辱めを受けたエリートたち
地下迷宮の天井から生えた腕がミッティア魔法王国の特殊部隊員たちを攫むと、一人、また一人と容赦なく石壁の向こうへ引きずり込んでいった。
メルの霊力をチャージされた地下迷宮は、地の妖精に助けを借りて強力なゴレムを作成したのだ。
太くて大きな石の腕は、重たい魔動甲冑さえも軽々と持ち上げて運び去った。
「うわぁー。えぐいわ…」
「妖精女王陛下は、初めてご覧になるのですな!」
「うんにゃ…。ゴレムはシジュー(屍呪之王)とやったときも、見とぉーヨ。けど、ヒト呑まれるんは、はじめて見マシタ…」
「俺ら、死に戻りすっときも…。いったん、ダンジョンに呑まれるギャ!」
ゴブリンたちは侵入者にダメージを負わされて死ぬと、リスポーン地点に戻される。
何度でも再生するのだが、殺されて気分の良かろうはずもない。
「キミら…。スマンね。なんか工夫して、強くすゆわぁー。死ぬん、コワァーでしょ!」
「ありがたい、お言葉だギャ…。だけんど、俺らはダンジョンと繋がっとるで、心配いらんギャ」
「そうだなぁー。むしろ、やられてヤバイのは、悪魔王子や精霊樹の守り役だと思うギャ。コアまでバラされたら、再生できんから滅せられてしまうギャ!」
「我は消滅など恐れぬ…。ずっと、そうのように思ってきたが…。妖精女王陛下にお仕えして、考えが変わりました。消えたくない…。もっと強くなりたい!」
悪魔王子は自力で撃退できなかった特殊部隊員たちに、憎悪の視線を向けた。
「おまぁーの強化も、なんぞ考えんとアカンね。したっけ、セイェージュ(精霊樹)や花丸ショップで、エエもんを用意すゆデショ…。それにしてもォー。地に埋まゆオッサンの顔、おっかねェーです!」
気絶している隊員はまだしも、意識を取り戻した隊員の表情が実にコワイ。
命乞いをする様子が、これまた醜悪で見るに堪えない。
「やめろぉー!助けてくれ…。オネガイします」
「ひぃー!」
「生き埋めは、ヤメテクレェー!」
「こいつら…。ギャーギャー、煩いギャ!」
いや…。
恐怖に怯えているのはゴレムに捕らえられた隊員なのだが、眺めている側も心穏やかでは居られなかった。
石壁に人が埋まっていく光景は怖ろしげで、かつてこの地で行われていた生贄の儀式を彷彿とさせた。
だけど、何も人間を生き埋めにしようとか、食べようと言うのではない。
目障りだから、地下迷宮の外へ放りだすだけである。
それを知らない特殊部隊の隊員たちは発狂寸前であったけれど、説明したところで意味が無いのは明らかだった。
誰がこのような状況で、敵の言葉を信じるというのか…?
「あの子どもらは…?」
「どうやら…。リーダー格の少女に懐いている妖精たちが、案内してきたようです。住む場所のない、孤児でしょう」
メルの質問に、悪魔王子が淀みなく答えた。
「ここってさぁー、子どもが住めゆの…?」
「地下迷宮は、侵入者を撃退する場所です。今回の状況を見ても、無理だと申し上げるしかないでしょう。あと…。妖精女王陛下の知人が、地下迷宮の入口で露営しております」
「なぬっ…?」
「三日ほど前に、孤児たちを追って来たのですが…。我もカメラマンの精霊も、彼らが妖精女王陛下の知り合いと存じ上げませんでしたから…。対応が遅れてしまい、申し訳ございません」
「そんで、入口に三日も立ち往生しとゆんか…?」
「どうにも用心深く、頑固でして…。こちらの誘導に従いません」
然もありなんである。
ゴブリンやら悪魔王子の誘いに従うようなら、とっくの昔に他の現場で命を落としているだろう。
間抜け罠に掛らない彼らの用心深さが、今回は裏目に出た。
嘸かし腹を空かせているに違いなかった。
(フレッドとの良好な関係を念頭に置くなら、彼らに恩を売っておくのは悪くないぞ…)
メルは、『ニシシ…♪』と笑った。
メルにとって父親のフレッドは、アビーを取り合うライバルだった。
であるからして、優位に立てる材料は多いほど嬉しい。
「わらし…。チィージン(知人)、助けうデショウ!」
そこでメルは、ミケ王子や三の姫と共に、通路の端まで退避した子供たちを見た。
(大きいな…。十才くらいかなぁー?)
孤児たちの外見から、ざっくりと年齢を推測する。
このまま近づけば、見下ろされてしまう。
下手をすれば、赤ちゃん扱いだ。
『何事も最初が肝心である!』と、メルは考えた。
「フンッ…。タリサが言うとったわ。ガキほど、大きいヤツがイバゆ(威張る)って…!」
メルは背嚢に収納してあった、マイ・タケウマを取りだした。
長い二本の棒が、小さな背嚢から姿を現すさまは魔法そのものである。
「女王さま…。そんなもん、どうするんだギャ?」
「ケクスたいちょー。他人と話すトキに、位置ダイジ…。上から、見下ろすがキホンよ」
メルがケクス隊長の疑問に答えた。
「ほぉー。知らんかったギャ」
「ズンド…。こぉーして背ぇーがタコォーなると、なめられへんヨ!」
ズンドが感心した様子で、メルを見つめた。
「おうっ…。大きいだけでも、相手は強そうに見えるだギャ。だけど妖精女王は小さくても、偉くて、立派に見えるギャ…!」
ゴドの誉め言葉に、メルが相好を崩した。
タケウマの上で、恥ずかしそうに身をくねらせている。
ケクス隊長とズンドが、上手いことを言ったゴドに険悪な視線を注いだ。
背後に控えていたゴブリン部隊も、ゴドを忌々しげに睨みつけた。
「この点数稼ぎが…。ムカつくわ!(ゴブリン語で…)」
「そんなふうに睨んだって、ムダなのさ。おべっかは、先に言ったもん勝ちなんだぜ!(ゴブリン語)」
ゴドは上官であるケクス隊長に向かって、平然と言い放った。
身も蓋もないゴドの発言に、出遅れたゴブリンたちはドン引きした。
呆気に取られて反論の声さえ上がらない。
メルに取り入るのが、とっても巧みなゴドであった。
「ゴドォーくん、ユーキをアリガトォー。初対面のアイサツ。ガツンとかましてまいりマス…!」
「いってらっしゃいませだギャ…。女王陛下に、バンザイだギャ!」
メルは意気揚々とタケウマを操り、孤児たちの方へ近づいて行った。
◇◇◇◇
ウィルヘルム皇帝陛下は、プロホノフ大使とミッティア魔法王国の特殊部隊を無視したかった。
地下迷宮の守りが完璧であると豪語した手前、心配そうな顔でウロウロする姿をプロホノフ大使に見られたくなかった。
だからコトが終わるまで、エーベルヴァイン城の精霊宮に出向いたりはしないと決めていた。
それなのに心配で心配で、仕方ない。
もし仮に、封印の石室まで踏み込まれてしまったら、屍呪之王が居ないとばれてしまう。
それだけでなく、ミッティア魔法王国の魔法技術が優秀で、封印の石室まで近寄る必要さえないかも知れない。
(奴ら…。何やら怪しげな『測定器』とか言う魔導具で、色々な事が分かるらしい。ぐぬぬっ…!やはり、不安でならぬわっ…)
クラウディア皇后に諫められても、ウィルヘルム皇帝陛下はじっとしていられなくなった。
「やはり、精霊宮に行ってくる!」
そう言い残すと、ウィルヘルム皇帝陛下は護衛を伴って、エーベルヴァイン城の居住区画を後にした。
それが既に、半刻ほど前の出来事である。
「フーベルト宰相…。特殊部隊は、朝一番に地下迷宮へ降りたのだな?」
「はい、皇帝陛下。彼らは魔導甲冑を二体、地下へ降ろしました。総勢十名の部隊でございます」
「精霊宮から封印の石室まで、然したる距離ではなかろう…。ちと戻りが遅くはないか…?」
「ウィルヘルム皇帝陛下…。我らが誇る、ミッティア魔法王国の特殊部隊ですぞっ。ご心配には及びません…。彼らの調査が済みましたら、さっそく屍呪之王を封印する区画の強化を相談いたしましょう!」
プロホノフ大使が、得意げな態度で言った。
口もとに張りつけた笑みが勝ち誇っているようで、何とも不快である。
「プロホノフ大使よ。何度も言うようだが、この地の守備は完璧なのだ。ミッティア魔法王国の特殊部隊であっても、安全とは言えぬ…」
「全て承知の上で申し上げております」
「もし特殊部隊が危機に陥っていたとして、救助隊を送る事さえ出来ぬのだぞ!」
「構いません。まあ、そのような事態は、万が一にも起こり得ませんが…」
そう言って、プロホノフ大使が肩をそびやかしたところに、精霊宮の床石を突き破って巨大なコブシが生えた。
弾け飛んだ大理石の欠片に顔を切られて、プロホノフ大使は悲鳴を上げた。
「うおぉーっ。精霊さまが、お怒りだ。貴殿のせいだぞ、プロホノフ!」
ルーキエ祭祀長が、口から唾を飛ばしながらプロホノフ大使を罵った。
その間にも、第二、第三の腕が大理石の床石を突き破って生えて来る。
「皇帝陛下…。急ぎ、退避を…!」
「分かっておる、ヴァイクス魔法庁長官…。悪魔王子め…。想像していた通り、荒っぽい奴だ!」
ウィルヘルム皇帝陛下は、護衛の騎士たちに庇われながら、精霊宮の出口を目指した。
騒ぎが収まったとき、精霊宮の礼拝堂には計十本の腕が生えていた。
石の握りコブシには、人が捕らえられていた。
「なっ、何と言うコトだ…。フレンセン隊長、オマエ迄…。いったい、何が起きたのだ…。魔導甲冑は…?」
プロホノフ大使は、血に汚れた顔で叫んだ。
「こ奴らは、どうして裸なんだ…?」
ウィルヘルム皇帝陛下が、不思議そうに首を傾げた。
石の手に握られた特殊部隊の隊員たちは、ひとりの例外もなく装備を剥ぎ取られ、全裸にされていた。
「分かりませぬが、連中の自慢していた魔法具は、全て奪われてしまったようですな…」
ザマヲミロと言う心根を隠そうともせず、ヴァイクス魔法庁長官は石柱の列を愉快そうに眺めた。
「ウィルヘルム皇帝陛下…。取り敢えずは、連中の救出を…」
「うむっ…。そちの言う通りだな…。フーベルト宰相よ、精霊宮からゴミを撤去しろ!」
フーベルト宰相の助言に、ウィルヘルム皇帝陛下が頷いた。
「皇帝陛下…。失礼ではございますが、ゴミとは精霊の腕について仰せでしょうか?」
「はっ…。ルーキエ祭祀長、バカを申すでない。取り除くのは、ハダカの男どもに決まっとるだろうが…。尊き精霊宮に、汚らしい尻を晒しおって…。見苦しいわ!」
ウィルヘルム皇帝陛下は晴れ晴れとした顔で、ルーキエ祭祀長の背をどやしつけた。