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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第一部
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魔女さまの頼みごと



カラメルナッツとは…。


ローストした木の実(ナッツ)に、煮詰めた蜜を絡めて固める。

香ばしくて栄養価に優れたお菓子だ。

歯磨きしない子には向かない。


アビーが得意とする焼き菓子で、メルの大好物だった。


大きな素焼きの器に、こんもりと盛られた木の実のお菓子。

表面を覆った蜜が、テラテラと輝きを放っていた。

見ているだけでゴージャスな気分になれる。


食堂のテーブルに置かれたカラメルナッツが、先程からメルを手招きしていた。

その誘惑に、メルが我慢できる訳もなかった。


おずおずと手を伸ばす。



「それを食ったら、アビーと仲直りだぞ…」

「やむなし」


フレッドの言葉にメルが答えた。


既にお菓子は、口の中。

カリコリ、もぎゅもぎゅしながら、メルは目を細めた。


しあわせ…。


蕩けちゃいそうな顔で、もう一口。


「まったく…。アビーとケンカしたんだろ。意地とか我慢とか、根性みたいなものを見せてみろよ…?そんな食い意地を張ってたら、お菓子に釣られて奴隷商人どもに攫われちまうぞ。俺には、そんな未来が見えるようだ」

「どえェー?」

「ああっ、分からないでもいい。美味しいモノに騙されたら、悪いヤツらに連れて行かれちまう、という話だ」


「わるいオトコら、オッパイ好き。わらし、子供(ころも)。モンダイなし!」


メルは自信ありげに頷いた。


人さらいの目的は、魅力的な若い女性である。

しかるに自分は、女性特有の曲線美を持たぬ子供ではないか。

であれば、さらわれてしまうかも知れないと、心配するのはバカげている。


パパ…。

余計な心配をすると禿げてしまいますよ。


メルの台詞には、そのような意味が込められていた。


しかしフレッドは、都で幼いエルフが取り引きされる現場を何度も目撃していた。

若い頃には、いけ好かない貴族との付き合いとかもあったりしたのだ。

ヤンチャだったから…。


「あぁー、そうですかい。破廉恥な貴族どもがエルフさんに、どんだけ金貨を積むか知らん癖して…。メルは、呑気で幸せだぁー。『親の心子知らず』ってな、よく言ったもんだ。なんだか俺は悲しいよ」


フレッドは大袈裟に嘆いてみせた。


この世界に奴隷制度はない。

奴隷を所有するのは、完全に違法である。


だが他人を拘束して従わせる、契約呪紋があった。

戦乱の時代に開発された魔法術式で、暴力的に隷属を強要できる。


現在では凶悪犯罪者の再犯防止を目的に、刑罰として刻印される簡易式の魔法紋となった。


だが…。

これを悪用する者が現れた。

魔法技術に長けた奴隷商人と、倫理観が欠如した一部の貴族たちだ。


貴族が見目の良い亜人を侍らせていたら、奴隷紋を使用していると考えて間違いない。

そう世間で囁かれる程度に、亜人の誘拐と売買は後を絶たなかった。


「まあ。この村じゃ、起こりそうもねぇけどな!」

「わらし、だいじょーぶ。ちんまい、つんつるりん」

「そうだな…。メルもボインになったら、ちゃんと気をつけろよ」


フレッドはメルの頭をグリグリと撫でながら言った。


「アビーみたく、バインバインになぅ?」

「……どうだろうな。デブには、なりそうだけど。すでに、ちょっとデブだし」


「やむなし」


『デブになるから、お菓子を食べるな!』と言われても、メルには受け入れるつもりなど微塵もなかった。

いっぱい食べて太るのは、健康の証だ。

なにも問題なんかない。


「ふんっ!」


エルフ女児は、そう思うのだった。



その夜…。

仲直りしたメルとアビーは、一緒のベッドで重なるようにして眠った。


「おまえら、仲が良さそうでいいなぁー!」


寝入ってしまったメルとアビーの布団を直してやりながら、フレッドも幸せそうな笑みを浮かべて自分のベッドに潜り込んだ。




◇◇◇◇




恵みの森に棲む魔女は、長いこと解決の糸口すらつかめぬ難題に頭を悩ませてきた。

しかしメジエール村に精霊の子が遣わされたコトを知って、ようやく肩の荷を降ろせると安堵した。


「まったく、弟子なんぞ取るもんじゃないわ。心根の腐り切ったクズに、そうとは気づかず秘術を授けた罪科が、重たくて敵わん…」


魔女の(いおり)には似つかわしくない鉄の武具が、壁際にズラリと並べられていた。

どれもこれも忌まわしい、魔紋を刻まれた人殺しの道具である。


王国の各地を渡り歩き、見つけるたびに回収してきた魔法具だ。

手間ヒマをかけ、財産と時間を費やし、誠意を尽くして所有者を説得し、時には暴力まで行使した。


全ては弟子の心根を見抜けなかったツケである。


「済まんなぁー。長いこと待たせちまって…。やっと、解放してあげられるよ!」


それらの武具には、騙された妖精たちが封印されていた。

ジッとしているのが大嫌いな妖精たちは、ずっと動けずに我慢させられて、人殺しに使われてきたのだ。


魔女の弟子は特殊な封印魔法を使用したので、これを解呪するために強い霊力を必要とした。

ところが魔女には、解呪に必要なだけの霊力を用意することができなかった。

そこで色々な方法を試したけれど、どれも上手く行かずに終わった。


この様な事情があって悶々と苦しんできた森の魔女であるが、メルの存在を知ってからは機会を待つだけとなった。

すでに妖精たちの解放は、約束されていた。

何となれば不肖の弟子が施した術式の如き代物は、メルの霊力でたちどころに雲散霧消してしまうはずだから。


「さぁーて…。依頼の手紙を書いたから、エミリオにでも届けてもらうとするかい」


『どっこいしょ!』と口にして、森の魔女は立ち上がった。


「あたしも…。すっかり、ババアになっちまったね」


メジエール村の人々は、森の魔女が幾つなのか知らなかった。




◇◇◇◇




精霊の樹にもたれてミケの蚤取りをしていたメルは、エミリオから巨大なベーコンと手紙を渡されて顔色を青くした。


「いやぁー。メルちゃん。この間は、アリガトな。ブタたちは、すっかり元気になったよ。これで嫁さんや息子にも、腹一杯メシを食わせてやれる。赤ん坊が生まれても安泰だ。本当にありがとう…」

「おぉ…」

「その手紙は、森の魔女さまからだ。メルちゃんに、お願いがあるとか言ってた」

「うむっ…」

「ベーコンはお礼だよ。フレッドやアビーと一緒に、召し上がってください」


「べっ、べーこん。ぶた?」


メルは唇を震わせながら訊ねた。


「ああっ、メルちゃんが助けてくれたブタを潰したんだ。きっと、美味しいぞ!」

「おっ、おまぁー。オニじゃ!」

「いってぇー!なんで殴るぅー?ベーコン、好きだって言ってたじゃないか!」


「帰れぇー!」


メルは手にしていたベーコンで、エミリオをゴツゴツと殴った。

泣きながら殴った。






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【エルフさんの魔法料理店】

3巻発売されます。


よろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
[一言]こいつ、四歳児に対してあまりにもすぎるww
[一言] まぁ祭り上げられて別の存在として扱われることによって一生友達出来なかったりするよかいいんやろうけどいいように扱われてしかいなくてイラッとする…笑 商品化されとてどれだけ儲かっても「これはメル…
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