奴隷
エルフの女性が落ち着いたようなので、声をかけてみた。ただ、どう声をかければいいかわからない。
「んー、俺はマサヨシ」
と、声をかけてみた。日本語が通じるかな?
「私はクリス、あなた何者? 魔法使い? 僧侶?」
通じた! エルフは俺を見るとそう答えた。俺が何者か測りかねているようだ。
「魔法使いか? 僧侶か? って言われても分からないんだ。あっ、さっきの治癒魔法なら、何となく呪文とか唱えなくても使えたんだ」
魔法など数分前から使い始めたのだ、詳細など答えられるはずもない。
「お礼がまだだったわね、本当に助けてもらってありがとう。もうだめかと思った」
クリスさんが澄んだ緑色の目で俺を見ながら言った。
「ところで、何でゴブリンに襲われたんだ?」
「私はこの先のドロアーテで行われている奴隷市の目玉商品。理由はわからないんだけど、そこの彼はドロアーテに行くまでの時間を間違えたらしいの、遅れると罰則があるみたいで『近道を使って間に合わせる』ってこの道を使ったら、この辺を根城にしていたゴブリンに見つかってあのザマよ」
クリスさんは、ゴブリンに襲われ内臓がはみ出て死んでいる彼を、憎らし気に睨みながら言った。
「助けてもらってなんだけど、私は彼から離れてしまうと体が痺れて動けなくなる制約を付けられている。だから、ここから動けないの。死体を一緒に動かすというなら別なんだろうけど」
クリスさんは悔しそうな顔をして諦めの色を浮かべる。
「どうにかする方法は無い? 俺はできるなら、クリスさんを解放したい。そう思う」
「私を助ける?」
きょとんとするクリスさん。
「できればだけど……」
「ふぅ」っとため息をつくとクリスさんは話し始めた。
「私は奴隷から解放されることは無い。それは、この隷属の紋章を一度つけると二度と外すことができないと言われているから」
クリスさんは続ける。
「私は魔法書士によって隷属の紋章をつけられた。契約上そこに転がっている彼の持ち物なの。そして奴隷の制約で私は縛られている。ただ、もしできるならば、隷属の紋章を強引に上書きできれば……所有者が変わる。制約を変えれば、私は自由に動ける」
「もし俺が上書きできれば俺の奴隷?」
「そう、私はあなたの奴隷になる。現実には無理ね。元々魔力が高い魔法書士が書いた紋章を強引に上書きするには、この紋章を書いた魔法書士よりも更に数段大きな魔力が必要なの。そんな魔力を持つ人は聞いたことが無い。人間より魔力があると言われているエルフの私でさえ無理だった」
悔しいのか、手を固く握り涙を浮かべていた。
「大きな魔力を流せばいいんだね。紋章見せてもらっていい?」
クリスさんは貫頭衣(と言っていた)をめくり左肩を出す。五百円玉ぐらいの大きさの黒い紋章があった。
「俺、紋章の上書きに挑戦してみたい」
こちらの世界に来てから、体が軽い。何かが変わってる。もしも魔力があるなら、俺はどのくらい魔力があるのだろう?と思ってやってみたくなった。
「まっ、無理だとおもうけど。でも、どうせこのままだと動けないまま死んでしまうだけだし……やってみるだけやってみてよ」
クリスさんは諦めたような声を出す。
「君みたいな子が俺の奴隷か……。だったら頑張らないとね」
魔力には関係ないだろうが軽く屈伸や伸びで体をほぐした。
「では……」
クリスさんの紋章に手を当て、少しずつ魔力を流す。というか俺が魔力と思っている物を流し込む。あれ? 紋章の色が一部赤く変わる。あっ真っ赤になった。
「紋章の色変わっちゃったけど上書きってこれでいいのか?」
尋ねたが、クリスさんが口を開け固まっていた。数瞬の後クリスさんが復旧し、
「ええ、これであなたの物に変わったはず」
「頑張ったつもりは無いんだけど……。でも、意外と簡単だったよ。それじゃ俺の奴隷でお願いします」
俺が頭を下げると。
「あっああ、よろしく」
クリスさんは唖然とした顔して返事を返した。
「でも奴隷っぽくしなくていい。戦ってもらったり、欲の世話してもらったり、そんなんしてほしいわけじゃないから。隷属の紋章があるからって奴隷にならないでください」
俺が奴隷なんて扱えるはずはない! そういうのが無い所から来たのだから。
「初めて聞いたわ、『奴隷になるな』って。わかった、あなたの奴隷にならない。いつもの自分で居ることを心掛けるわ。ご主人様なんて呼ばないわよ? マサヨシでいい? あなたはクリスって呼んで!」
クリスが初めて笑った。
エルフが笑うと、綺麗なんだな……。そう思った。