちらには打つ手がありませんな。土地の売買契約書は、ウスベルク帝国に保証された正規の契約書ですぞ。冒険者ギルドには、あの土地の所有権があるのです。一方で武器の所持を禁じる件については、何の保証もない」
「メジエール村で作成した約定書には、何の効力も無いと仰るのか…?そちらで突っぱねれば、お終いだと…」
「フムッ。分かって頂けたのでしたら、幸いです」
「ははん。つまりギルベルト殿は、こう仰っているのですね。コブシで来いと…」
フレッドがニタリと笑った。
「この野郎…!」
バルガスは、歯を剥きだして吠えた。
メジエール村の集会場に、暴力の気配が膨れ上がった。
「はぁー。このように啀み合っていたのでは、緊張が増すばかりですね…。お互いに、少しばかり頭を冷やした方が良いでしょう」
ギルベルトの左隣に座るヤニックと名乗った男が、穏やかな口調で割って入った。
「確かに…。我々とて、闘争を望んでいる訳ではありません。ワシは、根っからの平和主義者です」
ファブリス村長は、ヤニックに頷いて見せた。
ファブリス村長の目に映るヤニックは、暴力沙汰と縁のない一般人に見えた。
しかしヤニックの仕草や言動には、何処となくフレッドを想起させる容赦のなさがあった。
おそらくは、この中で最も注意すべき人物であろう。
何しろヤニックは、メジエール村に冒険者ギルドが設立されたときから居るのだ。
フレッドたちが冒険者ギルドを壊滅させられないのは、ヤニックとヤニックの部下たちが居座っているせいだった。
「よぉ。ヤニックさん。これは、いつまで続けるんだ…?」
フレッドがうんざりとした様子で、ヤニックに訊ねた。
「申し訳ない。私にも、よく分らんのです」
諸悪の根源であるヤニックは、シレっとフレッドの質問を受け流した。
魔鉱石がらみの情報をマルティン商会に売った負い目から、少しだけフレッドが苦手なヤニックだった。
◇◇◇◇
冒険者ギルドとメジエール村の代表者による会合は、予想した通りの物別れで終わった。
まったく実りがない罵り合いに疲れたヤニックは、マルティン商会から奪い取った新築の屋敷に戻って、お気に入りのソファーに寝転がった。
チンピラたちが集まる冒険者ギルドには、居たくなかった。
おそらく冒険者ギルドでは、バルガスが手下たちを集めて『酔いどれ亭』の襲撃計画でも相談している頃だろう。
そんなものは、見たくも聞きたくもなかった。
「アホ臭い。付き合いきれねぇ…」
バカは彼我の力量差を理解しようとしない。
猪のように、罠へと突っ込んでいく。
ギルベルト・ヴォルフが引き連れて来た冒険者たちは、三か月と経たずに人数を半分まで減らした。
どいつもこいつも、マルティン商会に指示された仕事を全うせず、村の娘を攫おうとして森の肥やしになった。
(メジエール村の土地を安価で買い集めろと言われているのに、どうして村の娘を攫う話になるんだろう。娘を人質に取って、値下げ交渉でもするのか…?)
ヤニックには冒険者たちの思考が、少しも理解できなかった。
「冒険者の劣化が、甚だしい。冒険者ギルドは、深刻な人材不足なのか…?」
「えーっ。冒険者って、もともとダメ人間がたどり着く職場でしょ」
「ジェナ…。ジェナ・ハーヴェイ。オマエも、ダメ人間の冒険者だからな」
「へへへっ…。ヨーゼフ・ヘイム大尉だって、冒険者ですよぉー」
「ちっ。馬鹿エルフが…。ヤニックさまだ。間違うんじゃねぇ!」
ヤニックは不愉快そうな顔で、ジェナが運んできた酒杯を手に取った。
「ギルドマスターも酷い」
「それって、前からじゃないですか」
「前任者の二人も屑だったけれど、三代目は心を病んでやがるぜ!」
「ちょっとばかし魔法が使えると、すぐに人は調子こくんです。ギルベルトなんて、魔法具に頼りっきりのヘッポコですよ。それなのに、何ですかあれは…?もしかすると伝説の精霊召喚師にでも、なったつもりなんでしょうかね?」
「知らん。知りたいとも思わん」
魔法のコトとなると、途端にジェナは口煩くなる。
実際ハーフエルフのジェナは、かなり強力な精霊魔法を使える。
もしジェナが、褒めて甘やかして頭を撫でてやらなければ働かないような娘(三十過ぎの)でなければ、ミッティア魔法王国の魔法軍でも順調に出世していた事だろう。
だがしかし、魔法軍とジェナは一歩も歩み寄ろうとしなかった。
「んっ。何だ、この酒は…?」
「美味しいでしょ。魔法料理店で買ったんだよ」
「魔法料理店か…。あのふざけた髭メガネが、ちっこい癖して酒を売ってるのかよ?」
「メルちゃんが、お母さんに上げてたんだよ。普通はねぇー。お酒は出さないんだって…。特別にって、売って貰っちゃった。エルフ同士だしぃー」
ジェナは嬉しそうに笑って、自分の酒杯に口をつけた。
「あーっ。そっちかよ…!」
いきなりヤニックが、素っ頓狂な声を上げた。
「どうしたんですか?」
「いや…。メジエール村との会合でな、バルガスが『酔いどれ亭』の店主と揉めたんだ!」
「……あの、筋肉バカ」
ジェナは、粗暴な男にも冷たかった。
「そのバカが、仕返しにフレッドを襲うんじゃねぇかと思っていたんだけど…。あいつら、娘を攫うの好きだろ…?」
「くっ…。クズ共めぇー。メルちゃんに手を出したら、あたしがぶち殺す!」
「バルガスなら、マジでやりそうじゃないか…。あの髭メガネを攫って、一本ずつ切り取った指を『酔いどれ亭』の店先に飾るとか…。最初は、やっぱり耳かな…。耳だよな」
「ぐはっ!」
ジェナが口に含んでいた酒を吹きだした。