入校日
幹部隊員候補生学校は特色隊員および、幹部が推薦した一般隊員の者が入校することができる。卒業後は幹部入りを果たし、成果に応じて昇進していくのだ。隊員候補生学校は3年間、幹部隊員候補生学校は4年間そこで学び、鍛錬を積むこととなる。隊員候補生学校を得て幹部を望む者は2年間の幹部隊員候補生学校での研鑽が必要となってくる。
学校に在籍中は本隊員の素質ありとされた隊員は予備隊員という身分に置かれ、稀に幹部隊員候補生学校の中には在籍中にも卒業した本隊員と同様の任務に就くこともある。その場合は幹部のひとつ下の階級である准等の階級となる。
学校の入校は4月と10月にある。秋風を感じるようになったころ、夕は幹部隊員候補生学校に入校することになり、幹部隊員候補一年生となった。白い制服を身にまとい、胸元には特色隊員であることを示す紫の横長の線がひとつ入っている。
「ようこそ諸君。私がこの学年の主任教官を務めることになった原だ。まあ、よろしくするつもりはないし、諸君らも私をよろしくしなくてよい」
開口一番、厳しい声音でそう言い放ったご老人は容赦ない目つきでぎろりと候補生たちを睨んだ。
「特に特色隊員諸君らは親類の才を引いてこの幹部隊員の候補生として飛び入りしているわけだが、私はそもそもこの特別扱いをする制度が嫌いである!よって、それに胡坐をかくような候補生がいた場合は、見つけ次第、矯正していくつもりなので心するように!一般隊員のほうがよっぽど叩き上げられただけに役立つ!ふん!!」
過去に特色隊員に対して何か恨みでもあるのかと思うほどの目つきゆえにそれを向けられた一部の候補生はびくりと身を震わせた。
「一般隊員出身の者はよくぞここまで生き延びた。ここに辿り着いた、ただそれだけでも優秀といえるだろう。しかし!この!特色隊員らは!それを盛大に打ち破ってくる!返り討ちにしてやる気概でやりたまえ!」
「何あのじいさん。特色隊員に当たり強くね?」
隣に佇む男子が引きつった顔でぽつりとつぶやいたのを聞いて、夕は思わず視線を向けた。視線を感じたのかぱちりと目が合い、夕は気まずくなって会釈した。が、男子のほうはにぱっと笑みを浮かべて近寄ってきた。
「初めまして!俺、江原高矢。一般出身だよ。わあ、同い年くらいの特色隊員なんて、初めて見たなあ。いくつ?」
「神崎夕です。14歳です」
押しの強い人だな、と夕は若干困惑していると、高矢は「へえ!」と声を上げた。
見れば、高矢の左胸には紫色の横線と准等の階級を示す、3つの黒い星がある。
「14かあ。ホントに同い年じゃん。タメでいいよ」
「た、タメ?」
「良かったー!俺、特色隊員って小さい子ばっかだって聞いてたし、一般出身でもあんまり幹部に行きたがるやついないからさあ。ボッチになるかと思ってたんだけど!」
確かに周囲にいる特色隊員は10歳に満たないような子どもばかりである。およそ、二桁もない子どもとは思えないしっかりとした顔つきをしている子ばかりだが、その中で14歳の夕は目立っていた。しかし、高矢もまた目立つ存在で、一般隊員出身の幹部入りは簡単ではない。その上14歳という若さだ。注目を引くのは自明ともいえる。
高矢は夕の調子など構わず、マシンガントークを繰り広げる。
初めて見る人種に夕はどうしてよいかわからず、愛想笑いを浮かべ続けるしかなかった。
「特色隊員の友達が欲しいなーってずっと思っててさ!よろしくな!ところで、後ろにいる霊は神崎さんの契約霊だよね」
そう問われて夕はぱっと後ろを見やると、シンキが当たり前の顔でそこに佇んでいた。さきほどまではいなかったというのに。
ちらり、と一瞬だけ夕と視線を合わせるが、じっと警戒するように高矢を見つめる。
「ええ、そうよ。シンキっていうの」
「シンキかあ。そっちもよろしくな!俺、こう見えて戦闘系隊員なんだ。もしかしたら、模擬戦に当たるかもしれないし、そんときは胸を借りるな!」
「模擬戦?」
戦闘系隊員、と聞いてシンキの眼差しに険呑さがにじんだ。だが、高矢はそれにも気にする様子はない。
それよりも夕の困惑した様子に関心がいったらしい。意外だな、と高矢は呟いた。
「特色隊員なら知ってるかと思ってたけど。えっとな、霊どうしを戦わせるんだよ。個人戦、分隊規模戦、小隊規模戦、中隊規模戦っていって模擬戦の規模もいろいろだけどあるんだ。まあ、大体は分隊規模戦か小隊規模戦をやることが多いよ
模擬戦をやることで連携、統率力を高めたり、指揮官の指揮力も上がる。観戦も良いよ!良いところ盗めるし、特に四族がやる模擬戦は大好きなんだよ、俺!」
高矢はシンキが気になるのかちらりとまた見やってから、にかりと笑った。
「俺の霊はいっつも任務以外はどっか行くからな。また紹介するよ。・・・んじゃ、とりあえず寮に戻るわ!またな!」
隊員たちは全員、寮に入るのが基本だ。ひとつの場所に集中していれば、お互いに身を守りあうことができ、緊急時の招集も容易いからだ。
補助隊員はウラの世界や霊を視ることはできるが、霊と契約できるまでの力は持っていないため、自力で身を守ることは不可能だ。そういった点から特に補助隊員は寮に入るように強く推奨されている。自力で身を守ることができない補助隊員のために本隊員と同室になるように調節されているらしい。
候補生は二人部屋が多く、人数調整や特別なことがない限りは一人部屋になることはない。学校卒業後は個人の部屋が与えられるが、夫婦や家族全員が隊員であった場合は近場に屋敷が与えられる。
男子部屋は3階、女子部屋は4階となっているらしい。
振り分けられた部屋番号の前で夕は立ち止まると、軽くノックした。
「はい、どうぞ」
高い小さな女の子の声の返事を聞き、夕は「失礼します」と一言入れて入った。
「あ!同室の方ですか?」
「はい。神崎夕です。よろしくお願いします」
少し赤みがかった髪をお下げにした10歳ほどの女の子が目をまん丸にしていた。夕が名乗るとぱっと明るい笑みを浮かべた。
「藤堂新菜です。ニーナって呼んでください!こちらこそよろしくお願いしますね!夕さんは本隊員の候補生ですか?」
「はい。ニーナは補助隊員で・・・?」
「そうなんです!私、祖父が隊員だったみたいなんですけど、能力が発覚するのが遅くて。夕さんという遅咲き仲間がいて安心しました!!」
あはは、と夕は曖昧に頷いた。
夕の場合、発覚が遅かったのは引きこもっていたせいである。霊を視る能力自体は幼いときからあったので、正確にはニーナがいうような遅咲きではないのだ。
神白達亜は身内に能力を持った者がいたのに気付かなかったことに頭を抱えていたし、弟の秋もあの幼い顔に複雑そうな色を浮かべていた。秋の場合、表情と感情がどこまで合っているのかは甚だ疑問ではあるのだが。
「夕さんの荷物、届いてますよ!」
私物はここへ来てすぐ預け、寮に運ばれると通達されていた。ニーナの言う通り、ベッドの上に家から持ってきた私物とおそらくこれからの生活で必要になってくるであろう支給品が揃っている。
ひとつの部屋を二人で共有する形だが、真ん中には間仕切りになるであろうスライド式の壁が備え付けられている。食事は食堂で提供されるため、台所はない。洗面所とトイレ、お風呂が二人共有使用だ。洗濯は寮の一角に備え付けられており、女子全員で共有する形となる。
「それにしても、明日からきっついですよー。ほとんど体づくりのための時間割です」
「え・・・!」
ニーナの軽い調子で告げられたことに夕はばっと音が聞こえそうなほどの勢いで振り返った。
びくっと思わず飛び上がったニーナは夕の必死の形相に「わっ」と思わず声を上げる。
「ど、どうしたんですか?」
「なんでそんなことわかるの!?ていうか、それって本当!?」
「え、いや、だって、机の上に置いてある紙にそう書いて・・・」
ニーナの言葉を最後まで聞かず、夕は自分の机の上にある紙を引っ手繰るとまじまじとそれを見つめた。 朝8時から始まり、18時まで「技能訓練」という項目でぎっしり詰まっている。休憩できそうな時間は昼食の一時間と小休憩10分が3,4回のみだ。
この世の終わりのような、悲壮な表情で夕は消沈した。
「夕さん、運動が苦手なんですか?」
おそるおそる、といった調子でニーナが夕に問う。
悲観に沈む夕はこくん、とひとつ頷いただけで、また青白くなった顔でぐしゃりと紙を握った。
「だ、大丈夫ですよ!みんな、最初は誰だって初めてですし、誰しもが通る道です!私、病気がちだったせいもあって、入校が遅かったんです。私も得意じゃないので、明日からいっしょに頑張りましょう!」
「あ、ありがと・・・・・・」
少し涙声になりつつも、夕は年下の子からの励ましに感激して頷いた。
先日の神白達亜の半ば見捨てるようなセリフがずっと頭の中に残っていただけに、気休めだとしても、どこか救われた気分になる。
長らく運動していない者ならわかるだろう、あの苦痛。身体が重く、息苦しく、どうしてこんなこと、と思ってしまう。そして、止まってしまえばすぐに楽になれる誘惑が付きまとう。それを手放してまで身を酷使したいとは思えなくなってしまうのだ。
でも、仲間がいると思えば幾分か気が楽になる。きっと、いや、確実に明日から悲惨になるだろうが、初めてできた人間の友達にほわほわとしながら一日を過ごし、翌日を迎えた。
翌日。昼前。
あちらこちらでバン、バンと破裂音が鳴り響く。銃口の先にある的がその音が響く度に、穴を開けていく。
「藤堂新菜候補生、射撃、10点満点中9点!」
「すっげえな、あの女の子!あんな小柄なのに、重心がぶれてない。教官から9点もらってるぜ。なあ、神崎さんもそう思わな・・・」
高矢は興奮気味にニーナの射撃を褒めたたえ、共感を得ようと横にいる夕を見たが、途中で口を噤んだ。
夕はニーナをこれでもかというぐらい目を見開いて凝視しており、口元がへの字になり、ふるふると震えている。
「どうしたの?」
「こ、この、うらぎりものおおお・・・・・・!!」
振り向いたニーナはちらりと舌を見せて、笑った。