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喰うモノ 抗うヒト  作者: 水無月 綾
ひとつの出会い
9/11

始まりの契約

「どういうことだ!話が違うだろう!!!」

「和久中将。あなたは出会い頭から怒鳴るその癖をどうにかしたほうが良いと思います。おんなのこがいしゅくしちゃう」

「8歳児が委縮なんて言葉知ってるはずないだろ!」

「しってるはっさいじはここにいまーす」

「外見詐欺兄弟め!いつかその化け皮を剥いでやる!」

「おまわりさーん!へんたいが!とししたの男の子をむこうとするへんたいが!」

「こっのクソガキが!」


 きゃーっとわざとらしく悲鳴をあげる神白秋は和久の追随を物ともせず、笑い、困惑している夕の足元に掴まった。


「ちょっ」

「おねえちゃん、このおとこのひと、こわいっ!」


 何この変わり身。こわ。

 演技なのか、演技なのだろう。ぷるぷると身を震わせてか弱い子どもになった秋の姿が夕の足元にあった。

 

 先ほどまでのアレはどこにいった。

 

 和久は顔を真っ赤にして怒りのためか拳を震わせている。いかにも年相応の反応をしている秋にそれ以上はやりづらいのだろう。秋の兄である達亜は和久の後ろでくつくつと口元を隠して笑っている。


「達亜!貴様兄だろう!この問題児をどうにかしろ!」

 しびれを切らしたのか和久の矛先が笑いをこらえ切れていない達亜に向かった。


 夕はどうしたら良いのだろうと混乱しているといきなり足に痛みが走った。ぱっと足元を見ると秋がにこおっと怖い笑みを浮かべながら、夕の足を小さなその足で踏みつけていた。一転、涙目になって見上げてくる。


「う~っ」


 どうにかしろということなのだろうか。どうにかしてみろと。

 

(なんでこんな目に・・・・・・)


 確かに従うとは言った。言ったけれども!こういうときに使われるとは想像していない。

 夕は顔を強張らせて秋をみやった。よくよく見れば、目元は濡れているが、まったく目の奥は泣いていない。びしびしと容赦ない視線がこちらに貫いてくる。


(ええい、ままよ!)


 夕は屈むとすっと秋を抱え上げた。8歳児とは思えぬ服越しの身体の筋肉に内心で夕は動揺しつつ、表情をどうにか抑えた。

(うわ、がっちりしてるよ、この子)

 

 秋は驚いたらしく、ぱちくりと目を瞬いて夕を見上げた。それだけで幾分か溜飲が下がった。


「こわいねえ。大丈夫?」

(こわいのはこっちだ!声が震えそう!!)


 その声でばっと和久と達亜がこちらを向いた。その勢いに出かかった悲鳴を飲み込む。


「神崎夕!?」

「小さい子になんでそんな大声出すんですか!かわいそうです・・・!」

「そ、そいつはな・・・!」


 わなわなと震える和久に夕はこの路線でいこうと決意する。情に訴える。これしか浮かばない!


「なんですか?なにかこの子が悪いことでも?・・・何かしたの?」

 秋に振る。これ以上浮かばない・・・!

「してない!おねえちゃんもそう思うの・・・!?」

 秋はわっと泣き出す。

 ・・・何だこの茶番。

「してないって言ってるじゃないですか。和久さん、達亜さん、失礼します!」

 失礼しますと言ったがどこへ向かったらいいかわからない。

 それはわかっていたようで、秋が小声で「後ろに行って」とつぶやき、夕は逃げるようにそちらへ向かった。


  後ろの和久と達亜の声も聞こえなくなり、夕が秋を下ろそうとすると、秋はがっちりと容赦ない力で肩を掴んだ。

「まだ・・・」

 小さく弱々しい声で秋がぽつりとつぶやいた。

 肩に顔を伏せていて、どんな顔をしているのかまったくわからない。だが、先ほどまでとは打って変わって年相応に小さく、甘えているように見える。

「このまま進んだら、ゲートがあるから。そこまで歩いて」

 素っ気ない反応に夕はぎゅっと秋を抱く腕の力を強めた。



 ゲートまでたどり着き、神白秋の権限でさらに奥に進むといかにも分厚そうな壁が切れ目なく続いている。

 102と書かれた部屋に入ると大きなガラスの向こうにシンキがぽつんと座っていた。

 薄暗く、何もない部屋。逃走を防ぐためか、窓ひとつない。


 秋はようやく夕から降りるや、壁にあるボタンを押す。

 そこで夕は初めてシンキと目が合った。


「これ、喰われることないじゃない」

「何言ってるの。そのガラス突き破ってくることだってあるの。安全性から5分だけね」


  秋の説明に頷き、夕はガラスぎりぎりまで近づいた。


「良かった、無事だったんだ」

 シンキの柔らかい瞳がこちらを向いた。

 眼が赤い。その色は本来の霊の目の色だという。


「ありがとう。シンキのおかげだって聞いたよ」

「うん。・・・それで、契約しろって言われた?」


 シンキの言葉に夕は驚いて目を見開いた。予測していたかのような物言いだ。いや、この場合は予測していたのだろう。


「なんで」

「そりゃあ、だって、夕よりこの世界のことは詳しいからねえ。簡単に予想できるよ。おれ、結構喰ってきてるから、処分されずに生かされてるのを考えれば<贄>との契約しかない。

 ・・・睨むなよ。事実じゃん」


 シンキが夕のうしろ、秋を見て言った。

 何事かと振り返ると秋が怒りの形相でシンキを睨みつけていた。


「気にすることないよ、夕。時間がない、こっちが先だ」

 まあ、シンキがそういうのであれば、そうなのだろう。確かに時間もないのだから、後で聞けばいい。


「まあ、えっと、そう。契約しないと、シンキは殺すって。でも、私、今まで仲間だった人たちに殺すようにさせるなんて、そんなこと」


 夕がぽつりと呟くと、シンキはくつりと笑った。

 なぜ笑うのかわからずに困惑していると、シンキは笑みを抑えて優しく目を細めた。


「いや、驚いて。おれが喰うつもりだって聞いただろうに、おれと契約することに躊躇いはないんだなって思って」

「それは・・・。そんなに。どうせ、どうにもならない人間だったし、400人喰ってるって聞いたけれど、それだってあんまりよくわからない。それに、シンキっていう名前、私がつけたんだし」

 きっと、それは良くないことだろう。400人が犠牲になっているというのに、私はシンキを優先してしまうのだ。


「そっか。そうだね」


 どこか泣きそうな顔で顔をゆがめたシンキはそれだけ呟いて顔を伏せる。悪いことを言っただろうかと不安になって覗き込むように見てみるが、シンキの顔は見えない。


「契約してくれておれは構わない。おれは夕のもので、夕はおれのものだから。他の霊が夕と契約するなんて、許さない」


 秋の息を呑む音がわずかにするが、夕には聞こえなかった。シンキの傲慢ともいえるその言葉に夕は痛いほど心臓が高鳴る。

 伏せていたシンキの目がこちらに向けられ、囚われた。


「うん。わかった。契約しよう、シンキ。よろしくね」


 


 首に金色の首輪が取り付けられる。無骨で冷たいその首輪はどういう仕組みになっているのか、首にかけた途端、すっと縮んでぴったりと収まった。目の前にいるシンキにも同じ首輪がかけられている。ぼんやりと不可思議な紋様が浮かび上がり、鮮やかな血色に輝き始めた。


「神崎夕、汝は霊シンキと契約することに同意するか」


 淡々とした男の声に夕はひとつ頷く。


「はい。同意いたします」

「霊シンキ、この人間神崎夕と契約することに同意するか」

「ああ」


 すっと一本の線が夕とシンキの間に浮かび上がる。それを認識すると、身の内から何かが零れているような感覚と同時に入り込んできて世界が変わった。匂いが、視界が、音が、変わった。すべての物がとても壊れやすいものに見えてしまう。身体中のありとあらゆる器官が増幅し、発達し、塗り替えられていく。

 新たな身体を受け入れることに茫然となっていた夕にどんと衝撃が走る。

 シンキが夕に抱き着き、その肩口に顔をうずめていた。


 「おい!」と誰かが咎める声がしたが、引きはがされることはなかった。


「ああ、やっぱり夕はおいしい・・・」

「私、おいしい?」


 面と向かって捕食対象としての言葉をもらったのは初めてだった夕は戸惑いつつ言うと、シンキは顔を上げて満面の笑みで頷いた。酔っているようで目元が赤く、吐かれる息もどこか妖しい。


「もう、最高級。ああ、直接喰ってみたい」

「シンキが嬉しいなら良かった」

   

 自分自身が最高級の部類でおいしいというのはよくわからないが、シンキが恍惚とした表情で言うのだから夕も嬉しくなった。


「あー。夕?少し話があるんだけど・・・」

 躊躇いがちな達亜の声を聞いて夕とシンキはそっと離れた。ぴたりとシンキが夕の傍に寄っているのを見て、達亜は若干口元を引きつらせている。


「隊員としての任務の前に学校に行ってもらう必要があるんだ。幹部隊員候補生学校っていうんだけど・・・」

「が、学校!?」

 今までで一番の大声にその場全員がびくりと驚いて夕を見た。夕も自覚があったのか、じわじわと頬を赤く染めて「すみません」と小さく謝る。


「いえ・・・。しばらく行ってなかったので。あっ、でも、やるからにはお役に立てるよう励むつもりです!」

「うん。心意気は良いよ。でも、勉学もそうなんだけど、体力がこれからとおっても必要になってくるんだけど、引きこもりで運動まったくしてないってことはないよね?」


 達亜の問いに夕の顔が強張った。ぴしりと固まったのを見て達亜は遠い目で夕に告げる。


「そんな・・・。たいりょく・・・。うんどう・・・」

「死にはしないから、うん。応援してる」


 ははははははははっと乾いた笑い声が不気味に響いた。



 




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