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喰うモノ 抗うヒト  作者: 水無月 綾
ひとつの出会い
3/11

狩るモノたち

 央都はこの国の中心。様々な機関、人、もの、経済がそこに集中し、交流し、最も発展を遂げている。その中でも西区は海に面していることもあり、港の数が多い。そしてその中には正規の港もあれば、ひっそりともののやりとりが行われている港もある。

 ほとんど灯りをつけず、しかし、慣れているのか、人間たちの動きには無駄がない。時々、風に乗って声が聞こえてくるが、その内容を聞いていると詳しいことはよくわからないが、雰囲気は良いとはいえない。


(ほんと、人間って変なの)


 何を聞いて、何を感じてそう思うのか、シンキもよくわからない。わからないが、そう思ってしまう。同種なのに殺し合いをすることか。親が子を捨てることか。かと思えば、まったく関係のない何かに心を砕くことか。矛盾、不可解、理不尽、不条理だらけの種族だ。

 夕と触れ合うようになってから、ますますその思いが強くなる。



(偵察、うまくいってるかな)


 リンさんはこの弱肉強食の世界を生き延びている猛者だが、それでも毎回絶対はない。生き延びているだけに、<贄>からも狙われているだろうし、そんなリンさんに教えを乞うている自分ももしかしたら標的にされている可能性はある。

 偵察では、直前の周辺情報を収集するという重要な役割がある。これに見落としがあると、最悪の場合、<贄>にられる。事前情報とは大きく異なる事態が発生している場合も取り消しになる。まあ、少々のことでは中止になることはない。こちらも、そんなできれば中止にしたくないし、余裕もない。


 息を殺して物陰に潜み、かれこれ一時間以上は経っている。もうそろそろ何かしらの合図があっても良いはずだ。

 そこで、キュイ!とリンさんの鳴き声が一瞬、響き渡る。


(来た・・・・・・!)


 偵察終了と同時に飛び込みを始める合図だ。狩り続行に問題なし、とのことだろう。

 狩りができる、と思ったせいか、一気に興奮と空腹が増していく。夕ほど潤沢ではないが、量を喰えば、空腹感はなくなるだろう。

 

 ああ、早く喰いたい


 物陰から飛び出し、人間の匂いが最も濃い場所を目掛けて跳ぶ。若さが売りのシンキの純粋な跳躍は〈上級階級〉の霊に負けないとシンキは思っている。一度、空中に舞い上がり、全体像を把握。シンキ自身も問題がないと判断すると、ひとつの倉庫へ向けて降り立ち、電線を切る。バチン、と耳業りな音がし、近辺のわずかな灯りが消える。


(さあ、今日は何匹いる?どれだけ活きがイイかな?)


 急に灯りが消えて驚いた人間の声を聴き、その音を聞き分けて数を数える。

 人間の身体能力を考えつつ、出入り口を破壊、または塞ぎ回っていく。逃げ出す人間が多ければ、多いほど後始末が面倒になるし、何より喰える数が減る。加えて最近の人間は離れていても、やりとりができるようになって最悪だと、人生の先輩たちが吐き捨てている。シンキからしてみれば、生まれた時から人間はそういうものだと思っているため、何も不思議に思わないのだが。


 数匹は元々ここにいないだろうが、それはリンさんと名無しのやつの獲物だ。飛び込みで一番に大量の獲物を囲める役割を得られる代わりに、数匹の取りこぼしは他のやつに与えるのが暗黙の了解だ。

 霊の身体能力であれば入れる隙間から、シンキは一番に飛び込んだ。


 慌てふためく人間の姿を目にし、一気に唾が溢れ、眼光がさらに赤身帯びた。


(数は十二!)


 体内にある残り僅かな魔力を使い、シンキは爪と牙を凶器に変えていく。完全にオモテへと躍り出たシンキは一気に三匹の人間の首を掻っ切った。血しぶきと人間の倒れる重い音、悲鳴と怒声が混在する。


 人間は夜目がほとんど利かない。焦らず行こう、と内心でシンキは自分を落ち着かせる。そうでもしないと、ただの効率重視で後を考えない狩りをしてしまう。

 ケイタイを持っている人間から先に首を切っていく。あれで外部と電話されたり、メッセージをとられると困るのだ。非常に面倒くさい。その先のやつまで追いかけなければならない。


(話すな!)

 どこかに電話をかけようとしている男の手首を先に落とし、それから首を狙う。

「バケモノ!!」

 女のような甲高い声で喚き散らす男が手に何かを持っている。黒い何かだ。ケイタイではない。


(えっと、たっしかあれは・・・?)


 余裕ぶった思考経路でそれを無感動に見つめる。

 男は震えながら指を動かし、直後、大きな耳業りな音が響き渡った。


「それはジュウか?おまえたちには向かない代物だろ、音がうるさいし」

 そう、たしか、それはジュウとかいうものだ。人間が使う武器。夕といっしょにテレビを見たときに持っていた人間が確かにいた。しかし、音がうるさい。ナイフのほうが確実にどこをどう切っているか感触が伝わってやりやすそうだというのに。この武器はどこにダメージを与えているか、わからない。


「な、んで当たってないんだ・・・・・・!」

 銃は確かにシンキのいる方向へ向けられていたが、弾がシンキに当たることはない。男は半ば発狂しながら乱発するが、ひとつとしてかすりもしない。

 男は暗くてわからないが、弾はシンキを貫通していた。いや、正確に言えば、透過していた。


「うん、オモテの武器はオモテに生きるやつにしか効かない。おれたちはウラ。だから、君たちは喰われるしかない」


 シンキはかすかに笑いながら、基礎をしっかりと復習。お腹に蹴りをぶち込み、倉庫の壁にぶつかるのを見つめる。


「おいおい、一匹ダメにするなよ!」

 名無し男がぐるっとうなり声を上げながら入ってくる。まあ、確かに一匹とはいえ、喰えるのは貴重だ。 シンキはこてり、と首を傾げて嗤った。


「ごめん、ちょっとコイツ、イラついた。おれもまだまだ未熟だったみたいで」


 言葉とは裏腹にシンキの顔は反省の色はない。狩りの興奮で頬は上気し、瞳は血の色を帯び、牙や爪はナイフよりも鋭利になっている。視線は獲物をじっと見つめていて、喰いたい、と全身で訴えている。ちらりと周囲を見渡し、倉庫内で仕留め損ねた人間がいないことを確認すると、シンキは我慢ならないと一番近くにあったものを掴んで喰いついた。


(ああ、生き返る・・・・・・!)


 オモテに干渉するには魔力を使う。最近は夕のそばにいることが増えたせいもあって、狩りをする間隔が短く、喰う量も増えている。人間の魔力を吸い取り、身を蝕む飢餓感がだんだんとなくなり、一先ずの安堵を得ると、シンキはむっと眉を潜めて喰うのをやめた。


「おいしくない」

「ははっ、そいつら、異物を取り込んでるみたいだぞ。確か、クスリだ」


 名無し男は喰っていた人間から口を離してそういうと、変わらずにまた喰いだしたが、シンキはうえっと苦虫を嚙み潰したような顔で掴んでいた人間を離した。

「嫌なんだよ、クスリの影響を受けてる魔力は!おいしくないし、重いし、ねっとりしてる」


 それに比べて夕は瑞々しくて、澄んでいて、あっさりとしておいしそうだ。傍で漏れた魔力を浴びるだけで気分がよくなる。


「そんなこと言ってると、いざってときに力だせねえぞ」

「・・・わかってるけどさあ」


 きっと、夕は人間の中で高級な部類に入るのだろう。それとこれを比べてしまうのはどうしようもないとはわかっている。わかっているが、おいしくないものはおいしくない。他のやつはどうだろうかと別のものに手を出す。


「好き嫌いするんじゃねえ」

「うるさい、おいしくないのが悪い」

「生意気言うな、餓鬼が。ちびになりてえのか」

「うるさい、じじい」

「ああ!?」


 シンキはケラケラ笑いながら逃げるように少し離れた人間を適当に掴んで、味見をする。

(うーん、これくらいなら、まあいっか)



 シンキは魔力を腹八分目に収めたところで、食事を止めた。


「リンさん、遅くない?」

 名無し男はまだ食事中だ。食事以外の話題を振られたことで、少々不機嫌になったが一度喰うのを止めてシンキを見やった。


「まあ、確かにあいつにしては珍しいな」

「おれ、ちょっと偵察に行ってくる。何かあったら二回鳴くから」

「わりいな」

「悪いと思ってないだろ!」


 ゲラゲラと笑う男の声を聞きながら、シンキはぽーん、と跳躍して倉庫の屋根の隙間から外へ身を乗り出した。


 電線を切ったせいで、一帯は暗闇で覆われている。見える灯りといえば、遠くのほうで瞬く人工の光のみ。すん、と空気を嗅ぐと慣れない匂いを嗅いだ気がしてシンキはぴたりと動きを止めた。


(どこかで嗅いだことある・・・・・・)


 知っている、いや、知っている匂いに近い。闇に目を凝らしても、不審な影は一切なく、しかし、それがシンキをいやに緊張させた。


 シンキは自分の魔力を薄くあたり一帯に広げた。他に誰かがいれば、シンキの魔力と反発を起こす。その反発でどこに誰がいるかわかる仕組みだ。これをうまくできるようになるために死に物狂いで特訓した。これができるのとできないのとでは、生存率に雲泥の差がある。

「夕・・・!?」


 認識外の魔力を捉えた途端、シンキは目を見開き、後方へ視線を向ける。


(いや、違う、コイツはッ!!)


 向けた途端、目が合った。


 ほとんど反射で防御のために膜を展開した瞬間、ガッ!と衝撃が全身を襲う。


(コイツ、<贄>だ・・・・・・!!)


 目に見えない膜ごしに、狩人の目をした若い男の人間と相対する。狩りをしていた時の自分よりも、目をぎらつかせ、歯をむき出しにし、嗤っている。人間は刀の切っ先を膜に穿ち、火花を散らしていた。

 あの匂いの正体はこの人間だ。人間の匂いを別の何かの匂いでごまかして接近してきたのだろう。夕の匂いを知らなければ、発見が遅れて膜も張れなかった。


「くっ!」

 全力で膜が破られないように踏ん張るが、ぎちぎちと嫌な音を立てる。状況は最悪だ、なんせ、この<贄>はまれにみる戦闘系の<贄>だ。<贄>の近くには絶対に必ず〈上級階級〉の霊がいる。


(話に聞いてたけど、コイツ、人間かよ!!)


 魔力を使い、霊の力を使って身体能力を飛躍的に上昇させているとは聞いているが、これはもう普通の人間がコントロールできる限界を超えているだろう。


(きっと、こいつが、手を出してはいけない<贄>だ!)


 今までになく大量の魔力が消費されていく。人間がぐいっと一歩踏み出すと、こちらが後退してしまう始末だ。人間の擬態を続けるのを諦め、本来の霊としての姿に戻る。こちらのほうが、魔力消費は抑えられる。


 頭に鋭い角が二本生え、爪や牙が伸びる。やわらかい皮膚からはびっしりと青い鱗が生えそろい、喉の奥からうなり声が響く。


「うわっ、おい、この霊、若いな!!」

 目の前の人間が驚きに目を見開き、ハハッとどこか狂った声を上げる。

「それじゃあ、余計に手加減できないねえ!」


 途端、溢れんばかりの魔力が人間から放出され、刀の周囲に稲光が走った。

「なっ!」

 今まで見たことがない現象に身体が硬直する。刀の周りに霊と同じわざが展開され、膜を容赦なく攻め立てる。


(ダメだ、耐えられない!)


 膜に少しずつだが、着実にひびが入り始めている。


(こいつが使役してる霊がどっかにいるはず・・・・・・!)


 この人間からうまく逃げられたとしても、この人間に付き従っている〈上級階級〉の霊に見つかれば、殺されてしまう。


 どうすればいい、どうやって逃げる。


 普通の<贄>であれば、少々普通の人間よりも身体能力が高いだけで大して問題にはならない。逃げる際は、<贄>のほうを攻撃すれば、付き従う〈上級階級〉の霊は<贄>を守ろうとして隙ができる。でも、それがこの<贄>にはできない。


 パン!と破裂音が劈き、はっと我に返る。身をよじった次、左肩から血しぶきが舞う。やられた、と自覚した途端、焼けつくような痛みが走り、息が詰まる。


「つっ・・・・・・!」

「んー、〈中級階級〉にしては硬かったな。若いからか?」


 おしゃべりなやつだな、と内心で悪態を吐く。

 出血を手で押さえ、よろめく身体を叱咤して人間と対峙する。

 刀からはまだ稲光がパチパチと明滅を繰り返している。人間を見て不自然さにようやく気付く。この人間、眼が赤い。


(夜目が利いてるのか。おれたちの眼を使ってる)


 霊の眼を使っているのであれば、ウラの世界もしっかりと見えているだろう。ますます逃げづらい。


(リンさんは、ダメかもな)

 殺られているだろう。名無し男に助太刀を頼むか。いや、無理だ。そもそもこの世界で助け合いなどしている余裕はない。危険信号や即時撤退合図を送るのがせいぜいで、それを聞いたら自分の身を守る一択だ。


(いや、だめだ。殺られてる)

 先ほどまで余裕がなかったから気が付かなかったが、名無し男の濃い血の匂いが倉庫の下から漂っている。


「まだやってるんですか、珍しいですね」


 野太い男の声とともにカツン、と背後に靴音が響き、シンキは全身を硬直させた。


 全然気が付かなかった。近くにいるだろうと検討をつけ、ずっと気を張って探していたというのに。

(これが〈上級階級〉・・・・・・!)

 保有している魔力量と質は<贄> のものだとしても、その器が桁違いに違う。全身の皮膚が恐怖に引き攣り、思考が働かなくなる。

「うーん、ちょっと遊んでてさ。珍しく若い霊だったし。硬くて壊しがいがあったよ」


 視線がこちらに向いたのを感じ、身をこわばらせる。この霊がその気になれば、いとも簡単に殺せるだろうことは明白だった。


「まあ、確かに若いですが。・・・なんだ、私が気に入らないと?」

「そーいうわけじゃないって。相変わらず、嫉妬深いなあ。若い霊は最近見てないから、興味を持っただけ。・・・・・・今殺しとくほうがいいね」


 殺されることはわかっているが、それでもその言葉で恐怖に足から力が抜ける。膝をつき、視線だけはそらさないよう踏ん張るが、それすらも、怖い。


(・・・・・・?)


 何かが身体に触れた。何だろうと半ば自棄になりつつ考えを巡らせる。


(夕のフォークだ)

 ほんの気まぐれに取り上げたものだ。緊急のときに一時は凌げるかもしれないと思って。


(夕・・・・・・。ああ、帰りたい)


 夕の穏やかな魔力を傍で浴びたい。ゆったりとのんびりとしたあの空間に帰って眠りたい。他愛のない話と人間の食べ物を食べて。人間の食べ物は本当に魔力の足しにもならないのに。


(帰りたい、帰りたいなあ)


 夕のいる場所に帰りたい。


 そう明確に思ったとたん、喰うときとは違う飢餓感が全身を支配し、思考がクリアになった。

 そっとポケットの中にあるフォークを取り出す。〈上級階級〉の霊と<贄>はまだ話し込んでいる。すっと取り出したフォークをはくり、と口に咥え、唾液を飲み下した。


(うあっ!)

 フォークを取り落とし、その音で二人の話声も止まる。

 想像以上に良い魔力だ。微々たるものであったのに、一気に魔力量が増幅し、気分が高まっていく。損傷していた部分は全快とまではいかないものの、動く分には問題ないまでに塞がる。


 すっと立ち上がると目の前の<贄>を人睨みし、本能に従って両手を向け、驚愕と狼狽に動けずにいる<贄>と目が合う。全身に漲る魔力を放出すると、それは火炎へと変貌し、<贄>を容赦なく襲う。


(今しかない!)

 全力で火炎をあたり一帯に放出し、目くらましをかける。


 あの二人が我に返り、こちらを追いかけ始めれば、この好機も無駄になる。


 シンキは跳躍し、倉庫群の中を駆ける。川が見えた。


(あの川に・・・・・・!)


 あの川に飛び込み、流れに乗って海に出てしまえばい

い。

 

 背後に容赦のない〈上級階級〉の圧がシンキを襲う。さきほどの<贄>が起こした稲光とは比べ物にならないほどの轟音が響いている。周辺一帯が昼間のような光線に包まれ、全身を殴られたような衝撃の後、シンキの意識は沈んでいった。





 

 


 

 



 


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