メルの覚悟
エミリオ家の客間で、メルはアビーに持って来てもらった背嚢を覗き込んでいた。
前世の入院当時から付き合いがある背嚢だけれど、エルフ女児に転生してからは樹生であった頃の大切なよすがだ。
更に言うなら、メルの背嚢は魔法の袋っぽい何かに変わっていた。
「出てこぉー!」
常に背嚢は空っぽで、欲しいものを強く心に念じないと取りだすことができない。
「た、た、た…。たぶれっと、かもぉーん!」
不思議な袋である。
アビーはメルの行動をじっと眺めていた。
メルを観察していると、驚くような事ばかり見せられる。
それでもうるさく追及しないのは、森の魔女さまから忠告されていたからだ。
『精霊の子を邪魔するんじゃないよ!』と。
メルに手を差し伸べて、何くれと助けるのは良い。
その小さな身体をギュッと抱きしめて、愛情を伝えるのも良い。
だけど不思議なことを目にして、いちいち口うるさく追及するのはダメだった。
『そんな真似をしておったら、頭がおかしくなるぞい!』
魔女さまの言う通りだった。
そもそもメルは不思議の塊りなのだから、あれこれと気にしていたら何も出来ずに一日が終わってしまう。
いまもメルは、空っぽの背嚢から黒い板を取りだして見せた。
(絶対に空っぽだった。私が手渡したんだもん、間違いない。それなのに…。なんで、あんな板が出てくるのぉー?)
非常に気になるところだが、気にしたら負けだった。
メルはカワイイ娘だ。
それだけで満足すべきなのだ。
アビーはメルを溺愛していたけれど、スルー能力は高くなかった。
やっぱり気になるものは、どうしても気になってしまう。
「メル…。それはなに…?」
「んー。タブレットパソコンだォ」
「……っ!」
訊ねてみても意味がなかった。
メルと並んで板を覗き込んでも、アビーにはモニターに表示された画像が見えない。
魔法のタブレットだから。
メルにしか操作できないし、見ることも叶わない。
そもそも貧弱なタブレットPCの電源が、どうして尽きてしまわないのか…?
そこは、メルにも分からなかった。
メルは真剣な表情で、モニター画面を見つめた。
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【ステータス】
名前:メル
種族:ハイエルフ
年齢:四歳
職業:掃除屋さん
レベル:4
体力:16
魔力:60
知力:45
素早さ:5
攻撃力:3
防御力:3
スキル:無病息災∞、女児力レベル9、料理レベル5、精霊魔法レベル6。
特殊スキル:ヨゴレ探し、ヨゴレ剥がし、ヨゴレ落とし、ヨゴレの浄化。
加護:精霊樹の守り
バッドステータス:幼児退行、すろー、甘ったれ、泣き虫。
【装備品】
頭:猫耳ナイトキャップ
防具:幼児用パジャマ
足:なし
武器:なし
アクセサリー:なし
花丸ポイント:1600pt
【友だち】
クロ:バーゲスト。犬の妖精。魔女の使い魔。
ミケ:ケット・シー。猫の妖精。猫の王族。
タリサ:人間の女児。雑貨屋の末娘。
(友だちはナビゲーション画面から、パーティーメンバーに組み込むことが可能です)
【イベント】
ミッション:厨房を穢れから守る、食料保存庫を穢れから守る、畑を穢れから守る。
新たに『ブタさんを救え!』が、スペシャル・イベントとして加わりました。
(成功報酬は、『マジカル七輪』となります)
マジカル七輪:R4指定の安心安全な加熱調理器具です。暖炉やコンロの代わりとして大活躍するコトでしょう。
使用妖精。火の妖精×1。
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レベルが四になり、ちょっとだけパラメーターが上昇していた。
とくに変化が著しいのは、精霊魔法レベルだった。
「えべゆ二が、六になっとぉー」
水の妖精たちと遊んだことが、精霊魔法の上昇に繋がったのだろう。
(精霊と妖精たちが同根なのは、説明されるまでもなく分かったよ。あの子たちは、精霊さまの一部なんだ)
精霊の存在は、妖精たちを構成素として成り立っていた。
精霊の樹が、その最たるものである。
「そえにしても…。わらし、ヒンジャクだわぁー。もうちっと、つよぉー、ならんかのォ?!」
メルは基礎パラメータを指で突いて嘆いた。
素早さ、攻撃力、防御力の三数値が、頑として低いまんまだ。
エルフなのに鈍いとか、恥ずかしすぎるじゃないか。
こんな攻撃力じゃ、狩りも出来ないでしょ!
エルフ失格やん。
メルは悲しそうに首を振った。
だが女児だけに、気を取り直すのも早かった。
「いかん…。わらし、元気でガンバル!!」
メルがいきなり叫んだので、そばにいたアビーはビックリして仰け反った。
ビクッとしたアビーにつられて、メルもひっくり返る。
「うぉー。めんちゃい…。シツレイしますた」
「ちょっとビックリしただけですよ。私のコトは、気にしないで続けて…。病気のブタさん、助けるんでしょ?」
アビーの手が、やさしくメルの頭を撫でた。
「うん…。わらし、ちゃんとすゆぅー」
メルが頑張らなければ、アビーだって『酔いどれ亭』に帰れないのだ。
そうしたらフレッドは、ひとりで店を切り盛りしなければいけない。
女児の散漫さで、とりとめもなくステータスを眺めていたら日が暮れてしまう。
時間を無駄にしたら、フレッドやアビーに申し訳なかった。
救えるブタまで、死なせてしまうかも知れない。
「シュウチュウ、シュウチュウだ…」
メルはタブレットPCのモニターに、視線を戻した。
更に追加部分を調べていくと、【友だち】の項目が増えていた。
「ともだち、できた…。けど、タリサかぁー?」
そこは全く納得できないが、取り敢えず横に置いておこう。
友だちのことは後で考えればよい。
じっくりと…。
タリサが友だちかどうかも。
すごく気になるけれど、ブタの治療には関係ない。
関係のない項目は後回し…。
いま大事なのは、新イベントと成功報酬だった。
いや、そこは攻略のヒントだろ。
『マジカル七輪』って、ナニ…?
(R4って…。調理器具にまで、R指定するなし…!)
またもやメルの関心がズレた。
女心と秋の空。
女児の好奇心は移ろいやすく、留まるところを知らない。
「ううーっ。こども、バカにすうなぁー!」
実は花丸ポイントで購入できるはずの調理器具が、レーティング指定されていて購入できない。
どれだけタップしても、ストレージに落ちて来ない。
メルが購入できた調理器具は、魚焼き網と小さなフライパンだけだ。
メルとしては、是非とも包丁が欲しいところだった。
強力な武器になるし。
年齢制限が、十二歳以上だけど。
これまでにメルが手に入れた魔法道具は、掃除用具ばかりだった。
マジカル雑巾にマジカル・モップ、聖水の湧き出る木桶。
聖なるハタキと魔法幼女の箒。
どれも何処かしらピンク色なのが、微妙にムカつく。
縞々のピンクとか、水玉のピンクとか。
メルが女児だと侮って、デザインを手抜きしているのではなかろうか…?
魔法幼女の箒は、跨っても飛べなかった。
ただの優れた掃除用具だった。
ちゃんと試した。
期待はしていなかった。
職業が掃除屋さんなので、仕方ない。
だけどメルは、フレッドやアビーみたいな料理人になりたかった。
美味しいものを作って、自分で食べたかった。
サービスとか知らないし、興味もない。
ずっと入院していた樹生なので、『おもてなし』の心なんてある筈がない。
美味い(ご馳走)か、不味い(病人食)かだけが問題なのだ!
(まあ、今回はR4だ。僕は4歳だから、確実に入手できる。てか、絶対にゲットしてやるぜ…!)
攻略のヒントはなかったけれど、やる気は漲った。
そしてメルの場合、やる気が霊力を左右する大きなファクターだった。
要するに、やる気さえあれば何とかなるのだ。
「ムッシュメラメラ(死語)…。ゴリ押すどぉー!」
メルはベッドの上に、ひょこりと立ち上がった。
コツコツと買い集めた、マジカルな掃除用具の出番がやって来た。
黒いヤツらを殲滅するための掃除用具だった。
「いつやうの…?いまれしょぉー!」
興奮して喋ったので、ろれつが怪しかった。