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喰うモノ 抗うヒト  作者: 水無月 綾
ひとつの出会い
2/11

霊としてのシンキ

 今日は月が見えない。人はそれを新月と呼んでいるらしい。

月に当たる光の加減で見え方が違うのだ、と夕は言っていた。あの狭い部屋の中で、ただ知識と学び、おれたち霊におびえ、それでもどうにかできないかと願う、孤独な人間の子ども。無理をしてでも外の世界へ出ていれば、そのツテのある人間に引っかかったかもしれないが、外に出ることすら拒否しているようでは奴らに出会うことはないだろう。


(ああいうの、籠の中の鳥って言うんだっけ)


 夕が外に出たがらないように、無理に出なくてもよいのだと思うようにずっとしてきた。人間のように振る舞い、人間のように仲を深めた。出会いは自分にとって最悪だったが、結果オーライというやつである。


(このまま成長していって……)


 人間でいう大人というやつになり、子供を身籠るようになり、歳をとり、死ぬ。うまく健康に生きて百歳。まあ、なんとも短い一生である。しかし、夕は面白い。自分に名前を与え、いっしょにお菓子を食べるためだけに部屋から抜け出してくる。夕と話をしていると退屈しない。最近では、夕の元に帰る頻度が増えている。


 シンキは森一帯を眺め、空を嗅ぐ。知った匂いを捉えたとき、傍の木ががさりと音を立てた。


「小僧、生きてたか」

「ああ、生きてる。あんたも生きてたんだな。とっくに死んだかと思ったよ」


 木の上を見上げると、目を赤く光らせた若い男の人間がこちらを覗いていた。

「ふん、おれがどれだけ奴らから逃げていると思っている。二百年だぞ」


 二百年ならおれは生まれていない。霊としてならば、その時間は決して長くはないのだが、生憎とシンキは霊の中では生まれたばかりの赤ん坊も当然だ。

「お、二人か」

 別の声が響く。

 シンキが振り返ると、人間の中年、といった感じの男が静かに歩いてきた。


「あ、リンさん。こんばんは」

「おんまえ、おれと態度違うくないか?」


 最初に現れたやつには名前がない。便宜上付けた符号が名前替わりになったりもするが、決して名前ではない。対して二番目に現れた男には名前がある。かなり親しい間柄の者がいたということなのだろう。


「だって、リンさんだから」

 リンさんはすごい。人間のあらゆる習性や癖を知っていて、生き残る術を教えてくれる師のような存在だ。リンさんがいなければ、ここまで生き残っていなかっただろうとシンキは常々思う。


「リンさん、おれ、今十四歳の人間の子どもといるんだけど、特に何もしなくてもいいものなの?」

「ほう、飼い始めたか」


 リンさんの目が楽し気に細められた。

「飼う?別に人間が犬を飼うみたいなつもりではないよ。様子を見て、いっしょに食べたり、話したりしてるぐらいで」


 リンさんは時々、特定の人間に狙いを定めて飼うらしい。

 おれたち霊は人間を喰う。しかし、それは禁じられているため、見つかれば処分対象となって追われる身となってしまう。有名な人間や突然人間を襲ったりすると、騒ぎが大きくなり、身動きがとりにくくなる。そのため、緊急の意味もかねて、喰っても大きな騒ぎにならず、従えやすい人間を選んで時期がくるまで見守るということをする。

 シンキはその話を聞いて、真似をしてみたのだ。


「仲が良いのか?」

 すっと目を細めたリンさんにシンキは特段慌てることもなく、「うーん」と唸った。

「良いのか?基準がわからないし。

 今日はいっしょにケーキを食べて、名前の話をしたぐらいで」

「名前、もらったのか」


 リンさんが珍しく食い気味に訊ねてくる。いつも訊ねて、こちらが驚くばかりで少し得意になる。

「そう、シンキっていう名前。なんか、難しい字だったんだけど、カタカナっていう簡単な字に変えてもらったんだ。早朝の日の光っていう意味だって。気に入ったから貰った。リンさんも今日から小僧じゃなくて、シンキって呼んで!」


思わず笑顔になっているシンキはリンさんの顔が曇っていくのに気づかない。僅かな間でリンさんの表情は戻った。


「シンキ、人間といるのはいいが、ある一定に人間には気を付けたほうがいい」

「わかってるよ、<にえ>だろ」


 シンキは笑顔を一変させ、忌々しげに吐き捨てた。

 <贄>から常日頃、逃げ隠れしている。奴らのせいで死にかけたことだってある。


「その<贄>の中で危険な奴らだ。名字に神白かじろ紫色しいろ鳥羽根とばねふじがある<贄>だ。それを名字に持っていたら、どんなに弱い赤ん坊でも手を出すなよ。うまいだろうけど、手を出したら最後だ。他の<贄>が総出で処分してくる」


 処分、それは殺しに来るという意味だ。

 厳しい顔で告げるリンさんにシンキは口を噤んだ。


「かじろ、しいろ、とばね、ふじ?そんなに危険なの?」

「ああ。〈上級階級〉の中でも上級にいるやつらだけが手を出せる人間たちだ。契約をするようになった初期から連綿と良質な<贄>を輩出し続ける一族だ。霊力の質はとてつもないほど高い、らしい。そして戦闘能力もな。質の良い大量の霊力と俺たちの力を使って競り合ってくる。あれは、接敵したら死ぬと思っていい」


 リンさんはシンキが今まで出会ってきた中で一番強い。そのリンさんがかすかな怯えの色を滲ませているのにシンキは狼狽えた。


「見たことあるの?」

「遠目に、な。あれは普通の<贄>じゃない。奴一人でも逃げたほうがいい。あれを倒せるのは〈上級階級〉の戦闘系だけだろうな」

「リンさんにしては珍しいな。たかだか<贄>一匹じゃ、程度が知れてるっていうのによ」 


 名前を持たない男はリンさんを小ばかにしたようにそう言い、目を細めた。


「確かに<贄>の中にも強いやつはいる。だが、そいつらは一体何匹いる?よそのところは複数で番ったりするそうらしいが、ここんところは一組の番で、しかも、最近は多くても三匹ぐらいしか増えねえ。毎回びくびくしてても、心配するだけ損だぜ?」


 リンさんの言っていることも、名無しの男が言っていることも、きっとどちらにも一理あるのだろうとシンキは思う。毎度、強敵が現れるかもしれないと身構えておくのは大切だが、それが過剰になってしまっては窮屈だ。接敵してしまったら、それまでの運みたいなものだろう。

 シンキは曖昧に頷いた。


「今日も教えてくれてありがとう、リンさん。狩りにそろそろ行く?」


 二日前も狩りに出かけたが、あまり収穫は良好とは言えなかった。今は小腹が空いた程度で済んでいるが、だんだんと動きは鈍っていく。ここで弱体化を防ぐためにも人間を喰っておきたい。

「もうお腹すいてて……」

「贅沢言うな。シンキ、さっきまで人間のところで霊気浴びてただろうが」


 リンさんが言葉とは裏腹に笑って言う。「成長期だからな、仕方がない」とぽつりとこぼす。

「今日の獲物は央都おうと西区瀧澤海岸倉庫群Aブロック。獲物は予定通りなら十匹。ここ半年で<贄>の出没情報はない」

「またいいところ見つけてくるねえ、リンさん。あんた、その情報はどこで買ってくるんだよ。・・・・・・まあ、助かってるから、無理に言わんでいいが」


 名無し男はいぶかし気にリンさんを見つつも、その声音は弱い。シンキにも覚えのあることで、ひっそりとリンさんを伺った。

「三流は突発的に喰い、二流は自身の手で静かに喰い、一流は一切の手を汚さず喰う」


 リンさんの答えにシンキは目をぱちくりとさせて、反芻する。名無し男もしばらく黙っていたが、ふっと自嘲気味に笑った。


「へえ。それじゃあ、おれたちは二流であんたは一流ってか」

「一流ではない、な。それにはかなり人間に干渉しなければならない。まだ、人間に近づいたばかりだ」


 その言葉にシンキは目を見開いた。

(って、ことは、その情報は・・・・・・)

 人間からもたらされたということになるのではないか。確かに、人間に人間を殺してもらえば、霊の関与があったという痕跡は著しく少なくなる。対して、おれたち霊が人間を殺すと、必ず霊が持つ独特の成分が殺した人間の亡骸とその周辺一帯に残ってしまう。それは<贄>に気づかれてしまう。


「じゃあ、行くぞ。シンキ、おまえはおれの合図で飛び込め。偵察はもう任せても大丈夫だが、念のためおれがやる。それに、倉庫群の構造上、飛び込みはおまえの動きのほうが向いている」

「へえ。おれの得意分野ってことは、かなり広いんだね」


 シンキは若いゆえに跳躍力と柔軟性にかなり富んでいる。四肢も五感も今成長中だ。何百年と歳をとった霊より、純粋な力は強かった。劣っているとすれば、経験値だ。

「ああ、そういうことだ」


 リンさんの同意を得て、シンキは抑えきれず、口角を上げた。しかし、喜んでいる場合ではない。この世界を生き延びているやつだって死んでいくやつは死んでいく。たとえ、気を抜いていなかったとしても。


 シンキは両頬を手でパシン、と叩いて乱れた気分を入れなおす。


(集中・・・・・・!)

 

 シンキはぐっと脚に力を込めて夜空に飛び上がった。


 暗い夜の世界に赤い眼光が瞬いた。


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