初心者ママさん
アーロンたちが食事を終えて、『酔いどれ亭』から立ち去った。
上機嫌で、村長宅へと挨拶に向かった。
どうやら女性二人は、ファブリス村長の許可を貰って、メジエール村に住むらしい。
一方、遅くなった昼食を楽しく食べ終えた幼児ーズは、アビーを交えての緊急会議に突入した。
幼児ーズの、幼児ーズによる、幼児ーズのための査問会議である。
容疑者として糾弾されるのは、アビーだった。
「たった五十ペグだけど…。あたしも、お金を払ったお客です。これは、明らかなサベツです。ダンコとして、コウギします!」
「横入りはダメと思う。ジュンバンは、ちゃんと守ろう」
「大人のジジョウがあるのでしょうけれど、割り込みはカンシン致しません」
「まぁま…。アーオンをユーセン。わらし…。意味、分からんわぁー!」
子供だと思って舐めてはいけない。
普段から親に説教を聞かされ続けて、善悪にはとりわけ煩い幼児なのだ。
まあ、叱られるような事ばかりしているとも言える。
もし仮にそうであったとしても、耳が説教で肥えているのは間違いなかった。
しかも幼児ーズは、四人で結束していた。
その舌鋒は、思いのほか激しい。
「ごめん。みんな、ゴメンねェー。お料理が冷めたらダメだと思って、つい効率に走ってしまいました。ホント、あたしが悪かったです。スミマセンでした…!」
アビーは言い訳するでもなく、先ずは平身低頭で謝った。
トンカツ定食を作れるのはメルだ。
幼児ーズとメルが一緒に食事をするならば、後回しにしてゆっくりと食べてもらいたい。
咄嗟に、そう考えての采配だった。
もっともそれは、幼児ーズに我慢を強いることになる訳で、ちゃんと相談をすべき事柄だった。
幼児ーズを勝手に身内と決めつけて、理不尽な要求をしたのは間違いだ。
ごり押しは、アビーの手抜きでしかなかった。
(そもそもフレッドの手紙で、あのエルフに引っかけられたのね…!)
アーロンを店に招き入れたのは、フレッドからの手紙に釣られた手痛い判断ミスだった。
その後は、あれよあれよと言う間に、アーロンの手のひらで転がされてしまった。
有罪判決は当然である。
「まぁま、ギルティー。カンゼンに、ユーザイよ。わらしたちは、シャザイとバイショーをセイキュウすゆ!」
「わかった…。みんなに、フルーツケーキを焼こう…。美味しいケーキで、どうかしら?」
「アビーのフルーツケーキは、おいしいけどなぁー。みんなで、一個か?」
「えーっ。一人当たり、一切れちょっとなの…?」
「あらあら、アナタたち…。アビーさんに失礼よ。とうぜん、一人当たり一本に決まってるでしょ…。そうですよねェー?」
ティナが笑顔で釘を刺した。
フルーツケーキに使うドライフルーツは、それなりに高価だ。
だけどアビーは、顔を引きつらせながらウンウンと頷くしかなかった。
己の非を認めた以上は、きちんとペナルティーを支払わなければいけない。
大人なのだから、そこは折り目正しく…。
「まぁま…。わらしには、山もいのキャラメルナッツな…」
そう言ってメルが、大きな皿を持ちだしてきた。
同意を引き出したその瞬間こそが、追い打ちのチャンスである。
「えーっ。そのお皿に山盛り…?」
「あい…♪キャラメルナッツは、たくさんあるほどウレシイ…。おサトウは…。わらし、だしマス。カンソウさせた、セイエージュの実もだすヨ…!」
ちょっとした妥協案を提示することで、断れない雰囲気を作りだす。
インチキ露天商の手口と何も変わらない、メルの交渉術だ。
メルとティナは、欲張りでリアリストだった。
幼き理想主義者であるタリサとダヴィ坊やは、頻りと感心して頷いた。
普段は狡辛いと苦手に思っていたけれど、賠償請求をするさいには頼もしい味方であった。
「スゲェー。ユーシャだ…!」
「ティナとメルは、とんでもないよね…」
欲張りすぎて、ちょっと恥ずかしいけれど…。
大人に遠慮がない勇敢な二人である。
アビーは幼児ーズにやり込められて、大層へこんだ。
大人の威厳が形無しになった。
それでもゲラルト親方のように村八分を喰らうより、遥かにマシである。
(この子たち…。なんか普通の子どもと、根底から違う気がする…)
メルが部分的に異常なほど大人なのは察していたけれど、どうやら友だちも引きずられて精神年齢がおかしい。
アビーの判断が狂ったのは、メルたちの大人っぽさにコロッと騙されてしまったからだ。
幼児差別をしたのではなくて、察してくれる大人のように扱った結果なのだ。
アビーには子育ての経験がないので、頭からメルたちを『幼児』という型に嵌めて捉えない。
そこには対応の変更を是とする柔軟さがあったけれど、優柔不断で信用できない大人と取られる危険性も含んでいた。
何もかもが手探りの状態で、日々の問題さえ満足に処理しきれない。
それでも精霊の子と仲間たちは個性的すぎて予測が難しいから、直接ぶつかって手ごたえを確認するしかなかった。
情けないけれど、それがアビーに思いつく唯一の手段であった。
アビーだって母親を始めてから、一年しか経っていないのだ。
(間違いなく幼児なんだけど、変なところが大人びているのよね…)
その大人びている部分をキレイに理屈で抜き取れない。
気まぐれすぎて、上手く特定できないのだ。
こうなると、アーロンの未来には不安しか感じられなかった。
「これは、不味いよねェー」
メルたちを子供と侮っている愚かなエルフに、合掌である。
「メル姉、すごいな…」
「うむっ…。わらし…。ハエもトラも、ひとしく叩くヨ!」
メルは威勢よく胸を張った。
「オレ…。ジカンだから、そろそろウチに帰るわ」
「えぇーっ。デブ、もう帰っちゃうの…?」
「もぉー、まちがわんでよ。ダヴィだってば…。セイレイジュの影が、ウチのまえを指してるからジカンなの」
「マジかぁー!」
ションボリとした様子で、メルが呟いた。
「じゃあねェー。バイバイ、メル姉♪」
「あーい。またねェー」
タリサとティナは、とっくに帰ってしまった。
ダヴィ坊やまで居なくなれば、メルも帰るしかなくなる。
だが家に戻れば、アビーと二人きりになってしまう。
今日は、ちょっとやりすぎた気がした。
アビーと二人だけになるのは、とっても気まずかった。
強がって見せても、メルは小心者なのだ。
筋金入りのビビリである。
アビーが考えているより、ずっと精神的に幼いメルだった。
「みけー。おらんかのぉー。ミケやぁーい」
メルはミケ王子を探し始めた。
いつだって、大切なのは仲間だ。
心の友である。
トンキーは…?
今ひとつ、頼りにならなかった。
しばしば野菜を貰っているせいか、心もちトンキーはアビー派だったから…。
◇◇◇◇
その日、ウィルヘルム皇帝陛下は、邪霊の訪問を受けた。
いつものように謁見の間へ向かうと、皇帝の座に黒ずくめの男が腰を下ろしていた。
ウィルヘルム皇帝陛下に仕える侍従や衛兵たちは、悉く床に倒れ伏していた。
「無礼な…。なっ、何者か…?」
ウィルヘルム皇帝陛下の護衛についていた騎士たちが、叫んだ。
叫びはしたモノの、彼我の力量を察して剣を抜き放つことができない。
黒い男の目つきに気圧されて、騎士たちの足は竦んでしまった。
フーベルト宰相は、ウィルヘルム皇帝陛下を庇うように立ち位置を変えた。
「初対面であるな…。皇帝陛下よ。我が名は、デーモン・プリンスなり。どうか、お見知りおきを…」
黒い甲冑を身に纏った美しい男が、護衛の騎士たちから視線を逸らせて名乗った。
不遜にも、皇帝の座に腰を下ろしたままである。
「デーモン・プリンス…?それでは…。其方は、伝説の精霊だと申すのか…?」
「フンッ…。邪霊で構わんよ。忌まわしき邪霊でな…。貴様たち人間に生みだされ、人間の命令でエルフを殺し続けた邪霊だよ!」
悪魔王子は薄ら笑いを浮かべ、吐き捨てるように言った。
「そのデーモン・プリンスが、何用か…?」
ウィルヘルム皇帝陛下が、声を震わせながら訊ねた。
「我に畏まらずともよいぞ。貴様を配下に加える気など、無いからな…。こやつらは煩いから、暫し黙らせた。手傷は負わせていないので、安心するがよい…。貴様を訪れた用件だが、ただの挨拶である」
「挨拶だと…」
「我は新しい主人を得た。その主人よりの命で、この地の精霊樹を任されるコトとなった…。その大切な精霊樹が城の庭に生えているから、挨拶に来たのだよ!」
「あの樹は、やはり精霊樹であったか…」
ウィルヘルム皇帝陛下は、感極まった様子で天を仰いだ。
「ほぉーっ、貴様は呑気で良いな…。何やら、救われたような気分かね…?この地の再生は、いま始まったばかりだ。あの樹を守れぬようでは、輝かしい未来など齎される筈もなし…。それなのに、どうしたことか…。城の地下迷宮に、賊が忍び込んでいるぞ!」
悪魔王子が、パチンと指を打ち鳴らした。
すると手足を拘束された男たちが、五人ほど宙に出現した。
悪魔王子の手ぶりひとつで床に墜落した男たちは、情けない呻き声を漏らした。
「なんと…。そやつらが侵入者か…?」
「これは手土産だ。貴様にくれてやろう。尋問なり、拷問なりしてみるがいい。ふとした拍子に、何かを語りたくなるやも知れん…」
「承知した…。ありがたく頂戴しよう」
「なぁーに、主人が不殺を望まれるのでな…。我としては、愛しい主人の願いを叶えたいだけだ。しかし…。そうなると、ゴミの捨て場所に困る」
「構わぬ…。ゴミは、ワシが引き取ろう。後始末も任せるがよい」
悪魔王子は満足したように頷いた。
「そうそう、付け加えることがある。地下迷宮は、これより我らが治める領域となった。むやみと足を踏み入れたなら、貴様たちの無事は約束できぬ。帝都ウルリッヒの統治は、貴様に任せよう。だが…。不測の事態が起これば、許可を得ずに対処させてもらう…。それが嫌なら、己の領土は己で守り切るがよい」
「それでは、ワシの面子が立たん。幾らなんでも…。ひと言くらいあっても、良いのではないか?」
「いいや、断る…。貴様の都合など、知らん!」
そう告げると、ウィルヘルム皇帝陛下たちが見ているまえで、悪魔王子の姿は黒い霧となって消え失せた。
「おいっ…。これは、どう言うことだ。だれか、説明せよ!」
ウィルヘルム皇帝陛下は、癇癪を起して笏杖を床に叩きつけた。
「ウィルヘルム皇帝陛下…。どうか、お気を確かに…。落ち着いてくださいませ!」
「落ち着けだと…。フーベルトよ、これが落ち着いていられると思うのか…?屍呪之王が片付いたと思ったら、今度は悪魔だ。ワシの城に、悪魔が棲みつきおった…」
「城では、ございませぬ。あやつは、地下迷宮と申しておりましたぞ!」
「フンッ…。そんなもの、何が違う。同じだわ!」
ウィルヘルム皇帝陛下の悩みは尽きない。