タリサの思いつき
平穏かつ長閑なメジエール村で、半月ほど前からドロワーズを盗む悪党の噂が囁かれていた。
暫くして調査を依頼された魔法使いと傭兵隊の働きにより、メジエール村の女性たちを脅えさせた下着泥棒は取り押さえられた。
捕まえてみれば、それは肉屋のドリーだった。
「おいっ。ドリーって、犬じゃん!」
ダヴィ坊やがタリサの話に呆れて、不満そうな顔になった。
「そうよ…。ドリーは、アイソの良い犬ヨ。でも…。ドリーの小屋から、ショウコヒンがオウシューされたの…。もはや、言い逃れはできないわ!」
只今、幼児ーズは『酔いどれ亭』の裏庭にて、水遊びの真っ最中だった。
そして、ちょっとしたドリンクタイムに、タリサが下着泥棒の話を披露し始めたのだ。
「タリサってば…。ドリーは喋れないから、無罪をシュチョウしたりしないでしょ」
「ショウコが大切だって説明してるの…!」
「なんの話をしとぉーヨ?」
「さっしの悪い子たちねぇー。あのエルフに仕返しするのよ!」
どうやら、物騒な話のようであった。
「ウチはザッカ屋だから、オーゼイのお客さんが来るのね。その小母さんたちが、シタギドロボーはヘンタイだって…。見つけたら私刑だって…。それはもう、ネコが枕もとに置いたネズミの死体を見つけたときみたいに、キィーキィー罵っていたの…」
「ヘンタイって、なんだよ…?エルフと、どうカンケーあるんだよ?」
「あんたって、ホントーにバカよね!」
今度はタリサが呆れたような顔で、ダヴィ坊やを睨んだ。
「うっはぁー!」
どうやら、これは非常にヤバイ話のようだ。
そう気づいたメルは、幼児ーズの会合から逃げだしたくなった。
水が張られた金タライの端っこへ、コッソリと静かに避難するメルだった。
「つまり、タリサは…。あのエルフに、シタギドロボウの罪を着せようと…」
「さすがはティナ。その通りよ。あいつのカバンに、かぼちゃパンツを突っ込んでおくの…。そんでもって、出先でマホォーをかまして…。カバンの中身をぶちまけてやる!」
「ワォーッ。面白そうじゃん。みんなが見ているところで、『ドロボー!』って騒ぐんか?」
「ダヴィ、違うわよ…。『ヘンタイ!』って、指を差して叫ぶの…」
「なんか、わらし…。イヤだ。上手くいかん、気がすゆし…。アーオン、かわいそデス!」
メルが小さな声で難色を示した。
タリサたちはリアル幼児なので分かっていないけれど、メルの社会認識からするとやりすぎだった。
いくらアーロンが糞エルフでも、性犯罪者の烙印を捺されるほど悪いことはしていない。
(横入りの罪って、もっと軽いモノじゃないんですか…?『鼻クソつけてきたヤツの指を切り落とす!』みたいな話には、とうてい賛同しかねるよ)
そうは言っても、幼児ーズは民主主義である。
二対二で票が割れたときには、十ペグ銅貨を投げて決める。
そして今回は、三対一で賛成者多数となった。
「わらし…。抜けても、エエかのぉー?」
「ダメに決まってるでしょ!」
「あーっ。ヤメテ…。ほっぺ、ツネらんで…!」
タリサが金タライから逃亡しようとしたメルを捕まえた。
メルの不参加は、認めてもらえなかった。
下着泥棒をでっち上げるとなれば、まず必要になるのは盗まれたコトにする現物だ。
メルは協力する気になれなかったので、そこから突っ込みを入れてみた。
「かぼちゃ…。どぉーすゆ?」
この世界では、とっても物を大切に使う。
擦り切れたワンピースを雑巾に縫い直して使いつぶすほど、物を大事にする。
それは下着であっても同じだ。
さすがに下着は雑巾にしないけれど、破けても繕って穿く。
下着泥棒にくれてやるような都合の良いブツは、そう簡単に見つからない。
見つからなければ、この作戦は中止だ。
「タリサが言いだしたのだから、ちゃんと考えがあるんでしょ?」
「うん…。あたしの、かぼちゃパンツがある…。もう穿けないやつ!」
「あゆんかい…!」
それもタリサが穿き古した、かぼちゃパンツらしい。
トンデモナイ危険物だった。
危険度Sランクの特級呪物である。
「そんで…。どうやって、エルフのカバンに入れるんだ?」
ダヴィ坊やが良いことを言った。
乙女の恥じらいを知らぬタリサは、穿けなくなったドロワーズを平気で提供するだろう。
だとしても、それをアーロンのカバンに忍び込ませる方法が無ければ、この作戦は中止となる。
「それは…。だれかが、アイツの宿に忍び込むのよ!」
タリサが間抜けな事を言いだした。
(タリサの計画ってば、丸っきりの絵空事じゃないですか…?)
重要な部分が具体的に練られていなければ、復讐計画として意味をなさない。
「ムリ、ムリ…。ぜぇーたい、見つかゆわぁー!」
メルは激しく水面を叩きながら、不可能だと言い立てた。
これは絶対に止めさせなければいけない。
放置しておいたら、『ジャンケンで潜入工作員を決める!』とか、言い出しかねない。
曲がりなりにも、相手は魔法使いのエルフである。
素人の侵入に、気づかぬはずがなかった。
タリサは、何も考えていないのだ。
「もう一度、決を取りなおしましょう…」
ティナの提案によって、再び採決を取ることにした。
タリサの無謀な計画を聞いて、反対者が三名となった。
発案者のタリサが孤立した。
「何ヨォー!ここには、ユーシャがいないの?」
タリサは自分のアイデアを退けられて、ひどく腹を立てた。
だけどイタズラでは済まされない計画なので、仕方がなかった。
失敗したら目も当てられない。
「いいよ。あたし、ひとりでやるから…」
「まてまて…。ちょっと、待とうか…!」
「何なのよメル。あんた反対なんでしょ?」
「わらし、タリサに反対ヨ。でも、計画ワユーない。ちと、タリサ引っ込む…。わらしの考えで、やらせマショウ!」
メルはタリサを止めるために、計画自体を引き取ることにした。
さもなければ、意地になったタリサは特攻を仕掛けて、幼児ーズの友情に傷跡を残すだろう。
前世の男子高校生(樹生)としては、友だちが不幸になると分かっていながら、好き勝手をさせるコトなど出来ない。
幼児ーズの面々は、オムツが取れたばかりの児童である。
考えが浅いのは、どうしようもないのだ。
(性犯罪者に対する社会の制裁措置がどうこうと説明したって、幼児ーズには知識がないんだから理解できる訳がない。そんな罠に嵌められそうになったら、大人は気が狂ったように反撃してくるってことも、たぶん想像していないんだよな…。アーロンを嵌めるなら、絶対に怒らせちゃダメだ。思考を誘導して、こちらに都合よく考えさせないと…。そこの部分が、タリサの計画から完全に欠けている…。ホント、幼児って恐ろしい!)
メルにはチートとも呼べる様々な能力があって、工夫などしなくてもタリサの計画を寸分違わず実行できた。
でも、それではアーロンを傷つけるだけで、反省させるコトなど出来ない。
恨みの連鎖を生みだすだけだ。
タリサには、実社会での経験と学習が不足している。
大人と、大人が所属する社会を知らなすぎる。
子供の世界観で思考するから、間違った方向へ突き進んでしまうのだ。
(でも、他人の急所を見抜く観察力には、キラリと光るものがある。特に、あのフェミニスト気取りなイケメン・エルフと、女性から嫌われる『下着フェチ』を繋げる感性は素晴らしいよ…。いやぁー、マジで気色悪いし…!)
タリサを評価すべき点は、その発想が一般的な子供を軽く凌駕しているところだろう。
白状するなら、逆立ちしてもメルの頭からは出てこないアイデアだった。
実に恐るべき幼児と言える。
(ここはタリサに妥協を求めながら、計画の細部を変更させよう…。先ずは、自分の使用済み下着を男の持ち物に紛れ込ませるとか、絶対に止めさせないとね。そんな事をしたら、確実にタリサの黒歴史として残るよ…。それに重要なのは、アーロンに反省を促すコトだ。社会生命を奪うのは、行き過ぎた暴力でしかない!)
そのように結論した、メルだった。
「タリサ…。アーオンが、ゴメンナサイする…。横入りをハンセーで、ヨロシイ?」
「そうね。あやまってくれるなら、許さないでもないわ」
「そうしたら、コシ抜けゆほど脅しまショウ。かぼちゃには、それだけのパワーが秘めらえていゆのデス!」
「何それっ…!ふしぎな、かぼちゃパワーか?」
ダヴィ坊やが、バカにしたような口調で言った。
四歳児に特級呪物の恐ろしさを理解しろと言うのは、かなり無理がある。
メジエール村には痴漢などという言葉さえ存在しないから、ダヴィ坊やの反応が普通だろう。
だが、爛れ切った帝都ウルリッヒでは、そうもいくまい。
帝都ウルリッヒの歓楽街には、如何わしい性風俗のお店もあると小耳(エルフ耳)に挟んだ。
となれば、アーロンはかぼちゃパンツの危険性を知っているはず。
知っているなら、充分に脅しがきく。
「そう…。デブには、分らんかも知れんが…。乙女のパンツには、シンシをハメツさせゆパワーあります!」
メルは厳かな態度で頷いた。
濡れた身体をタオルで拭いたメルは、大きめな紙を用意してテーブルに広げた。
花丸ショップで購入した、『つよい紙』である。
「こんな紙、何に使うの…?」
「みんなで…。アーオンに言いたいコト、書きマス!」
メルは紙の一番上に、『幼児、舐めるなよ!』と拙い文字で大きく書き記した。
筆から飛び散った黒いスミが、執筆者の怒りを生々しく想像させる。
下手くそな文字だけれど、気持ちだけは伝わりそうだ。
「ほぉーっ。あたしも書く」
タリサがメルの下に、『特権者気取りか、糞エルフ!』と神経質な筆致で記した。
「なるほどォー。こうして、わたしたちの怒りを伝えるのですね」
ティナがタリサの後に続いた。
『順番も守れない大人は、己を恥じるべきです!』と、キレイな文字で綴った。
「よしっ!オレの番だな…」
ダヴィ坊やがメルと大差ない文字で、『泣かすぞ、ゴラァ!』と書き込んだ。
メルは左手に筆で朱墨液を塗ってから、メッセージを記した紙にベシッと手形をつけた。
幼児ーズが全員で、大きめの紙に小さな朱色の手形を並べた。
朱色のスミが垂れて、何だか見るからに禍々しくなった。
紙の空白部に、メルが達者なイラストを描き添えた。
可愛らしい、かぼちゃパンツの絵だ。
だけど、そのかぼちゃパンツには、『怨!』と書いてあった。
更に追記で…。
『早く、謝りましょう…。さもなければ、絶対に後悔します!』と、太字の忠告文を付け加えた。
と言うか、このメッセージこそが手紙の本題だった。
「できたぁー♪」
「ふむふむ…。ここから、どうするの…?」
「てがみ届けマス。あけて、ビックリですヨ!」
「それだけ…?」
「はい…。わらし、呪ったデショ。三日もすえば…。アーオン、あやまりにくゆ!」
自信満々な様子で、メルが断言した。
幼児ーズの三人は、疑わしげな目つきで精霊の子を見つめた。








