マジカル七輪を使う
「うまぁー」
今日も、ご飯が美味しい。
フレッドとアビーが用意してくれた料理に、メルは心から感謝している。
鶏肉の野菜炒めと侮るなかれ。
しょっぱい、辛い、甘い、酸っぱい、苦い。
五味が程よく混じり合い、そしてハッキリと舌に感動を伝えてくる。
食材の下ごしらえ。
加熱時の絶妙な火加減。
様々な食感を楽しませてくれる、至極の一皿。
そしてコンソメっぽい、この透明なスープ。
金色の旨みタップリなスープ。
「うまぁー」
食欲をさそう香りに至っては、もう文句なしだ。
難をいうなら、日本食がテーブルに並ばないところか。
米やみそ、醤油がない。
毎日、毎食、小麦パンだ。
チーズにバター、そして色々なパン。
(前世で母さんに作ってもらった、美味しいゴハンを食べたいなぁー。お米とかウドンとか…。カレーライス、食べたい!)
食文化の違いからくるホームシックが、メルをおセンチな気分にさせた。
ところでメルは、様々な食材や調味料をストレージに保存している。
年齢規制のない調味料としての酒も、各種取り揃えていた。
米も味噌も醤油だって持っている。
では何ゆえにホームシックかと言えば、厨房に入れてもらえないのだ。
メルを溺愛する甘々な酒場夫妻ではあったけれど、こと仕事の話となると全く融通が利かない。
『厨房は料理人の聖地だから、子供は入るべからず』
『危ないからダメですよぉー!』
二人の台詞は決まっていた。
すっかり覚えてしまった。
耳タコだ。
メルは包丁も火も使わせてもらえないので、ご飯が炊けない。
味噌汁も作れない。
このようなアリガタイ理由によって患った、重度のホームシックである。
有難すぎて養い親を責めるコトなど出来ない。
だったら、ご飯を炊いてもらえばいい。
そう思うかも知れないが、メルは会話力が残念なので上手くいかない。
調理用の言葉が、殆ど理解できていない。
洗う、剥く、切る、焼く、煮る…。
そこら辺はなんとか分かるのだけれど、蒸すとか炊くという単語を知らない。
油で揚げるとか、もうハードルが高すぎて泣きそうになる。
米を研ぐなんて言葉になると、存在すら危ぶまれる。
言葉の学習は、なかなかメルの思い通りに行かなかった。
とくに作業中のフレッドとアビーは早口で、しかも会話を大胆に省略してしまうから、聞き耳を立てていても料理に使われる言葉を把握できない。
調理手順を目で追うのが精一杯だった。
夫婦の息はピッタリと合っていた。
以心伝心で実に微笑ましい。
ガッデムである。
(調理場でハンドサインとか、止めて欲しいんだよね!)
食堂の仕込みが始まれば、小さなエルフ女児は仲間外れである。
幼兵は去り行くのみ…。
追いだされたメルは、精霊樹の根元に陣地を張るのだった。
(敷布を広げて、ドール長官とラビット副長官を配置…。会議室のテーブルは、真中です。ミケは何処だ?出張ちゅうかな…?)
もう手慣れたモノで、瞬く間に国家安全保障局が完成する。
舞台ができあがるとメルは、手にした背嚢からマジカル七輪を取りだした。
ついで魚焼き網と子持ちシシャモを取りだして、敷布に並べる。
子持ちシシャモは、木箱に置いたお皿の上だ。
赤いキラキラが、待ちきれない様子でメルの周囲を飛んでいた。
「あかぁー色は、ひぃーのヨウセイ?」
赤く輝いているのは、マジカル七輪で遊びたい火の妖精だった。
「いらたいませ。ヨーセイさん」
メルは火の妖精をマジカル七輪に招き入れた。
マジカル七輪が赤い輝きを放つ。
メルが魚焼き網と子持ちシシャモをマジカル七輪に載せた。
待つこと暫し、油の焦げる香ばしい匂いと白い煙が立ちのぼる。
「やけた…!」
完成である。
メルは熱々のシシャモを手に取って、頭から齧った。
「うんまぁー!」
懐かしい干し魚の味だ。
酒の肴だが、オヤツに食べても良いじゃないか。
オヤジの摘みは、子供のオヤツ。
メルは新たなシシャモを魚焼き網に並べた。
「ミャァ…」
現金なモノで、匂いを嗅ぎつけたミケが姿を現した。
「むーっ。みけ、友だち。オヤツを上げう」
メルはミケを招いてシシャモを分け与えた。
ミケも大喜びである。
「メルー。遊びに来たヨ!」
「ムッ?」
中央広場の向こうから近づいてくるのは。
友だちのタリサだった。
しかも、ひとりじゃない。
タリサの横には、キレイなブロンドヘアーの幼女が並んでいた。
しっかりと手をつないで、仲良しをアピールしている。
(……っ。オマエも匂いを嗅ぎつけたか?子持ちシシャモが、三分の一になってしまうじゃないか!)
メルは表情の抜け落ちた顔で、タリサとタリサの友だちを迎えた。
「この子はメル。耳が変だけど、気にしちゃダメだよ」
「うん」
『初っ端から、そう来るの…?』と、メルは身構えた。
「メル…。この子はティナ。メルのお友だちになってくれるって…」
「はじめましてメル。よろしくね」
「うぃ。こちらこそ…。てぃな」
メルの口角が引きつった。
タリサの巧みな話術が、メルをリングの端まで追い詰めた。
一瞬にしてメルは、どう断ろうと角が立つ局面に立たされてしまった。
退路は残されていなかった。
ティナと友だちになってもらうしかない。
タリサは善意で、友だちを紹介してくれたのだから。
(ここは大人の対応だ…。平然とした顔で、やり過ごすしかない)
相手は四歳相当の女児。
こちらは転生してきた男子高校生である。
『外見がどうあろうと、譲らなければいけないのは僕の方だ!』と、メルは自分に言い聞かせた。
そうこうするうちにも、タリサとティナは勝手に上がり込んでいた。
まだ招待してもいないのに…。
メルの国家安全保障局は、厚かましい女児たちに占拠されてしまった。
「あんた…。また自分だけ、何か食べてる!」
「うっ…」
さっそくの催促だ。
相手を詰りながらオネダリするという、高等テクニックだ。
「この子、気が利かないところがあるの…。でも、友だちが居ないから、しょうがないでしょ…。大目に見て上げて」
「うん。少しずつ教えてあげればいいよ」
「くっ…!」
女児たちの一方的な決めつけに翻弄されて、メルは言い返したくても言い返せない。
孤立無援のエルフ女児にとって、お姉さんぶった連中ほど厄介な相手は居なかった。
(コンボか…?これは連続技なのか…?それともハメ殺し…?!)
メルの素早さは、初期値のまんまだった。
要するに、タリサたちよりノロマなのだ。
そのうえ会話力が低い。
(僕はサンドバッグですか…?)
まさにマウントを取られ、打たれっぱなしだった。
大人の対応どころか、赤子のように腕を捩じられるメルであった。








