だらしないよね
メルは花丸ショップで鶏肉を購入した。
アビーと一緒に作った沢山の片栗粉を思いだして、唐揚げが食べたくなったのだ。
『中の集落』ではブルーノ精肉店で色々な肉を売っていたけれど、そちらはアビーにお任せしている。
調理スキルを使えばブルーノ精肉店に並んでいる肉だって問題なく使えそうだけれど、アビーが作ってくれるのだから美味しくいただくのみである。
メルはアビーに作って貰えない料理だけを作る。
前世記憶に残る忘れられない味だ。
幸いにも花丸ショップには、メルの知っている食材がズラリと並んでいた。
食材だけでなく、調味料や調理器具だって、日本語表記でリストアップされていた。
ときどき『魔法の○○』とか表示されているけれど、その内容はメルの想像を裏切らない。
(食べ物でホームシックに罹らないのは、とっても嬉しい…♪)
唐突に欲しくなる、材料が何かも分からない加工食品などは、花丸ショップが無ければ永久に食べられなかっただろう。
口の中でパチパチ爆ぜる飴とか、コーラや化学調味料バリバリの袋ラーメンなんかは、メルにとって欠かすことが出来ないソウルフードだ。
(食べられないとかなったら、悲しすぎて泣いてしまうよ…!)
意味合いとして同じように、メルが食べたいのは森川家の母に作ってもらった『あの唐揚げ』なのだ。
ブルーノ精肉店で売られている、名前さえ知らないトリ肉を材料に使おうとは思わない。
ブロイラーのもも肉、一択である。
地鶏なんて使いません。
もし単純に美味しいものが食べたいのなら、フレッドやアビーに作って貰えばよい。
帝都ウルリッヒまで行くのなら、アーロンが出資した高級料理店の料理長さまにご馳走してもらうのもありだ。
それで充分に、美味しい喜びを堪能できる。
そもそも他人に用意して貰えるだけで、料理の美味しさは増す。
それでもメルが自分で料理をしようとするのは、記憶に残る味を再現するためだった。
メルにとって重要なのは、『あの味』が再現されていることであった。
詰まるところ『美味しい』とは、メルが病床でしがみついた生きる理由である。
健康な身体に転生したからと言って、切り捨てるコトなど出来るはずがなかった。
魔法料理は精霊樹がメルに贈った、最高のギフトなのだ。
メルは愛用のミスリルフォークを構えて、鶏のもも肉に狙いを定めた。
「えいえい、えい…。ウリャァー!」
気合いを入れるほどの事ではない。
味が滲み込みやすくなるように、もも肉をミスリルフォークで突くだけだ。
もも肉にブスブスと穴を開けてから、食べやすい一口サイズに切り分ける。
ローズマリーを細かく刻んで、軽く塩コショウしたもも肉に揉み込む。
ハーブの爽やかな香りが鼻を擽る。
ローズマリーと鶏肉の相性は、バツグンだ。
「エエ匂いやねェー♪」
そのままもも肉を冷所に保管して、醤油だれを作る。
醤油にミリンを加えて、菜箸でカシャカシャ混ぜ合わせる。
ミリンは醤油に、風味と甘味を足してくれる。
漬けだれの味が、まろやかになるのだ。
メルはいつだって、目分量である。
計量スプーンとかカップを持っていない。
完成品を想像しながら、指先に付けたタレを舐めてみる。
醤油とミリンは、殆ど同量だ。
下味の塩コショウが無ければ、少し醤油を強めにするかも知れない。
だけど仕上がりの味には、大差ないだろう。
「よい、よい♪」
醤油が強すぎると味が尖ってしまうので、味見はしておきたい。
また醤油だれに浸けて置く時間も、長すぎると塩辛くなる。
醤油だれに、おろしニンニクを加えてパンチを利かせる。
ニンニクより生姜が好きな人のために、おろし生姜を入れたモノも作る。
メルはどちらも好きなので、二種類の醤油だれを用意しても面倒くさいと思わなかった。
ボールに入れたもも肉を取りだして、醤油だれと混ぜ合わせる。
あとは味が染みるのを待つ。
「ちゃぁーでも、飲むか…」
メルはべたつく手を洗浄してから、アビーと一緒にお茶を飲んだ。
「メルちゃん。キャベツは、たぁーくさん刻んでおいたよ」
「まぁま、おつかぇさまデス」
メルはアビーが皿に盛ってくれたバターケーキを食べながら、お礼を言った。
キャベツを刻むのは、アビーが引き受けてくれた。
メルが刻むと、アビーより時間が掛かる。
何しろ幼児である。
大きなキャベツを切るのは難しい。
包丁からして安心安全な、幼児用(R4)の道具なのだ。
どういうことかと言えば、大きなキャベツに対して包丁が小さすぎた。
アニメのお侍ではないので、『エイヤ!』とばかりに包丁を振り回しても刃が届かなければ切れない。
だからメルは、キャベツの葉を剥がしてから折り畳んで切る。
一方、アビーはキャベツを丸のままで刻んでしまう。
半分にカットしてから刻むこともあるけれど、その速さはメルと比較にならない。
『わたしが刻んであげるよぉー♪』とアビーに言われたら、断るコトなど出来ない。
作業が遅いのに意地を張っていると思われるのは、気遣ってもらうより遥かに悔しい。
トンカツ定食のときに、アビーはキャベツと格闘するメルの様子をニヨニヨしながら眺めていた。
天才幼女シェフの限界に気づいて、ホッコリしていたのは明らかだ。
だから負けず嫌いのメルは、アビーにキャベツの作業を譲って上げた。
飽くまでも、手伝わせて上げているのだ。
断じて負けた訳ではない!
只今、風の妖精たちとキャベツの千切りを特訓中であるが、結果の方は芳しくない。
刻むのは何とかなるのだけれど、そこら中にキャベツが飛び散るのだ。
半分近くが、床に散らばる。
(床に落ちた千切りキャベツは、お客さまに出せません…!)
いくら清潔にしてあっても、落ちた食材は拾って使えない。
洗ったってダメだ。
それをされたら、食べさせられる方は気分が悪かろう。
メルが気にしなくても、客は気にする。
そして、フレッドであれば、絶対に突っ込みを入れて来るはずだ。
(そんな格好の悪い真似はできん!)
フレッドの嫌味を想像しただけで、フンスと鼻息が荒くなるメルであった。
メルの子供じみた対抗心は、幼い男児が父親に向けるモノと何も変わらなかった。
どれだけ苦手だろうと、フレッドの背中を見つめてメルは育つ。
責任感が強く、部下から慕われるフレッドは、メルにとって越えがたい壁だった。
「けど…。わらし、やっと五才ヨ!」
未だ、慌てる時期ではなかった。
メルは最初の唐揚げと言うコトで、鶏もも肉を用意した。
だけど『魔法料理店』で売り出すのなら、手羽元を使うチューリップ揚げが良いかも知れないと思いついた。
幼児ーズのオヤツなら、断然チューリップ揚げだろう。
骨の部分をつかんで食べられるのだから、喜ぶに決まっていた。
然したる手間でもないので、花丸ショップから手羽元を購入して加工する。
ハサミでスジを切り、骨から肉を剥がしながら根元へとずらす。
ロリポップキャンディのような状態に、持っていくのだ。
スティックが骨で、飴玉の部分が肉になる。
それから、もも肉が漬けてあったタレに放り込む。
もも肉を揚げ終わるころには、手羽元にも味が滲みている計算だ。
「うっし…!」
メルは鶏もも肉を軽く握って、余分なタレを搾った。
肉がビショビショのままで、片栗粉を塗してはいけない。
何となれば、片栗粉が肉につかないで、ネバネバの塊を形成してしまうからだ。
それだけでなく、完成した唐揚げにまでベタベタ感が残ってしまう。
(衣はカリッと、お肉はジューシーが、唐揚げの基本だよ…!)
豚肉の冷製と違って、唐揚げにはたっぷりと片栗粉をつける。
たくさんつければ衣が厚くなって、それだけカリッとした食感に仕上がる。
茹でるのと油で揚げるのでは、片栗粉の状態も大きく変化する。
「たぁーくさん、つけう…♪」
それが正解だった。
メルはせっせともも肉に片栗粉を塗し、バットに並べていった。
後はフライヤーで、こんがりと美味しく揚げるだけだ。
「できたぁー!」
バットで油切りをした唐揚げが、大皿に盛りつけられたキャベツを土台にして山となった。
ニンニク風味と生姜風味を半分ずつだ。
唐揚げの横には、カットしたレモンが添えられた。
さっと茹でたアスパラガスも、唐揚げを囲むようにしてキレイに盛りつけた。
更に練り辛子とマヨネーズを別の小鉢に用意する。
チューリップ揚げは、幼児ーズのために魔法の保存庫へ収納した。
さて、試食である。
「ゴハン…。やまもり!」
「うんうん…。美味しそうな匂いだねェー。ショーユだっけ?」
「そそっ。ガーリックとジンジャーの、つくったデス。キホンは、ショーユ味ね…!」
メルから教わったアビーも、醤油をショーユと発音した。
そこら辺は、メルがメルだから仕方なかった。
お椀によそったスープは、鶏ガラベースのわかめスープだ。
ごま油の香りが食欲をそそる。
そうでなくとも食欲の秋デアル。
母娘は肥え太る危険も顧みずに、昼から唐揚げをパクつくのであった。
「うまぁー!」
「うんうん…。滅茶クチャ美味しいよ。そんでもって…。ママはメルちゃんのエールが欲しいかな…」
「まぁま…。ヒルからビーユ、飲むんか?」
「だって、絶対に美味しいって…。エールと、このお料理の取り合わせ…。サイコーじゃない?」
「こえ、カラアゲな…。トリのカラアゲ…。ゴハンの、おかずヨ!」
鶏の唐揚げは、どう考えてもビールのツマミだった。
メルはブツブツと言いながら、アビーが突きだしたカップに花丸酒造の缶ビールを注いだ。
「チョットだけよ」
「もぉー、メルちゃん。分かってるってばぁー♪」
こんな事を許していてはダメ母になってしまうと心配しながらも、ついつい嬉しそうなアビーに迎合してしまうメルだった。
きっと多分、フレッドが帰ってくれば止めさせるに違いなかった。
何だよぉー。
台風、終わってないじゃん。
;つД`)