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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第一部
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ラヴィニア姫と記憶



ラヴィニア姫は夜が嫌いだった。

日が落ちてベッドに入る時刻になると、憂鬱な気分になる。


そもそも暗い部屋で寝るのが苦手だった。

ひとりポッチで寝室に引き上げ、ベッドに腰を下ろすとイヤな記憶が蘇る。


三百年分…。

封印の巫女姫として過ごした長い歳月が、ラヴィニア姫の心を容赦なく(ひし)ぐ。


最初に何があったのか…?


それはもう記憶の彼方だ。


夢で人形と化した両親の顏や声は、どう頑張っても思いだせない。

幼い頃に暮らしていた屋敷の様子や、兄弟姉妹がいたことさえ、すっかり忘れてしまった。


風化した石碑の碑文みたいに、ラヴィニア姫の記憶は劣化していた。


その一方で、苦痛に満ちた記憶だけは、今もなお鮮明であった。


闇の中で目をつぶると、殺風景な石の部屋が瞼の裏に蘇る。

薄暗く、窓のない、封じられた地下室。


耳鳴りがしそうな静寂。

己の身体が朽ちていく死臭と、魔法薬の独特なニオイ…。


ついでユリアーネ女史の憂い顔やアーロンの愛想笑いが、頭をよぎる。


『同情されて、不自然に気遣われるのはイヤ…。無理やり雰囲気を明るくされたって、ついて行けるはずがないもの…!』


かつてはユリアーネ女史やアーロンが機嫌を取ろうとする度に、強い嫌悪と反発感を覚えたモノだ。

二人にはどうしようもないと分かっていながら、不愉快な顔ツキになるのを抑えられなかった。

我慢できなくなると、乱暴に当たり散らしたりもした。


『失われてしまったものは何か…?』


それは素直な気持ちだ。

他者の存在を受け入れて、喜びを分かち合う寛容さだと思う。


没落しかけた家を建て直すために、ラヴィニア姫の両親は娘を生贄に差しだした。

ラヴィニア姫は市場で売り払われる家畜のように、封印の巫女姫として精霊宮に引き渡された。


忘れてしまいたいのに、そこだけは記憶にこびりついて消えない。


ラヴィニア姫は不信感と失望を人生のスタートラインとし、ただ絶望に向かって歩き続けてきた。

そこには苦い思いしかない。


ウスベルク帝国の役人や精霊宮の祭祀長から賜った言葉は、『名誉なことデアル!』と言うモノだった。


ラヴィニア姫は、名誉など必要としなかった。

人々のために犠牲となるなんて、まっぴらごめんだった。


『名誉が、わたくしに何をしてくれるのですか…?』


だれもが、『名誉は誇らしいモノだ…』と言う。

嘘っぱちに用はなかった。


それでも帝国貴族としての責務を果たすのだと、そのことだけに意識を向けて何もかもあきらめた。

ラヴィニア姫にも、責任と義務だけは理解できたから…。


また、そこにしがみつかなければ、あっという間に気が狂ってしまいそうだった。


世界を滅ぼそうとする忌まわしい邪霊は、誰かが封じなければいけないのだ。

その誰かが、たまたまラヴィニア姫であった。


そう信じようとした。


ところが、これまた嘘っぱちであった。


屍呪之王(しじゅのおう)は苦しんでいた…!』


何となれば…。

人々から邪霊として恐れられ、一身に憎悪を向けられた屍呪之王(しじゅのおう)に、世界を滅ぼすつもりなど欠片もなかったからだ。

単に屍呪之王(しじゅのおう)は、邪悪な魔法博士(ヒト)の手で世界を滅ぼすように造られた精霊に過ぎなかった。

とても可哀想な事に、忌まわしいモノとして創造(デザイン)されてしまったのだ。


そして人々から向けられる憎悪をとても恐れていた。

孤独で悲しい存在だった。


『ウソつきな大人たち…!』



嘘に嘘を重ね、裏切られ続けたラヴィニア姫に、他者を受け入れる余地などない。

いまメジエール村で幼児ーズと楽しい日々を過ごしながら、ラヴィニア姫は疎外感に苦しんでいた。


何も虐められている訳ではない。

疎外感の原因は、ラヴィニア姫の内面的な問題だった。


現実との間に、突破できない頑丈な壁があった。

その壁によって、ラヴィニア姫は幸せと隔てられていた。


(子どもを演じることは、幾らだって出来ます…。でも、わたくしには、素直な心が欠けている。何もかもが、嘘っぱちのゴッコでしかありません。仲良しゴッコ…!)


それでは子供時代からやり直したところで、幸せになれる筈がなかった。

虚ろな心で友だちの振りをしても、ラヴィニア姫の心は育たない。


(ハンテンがいないから…?)


ラヴィニア姫は、最後の一欠けらを夢のなかで少女に託した。

信頼の一欠けらだ。


少女との約束は果たされず、ハンテンは消えてしまった。

ラヴィニア姫の希望と共に…。


もはや他人に託す望みなど、何ひとつ残されていなかった。


(偉大なる絶対者が…。それが何であるかは分からないけれど、この世界を創りあげた誰かがハンテンを返してくれるまでは、何かを期待することなんて出来ない…!)


こうした反抗的な思い込みは、何も生みださない。

むしろラヴィニア姫に、際限のない苦しみをもたらすだけだ。


それでも恨みは消えない。

ラヴィニア姫は、己に用意された運命を呪っていた。


「あれは…。意味のない夢だったの…。少女の約束も、わたくしの願望が生みだした夢…。そんなことに拘って、折角のやり直しを台無しにするのは馬鹿げている。何としても、忘れなければいけない。ハンテンは失われてしまった。もう一緒には、歩いて行けないの…。わたくしは独りでも、前に進むべきなんです。ハンテンの分まで…」


理性では分かっている。


だけど…。

たとえ分かっていても、従えないコトがある。


ラヴィニア姫はネコスケ(ミケ王子)を抱きしめて、シクシクと啜り泣いた。


夜を乗り越えれば、また楽しい明日がやって来る。

そうすれば中央広場でタケウマに乗って、皆とワイワイ騒ぐのだ。


夜だけの我慢デアル。

お日さまが世界を照らしていて、陽気な幼児ーズと一緒なら、嘘を吐くのもずっと簡単だ。


(ナサケナイ…)


夜を怖がる弱虫なんて、イヤだった。


「ネコスケ…。わたくしは…。過去を笑い飛ばせるほど、強くなりたい…!」


それがラヴィニア姫の切なる願いだった。




◇◇◇◇




「ラヴィニアってさぁー。いっつも、オシャレだよね!」


中央広場でチューリップ揚げを手にしたタリサが、羨ましそうに言った。


「ウスベルク帝国のお姫さまでしょ…。お姫さまなら、毎日のように新しい服を着ていても、おかしくないよ」


ティナもチューリップ揚げを齧りながら、タリサの台詞に頷いた。


「親が貴族さまだと、オシャレ出来るんだねェー。ミブンとか、ちっとも分かんないけど、お金持ちは少し憧れるかも…」


タリサはプリプリの鶏肉に、パクっとかぶりついた。


三人が囲むテーブルには、大きな皿が置いてあった。

だけど、山ほど盛られていたチューリップ揚げは、殆ど骨に変わっていた。


唐揚げのオヤツは、幼児ーズに大好評だった。


ラヴィニア姫が二本食べる間に、タリサとティナは五本も食べていた。

合計して十二本だ。


遠慮なんてしていたら、全て食べられてしまうのが幼児ーズのルールなのだ。

ちょっとばかり出遅れてしまった、ラヴィニア姫であった。


「わたくしに、両親はおりません。家名だって継いでいないので、貴族でもありません…。ただのラヴィニアです」


ラヴィニア姫はタリサとティナに、帝国貴族でないことを告げた。

ラヴィニア姫にとってウスベルク帝国との関係は、何も自慢にならなかった。


むしろ無関係だと主張したかった。


「えーっ。ラヴィニアには、お父さんとお母さんが居ないの?」

「はい。とっくの昔に、亡くなりました」

「かわいそう…。寂しいデショ?」

「いいえ。もう二百年以上も、昔の話ですから…」


「「…………?」」


タリサとティナは、目を丸くして黙り込んだ。


残念ながら突っ込み役のダヴィ坊やは、メルにチューリップ揚げをねだっていたので、この話を聞いていなかった。

そこでラヴィニア姫が口にした二百という数字は、タリサとティナの常識に従って速やかに書き換えられた。


二百年は二年に短縮された。


「二年前なら、ラヴィニアは二才くらい…?」

「小さいのに大変でしたね」


「両親の死を知らされた頃には、わたくしも大人でした。それと二年前ではなく、二百年以上デス!」


ラヴィニア姫は、タリサの間違いを正した。


「………あのさぁ。ウソは良くないよ」

「ラヴィニアちゃん…。アナタは、幾つですか?」


タリサとティナが、ラヴィニア姫を胡乱な目ツキで眺めた。


背伸びするにしても、二百才は盛りすぎだった。

森の魔女さまならまだしも、ラヴィニア姫は幼児にしか見えないのだ。


「わたくし、こう見えても三百才ですから…。アナタたちとは違って、大人のレディーなんです」

「うひゃぁー。三才ですかぁー。三才児が見栄を張って、三百才ですか…?」

「そう言うデマカセは、嫌われるよ」


「嘘じゃありません!」


お姉さんぶりたいタリサとティナは、ラヴィニア姫の主張を鼻で笑って蹴とばした。

『年齢詐称にも程がある…!』と、二人の表情が語っていた。


「ラヴィニアちゃんが三百才なら、竹籠屋のお爺ちゃんなんか一万才だよ」

「うんうん…。ミルコ爺さん、ヨボヨボだもんね」


「わたくしの外見は幼児ですけれど、中身は三百才なんです。嘘でも冗談でもありません!」


そう言われて信じるほど、幼児ーズは甘くなかった。


「わかった。ラヴィニアは三百才です♪」

「……ッ!」


タリサはチューリップ揚げの軟骨をコリコリと齧りながら、ラヴィニア姫を笑った。

完全に上から目線で、小さな子をあやしているような雰囲気だった。


「あたしは、五百才だけどねェー♪」

「なに?タリサが五百才なら、オレは千才だ!」


「おまーら、何を言い合ってるの…?」


メルは串に刺した唐揚げを食べながら、幼児ーズの会話に首を突っ込んだ。


そしてティナから言い争いの内容を聞かされて、ピクリと肩をすくめた。

そこまでの経緯が手に取るように分かる、詳細で時系列に沿った説明に驚きを隠せなかったのだ。


(幼児の癖して、説明が完璧じゃん。幼児って、もっとメチャクチャだと思うんだけど…。ちょっと、賢くなりすぎじゃない…?)


メルとしては、気前よく精霊樹の実を与えすぎた自覚がある。

特にトンキーには、毎日のように食べさせていた。


仔ブタなのに、かなり高度な言葉を理解できるトンキーは、既に家畜の領域を越えてしまった。

パワーだって半端ない。


アレのせいで幼児ーズの脳がおかしなことになっているとしたら、由々しき問題であった。


種族進化(クラスチェンジ)とかの効果があるなら、食べさせないようにしないと不味いのか…?)


今さら、手遅れであった。


毎日のように摂取してきた精霊樹の実は、幼児ーズの精神活動を活性化させ、身体もまた頑丈に作り変えていた。

体内に漲る霊力(オド)は、幼児ーズをスーパー幼児へと進化させていたのだ。


宇宙人(グレイ)みたくなったら、困るぞ!)


外見が変わってしまった訳ではないから、取り敢えずの様子見である。



ラヴィニア姫はメルが突きだしたチューリップ揚げを受け取り、唐突に夢のシーンを思いだした。


「ラビー、コレ食え。ボーッとしてると、デブにゼェーンブ食べられてまうど」

「アリガトウ…」


夢のなかでは、こうして果実を受け取った。


ピンク色のワンピースを着た幼女。

金色の目に、銀の髪で、耳が尖っていた。


(なんで、今まで思いだせなかったんだろう…?)


ラヴィニア姫は、じっとメルを見つめた。






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