気になるお年頃
今回は短めです。
第二部に入る前の小話ですね。
ちょっとした状況説明などを含めて、数話ほど小話を挟む予定でいます。
ななぽさんから素敵なレヴューを頂きました。
ありがとうございます。
感謝です。
耳の裏側に、銀色の和毛が生えてきた。
アーロンには生えていないのに、メルの尖がり耳に和毛が生えた。
ただでさえアーロンより横に広がって、ペロンと垂れてくる耳なのに…。
幼児ーズは、メルの耳を触りたがった。
メルが喜んだり悲しんだりすると、ピョコピョコ動くのも不味いのだろう。
ダヴィ坊やなどは、幾らメルが怒っても耳をつかんで引っ張った。
どうやら動くモノに反応してしまう、無意識の行動らしい。
「ねぇー。まぁま…」
「もぉ、メルってば…。毛が生えたくらいで、ミャーミャー泣かないの…。可愛いんだから、剃らなくても良いでしょ!」
「えーっ。剃ってヨォー」
「イヤです」
アビーは素っ気ない。
メルは気にしたけれど、耳の穴から毛が生えている訳じゃないからセーフだと、自分自身を慰めた。
メジエール村の冬は厳しいから、暖かな和毛がありがたくもある。
問題は…。
メルが普通の子に見えないところだった。
「メル…。アンタのおかしな耳…。もう、オンナとして終わってる」
「たりさぁー」
メルは悲しげな顔で、タリサを見つめた。
「でもね…。あたしたちは、ずぅーっと友だちよ!」
「んんっ…」
タリサはギュッとメルを抱きしめて、最新のベロチューをした。
フレッドとアビーが、店先でしていたアレだ。
大人のチューである。
メルとタリサは、チューをしながら少しボーッとなった。
それはキスが原因の酸欠ではなかった。
おませな子供のムラムラである。
横で見ていたラヴィニア姫は、頬を朱に染めて視線を逸らした。
メルの耳はクリスタやアーロンより、ミケ王子やハンテンより、トンキーに似ていた。
「ぶぅー、ぶぅー♪」
「やかましわ。トンキー!」
トンキーはメルの耳に仲間意識を抱いて、ベロベロと舐めまくる。
トンキーの賢さにも、困ったモノである。
鏡像を認識して、あまつさえ相似形まで見つけだす。
「やめんか、ボケェー!」
「ぶひぃー♪」
周囲は生温かい視線で、メルとトンキーのスキンシップを眺めていた。
そうこうする内に…。
いつの間にかメルは、『酔いどれ亭』の酔っぱらいたちから仔ブタちゃんと呼ばれるようになってしまった。
『酔いどれ亭』を訪れる常連客は、その殆どがフレッドの傭兵隊に所属していた。
フレッドの傭兵隊にはメルを妖精女王陛下として敬う風潮なんて、欠片も存在しなかった。
彼らにとってメルは、全力で守るべき愛らしいマスコットだった。
だから馴れ合いの意識が強く、メルに遠慮がない。
メルにとっても、喋れなかったときからの付き合いだ。
本気で邪険にしたりはできない。
「ピギーちゃん。エールのオカワリね。それとスペシャルをお願いしますわ。唐揚げの、ニンニク風味で…♪」
「わらし、ブタちゃうで…。よぉーく、見てみい…。ハラでとらんデショ…。シッポも見ますかぁー?ありませんデショ!」
「可愛いんだから、細かいことを気にすんな。それと、ヘソは見せなくていい…。だからぁー。ここでケツを捲くろうとするなよ…!あーっ、ピギーちゃん。俺にも、スペシャルメニューを頼むわ…。野菜チップスね♪」
「おどれらぁー。ピギー言うやつには、なんもやらん!」
「怒るなよ。ごめんなメル…。もう、ピギーって呼ばないからさ…。ちゃんと、パンツを穿けよ。アハハ…!」
「ムゥ…。分かればエエよ」
メルは脱ぎかけていたかぼちゃパンツを穿きなおし、なじみ客に背を向けた。
その途端、別の酔っぱらいが囃し立てる。
「おーい。ピギーちゃんが、ご機嫌斜めだぞっ…。おまえら失礼がないように、行儀よくしろ!」
「問題は腹じゃねえし、尻尾でもねぇよ…。耳だろ、耳ぃー!」
「おっ。いま、お耳がピクってなったぞ♪」
「ピギーちゃん、カワイイな…」
「うっさいわ!」
今宵も酔客たちは、愛情と親しみを込めて、『酔いどれ亭』の看板娘を仔ブタちゃんと呼ぶ。
相手は酔っぱらいなので、数分前のコトでも綺麗さっぱり忘れてしまう。
どうしようもなかった。
こうして、いい加減で気の良いオッサンたちに弄られ続け、メルは自分の容姿を気にしなくなった。
メンタルが弱くては、飲み屋の看板娘なんてしていられないのだ。
(ちっ!酔っぱらいどもめ…)
齢五才の幼女は、フンスと胸を張るのだった。
◇◇◇◇
メジエール村に初雪が散らついた日のこと、メルは新メニューにチャレンジしていた。
難しい料理ではない。
身体が温まる、コラーゲン豊富なスープだ。
メインの具材は、牛のスネ肉と大根である。
身体を温めるために、生姜の薄切りと胡椒を多めに使う。
スネ肉はとろ火で、クツクツと気長に茹でる。
匂い消しで投入した青ネギは、スネ肉が煮えたら取り除く。
厚切りにした大根も、別の鍋を使ってスッと箸が通るくらい柔らかくなるまで茹でる。
「んーっ。いい匂い♪」
スネ肉を茹でていた鍋に大根を移し、食感に変化を与えるべくエノキダケを投入する。
半練りタイプの中華ダシと塩でベースの味を調えたら、刻みネギで風味を加えて完成だ。
最後に隠し味で、醤油をひと垂らし。
「できたぁー!」
フレッドが作る野菜炒めにスネ肉と大根のスープを添えて、炊き立てのゴハンと一緒に頂くのだ。
箸休めの漬物は、花丸ショップで購入したザーサイの薄切りである。
「ビンスさん…。カリーラースじゃないけれど、このスープはメルが調理した」
『酔いどれ亭』の食堂で、フレッドがゲルハルディ大司教に説明した。
「わたしも、頂いたことのない料理ですね♪」
「同志アーロンさん。私には、普通のスープに見えるが…。むしろ、この白い粒々は何かのぉ…?」
「それが、ラースです。カリーラースは、その白いラースにシチューのようなモノをかけます」
「キミたちねぇー。ごちゃごちゃ言わんと、冷めないうちに食べんさい。オカワリもありますけぇー。どんぞ…。あったまるどぉー♪」
「あれェー。いつになく、気前が良いじゃない」
「まぁま…。わらし、どっちゃり作った…。店のナベ借りたもん、明日になってもなくならんわ!」
メルは得意そうに、ガハハと笑った。
だが…。
日没直後には、大きな寸胴ナベが空になっていた。
「えーっ。なんでぇー?信じられまシェン!」
「お肉が柔らかくて、すごく美味しかったからねェー。みぃーんな、オカワリしてたよ」
「明日は…。このスープで幼児ーズのゴハンにしようと、思うとったのに…」
「だからメルも、食べてなかったのか…。そいつは、残念だったな」
「うーん。別のお鍋に、取っておけばよかったね」
「グヌヌヌヌッ…」
メルが涙目になった。
ちょっとトンキーに散歩をさせて戻ったら、この有様だ。
油断した。
あとの祭りだった。
後悔先に立たずである。
「エエよ。わらし、また作るもん…!」
メルは一人前の調理人だった。
お客さんが鍋をカラにしたと言って、泣いてはいけない。
むしろここは、喜ぶべき場面であった。
コックはつらいよ…。