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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第一部
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地雷を踏んだアーロン



アーロンはクルト少年を盾に、フレッドからの手紙を剣として使い、『酔いどれ亭』の昼食会にまんまと侵入を果たした。

こと食べ物が絡むと、驚くほどにワル知恵の回るエルフだった。

だてに長生きはしていない。



『おまぁーは、帰れ!』

『こらっ、メル…。お客さまに意地悪をしない!』


『…チッ!』


メルはアーロンを追い返そうとしたのだが、アビーの一言で轟沈。


幼児ーズとメルのトンカツ定食が、アーロンたちとクルト少年に譲渡された。

メジエール村の常識を備え持つクルト少年は、非常に気まずそうな顔で縮こまった。


美味しそうな料理を横取りしてしまい、お腹を減らした幼児ーズに申し訳がなかった。


更に付け加えるなら、あとで傭兵隊の仲間たちから私刑にされる恐れがあった。

そのときは、アビーに助けを請うしかない。


メルと幼児ーズは、お預けを喰らった体である。

もちろん幼児ーズが納得などする筈もないので、そこはメルがデザートの追加を交換条件に我慢してもらった。


メルを納得させるのは、保護者であるアビーの重要な仕事である。

こうなるとキャラメルナッツを山ほど作ってもらわなければ、アーロンへの特別待遇を納得できない。


『キャラメルナッツを山盛りですよ!』


メルは視線でアビーに訴えてから、精霊樹の厨房へと戻っていった。



アーロンたち(・・)…。

アーロンは二人の女性を連れていた。


ひとりは、メルにも見覚えがあった。


たしかユリアーネ女医(センセイ)

ラヴィニア姫の部屋にいた魔法医師だ。


だけど、もうひとりの女児には、見覚えがなかった。


(頭がミドリって、ちょっと普通じゃないよ。人の髪の毛は、あんな色をしていない。精霊樹の守り役を務めている三姫は、全員がミドリだったけれど…。あの姉さまたちは精霊みたいなモノだから、ヒトじゃありません…。なに、あの子…。メッチャ、偉そうなんですけどぉー。貴族の子…?なんで、村に来たの…?)


驚いたことにメルは、ハンテンを救えなかった気まずさから、自分で助けたのにラヴィニア姫を見舞っていない。

そのような理由があって、無事に成長したラヴィニア姫の姿を知らなかった。


グダグダ悩み始めると現実をおろそかにしてしまうのは、明らかに前世から引き継がれたメルの悪癖だった。

クリスタを笑うことは出来ない。


「あのこ…。アイサツせんで、ちょいムカつくわぁー!」


何だかんだ言っても、メルの社交性は磨かれていない石ころと同じだ。

あちこちが尖っていて、スマートさに欠ける。


ちょっとしたことを大袈裟に捉えて、拗ねる、泣く、怒る。

まるで、駄々っ子のようだった。


そのうえ自意識過剰で、仲良くしたくても声をかけられない。

小心者の恥ずかしがり屋だ。


「だいたいさぁー。アー()ンは、キンシン(謹慎)中でしょ!メシ食わすんわ、おかしぃーデショ!」


メルはブツブツと文句を言いながらも、トンカツを揚げた。

一枚ずつ丁寧に、仲間たちへの愛情を込めて…。




その頃アビーは、フレッドからの手紙を受け取って、ほっと胸を撫でおろしていた。

そこには全てが順調であるコトと、アビーに会いたいから近々メジエール村に帰ると書いてあった。


大人の情事(・・・・・)はなかったようだ。

と言うか、それを追求するのはフレッドが帰ってからだ。


手紙で浮気を告白するような男は、何処にも居ない。

男に色事を白状させたければ、時間と手間を掛かけるしかない。


とにもかくにも、アビーはフレッドの無事を素直に喜び、戸棚の抽斗(ひきだし)に手紙を仕舞った。

そしてテーブルに着くと、アーロンたちにメルが作ったトンカツ定食を勧めた。


「どうぞ、召し上がってください…。お友だちの分は、いまメルが作っているから遠慮しないで…」

「ありがとうございます」

「では、失礼させて頂きます」


「初めて見た…。この白い粒々が、パンの代わりかしら…?」


それぞれにカトラリーを手にすると、トンカツ定食を食べ始めた。



「オイシイ…。何の油を使ってるのかなぁー?こんなふうに、お肉を調理する方法があったのね…」


一口目で、思わずアビーの口から、感嘆のコトバが漏れた。


アビーもコートレットは知っていた。

そもそも、この世界でのコートレットは、カーミレと呼ばれるミッティア魔法王国の肉料理だった。

肉にパン粉をまぶすのも、多めの油を使って炒め焼きするのも、アビーには馴染みのある調理方法なのだ。


使用する肉は、魚、鶏、ブタ、羊、ウシと、実に様々である。


だが食べてみた感じが、全く異なる。

粗いパン粉のサクッとした食感は、カーミレに存在しない。

そのまま食べても充分に美味しいのだけれど、焦げ茶色のとろみがあるソースと黄色いカラシを塗れば絶品だ。

さらにレモンを搾ると、もう楽園の宴に招かれたような気分になる。


文句なしに美味い。


高温の植物油に食材を通して油を切る手法が、アビーの記憶や発想にはなかった。

豚のラードを大量に使った揚げ物が存在しても、普通であれば深鍋に食用油をなみなみと注いだりはしない。

そして大抵の揚げ物は油を多量に吸っていて、食べ過ぎると胸やけや胃もたれを起こす。


「このクセの無さは、植物オイルなの…?」


アビーが驚きの表情を浮かべた。


それもそのはず…。

植物油は動物由来の脂と比較して、非常に高価である。

食用の植物油など、王侯貴族がドレッシングに用いる程度なのだ。


そう考えるなら…。

メルのトンカツは、途轍もなく我儘で贅沢な料理だった。


マヨネーズにも驚かされたが、これはもう驚愕の領域に踏み込んでいた。


まさに魔法料理店ならではの、仰天料理だ。



それが証拠に、食通で有名なアーロンが、一言も口を利かずにトンカツ定食を味わっている。

なんだか涙目に見えるのは気のせいだとしても、歓喜と驚きの間を忙しく往復しているのが手に取るように分かる。


エルフの女性も似たり寄ったりだ。

おそらくは、こんなド田舎で美味(びみ)と出会えたコトに、ビックリしているのだろう。


小さなお嬢さんは、真剣な表情でトンカツを頬張っていた。

もうコレハ、説明するだけ野暮と言うモノだ。


ミドリの髪をした幼女の顏に、美味しいと太字で書いてある。

いや…、紛れもなくオイシイ顔になっていた。


「これは、何だか今までと違う…。メルちゃんの料理が変わった…。何だろう…。すごい贅沢な感じですね!」

「クルト少年…。この料理は、宮廷の晩餐会でも食べられないレベルです。まさに感動だ。どう表現したら良いのか、わたしにも分かりません」

「アーロンの言う通りです。おそらくは、植物から搾った油を用いているのでしょう。サラッとしていて、口にくどさが残りません。調理方法も、特別な筈です…。私が記憶する限り…。このような料理が、宮廷の晩餐会で饗されたコトはありません」


「これって、宮廷でも食べられないんだ…?」


クルト少年が、ビクリと肩を震わせた。


傭兵隊の仲間たちに知られたら、確実に抜け駆けを責められるだろう。

『新参者の癖に、美味しい思いをしやがって…!』と、特別訓練を強要されそうで怖い。


だけど、トンカツ定食を食べるのは止められなかった。


だって…。

とにかく美味しいのだ。

トレーに載せられたお椀のスープも、良い香りがするピクルスも最高だった。

特筆すべきは糸のように細く切られたキャベツで、トンカツで脂っこくなった口中をスッキリとさせてくれる。


因みにクルト少年がピクルスと称しているのは、最近メルが作るようになったぬか漬けである。

今日は茄子と胡瓜、それにカブラが、小皿に並べて添えてあった。


「あーっ。メルさんに、調理方法を訊ねたい。どうすれば此処までサッパリとした、カーミレが作れるのか…?さぞかし特異な調理方法を用いているに、違いありません!」


アーロンが最後のトンカツを口に放り込んで、ゆっくりと咀嚼した。


特異も何も、高級な植物油を湯水のごとく使用しているだけだ。

植物油が安価になった世界で発展した、肉の旨みを閉じ込めるための調理技法を用いているのだ。


メルの魔法料理店だから…。



一方、厨房のメルはと言えば、受付窓口から顔を突っ込んだチビたちに煽られていた。


「メル姉…。オレ、腹ペコやん。はよぉしてェー!」

「そうよ、急いでちょうだい。あんな横入りのエルフたちに、ゴハンを取られて…。腹が立つったら、ありゃしない!」

「お約束のデザート。忘れないでくださいね…」


「はぁー。おまぁーら、喧しわ!わらし…。いっぱい、いっぱいヨ…」


泣きっ面だ。


「アビーってば、あたしたちを舐めてるわネ!」

「たしかに…。ちょっと、気に入らんな」

「もぉー。アナタたち、そう言うのは良くなくてよ。いっつも…。アビーさんには、優しくしてもらってるのだから」


「ティナってば、ちょっと物分かりが良すぎだと思うの…。これはメーハクな、幼児サベツでしょ…。ダンコとして、コウギすべきヨ!」


意味不明な言い争いは、どこか遠くの場所でやって欲しかった。

どうせ口にしている台詞の大半は、理解していないのだ。


タリサが使いたがる難しい言葉は、雑貨屋に集まる小母ちゃんたちの受け売りデアル。


そして幼児ーズは、大人ぶりたいチビッ子たちの集まりだった。

ひとりの例外もなく、幼児差別過敏症を患っていた。


「まったく…」


新しく四枚のカツを揚げなければいけないのに、タリサのキンキン声で気が散って仕方ない。


「ねぇねぇ、メルー。『酔いどれ亭』のまえで、コウギの座り込みをしましょうよ!」

「タリサ、たまには良いこと言う…。なぁ、メル姉。それって、面白いと思わんかぁー?」


「メシ喰いたいなら、ちと黙らんか…。ボケェー!」


メルはキャベツを皿に盛りつけながら、大きな声で叫んだ。


完璧に切れていた。

プッツンだ。


アーロンの横入りでお預けされた事に(いきどお)っているのは、メルもみんなと一緒だった。

何しろ、誰よりもメルが一番、トンカツを食べたかったのだから…。



ずる賢く立ち回って美味しいを堪能したアーロンが、無事で済まされるはずもなかった。

現実的なアレコレを考慮するなら、メルと幼児ーズの不満はアーロンに向けられる。


アーロンは幼児ーズの逆鱗を逆なでし、差別対象に認定された。

名誉ある、『糞エルフ』の称号を与えられたのだ。


ズルい大人(オトナ)の代表である。




◇◇◇◇




タルブ川を遡行する微風(そよかぜ)の乙女号にて、船倉係のビリーが闖入者を発見した。

闖入者は果実の樽に潜んでいた、ピンク色の犬だった。


ビリーは満腹になって寝ている犬をリーゲル船長のもとへ抱えていった。


「船長、コイツが積荷を荒らしていた犯人です」

「おいおい…。犬じゃないか」

「犬ですが、それが何か…?」


「犬は人じゃないから、犯人ではなかろう!」


リーゲル船長は、犬の侵入を見逃した船員たちにこそ問題があると断定した。

つまり、犬に罪はないと…。


「ビリー、おまえが管理しろ。ちゃんとエサを与え、引き取り手が現れるまで面倒を見るんだ」

「うへぇー。えらい役目を押し付けられちまいましたね」

「はははっ…。風の妖精は、殺生を嫌うからなぁー。罪もない犬をタルブ川に捨てたりして、機嫌を損ねてはならんよ」


「まったく、仰る通りで…」


ビリーは穏やかに笑うリーゲル船長を眩し気に眺めた。

リーゲル船長はブレることのない、慈愛の人だった。


こうしてハンテンは微風(そよかぜ)の乙女号に乗船を認められたのだが、ビリーの腕で目を覚ました途端に激しく暴れだした。


「おい、こら。どうしたんだ…?おとなしくしないか!」

「えらく元気な犬だな」

「いや、見かけによらず…。半端なく、パワーがあります。うぉ、逃げた…!」


「ダメだ、止まりなさい。そっちは危ないぞ!」


リーゲル船長とビリーの叫び声を背にして、ハンテンは船側から夕暮れのタルブ川へとジャンプした。


「ワンワンワンワンワン、わぉーん!」


暫くして、トポンという着水音が聞こえてきた。



ハンテン…、他人(ヒト)の思いを理解せず。


こうしてハンテンの冒険譚が、幕を開けた。






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【エルフさんの魔法料理店】

3巻発売されます。


よろしくお願いします。


こちらは3巻のカバーイラストです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ただのクズだよね。こういう描写いる?マイナスにしかならないと思うんだけど
[良い点] アーロン...チビーズの飯横取りした奴のその後の冷遇 を知らないな(^_^;) [一言] 続き楽しみにしております(*´∀`)♪
[良い点] とにかく構成が上手。 メルはハンテンを昇天させたと思っており、約束したラヴィニアとは顔を合わせたくない。 そこへ遠路はるばる訪問する幼姫(300+歳)。 80話以降のどこかで幼変女2人の修…
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