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喰うモノ 抗うヒト  作者: 水無月 綾
ひとつの出会い
5/11

再会の夜

 目の前にいる人間の男は三日前に相対した<贄>だ。

 最悪なことにリンさんに手を出すなと言われている<贄>の名字、神白らしい。しかも、夕と従兄妹関係にある。


(血縁関係がある夕に手を出したから、かなり本気で処分してくるだろうな・・・・・・)


 <贄>は赤い眼をらんらんと光らせ、刀があれば、今でも抜いて襲い掛かってきそうだ。そうしないのは、自分と<贄>の間に夕がいるせいなのだろう。夕は突然現れた従兄に戸惑い、こちらと<贄>を交互に見つめている。


「夕、こちらにおいで。そいつは危険だ」


 <贄>は先ほどまでのどう猛さを消して、人の好い笑みを浮かべて言った。


 「行くな」と言い出したくなる自分を抑え、つい、と夕を凝視する。捕まえて、囁いて、絶対に向こう側へ行かないようにしてしまいたい。向こう側へ行かれてしまっては、夕のそばにシンキはいることはできない。それでも、抑えられたのは本来の赤い眼を見られても、怖くないと言った夕の眼差しを思い出したからだろうか。


「達亜さん。シンキは、危なくないです」

 その夕の言葉にシンキはどうしようもないほどの歓喜がこみあげてくるのを感じた。

 シンキが抑えたからこちらへ残ったのではなく、夕自身が判断して<贄>の言葉を拒絶し、手元にいてくれている。


 全身が熱い。夕の唾液を思い出し、口内がさらに甘くなった気がした。


 夕の拒絶を聞いた<贄>は目を見開き、こちらを見て睨みつけてきた。得意になって笑みを浮かべてやるとさらに<贄>の眼が赤味帯びた。


「おまえ・・・・・・。私たちの身内に手を出すことの意味をわかってるんだよな?こんなこと、ただ喰らうよりも残酷な・・・・・・!!」


 <贄>が怒りの色を浮かべて吐き散らした。霊の力をその身に宿しているせいか、霊と同じようなうなり声が<贄>からも轟いている。

 夕はそんな従兄のほうが理解できず、恐ろしいらしく、こちらに身を寄せて縋り付いてきた。


「達亜さん・・・・・・?」

「今すぐ離れろ!夕!そいつは霊といって、人間を喰う生き物だ。人間に近づくために人間に擬態しているバケモノだ」

「人間を喰う・・・・・・?」


 夕の声が震えた。離れていきそうな夕の手が、記憶にこびりついていきそうなほど、頭が熱くなる。


「シンキが、人間を・・・・・・?まさか、そんなわけ、ない。だって、シンキは、私と、ずっと一緒にいて」


 途中からうわ言のようにつぶやいた夕は、そんなはずない、とふるふると首を横に振り、離れかけていた手がぎゅっとシンキの服を掴んだ。


「夕!!聞けないのか?()()()()()()()()()!!!」

 <贄>は夕に痺れを切らしたのか、だんだんと言葉遣いが乱暴に、顔つきも先ほどまでの好青年の面影はない。


(焦ってるな・・・・・・)


 真上に一体、少し離れたところに一体の〈上級階級〉の

霊がいる。<贄>は目の前にいる男以外は少し離れている。集中するのはこの男だけで十分そうだ。

 <贄>は夕がこちらから離れなかったことが予想外なのだろう。最初の余裕がまるでみられない。ついには上下関係を持ち出してくる始末だ。

 夕はびくりと身を震わせ、顔を伏せた。


(今のおれなら、夕を連れていけるかもしれない)


 夕の持つ魔力は強力だ。夕を連れて、回復を続ければ、<贄>からも隠れやすくなる。ただ、夕を庇い続けながら戦うことも困難。成功は五分五分といったところだろう。


「夕、しっかりつかまってて。口を閉じて、噛まないように」

「シンキ・・・・・・?」


 そっと夕だけに聞こえる声量で呟く。夕は不安げにこちらを見上げてきたが、素直に従って腕をしっかり回してきた。シンキも応えるように夕の胴体に左腕を回す。

 つい、と<贄>に視線を向ける。

 夕の魔力で回復したとはいえ、相手は戦闘系の<贄>で神白の名字を持つ。三日前よりはマシな力は出せるかもしれないが、夕を抱えて動くのはハンデになる。相手も夕がいるために派手な動きはできないだろうが・・・・・・。


 短期決戦だ。シンキは魔力を一気に放出し、火炎に転じた。


「・・・・・・!!」


 夕の腕の力が強くなったのを感じつつ、後ろのガラス戸

から撤退しようとした途端、目の前で爆発が起こる。金色の稲光が黒煙の隙間から見え隠れし、シンキは舌打ちした。


(さすがに二回目は対応してくるよな・・・・・・!)


 一点集中した火炎と稲光が衝突するたびに地を揺らすような揺れが起こる。

 歯を食いしばり、踏ん張りつつ、夕を抱き寄せた。怯え、怖がる夕は言われたように口を閉じているために黙っているが、今にも悲鳴を上げて泣き出しそうな顔をしている。


(嘘だろコイツ!<贄>のくせに、〈上級階級〉の霊と遜色ない・・・・・・!あの刀はどうした!?)


 人間と霊では、圧倒的に霊のほうが身体能力は高いが、霊には欠点がある。魔力がほとんど自分自身で生成することができないのだ。しかし、人間はありとあらゆる生物の中で最も魔力の生成量が多く、質が良い。霊が人間を好んで喰うのはそのためだ。魔力を得るだけであれば、他の生物でも摂取は可能だが、量が少ないうえに質が良いとはいえない。

 <贄>と契約をした霊は常日頃から魔力の提供を受ける。<贄>は契約相手の霊の業を行使できるようになる。そして、無契約の霊は魔力枯渇を恐れながら人間を喰う。

 戦いが長引けば長引くほど不利になるのはシンキのほうだった。


「はあっ!!」

 気合を入れ、シンキは火炎を天井に向け、貫通させた。夕を抱いて跳躍し、外へ飛び出ると三日前に相対した〈上級階級〉の霊がじっとこちらを見つめていた。


「ユジェ、追え!夕は殺すな!!奪い返せ!!」


「誰が渡すか!!」


 <贄>の命令とシンキの声が闇夜で相反する。

 シンキは眼を赤く染め、いくつも火球を作り出し、霊へ放つ。


(いけるか・・・・・・!)


 火球の先にいる霊の目があい、シンキはぶるりと震えた。何の動揺も焦りもない淡々とした目。途端、くわっと大きくその目が見開かれ、両手が掲げられると同じくして業火が放たれた。


「つっ・・・・・・!」


 火球は業火に呑み込まれ、目の前に迫る。

 固まったシンキを動かしたのは、夕の悲鳴だった。恐怖に耐えきれなくなった絶叫にシンキは全力で膜を張り、業火を受ける。


(<贄>の命令が聞こえてないのかよ・・・・・・!)


 夕がいるというのにこの容赦のなさだ。もしかしたら、あの霊は夕は死んでもいいと思っているのか。


(ああ、くそっ!)

 ビギっと嫌な音をたてて、膜に罅が入っていく。視界は容赦のない炎で閉ざされ、相手の様子さえわからない。罅から炎の熱がじわりじわりと漏れ、こちらの焦りを加速させてくる。


 きっと、人間の姿を解けば、いくらか魔力消費は抑えられるだろう。しかし、夕の前では人間の姿でありたかった。眼は怖がらないとわかったからいいものの、それ以上はできなかった。


 ようやく止んだ業火にシンキは霊の姿を捉えた。相変わらず燃え盛る家の屋根の上で無感動にこちらを見上げている。

 間髪入れず、攻撃に転じようとしたときだった。


「シンキ、危ない!」


 夕の悲鳴交じりの叫び声と同時に血しぶきが舞った。


「なっ!」

「夕!?」


 背後から<贄>の驚愕の声が聞こえ、はっとして振り向

くと身を乗り出してシンキの背を庇う夕の姿が目に入った。

 <贄>の刀の切っ先が夕の胸を貫いている。

 その光景が信じられず、シンキの動きが数秒止まったが、それは相手も同じだったらしく、夕を貫いた<贄>は目を見開いて動きが遅くなった。


「どけ!」


 先に動いたのはシンキだった。


 足蹴りで刀ごと<贄>を吹っ飛ばし、ふらつきながら屋根の上へ着地する。

 下では大勢の人間が突然の火事に慌てふためき、悲鳴と怒声が響いていたが、シンキにはまるで聞こえなかった。燃え盛る火炎もどこか遠くにあるようで、五感に響かない。


「夕、夕、どうして?死ぬなよ。お願い・・・・・・!」


 だらりと力なくもたれかかる夕をシンキは抱きしめた。

 鮮やかな赤にどす黒い赤がどんどん染み出していく光景はシンキの恐怖を増長させていった。時々、夕のまぶたが

ぴくりと動くものの、その間隔も間遠になっていく。


「夕、おれが生かすから」

 目の前が霞む。


 人間の擬態の限界が近い。魔力の使い過ぎで身体中のあちこちが痛く、奥深くに飢餓感が生まれる。


 口いっぱいに唾液が溢れた。しかし、それはいつものように空腹時に出るものと違い、粘性があった。口の端から溢れるほど、その唾液を口の中に含むと夕の胸元の振袖を開けさせ、傷口に口を寄せて塗り込んだ。

 霊の唾液にはケガを治そうとする意識が働けば働くほど、傷口を塞ぐための成分が大量に分泌され、粘性を持つようになる。霊が人間より強い理由のひとつだ。霊はケガを負っても、すぐに回復することができる。

 シンキは口に含んでいた唾液をすべて使うと、夕の口からも流し込んだ。


(人間にやったことないけれど・・・・・・)


 霊の成分を人間にしても問題がないのかはまったくわからない。それでも、シンキは一縷の望みをかけてやらないわけにはいかなかった。


 夕を失うかもしれないと思うと心臓を鷲掴みにされたかのような捻じれた痛みが走る。自分の胸を掻きむしってしまいたいほど痛い。生まれて初めての感覚だった。衝動のまま、何が起きているのかわからないまま、シンキは夕を生かそうとただただ動く。


 やがて、目の前が見えなくなり、シンキは眼を閉じた。


 


 

 



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