神白達亜と鳥羽根和久
なんと書いている途中にページが勝手に切り替わってデータが消えるという悲惨。心は涙と怒りでいっぱい。しばらく茫然として書けませんでした・・・。
「達亜!貴様ー!止まれっ!今すぐ止まってこっちを向きやがれ!!!」
後ろから大声で叫ばれ、達亜はうんざりしながら立ち止まり、振り向いた。
背の高い、この国では珍しい男の赤毛の短髪は人目を惹く。案の定、周囲にいた隊員たちはその赤毛に驚き、そしてある者はこそこそと囁きあい、ある者はそっとこちらを窺っている。
ここは央都の霊対策本部だ。首都である央都、北都、南都、東都、西都とおおまかに五つにこの国は区分されている。首都の対策本部とあって、ここは他の都市よりも大きく、エントランスホールでは大勢の隊員が行き来している。
「なんだー?」
「なんだとは何だ。貴様、また独断専行しやがって。報連相をしろと何度言ったらわかるんだ。この外見詐欺師めが」
「鳥羽根中将殿。ここは公共の場所です。そのような大声を出されますと、いらぬ詮索をされかねないと思われますが」
「ああいえばこういうな、貴様は。まったく」
鳥羽根和久中将。二十四歳。
階級と年齢は和久のほうが上だが、四族の生まれ同士、物心ついたころからの友人ということもあり、二人っきりになると言葉遣いは自然と砕けたものになる。
霊を討伐するために組織されたこの組織の所属員の数は百万人だ。この国の総人口数が一億人以上であることを考えるとその隊員数は1%未満だ。しかし、その中で霊と契約することができる隊員は四割ほど。この隊員は本隊員といい、魔力を持ち、霊を視ることができつつも、契約するまでの能力がない隊員を補助隊員とされる。他国でも似たような組織が存在するが、この国の隊員数は多いほうである。
その中でも鳥羽根、藤、神白、紫色の一族は実力と家格を備えている。まとめて四族と呼称されることが多い。生まれ持った魔力から狙われることが多く、組織の幹部になるまでは本当の名字を名乗ることを許されていないのも独特のルールだ。自分自身の身を守れないのに名乗るな、とのこと。
三親等以内に隊員がいない生まれを一般隊員といい、三親等以内に隊員がいる生まれを特色隊員という。特色隊員は三親等以内に隊員がいることからその霊に対する能力の発見が一般隊員よりも早くなされ、そのために幼い頃から訓練と実務を積み、幹部となるのも早い。初めから幹部隊員候補生学校に入校し、卒業後、三等として職務に当たった後、功績に応じて昇格していく。四族は全員この幹部隊員候補生学校に入校している。
軍隊での二階級特進は戦死によることも多いが、実力が認められれば、この世界では二階級特進は生きていてもよくあることだ。
特色隊員の最年少は五歳だ。本隊員とみなされれば、このころから霊との契約を始める。
対して一般隊員は学舎で行われる血液検査で秘密裏に行われるため、多くは十歳からだ。この五年の差は大きい。一般人から才を見込まれて徴用された者は隊員候補生学校に入校し、その素質を向き不向きに応じて磨いていく。卒業後は二号の階級を受け、希望に応じてそのまま隊員として任務につくか幹部隊員候補生学校に進むことを選べる。幹部になることを望むのであれば、後者を選ばなければならない。
階級は下から二号、一号、准等、三等、二等、特等、少将、中将、大将、将長の順であり、幹部隊員は三等から始まる。
ちなみに神白達亜は特等である。
何食わぬ顔で和久から離れようとした達亜だったが、それを和久に気づかれ、むんずと襟首を容赦なく掴まれるや、この建物の奥、エントランスホールから離れた幹部隊員のみが通過できる通路へ引っ張って行った。
「それで、今回の体たらくは何だ」
「何が?」
「言わなくてもわかるだろう!神白家の分家への管理は一体どうなっている。まだ百歩譲って四親等以降の親類ならまだ、まだ目をつぶろう。だが、今回の神崎夕は貴様の従妹だろう!それも十四歳になるまでその能力が見逃されているとはな!」
達亜の面倒そうな態度に和久が唾を飛ばす勢いで言い放つと、達亜はぐっと眉間にしわを寄せた。
「おれも正直驚いているよ。三親等以内であれば、本家の人間が出産時に出向いて能力の有無を確認している。神崎夕は父が確認したと聞いているけど、父が絶対とは言い切れないが見逃したとは思えない。なら、能力の発現が遅かったとしかいえないし。それに、能力のせいだろうけど、引きこもっていて、一般隊員向けの血液検査もすり抜けていたみたい」
「選抜方法の穴か。能力の発現が遅く、血液検査にも未提出の場合、すり抜けていることがあると?まったく、徴用の見直しを具申しなくてならないな」
「そうそう。父も上と人事部に具申するとおっしゃっていた。貴重な四族生まれを見逃していたと父もおれも危惧している。今回のことでもう一度徹底する手はずだよ」
当たり前だ、と和久は厳しい声音で言い、はあ、とため息を吐いた。
「神崎夕の件については驚かされた。まさか、400年生きている<央都のリン>の継承者に飼われているとはな。<央都のリン>に継承者がいるというのも最初は信じられなかったが」
継承者とは霊が後継として育てている霊を指す言葉だ。大抵は生存力、生命力が高いと見込まれた若い霊が継承者に選ばれることが多い。野生の霊の場合は、霊対策に所属する隊員が勝手に見込んでいるだけであり、実際に確認は取っていない。
<央都のリン>は三百年間ほとんど他の霊と生きることなく一匹狼で生きてきた霊だ。ここ百年ほどで狩りが活発になり、活動を監視していたところ、数年前からある若い霊とともに狩りをするようになったと報告されるようになった。
野生の霊が後継を育てるようになる目安は200歳から250歳のあたりだ。300年経っても後継らしい後継が見られなかったことから<央都のリン>の後継者は現れないと思われていた。
野生の霊が生き残ることは年々厳しさを増している。少子高齢化が進むこの国では霊の世界に提供されているヒトの血液量が少しずつだが減り、その質が落ちている。その痛手を一番に受けているのは霊の社会の弱者である〈中級階級〉の霊だ。〈下級階級〉は植物や昆虫のような形態をもつ霊で寿命が短く、虚弱だが、必要とする魔力は少なくて済む。人間が普段生活している中で微量に放出する魔力で十分に生きていけるものが多い。
しかし、〈中級階級〉は〈上級階級〉ほどの強力な存在ではないが、そこそこ日々魔力消費をする。供給される血液は階級の上から順に取られてしまうもので、どうしても階級の下であれば下であるほど得られる血液は少ない。隊員が契約するのも〈上級階級〉の霊だ。
とにかく、今は野生の霊はこの世に生を受けても十分に魔力を喰うことができずに死ぬケースが増している。つまり、その中で生き残る霊は強い。
「あのときは最善だと判断したけどね。だけど、今思えば思慮が足りなかったと反省している。まさか、まさか、一族の子があの<央都のリン>の後継者に飼われているなんて、想定外だったし・・・。久しぶりに神崎夕に会ったとき、匂いがしたんだ。それも、結構強い。べっとりだ、それで焦った」
飼われた人間は最悪だ。大抵、霊に依存し、信頼し、正体を知り、自分の運命を知ってもそれを受け入れようとする。霊がそういった人間を選んでいるともいえるが。
神崎夕はその典型的なパターンである。誰にも言えずに引きこもり、隠れ、我慢していたところに甘やかし、受け入れ、唯一手を差し伸べてくれた。結果、強い依存を引き起こす。飼っている人間がいる霊を処分するのは容易くない。飼われている人間が霊を庇ったり、こちらに物理的、精神的攻撃してきたり、霊に自ら身を差し出して喰われることもある。隊員へのストレスが大きい任務のひとつだ。
「一族の血を引く子だ。喰われたら、最悪極まりないからさ。ユジェに命じてすぐに見張るようにしたけども、既に神崎夕の元へいて遅かった」
「そうか。貴様の独断専行で神崎夕に会う三日前に<央都のリン>を処分したんだったな。そのときに後継者とも接敵したか」
「そう。うまく匂いを隠して近づいたけど、寸でのところで気づかれて一撃で仕留め損ねた。もしかしたら、おれの魔力の匂いが神崎夕のものと近かったのかもしれない。ああ、くそ。そうか、そのせいだ」
ギリギリではあったものの、若さを考えれば早い反応速度だったなと達亜は記憶している。戦闘系隊員で強化いているとはいえ、身体は脆い人間のそれである。一撃でできれば仕留めたかった。
そして、あそこで仕留めなければならなかった。
和久がさらに奥へ歩を進める。達亜も少し遅れてついていった。
四族の者だけが入場することが認められるゲートを潜り、さらに進む。幹部だけでも全隊員数からみれば、割合として少数というのに、四族だけとなるとさらに絞られる。喧騒から離れたこの区域は静まりすぎて逆に耳障りだ。
カツン、カツンと靴の音だけがいやに響く。
やがて、真っ白な清潔感漂う空間に出る。分厚いガラス越しに一人の少女がベッドに横たわっているのが見える。少女が生きていることを示すモニター音だけがかすかに響く。
「目標は神崎夕の奪還。次点で継承者の処分。最悪の場合はどちらも殺すか、継承者が難しければ、神崎夕を殺すつもりだったよ。一番やってはいけないのは、どちらも取り逃してしまうことだったから」
「賢明だ。貴様のその判断は間違ってない。だが、独断専行は許せん」
達亜はぽつりと小さな声で呟いたが、いやに大きく聞こえた。和久の返答に達亜は苦笑したが、すぐに苦虫を嚙み潰したような表情でじっと少女――神崎夕――を見やる。
「神崎夕を貫いたからね、それで終わりのはずだった。本当は継承者の処分を狙ったんだけど。でも、継承者のほうが神崎夕を助けようとするだなんて、思わなかったんだ」
「・・・それは本当のことか?報告書は確かに読んだが、にわかに信じがたいな」
霊は自分以外のことにかなり淡泊だ。冷淡ともいえる。〈上級階級〉の霊は〈中級階級〉の実情を知ってはいるが、それにほとんど関心を寄せない。上位優遇が強いのはそのせいである。同じ種族がヒトに狩られていても、お構いないのである。
弱者を守ろうとする思考は彼らにはない。あるのは、弱肉強食、淘汰は当たり前という自然界の仕組みそのままだ。
それを見せられると弱者も生きられるようにしようと尽力する人間の営みが異端なような気がしてくる。
「本当だよ。目の前で見たから。その証拠に神崎夕の体内から継承者の成分が出てるし。あー。微妙な状態で生き残ったなあ。いや、四族生まれが生き残ってくれたのは嬉しいんだけど、なんか、こう、素直に手放しで喜ばないっていうか」
誰かに聞かれたら眉を潜めそうなことを言い放ち、深々とため息をついた。
「<疵者>は〈上級階級〉の霊は嫌うからな。契約できる霊はいないだろう」
「そう思って咄嗟に継承者も持って帰ってきたけど。あー、失敗したかな!わからない!」
「処分するなら今からでもすればいい。してしまった後ではどうしようもないからな。まあ、確かに判断に迷うな。あれを見れば・・・」
自棄になる達亜に和久は遠くを見るような目で同意した。
<疵者>とは霊が喰いかけた人間のことをいう。人間でいえば、食べかけの残飯のようなものだ。〈上級階級〉は高級嗜好だ。他の霊の喰いかけを欲しいとは思わない。
達亜は継承者――神崎夕がシンキと呼ぶ霊――を連れ帰っている。今は拘束場という霊を捕らえるために造られた場所にいるはずだ。逃げようと暴れているわけでも、隊員に危害を加えようともしているわけではない。逆に野生の霊を捕らえているかと思うほど静かにしている。衰弱していない限り、野生の霊を捕らえるとものすごく暴れる。隙あらば隊員を喰らおうとしてくるのが通常だ。
異常に感じられたのは、神崎夕のこと以外、何も関心がないということだった。
「神崎夕は一体、継承者に何をしたんだ・・・?」
「名前を与えた。それが大きいかもねー。なんていったって、霊にとっては、名前を持つというのは重い意味があるから。あと、もしかしたら神崎夕が保有している魔力に心底惚れたのかも。それに若いし。好奇心旺盛で体力もあるし。霊は淡泊なやつだけど、一度強い関心を持つと結構傲慢だから」
名前を与えた、と聞いて和久は驚愕し、少女を見、それから達亜に視線を戻した。
霊は大抵名前を持たない。名づけをすることに関心がないのだ。つまり、名前を持つ霊は大抵、良いことか悪いことかはさておき、人間と関わりがあったことを示している。名前に関心がない霊が名前を受け入れるということは、相手に心を許し、所有を許している。ただ、名づけは本隊員はほとんど経験済みだ。名づけをしたからとすべての霊が継承者のようになるわけではない。他に要因があるのだろう。
「おれは神崎夕は<央都のリン>の継承者と契約し、本隊員として戦力に組み込むべきだと考えてる。遅咲きだが、幹部として育てても良いと思ってる。というか、それしかない。仮に継承者を処分して、別の霊を宛がおうにも、候補がいない。あと、神崎夕がその霊を受け入れない可能性も高いし」
「父上たちの判断を待つしかないが、そうなるだろうな」
四族の現当主たち。この霊対策に大きな権力を持つ。神白家の長男であり、父から次期当主の内示を受けている達亜もいずれ、その仲間入りをする予定だ。
手に入れる権力は巨大だが、それだけに他の隊員が見る目はかなり厳しい。
二人は改めて眠り続ける少女を見た。
一見、眠り姫のようだ。閉じた瞼は一向に開く様子を見せない。一時、危ぶまれた命だったが、継承者の応急処置が少女の命を救った。その事実が、継承者の少女への関心の強さと傲慢さを感じられてならなかった。
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