イカサマ
マルティン商会はタルブ川の上流に向かって、順調に開発を進めていた。
魔鉱石の採掘チームは運搬ルートを確保すべく、帝都ウルリッヒから鉱脈がある恵みの森に至るまで、タルブ川に沿って小規模な拠点を構築していった。
当然、ウスベルク帝国の開拓村は、マルティン商会から開発援助金を受けて協力することになった。
これまでは必需品を開拓村へ運び込むためにあった桟橋が改築され、食料や資材を保管する倉庫も新たに建てられた。
辺境地域には多くの労働者や物資が流れ込み、盛んに帝国通貨での取引が行われるようになった。
開発の波はメジエール村にも押し寄せ、湿地帯に堅牢な歩道が設置された。
ヨルグの見張り小屋は撤去されてしまい、運んできた魔鉱石を一時保管するための集積所が造られた。
その他にも、採掘現場で必要となる諸々の資材や道具、食料などを備蓄しておくための倉庫が川岸に沿って幾棟も建てられた。
メジエール村は、最も採掘現場に近い村だった。
なので技術者や作業員などは、メジエール村を休暇の保養地として利用した。
人が集まりカネの落ちる場所には、儲け話に釣られた荒くれ者たちも大挙してやってくる。
近頃では、メジエール村に入り込んだ冒険者ギルドが、警邏などと口実をつけてマルティン商会の施設を巡回していた。
一方、タルブ川の河口付近では、運ばれてきた魔鉱石を精錬するために大きな工場の建設が始まっていた。
軌道に乗るまで、五年を目安とした大プロジェクトである。
「ヨーゼフ大尉殿…。マルティン商会のパワーは、半端ないですねぇー。メジエール村までの道が、冬までには完成しそうですよ」
ハーフエルフのジェナ・ハーヴェイは、舗装工事が進む道を眺めながら嬉しそうに言った。
「ヤニックさんだ」
「………?」
「キサマは、何度言えば分かる…。ヨーゼフ・ヘイムは戦死した。俺の名は、ヤニックだ(小声)」
「ヤニック大尉…?」
「ジェナ・ハーヴェイ…。オマエの頭をカチ割って、中身を調べても良いか?」
「イヤです!」
ジェナ・ハーヴェイが、フルフルと首を横に振った。
「イヤなら、間違うな!」
ヨーゼフがスコップを肩に担ぎ、ジェナを睨みつけた。
ヨーゼフはヤニックと言う名で、ウスベルク帝国での正式な身分を手に入れた。
ジェナ・ハーヴェイを含むヨーゼフの部下たちも、ウスベルク帝国の一般市民となった。
全てはエドヴィン・マルティン老人と取引をした、結果だった。
そして今、ヤニックたちはメジエール村の冒険者ギルドに所属し、マルティン商会の開発事業に関する苦情処理係を務めていた。
冒険者ギルドのゴロツキには任せられない、繊細な事件を解決するのがヤニックたちの仕事である。
そんなヤニックが何故にスコップを担いでいるかと言えば、今しがた部下たちと力を合わせて雑木林に遺体を埋めてきたからだ。
メジエール村の冒険者ギルドに投げ込まれた三名の馬鹿どもは、腕っぷしだけが自慢の借金取りだった。
本当の冒険をせずに、悪さばかりしていた冒険者たちだ。
真正の小悪党である。
(魔法武器の携帯は、禁じられてるってのにヨォー。ブラブラと見せびらかして歩いた挙句に、このざまだ…)
だが、ゴロツキたちを責めてばかりもいられない。
マルティン商会と冒険者ギルドは、完全に舐められていた。
「まともな村じゃないっすね。フェビルの野郎は、こう…、素手で首をポッキリやられてたし。ギャリオのクソッ垂れは、ナイフで首を掻き切られ。モーガスの肥満体は、細い針みたいな凶器で胸を一突きでさぁー」
「一見して、穏やかそうな村なんだけどなぁー。そもそもがよぉー。ウスベルク帝国の領土じゃねぇ!って処からして、おかしいだろ」
「村の中央広場に生えてるのは、絶対に精霊樹だよ。わたしが保証します。そんでもって、あそこのお店は美味しいです。店主のエルフっ子も、なまらかわいいべ…♪」
「なまら…?」
ヤニックと話していたメルヴィルが、ジェナに訊ねた。
「なまらは、とてもとかを意味する表現だ。まず、本国でも聞かない言葉だな」
「うんうん…。メッチャ可愛いっしょー」
ジェナは時々、生まれ故郷の言葉で喋る。
ミッティア魔法王国の人間が聞いても意味不明な、地方特有の言語だった。
「ジェナは言葉に気をつけろよ。ミッティア魔法王国の出身者だと知られるのは、都合が悪いからな…」
「わかったよぉー。ちゃんと気をつけるよ、マーティム」
「分かればよい。俺たちは、一蓮托生だからな…。これからも、お互いの不足を補って行こうじゃないか」
「おい…。俺を巻き込むんじゃねぇ。オマエたちが、勝手についてきたんだぞっ!」
ヨーゼフが文句を垂れた。
「良いじゃないっすか…。ヤニックさんだって三人の馬鹿を一人で埋めるより、俺たちと一緒の方が気楽でしょ?」
「そうよ。そうよ。そのうえ楽しいでしょー♪」
「……ちっ!オマエらなぁー。このバカ娘を何とかしろよ。これじゃ早晩、出自がバレるぞ!」
「ヤニックさんよぉー。エルフ娘の来歴なんぞ、そのまんまで良いじゃねぇか。バカすぎて、ミッティア魔法王国軍から捨てられたんだ。そのまんまだろ」
「うっ。確かに…」
ヨーゼフは、メルヴィルの言葉に頷いた。
「何ヨォー、それっ!」
ジェナが不満そうに頬を膨らませた。
三十過ぎの女だけれど、見た目が娘なので問題なかった。
エルフなのでセーフだった。
◇◇◇◇
マルティン商会から依頼されてメジエール村に進出した冒険者ギルドは、こともあろうに中央広場を本拠地と定めた。
冒険者ギルドの施設は、あれよあれよと言う間に建設されて、無頼漢気取りのゴツイ男どもが我が物顔で中の集落を闊歩するようになった。
村人の中には耕作地や住居を騙し取られる者もいて、日々の問題ごとが絶えない。
そんな状況下で、メジエール村の開発は進んで行った。
村人が手放してしまった土地には、冒険者の居住施設が建てられた。
それとは別に魔鉱石の採掘スタッフにも、休暇に寛げるような広い屋敷が用意された。
次々と余所者が入り込んできて、メジエール村にはなかった遊興施設まで造られた。
娼館に賭博場を始めとした大きな酒場や旅館には、いかがわしいサービスが付きものだった。
こうした店の本性を知らないで利用すると、財布の中身をスッカラカンにされる。
それどころか、借用書をおまけに付けられてしまうコトもあった。
依存形成が生じる遊びに慣れていないメジエール村の住民たちは、畑のムギみたいにサクサクと刈り取られた。
そして泣きべそをかいた男たちに追い打ちをかけるのが、冒険者ギルドから派遣された借金取りである。
どいつもこいつも、どうしようもないゴロツキだった。
明らかに凶状持ちの犯罪者である。
フレッドを頭目とするメジエール村の傭兵隊は、冒険者を名乗る余所者たちから屑を間引くのに忙しい。
放置しておけば、荒くれ者どもは村の娘にちょっかいを出して騒動を起こす。
冒険者ギルドとは、マルティン商会が引き連れて来た私兵である。
他人の顏をしながら、裏ではしっかりと繋がっている。
連中の狙いはメジエール村を混乱に突き落として、ちゃっかりと利権を奪い取ることにあった。
「ここは…。ウスベルク帝国の領土ではない。汗水たらして祖先が切り拓いた、我々の村である!」
「いやいや…。言ってるコトは、実に立派だけどよ。テメェの土地をマルティン商会に売り払うバカが居たら、どうしようもなかろう?」
「………クッ!」
「くっ、じゃねぇよ村長。あんた、博奕に負けて畑を売ったよね。借金の形に、先祖伝来の土地を差しだしたよね…。あれほど俺が説明したのに、どぉーしてカードゲームなんぞに手を出したのよ…?あーっ。そこんところ、ちゃんと教えてくれませんかねぇー。ファブリス村長!」
「面目次第もない…」
ファブリス村長がメジエール村の集会所で、深々と頭を下げた。
「どうしようもねぇなぁー」
フレッドが深い溜息を吐いた。
「村長がアホではのぉー。土地を手放してしまった村人たちに、説教もできぬな。しかし…。オマエたちが騙されるであろう事は、あたしだって百も承知さ」
「騙されちまったら、損させられて泣き寝入りだろ。そいつは、ちっと冷たくねぇか…?クリスタさんよ」
「アイツらには、好きにさせておけば良い。フレッドたちは、乱暴者だけを間引いておくれ…」
「何か手立てがあるのかよ?」
フレッドは落ち着き払ったクリスタを見て、首を傾げた。
「冒険者ギルドがどうこう言って、本丸はマルティン商会さ。マルティン商会が傾いてしまえば、其処までじゃろ?」
「守りじゃなくて、攻撃に出るってコトかよ!」
「マルティン商会とモルゲンシュテルン侯爵家の背後には、ミッティア魔法王国が控えておる。これは、あたしらの仕事さぁー。村長…。幸いにも、メジエール村は裕福じゃ。被害にあった村人たちには、手厚い保護を忘れるんじゃないよ!」
「はっ、はい…。それはもう…。村民一丸となって、この窮地を乗り切る所存であります」
「分かっていれば良いよ」
クリスタが鷹揚に頷いた。
村民会議が行われている部屋の片隅では、床に座ったメルと幼児ーズがチンチロリンを楽しんでいた。
「おっし。オレの勝ちぃー!」
「メル、よわぁー」
「本当は、負けたら親が変わるんでしょ?」
「フンッ…。わらし、遊び方をおせぇーてゆだけヨ。本気、だしとらんモン」
「よわぁー。メル、配当を払いなさいよ」
会議が終わってモジモジしているファブリス村長に、クリスタが囁いた。
「子どもの遊びさぁー。混ぜてもらって来ればいいよ」
「しかし…」
「やりたくて仕方ない顔をしてるよ」
「はぁー。それでは失礼して、少しだけ…」
ファブリス村長は椅子から立ち上がると、幼児ーズの傍に近づいて床に座った。
「ちと、わしも混ぜてはもらえんかね?」
「エエよ。もそっと、こっちゃ来いや」
ファブリス村長を交えて、勝ったり負けたりのチンチロリンが始まった。
そしてファブリス村長が熱くなりだした辺りで負け込み始め、ついには全く勝てなくなった。
「なぁー、村長。おかしいと思わんかぁー?」
「なっ、何がだね?わしが下手くそだとでも言うのか!」
「ちゃうわ…。サイコロ転がして、勝った負けたは運しだいな筈やろ。なぁーんで、ずっと負けゆんかのぉー?」
「えっ。どういうことだね?」
ファブリス村長は一気に熱が冷めて、真顔になった。
「わらしと、こいつらはなぁー。自分で好きなメェーを出せるんじゃ」
「えーっ!だって、さっきまで…。勝ったの負けたの言って、罵り合っていたじゃないか!」
「サクラ言うてなぁー。サギの手口じゃ。もとから仲間だもん、勝とうが負けようがチャラですねん。そんでもって、村長からカモるわけよ!」
「………まじか?」
メルが連続でピンゾロを出し続けるのを見て、ファブリス村長が崩れ落ちた。
幼児ーズの面々が、ファブリス村長を見てケラケラと笑った。
「バクチは、イカサマやで…。客になゆんは、アホじゃ」
メルは打ちひしがれたファブリス村長の肩をペシペシと叩いた。
「ありがとな、メル。皆にも、あとでご褒美を上げよう。ちょっとした魔法具じゃ…。これで村長も、博奕をしないようになるじゃろ」
「やったぁー」
「嬉しい。婆さま、ありがとうございます」
「魔法具って、メルの鍋みたいなやつかなぁー。オレはオモチャが良いなぁー」
「ほほほっ…。それは、手に入れてからのお楽しみじゃ…。ほれっ、村長よ。イカサマの手口を教わったんじゃ、メルたちに感謝せんかい」
クリスタが呆けているファブリス村長の肩をペシペシと叩いた。