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喰うモノ 抗うヒト  作者: 水無月 綾
ひとつの出会い
8/11

神崎夕と神白秋

 駆け寄った秋は一転、無邪気な笑顔から有無を言わさぬ笑みに変えて言い放った。その言葉の意味は夕にはわからなかったが、達亜と和久には重要なようで、顔色が一転して真剣なものになった。


「秋、だが」

「異論は認めませんよ、兄上、和久中将。ここにいる間に関しての管理権限はぼくに依存してるはずですよ?確かに、神崎夕への説明とそれ以降の運用は四族会議で兄上と和久中将に任されましたが、目が覚めたばかりのけが人の病室に誰が入室を許可したんですか。ぼくはしてませんよ。また、兄上お得意の独断専行とやらですか。和久中将、あなたもです。あなたが付いていながら神崎夕へ詰め寄っているなど。おこりますよ??義姉様にいいつけますよ??ん??」


 秋はにこーっと音が付きそうなほどを笑みを深めた。


「ぼくはもう四族の名乗りを許されています。それに今は准等ですが、今回の件で三等に昇進が決まって、正式に幹部入りです。文句を言うなら、昇進を決めた人事部とここに差配した上に言ってください。さっ、出で行った出て行った!」

「あー、わかった!出ていくから。あとでまた来るよ」


 達亜と和久は秋の押しに反論できないらしく、悔し気に了承すると秋に足を押されて出ていった。

 「ふう」と可愛らし気なため息を秋は吐くと、くるりと夕のほうへ向いてぺこりと頭を下げた。


「ごめんね、きゅうに。こわかったよね。ぼくがおねえちゃんのたんとうの神白秋です!よろしく!もう、かってにはいってこられないようにするからね!」


 途端、先ほどの威勢の良いはきはきとした物言いはどこにいったのか、たどたどしく年相応の口調で秋は自己紹介をする。思わず微笑ましくなり、夕はゆるりと口元を緩める。


「ありがとう。もう知っていると思うけど、神崎夕です。よろしく」


 こくこくと秋は頷くと、ぱたぱたとベッドの傍まで駆け寄り、夕の右手をとった。右手の甲にはカーゼがしっかりと貼られている。


「ここが一番大きなやけどです。だけど、ちゃんと治療すれば、痕もなくなるでしょう。おねえちゃんのシンキっていう霊のおかげで刀で貫いたところが塞がりました」


 夕は驚いて、秋を見つめた。

 達亜と和久からは聞かなかった話にどきりと胸が高鳴る。無意識に唇を舐め、秋の言葉を待つ。


「霊が分泌する唾液には、傷を治す作用のある成分があるんです。シンキはその作用を見込んでおねえちゃんの傷に塗り込んだのでしょう。おかげでぼくたちが診るころには血がだいぶ止まっていましたよ。

 シンキはあなたのことを助けたかったんですね。シンキの対応のおかげでおねえちゃんはたすかった、それは事実です」

「そう、なんだ・・・」


 ぎゅっと心臓が掴まれたかのように痛む。目の奥が再び疼いて、唇を噛んだ。

 顔を上げた秋がふるりと目を見開いて、悲し気に微笑んだ。


「おねえちゃん、かんじゃだめだよ。かわいいおかおなのに」


 「ね?」と秋は夕を慰めるようにそう言い、ガーゼの上からそっと手で撫でた。


「シンキに会いたい?」


 秋から零された提案に夕はくわっと目を見開いた。


「ぼくならできるよ」


 続けてそういう秋の瞳は8歳とは思えぬ芯のある光をたたえていた。吸い込まれるように視線を合わせていると、秋は試すように顔を近づけた。


「ぼくはね、神白家の子どもだから。こうみえて、権力っていうのは持ってるんだ。それもあって、隊員の中でけっこうえらくてね。なんだかんだ理由をつけたら、なんとかなるしね。実際に今までそういうことあったし。逆に本隊員がそんなことしたら、あやしまれるけど。人手不足でいろいろ兼務してる補助隊員で神白家の、優秀なぼくならできるんだなあ、これが」


 理解できない、どこか恐ろしい身勝手なことを秋はぺらぺらと喋るが、顔は真剣だ。真剣な表情で夕を見つめ、さすっていた手を止めた。その目は妙に暗く、恐怖を呼び覚まされそうなほど。


「でもね、ノーリスクなんて馬鹿な話はないんだ。勝手なことしてるけど、勝手なことした分、組織に結果と利益を上げてるから見逃してもらえててね。つまり、ぼくが言いたい事っていうのは」


 秋はにいっと妖しげな笑みを浮かべた。先ほどの達亜や和久とはまったく違う威圧に夕はどう対抗したらいいかわからず、真正面に受けるしかない。


「ぼくがシンキとおねえちゃんを会わせるとして、ぼくかぼくたち組織にどんな利益を示せるのかっていうこと。さっきも兄上たちが言ってたけど、シンキとおねえちゃんが契約しなきゃいけないっていうのは決定事項なんだ」


 何が楽しいのか、秋は鼻歌でも歌いだすのではないかと上機嫌になって身を引いた。


「だってね、おねえちゃんが会いたがっているそのシンキっていう霊はここ数年だけで、400は喰ってるよ。400の意味わかる?400人の人間がシンキに喰われてるんだ。そんな脅威度の高い霊を何の縛りもなしに自由にさせるわけないでしょ?

 それを帳消しにすることはできないけど、契約すれば、それ以上の人間を救えて、霊を討伐できると見込まれた上でそういった決定がされてるんだよ。契約をしないなら、殺すしかないっていうの、一方的な脅迫に感じる?当たり前だよね、だって、400人喰ってるんだから」

「400人・・・」


 「わかった?」と秋はこてり、と首を傾げる。仕草は可愛いがその言葉には容赦がない。ある意味、手加減を知らないという面では年相応の対応なのかもしれない。

 夕は頷くこともしなかったが、秋は別に同意を求めているわけではなかったらしい。そのまま続けていく。


「本当ならもう殺されてるんだよ。でも、シンキの体内成分がおねえちゃんに入って<疵者>になったから、契約候補の霊たちが他の霊の成分が入った人間と契約したくないって言って、おねえちゃんとの契約できる霊がそのシンキしかいなくなっちゃったんだ。だから、シンキは生かされてる。シンキには選択肢はないわけ」


 そこまで一気に言ったかと思うと、秋は「あっ!」と声を上げた。


「忘れてた。あのね、おねえちゃんにも選択肢はないよ?だってね、この世界の仕組みを知っちゃった人間が何もなしに自由にいれるわけないの。おかしいと思わない?いくらなんでも、視えないからって、霊とか、ぼくたち組織の情報が一般にまったく知らされていないなんて。ネットにも確かな情報は載ってないんだよ?」


 確かに、その通りだった。

 夕も引きこもりながらもネットを使って情報を集めたことはある。同じように視える人はいないか、視えるソレは一体何なのか、と。不確かな情報はあふれていたし、視える!とつぶやく人もいたが、その人も確かな人物ではなく、決定的なものは存在しなかったように思う。


「この仕組みを知った人はね、箝口令が敷かれるの。ただの命令じゃないよ?漏らしたら死んじゃうからね!どんな方法でも!これも霊の業を借りてるんだ!だから、一般には決定的な情報は出回ってない」

「恐怖政治みたいじゃない!」

「恐怖?何言ってるの?ぼくたちは悪じゃない。ぼくたちは非力な人間を守ってる絶対的な正義で悪は人間を喰う霊だよ。

 それに、視えないくせに、ただ霊の存在を知ったって、何ができるの?視えないくせに。ただパニックになって統率のとれない群れになる。そうなったら、一気に霊の餌食にされちゃう」


 「ね?」と秋は言い、ようやく言い返した夕の言葉も歯牙にもかけない。

 秋の目は自分の言葉に疑う余地などないと確信していると思われるほど純真無垢で真っ直ぐだ。自身は唯一絶対の正義で、完璧であると、そう言っているような。


 そうじゃないんだ、と夕は言いたかった。何か、掛け違えている。間違ってはいないだろう。間違ってはいないが、それが完全な正解で真理などとはどうしても同意できなかった。


「シンキはおねえちゃん、おねえちゃんはシンキとしか契約できないの。

 話を戻すよ。今までの話を踏まえて契約のために会うんじゃなくて、ただ話をしたいっていう面会を叶えるのにぼくたちに利益なんてあるの?おねえちゃんが喰われるかもしれないっていうリスクを背負ってまでして。自分の意志を叶えるなら、ただお願いとか、命令をするんじゃなくて、利益交渉しなきゃダメだよ」

「そんなの、私には」


 ついさっき目覚めて、世界の仕組みの一旦を知ったのだ。彼らの組織が求めていることや現状など知りようはずもない。そして、この小さな男の子は本人自身が言った通り、神白秋だ。神白の子。神崎夕が叶えられることなど、神白の子であるこの子には造作なく手にできる。それどころか、彼のほうが何だって自由にできるだろう。


(自分には、何もない。何も)


 住んでいたあの場所も、上質な衣服も、食べ物も、教養作法も、すべて与えられたものだ。今まで、与えられたものしかない。自分自身が作り上げてきたものなど、一切ない。


 つまりは、どうしようもない。


「何もないよ」


 秋が言っていたことは本当なのだろう。大人びているように見えるが、自分自身に間違いなどないという真っ直ぐさが年相応だ。嘘だとしても、現時点ではそれを見破ることなどできないし、秋自身は間違いなどとは思っていないのだ。

 仮に本当だとすれば、先ほどの達亜と和久、秋の対応は当然のような気がしてくる。

 人間を喰う上位種を殺さずにいる。確かに危険なことだろう。

 でも。


(400人、ねえ)


 ショックであり、驚きもしたが、思っていた以上に自分の心が凪いでいたのに夕は気づいた。恐怖や裏切りに傷ついた痛みもない。ああ、そうなんだ、とどこか事象としてそれを受け止める自分がいる。

 そうか、どうでもいいのか。私にとってシンキは朝日だ。暖かい存在だ。


「私がシンキに喰われそうになったら」


 そう心の整理がついたせいか、無意識に零れた。


「私ごと、燃やせばいいよ。そして、秋くんは私を使い勝手のいい人間だとでも思って、何にでも使えばいい」

「燃やすねえ。確かにできるけどね、それって利益にならないよ。それに、仮におねえちゃんが隊員になったとしても、ぼくのほうが階級は上で、神白家の実子だよ。そして優秀。上に許可とれば、おねえちゃんには命令できる・・・」

「上に許可とらずに動かしたいことだって、あるんじゃない?」


 夕の言葉に秋は初めて口を噤んだ。

 すっと目を細めて観察するように夕を見つめる秋は得体のしれない鋭さが見え隠れしている。


「この世界のことを知ったばかりで、何が私の限界なのかはわからない。でも、言質を取ったとでも思えばいいよ。あなたからの直接の命令を受ける。いえ、命令してください。私のできる範囲で従います」

「・・・・・・」


 秋は神白家で本家の人間だ。対して自身は神崎家という分家。一見、元々の関係を口上したに過ぎないが、世界の仕組みを知った上での関係だ。使いやすさは違うだろう。

 秋は考える余地があると思ったのか、黙って夕を見つめた。


「わかった、いいよ。シンキに会わせてあげる」


 

 


 


 



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