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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第一部
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小さなメルと大きなブタさん



小柄な農耕馬がガラガラと音を立て、荷車を引いている。

御者席には手綱を操るエミリオが座っていた。

メルとアビーは荷台に乗っていた。


一応クッションの乾草(ほしくさ)が腰掛け代わりに置いてあったが、乗り心地はよろしくない。

いや、ハッキリ言って最悪だった。


エミリオが荷車を走らせているのは、田舎の泥道である。

樹生(いつき)が知るアスファルトで舗装された道路とは、似ても似つかぬ代物だ。


メルは荷車での移動を実体験しながら、ローマ帝国の偉大さについて『いいね!』を連打したい気分になった。

舗装路と言うモノは、人類の偉大な発明品であると…。


更に付け加えるなら、荷車の足回りが酷い。

大きな車輪は、木のわっかを金属で補強してあるだけ。

ゴムタイヤが持つ衝撃吸収性能など、端から望むべくもない。

自家用車のようなサスペンションを持たない車軸受けは、ダイレクトに振動を伝えてくる。

衝撃を緩和してくれない。


エミリオの荷車は、のんびりと走っているのに驚くほど揺れるのだ。


さいわいアビーに抱っこされているので、メルのお尻は痛くならなかった。

アビーの太ももが、衝撃吸収材の役目を果たしてくれたからだ。


だけど車輪が地面の凹凸を乗り越えるたびに、メルの身体は前後左右に揺すられる。


慣れているのかエミリオとアビーは平然としていたが、メルは乗り物酔いになりそうで生アクビを連発した。


(こんなに揺らされたら、ゲボしちゃうよ!)


それでも歩くより早いし、楽なのだ。


(RPGなら、サクサクと移動できるのになぁー)


メルは転生したファンタジーな世界で、現実の厳しさを思い知らされた。




メルたちがエミリオの家に着いたのは、夕暮れどきだった。

予定としてはエミリオの家で一泊してから、ブタを診察するコトになっていた。


メルはアビーに手を引かれて、エミリオの家族と初対面の挨拶を交わした。

普段は元気いっぱいのメルだが、乗り物酔いにやられて声すら満足にだせない。


「………ちぃす」


すっかり(しお)れてしまい、生気のない顔でふらふらと歩く。

そして転んだ。


「ぐふっ…!」

「いやいや…。大丈夫かね、メルちゃん?」


エミリオの嫁であるローザが、心配そうに助け起こした。


「それがよぉ。どうも荷馬車での移動が堪えたみたいで、メルちゃんは気持ち悪くなっちまったんだ」

「ちょっと休めば、すぐ元気になると思うわ。心配いらないわよ、ローザ」


「おゲェー!」


メルが発作的に嘔吐(えず)いた。

だけど途中で二度ほど吐いていたから、もう何も出なかった。


「これじゃ、夕飯はあきらめるしかなさそうね。アビー。客間に案内するから、メルちゃんを寝かせて上げて…」

「そうさせてもらうわ」

「ごはん…?」

「そんな状態で食べたら、また吐いちゃうでしょ!」


「わらしの、ごはん…」


メルは目に涙をためて訴えた。


何となれば…。

ローザがお客さま用に鶏の丸焼き(ローストチキン)を準備していると、聞かされていたからだ。



しかし疲れ切ったメルの意識は、ベッドでアビーに添い寝されると、間もなく夢の世界へ転げ落ちた。


「わらしの、ちきん…」


メルは夢の中で鶏の丸焼き(ローストチキン)を食べた。




普段であれば早朝から森に放たれるブタたちが、囲いの中で待機させられていた。

エサ用の木枠に顔を突っ込んで、ブヒブヒと鳴きながら飼料を頬張るブタの姿は、実に壮観だった。


エミリオの息子であるティッキーが、手桶に入った飼料を木枠に流し込んでいた。

父親に似て、ティッキー少年も働き者である。



「でっかい…」


バターつきジャムパンと夕べのチキンで朝食を済ませたメルは、沢山のブタを前にして落ち着きなくウロウロと歩き回った。


樹生(いつき)が知っているミニブタとは違う。

エミリオのブタは、とんでもなく大きかった。

メルを六人乗せても、平気で走りだしそうな体格を持っていた。


「ビックリしたか…?大きいだろぉー」

「うん…」


メルは感動してカクカクと頷いた。


(すごいや。足が生えた、大きなハムだよ…!)


メルの口にヨダレが溢れてきた。


しかしブタが生きている限り、喰われるとしたらメルの方だった。

ブタは雑食性だし、メルより強い。

もとは凶暴な猪だから。


「ビョーキのぶたー。おらん…?」


ざっくりとメルが観察したところ、食事中のブタたちにヌルヌルした黒いヤツは貼り付いていなかった。

黒いヤツらに特有の腐臭もなければ、メルを緊張させるイヤな気配も感じられない。


どのブタも元気そうである。


「ああっ…。別の場所に隔離してあるんだ。森の魔女さまに言われてね。この病気はうつるらしい」

「ほぉー。おまぁ、タイソウかしこいのォー」

「……っ!ところでメルちゃんは、だれから言葉を教わったんだ?」


「んっ…?」


『どうして…?』と不思議そうに小首を傾げなら、上目遣いでエミリオを見つめるメルは、文句なしに可愛らしかった。

まるで天使のようだ。


「みせぇー来()、酔っぱらい!」


だがメルの口から飛びだす言葉ときたら、オヤジ臭いうえに変な訛り迄ある。

地方からメジエール村に流れてきた、季節労働者たちの影響だった。

彼らはメジエール村が居心地よいので、なかば定住していた。


『酔いどれ亭』の常連客でもある。


「なるほどなぁー。可愛いのになぁー。なんて勿体ない!」


フレッドとアビーが嘆くわけだ。


夕べの食事会でアビーが語った『親の責任』と言うモノについて、エミリオは少しだけ理解した。


見方を変えれば、メルとメルの樹はメジエール村の共有財産なのだ。

さしずめ酒場夫婦は、養育者であり管理者と言ったところか。


(メルの言葉は、何とかして直させなきゃ、不味いんだろうな…)


養い親としての責任である。




エミリオはメルの手を引いて、病気のブタたちを隔離した小屋に向かった。

其処には、ひときわ大きなブタが四頭、押し込められていた。

窮屈でも弱ったブタたちは、不満を示さなかった。


目ヤニで固まった目は開かず、起き上がるのも大儀そうだ。

水を飲むのがやっとで、好物の木の実や果物を与えても食べようとしなかった。


(ダメもとで、メルに診てもらおう…。上手くいかなければ、スッパリとあきらめよう!)


エミリオは悩むのを止めて、精霊さまに祈りを捧げた。



「……うほぉ。くっさぁー!」


畜舎に入ると。

メルは顔を背けて、小さな手をバタバタさせた。


「はぁー。そんなに臭うか?オレの鼻が、慣れちまったのかな?」


エミリオには畜舎の臭いしかしない。

ブタたちが排泄した屎尿の臭いなので、たしかに悪臭ではある。


だがメルの嗅ぎつけた臭いは、黒いヤツの放つ異臭だった。

生物とは相容れない、有害化学物質のような臭いだ。


残念なことに、その臭いはメルにしか感じ取れなかった。


「ぶたー。わらし、助け()でヨ。ちょこっと、まっとえよぉー」

「プギィィィ!」


メルは衰弱したブタたちに励ましの言葉をかけたが、かなり良くない状況だった。


ブタたちに憑りついた穢れは、たっぷりと生気を喰らって増殖していた。

本体から分裂した黒いヤツを浄化するだけでも、一苦労だ。


「やや…。こんなとこに…」


畜舎の梁や、積み上げられた乾草の陰に、黒いヤツらが蠢いていた。


ちょっと見ただけで、『ブタの救助作戦は長期戦になりそうだ!』と想像できた。

それどころか、放置すればエミリオの家族まで、病気に罹ってしまうだろう。


しかも、ローザは身重なのだ。

油断して胎児に何かあったりしたら、悔やんでも悔やみきれない。


(エミリオのブタを発生源として、メジエール村に病気が蔓延するケースも考えられるよね…。そうなったら、もう僕の手には負えない。何がなんでも、ここで食い止めなきゃ!)


メルは黒いヤツとの闘いを決意した。



「おっちゃぁー。シリに付いとぉーよ」

「ななっ、何だとォー?病気か?!オレにうつったの…!!」


発病したブタを隔離したのは正解だが、隔離すれば大丈夫かと言えば、そんな保証など何処にもなかった。

キチンと浄化しなければ、安心はできない。




その日の夕刻…。

エミリオの一家はドクター・メルに診察された。

風呂場へと招き入れられたエミリオとティッキーは、エルフ女児の手で他人(ヒト)に言えないような辱めを受けた。


勿論メルはローザも診察したけれど、堂々としたお医者さまのように振舞うコトなどできなかった。

湯船に浸かって抱っこされたり、タオルで身体を洗ってもらう合間に、申し訳なさそうにチラチラと盗み見るのが精一杯だった。


このように、女性相手だと照れくさくて仕方のないメルだけれど、オトコ(・・・)に対しては容赦がなかった。


「なんで、まえを隠すぅー?」

「イヤ…。だって、メルちゃん…。ジロジロと見られたら、さすがに恥ずかしいだろ!」

「ビョーキ、怖ないか?」

「そらぁー怖いさ」

「だったら、バーンと見せれ…。見よ。わらし、すぽぽーんヨ!よぉーく、見れ!」


前世では担当医や看護師のまえで裸に剥かれまくったメルなので、病気の診察を拒むエミリオに腹立ちを隠せない。


「わらし、おまぁー調べ()。ビョーキ、やつけう!」

「そんなこと言われたってなぁー。大人は色々あるんだよ」

「やかましわ!」

「やめろぉー、そこを弄るんじゃない!」


「ええぃ。おとなしゅー、シンサツさせんかぁー!」


メルの怒鳴り声が、風呂場に響いた。






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【エルフさんの魔法料理店】

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[良い点] wwww ょぅι゛ょ(転生済み)の前ではwwおっさんもw乙女(笑) と化すのであったw セクハ〇( ・ᴗ・ )?? そんなものはw存在せぬww コンプライアンス?無い。…
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