腐り果てた冒険者たち
ウスベルク帝国の建国以来、国土開発における先遣隊を自らに任じて来たのが冒険者ギルドだった。
冒険者ギルドとは、名前の通り未開地を冒険する者たちの集まりだった。
ウスベルク帝国がタルブ川の下流域に広がるルグミーヌ平原から上流へと領土を広げようとしたとき、犠牲を厭わずクレティア平原の調査に乗りだしたのも冒険者ギルドである。
彼らは正に私利私欲を越えた愛国者で、後世に語り継がれるべき英雄たちでもあった。
「それが今では、ゴロツキと間者どもの巣窟と来た…」
グレゴール・シュタインベルクは、しかめっ面で呟いた。
「タルブ川で発見された魔鉱石の鉱脈を探ろうと言う話に、そのようにして嘆く要素などないでしょう?」
「ローガーさん…。タルブ川の上流はウスベルク帝国が建国される際に定められた、犯すべからざる聖域なんだよ。ウチが調査隊を派遣してよい場所じゃない。ましてや、目的が魔鉱石の採掘とあってはな…」
「そこを何とかするのが、貴方の仕事でしょう!」
ローガーは、グレゴールの反対意見を聞こうともしなかった。
「アンタたちのコトだ。鉱脈を探すために、開拓村を橋頭保にするつもりだろ?」
「勿論です。調査のためだけでなく、後々は採掘された魔鉱石の集積地も必要となるでしょう」
「あんたらは…。ミッティア魔法王国の連中は、図々しすぎる」
「はっ…。我が国より支援を受けている立場で、冒険者ギルドは協力できないと仰る…?どちらが図々しいのやら…」
ローガーが手元の報告書に視線を落とし、嘲るような口調でグレゴールを窘めた。
立場を弁えろと…。
グレゴールには、返す言葉がなかった。
先代、先々代…。
いやもっと昔から、冒険者ギルドはミッティア魔法王国の侵食を受けていた。
海を越えて派遣された間者たちは、冒険者ギルドの知名度と信用を隠れ蓑として、ウスベルク帝国に支配の根を張っていた。
ミッティア魔法王国の影響は、なにも冒険者ギルドに限られない。
帝国貴族たちの多くが、何某かの形でミッティア魔法王国との違法な取引に関与していた。
便利で魅力的な魔法具に心を奪われて、財産や名誉を売り払った愚かな帝国貴族たちが大勢いる。
グレゴールは、自分の無力さに歯噛みした。
冒険者ギルドのギルドマスターが異を唱えたところで、肝心の冒険者たちにそっぽを向かれてしまえば意味がない。
そして…。
冒険者たちの多くもまた、ミッティア魔法王国から購入した魔法具の支払いで首が回らなかった。
所謂、借金奴隷なのだ。
「力を欲して、奴隷に堕ちるとは、皮肉にもほどがある!」
グレゴールは冒険者ギルドの統括責任者でありながら、ミッティア魔法王国から派遣されたローガーと名乗るエージェントの命令に逆らえなかった。
「まあ、嘆いてみても仕方ありませんな。ミッティア魔法王国の支配に屈しようとしないウィルヘルム皇帝陛下こそ、責められるべき存在でありましょう」
「貴国は、そこまでして『屍呪之王』を手に入れたいのか?」
「祖国の魔法研究院は、人類の平和と繁栄を望んでいます。ですから、ウスベルク帝国の如き魔法後進国に、危険な邪霊の管理は任せておけないのでしょう…。されど、私としては、あのような危険物に興味などありません」
「ローガーさんは、金になる魔鉱石の鉱床か…?」
「ふんっ…。私が欲張りな訳ではありません。きちんとした組織には、役割分担があるのですよ」
ローガーは鼻を鳴らした。
「やむを得んな…。開発村に駐屯させる冒険者たちを選んでおこう」
「ウスベルク帝国への口実は、コチラで用意します。ビルケマイヤー辺りに、美味しい儲け話として持ちかけてみましょう」
「欲深な資産家を唆して、開発村への投資を装うのか…?」
「さすが冒険者ギルドの統括責任者ですな。間抜けではない」
「そう上手くいけばいいがな…」
グレゴールの青灰色の瞳が、冷たく光った。
(アーロンは、まだメジエール村から戻らないか…。仕方がない。ハーディに言伝を頼むとしよう…)
ハーディは隠密行動を得意とする冒険者だった。
グレゴールが心を許している、優秀な冒険者のひとりだ。
グレゴールは、とても複雑な立場に身を置いていた。
冒険者ギルドの統括責任者としてフーベルト宰相が手駒とするデュクレール商会と繋がりを持ち、ウスベルク帝国の機密情報を仕入れてはローガーに売り渡す。
言い訳のしようもない、唾棄すべき売国奴である。
これに対して、グレゴールには裏の顔があった。
代々、冒険者ギルドのギルドマスターは、『調停者』だけに仕えてきた。
グレゴールが誰の意思で動いているのか?と問うなら、それは紛れもなくクリスタであった。
◇◇◇◇
ダウンタウンにある少しばかり上等な酒場に、品のない男たちが集まっていた。
煽るように酒を飲み、だみ声を上げて給仕の娘を揶揄う。
見たまんまのろくでなしだ。
揉め事を嫌った常連客たちは、とっとと姿を眩ませてしまった。
素行の悪そうな男たちは、店にとって最も来てもらいたくない類の客だった。
いや、客と言うより既に疫病神である。
物象化した災厄だった。
酒が進むにつれて男たちの態度は悪くなり、やがて直接的な逸脱行為に及んだ。
「きゃ、やめてください!」
「いい声で鳴くじゃねぇか…。オレの膝に乗れよ」
「手を放してください」
「うひょぉー。お客さまには、サービスしなきゃだろ!」
お触りなんかは当りまえ、平気で膝に抱き上げた娘の衣装をはだけようとする。
「お客さま、ほどほどになさってください」
たまりかねた店主が、男たちの陣取るテーブルに駆け寄った。
「うるせぇやい。おれっちは、お客さまだぞ!」
「冒険者さまを何だと心得やがる?」
「ヒィ!」
止めに入った店主も、ゴロツキの一人に殴られて床を転がった。
屈強な四人の男たちに囲まれたら、ちょっとばかり腕っぷしが強くたってどうにもならない。
しかも相手は、魔法武器を装備している危険な冒険者だった。
「おめぇたち、ここで暴れると衛兵どもにしょっぴかれるぞっ!」
「あーっ、兄きぃー。なんかもぉー、オレは暴れたくって我慢ならねぇ。新しい剣の、試し斬りに行きやせんか?」
「おめぇーは、酔っ払うと直ぐにそれだな」
「ウヘヘヘ…。兄ぃーだって、嫌いじゃないでしょ」
「まあ、血が騒ぐよな…!」
兄貴分らしき大男が席を立つと、三人の男たちも後に続いた。
自分たちが飲み食いした代金を支払おうとする者は、一人もいなかった。
床に蹲る店主も、食事代を請求するような真似はしない。
悔しさに歯噛みしながら、立ち去る男たちの背を黙って見送った。
冒険者たちの関心が、遊民保護区域に住む孤児たちに向けられたので、不幸な店主と給仕の娘は災難を逃れた。
「ニシシ…。逃げまどうガキを追いまわして斬るのは、最高に楽しい遊びだぜ」
「女もいいけど、狩りの面白さには劣るよな!」
「さてと…。オマエラ、獲物の数を競うか?」
「おうよ、兄貴。おいら、負けねぇぞ」
「そんなら、殺したガキの耳を削いで来い。耳の数で、狩りの勝敗を決めるぞ…」
全くもって、傍迷惑な連中である。
だけど、この粗暴な男たちこそが、劣化した冒険者ギルドの中核であった。
守るべき正義も倫理観もなく、己の暴力と特権性のみを信じ、弱者が恐怖に怯える顔を眺めて興奮する。
そんなクズ共の集まりが冒険者ギルドであり、グレゴール・シュタインベルクを悩ませる許容しがたい現実だった。
このクズ共と比べたなら、暗黒時代に滅亡したと言われる小鬼の方が幾分かマシであろう。
逢魔が時。
幾分か酒気が抜けて、ほろ酔い気分の冒険者たちは、遊民保護区域に足を踏み入れた。
その男たちを密かに追跡する人影があった。
互いに寄り添う、小さな影が三つ。
大人のモノと思しき影が二つ。
「キュッツ…。あいつらで間違いない?」
「ああっ…。ベルの姉さんを弄んで殺したのは、あいつらだよ。ベルを助けたときに、確りと見た!」
チルの問いかけに、キュッツは堅い表情で頷いた。
「チル…。坊主頭の大男…。あいつ、ビリーたちのグループを襲ったやつだ」
「うん、確かに…。ビリーに聞いたのと、特徴が同じだ。セレナ、よく覚えてたね」
「どうしても許せない!と、思ったから…。ずぅーっと探してたんだ」
浮浪児であったチルたちは、フレッドのヤクザ事務所に引き取られてから、遊民保護区域の治安維持に一役買っていた。
通り魔、辻斬りの犯人を特定できたのも、チルたちが熱心にパトロールを続けた成果だった。
「チル、キュッツ、セレナ…。三人とも、ありがとうな…」
「こっからは、オレらの仕事だ」
ヨルグとウドが、子供たちを後ろにさがらせた。
「あのハゲには、見覚えがあるぜ…」
ウドが不愉快そうな口調で言った。
「腕っこきの用心棒さまだ。ゲルトって屑が、冒険者ギルドに居ただろ?」
「あーっ、悪徳商人の用心棒かぁー!奴隷として攫ってきた子供たちを玩具にしていた…」
「改心するように、説得するのかい?」
ヨルグが訊ねた。
「セットク…?」
「メジエール村で打ち合わせしたときに、取り敢えず冒険者は説得するって言ってただろ…。忘れたのか?」
「バカ言ってんじゃねぇ。ウメェー、ウメェーと、オレらが用意したメシを喰らっていた、可愛いチビどもの仇だぜ!」
ウドは薄くなった髪を撫でつけると、愛用のナイフを引き抜いた。
その瞳には、正義を求める光が宿っていた。
「改心なんぞさせやしねぇ。許しを請うても、斬り刻む…」
「うむっ…。それなら、オレは援護に徹しよう!」
ヨルグは満足顔で頷いた。
驕り高ぶった冒険者たちは、自分たちが狩られる側に立たされたことを知らない。
今宵、悪党たちに、冷酷な裁きが下される。