走れハンテン
ホゲダヌキさまからレヴューを頂きました。
ありがとうございます。
これからもメルの応援をよろしくお願い致します。
メルは異界ゲートの扉をくぐって、勝手知ったる封印の石室に足を踏み入れた。
ここには精霊樹の守り役である三姫を筆頭にして、悪魔王子やカメラマンの精霊が常駐していた。
殺風景な石室は豪華な指令室へと姿を変え、室内の調度品も中々に豪華である。
「みなさん、おハロー♪」
「おはようございます、女王陛下。ご機嫌麗しゅう…」
「我ら、妖精女王陛下のおいでを心から歓迎申し上げます」
「おはよぉー。おかぁたま…」
カメラマンの精霊だけが、礼儀もわきまえずにすり寄ってくる。
ドローンっぽい黒いボディーをクネクネさせながら、メルの周囲を飛びまわる。
まるで、巨大化したハエのようだ。
「おまぁー。ウザイわ!」
「だって、ぼく寂しかったんでチュー」
「ウヒャァー、キモイわ。あっちへ、行かんかぃ!」
メルが生みだした精霊なのだから、どうしようもない。
その性格もまた、メルのせいなのだから…。
責任は創造主にあった。
いつものように挨拶をしたメルは、さっそく帝都の浄化を済ませて帰ろうとした。
ところがそこに、精霊樹の守り役たちから『待った!』の声が掛かった。
「女王陛下、暫しお待ちを…。少しばかり、お時間を頂けませぬか?」
「我らの声に、耳をお貸し下さいませ」
「メルさま。お願い致します」
「えーっ。なにヨ?」
メルが足を止めて、姫たちに向き直った。
するとメルの足もとに三姫が額づいて、口々に陳情を始めた。
「このようなこと、妖精女王陛下に申し上げるのは、甚だ情けないのでございますが…。お願いの儀が、ゴザイマス!」
「我らの殿が行方知れずになり申して、既に二十日余りも過ぎてしまいました。帝都なれば我らも手が届きます故、あちらこちらを探し回りました。それこそ貧民窟の裏路地から、皇帝の寝所まで…」
「それでも足取りがつかめず…。恥ずかしながらメルさまの助けをお借りしたいと、こうしてお願いする次第にございます」
顔のない姫たちが、額を床に擦りつけた。
「はぁーっ。トノって、だれヨ…?」
「メルさま…。殿とは、屍呪之王にございます」
「えーっ。シジュは、死によったどぉー」
「いいえ…。メルさまが精霊樹の枝を植えたので、屍呪之王は生まれ変わったのです」
「マジか…?」
メルは呆然として言葉を返した。
「屍呪之王は忌まわしき呪いから解き放たれ、精霊樹の加護を受けて生まれ変わりましたぞ。ピンク色のすべすべとした、それは愛らしい御姿でございます」
「ハンテン…。我らは殿をハンテンと、お呼びしております」
「おーっ、はんてん…」
メルは天井を見上げて、ポツリと呟いた。
あのピンク色をした肉塊が生きていた。
最高に喜ばしい知らせである。
(よし。よぉーし。僕は殺していなかった。それだけ分かれば、もう充分だ!)
もし仮にいま死んでいたとしても、それはもうメルがクリアした強制イベントと関係ない。
ハンテンが馬鹿だからいけないのだ。
そこはキッチリと、精霊樹の守り役からラヴィニア姫に説明して貰いたい。
「良い知らせ。わらし…。ムネのつかえ、おりた…。おまぁーら、デカシタ!」
「はぁ?」
「それでは、帰ゆ。わらし、いそがしヨ♪」
「おっ、お待ちください。そのような冷たきことを仰らず、我らの殿を探してくださいませ!」
一の姫と二の姫が、メルにしがみついて帰らせようとしない。
妖精パワーで突き放すことも出来たが、そんな真似をすれば本当に冷酷非情なように見えてしまう。
それにラヴィニア姫を喜ばせたいのなら、やはりハンテンと再会させるのが一番だった。
「グヌヌヌヌッ。メンドォーくさいけど、やむなし…」
メルが悔しそうに項垂れた。
「フンッ…。お前たちは犬コロ探しで、妖精女王陛下の御手を煩わすつもりか…?少しは、身の程を弁えたらどうだ!」
「おうっ、デーモン。そぉーやって、イジメゆな…」
「しかし女王さま…」
「三のヒメ。すぅーぐ泣くから、やめれ…。わらし…。ピーピー泣かれゆの、好かん!」
「畏まりました。出過ぎた真似をして、申し訳ございません」
悪魔王子が深く腰を折って、謝罪した。
「おい。かめら…!」
「はぁーい。おかぁたま」
「おまいさん、ブーン飛んでぇー。ちょっと、見つけてこい!」
「………ちょ!」
「そんくらい、できんの…?」
「今のままですと、無理かなぁー」
カメラマンの精霊が、すごく悔しそうに言った。
「どォーしたら、ムリでなくなゆ?」
「それはモォー、おかぁたまに祝福して頂ければ…」
『祝福』と聞いて、悪魔王子と精霊樹の守り役たちがピクリと反応した。
「ムーッ。なんね、キミたちは…?」
メルはにじり寄る精霊たちの様子に、尋常ならざる意気込みを感じて後退りした。
「畏れながら、『祝福』して頂けるのであれば我らも…」
「なんと浅ましい女どもよ。女王さまのお情けを頂くに相応しいのは、この地を守護する我であろう…!」
「あーたは、何を言ってるんですかぁー?ご使命を賜ったのは、ぼくですよ!ちょっと皆さんは、引っ込んでいてください」
「おまぁーら、やかましワ!」
メルが一喝した。
結局は平等に全員を『祝福』する事になった。
地下迷宮の守備力が上がるのであれば、瀉血を使用するのもやぶさかではない。
(だけどさぁー。目を血走らせて僕の血を欲しがるのは、どうかと思うよ…!)
『祝福』してもらいたがる精霊たちを前にして、メルはドン引きになった。
◇◇◇◇
ハンテンはチビを連れて、ペテルス丘陵地帯を進んでいた。
ハンテンの治癒魔法で傷が癒えたチビは、兄貴分の後ろから離れようとしない。
チビに懐かれたハンテンは、とても満足だった。
「わんわんわん、わん…!」
「きゅっ、きゅっ、きゅぃーっ♪」
二匹そろって楽しそうだ。
目的地は遠いけれど、仲間がいれば寂しくない。
タルブ川に沿って進む二匹は、飲み水に困ることがなかった。
お腹が空けば自生している芋を掘ったり、木の実を食べたりして満腹になる。
暑い日中は岩陰などに隠れて休息し、涼しい夜になると西を目指してせっせと走った。
そして縄張りを主張する強敵と出会えば、けだもの王を決めるバトルの開始だ。
退屈する暇などない。
ハンテンは向かうところ敵なしだった。
大蜘蛛だろうが、凶暴な鎧クマだろうが、ヘッドバットの一撃で黙らせた。
屍呪之王であったときの殺戮衝動は、キレイに消え失せていた。
だからハンテンが、意図して敵を殺すことはなかった。
飽くまでもバトルは、優劣をつける勝負である。
「わぉーん!」
「ブヒヒィーン。ブルルルルゥーッ!」
その日もまたバイコーンの巨体に頭突きをかまして、草原に転がした。
二本角の黒い馬が、恨めしそうにハンテンを睨んでいたけれど、まったく気にしない。
売られたケンカは買う。
それがハンテンの、けだものライフだった。
敗者に異議を唱える権利など、ある筈もなかった。
だが楽しい時間は、あっという間に過ぎ去っていく。
苦あれば楽あり、楽あれば苦ありが、この世の常であった。
それは草原を吹き抜ける風が、何とも言えず心地よい昼下がりのこと…。
ハンテンたちのイケイケな日々に終止符を打つべく、千切れ雲が流れゆく丘を越えて、黒いヤツは現れた。
「ピーッ、ピーッ。ターゲット、発見。ターゲット、発見。コチラ、探索機八号。ペテルス丘陵地帯の外れにて、ピンク色の肉塊を捕捉!」
黒いヤツが、ハンテンの頭上で騒ぎ立てた。
撃墜すべく飛び跳ねてみるが、黒いヤツは素早く身を躱すのでどうにもならない。
ピーピー騒ぎながら付きまとう黒いヤツに、ハンテンはストレスを感じた。
だから隙を見てやっつけようと考えた。
ハンテンと黒いヤツの追いかけっこが始まった。
ハンテンは夜昼問わず、黒いヤツの後ろを追いまわした。
疲れさせてから仕留める作戦だった。
移動速度が、これまでの倍に跳ね上がった。
チビはハンテンの背中に乗せられて、必死にしがみついた。
だが先に疲れて倒れ込んだのは、ハンテンの方だった。
いくら付け回しても、黒いヤツは平然としていた。
少しも体力の衰えを見せない。
それどころかハンテンとチビが疲れ切って動けなくなるまで、黒いヤツは挑発を止めなかった。
食べて休んで目を覚ませば、又もや頭上でピーピーと騒ぎ立てる。
低空を飛び回り、誘うように身体を揺らす。
そして襲い掛かると、牙が届く寸前を見切り、飛び去ってしまう。
もう旅は楽しくなかった。
怒りで頭に血が上ったハンテンは、息を切らせながら走り続けた。
「ハァハァハァ…。わん、うぉーん!」
「ピーッ、ピーッ。ばぁーか。バカ犬。のろまぁー」
「グルルルル…。ワンワン、ワンワンワン!」
ハンテンは、勝てない勝負が面白くないコトを学んだ。
付き合わされたチビも、ヘトヘトになっていた。
ペテルス丘陵地帯の魔獣たちから、ピンク色の悪魔と恐れられたハンテンは、メルが生みだしたカメラマンの精霊に敗北を喫した。
「ピーッ、ピーッ。おまえ、雑魚。雑魚ドッグ。悔しい?ふぅーん。ザコのクセして、悔しいんだぁー」
「わんわん!」
「おらっ、もっと急げよ。走れ、犬っころ。メジエール村まで、休むんじゃねぇぞ!」
疲れ切ったハンテンに、情け容赦なく言葉のムチが振り下ろされる。
カメラマンの精霊は、うら若き乙女にしか優しくなかった。
中身がグラビアカメラマンなので、仕方なかった。
誤字報告をして下さる方に感謝です。
ありがとうございます。
いつも感想を下さる読者さまにも感謝です。
励みにしています。
ありがとうございます。
これからも、よろしくお願いします。 (´▽`*)