俺、転移しました。
俺の名前はマサヨシ四十五歳。今は独身。分譲マンションに住み、それなりの会社でそれなりの仕事をし、それなりの給料をもらっていた。
背、それなり? 一メートル八十三センチ。ちょっとメタボな百五kg。結婚はしたぞ? 子供はいなかったけど。離婚したわけじゃないぞ? 死別したんだ。
老眼が進み、小さな文字はちょっと離さないと見えない。体も若いころのように動かなくなっていた。
俺が妻に出会ったのは三十九歳の時だった。雨でずぶぬれになった女性が気になり「一生一人かな?」と思って買った俺のマンションに誘ったのが初めての出会いだった。当時、その妻は二十七歳、一回り差。俺は別に妻の事情を聞く気はなかったが、理由を言いたかったのだろう。その話を聞いて何となく放っておけなくなった。そのうち妻は当たり前のように俺の家に来るようになり、そして体を通わすようになる。
帰ると誰かが居る生活、楽しかった。充実していた。俺は妻の尻に敷かれていたと思う。でもそれが嫌なわけじゃなかった。まあ俺自身がしっかりしてなかったしね。
「今日も頑張ってね!」と送り出されるのが嬉しかった。でもその生活が無くなる。妻が病気になった。
あっという間だったよ。何もできずに亡くなり、俺は一人になった。
ずっと後悔していた。
もっと早く気づけたんじゃないか?
もっと一緒に居てやれたんじゃないか?
それが3年続いた。
そのころには、妻に任せていた料理、洗濯、掃除ができるようになっていた。妻が居る時は任せっぱなしだったんだけどな。
ある日、仕事への出勤途中でトラックの前を歩く子供を見つけた。どう考えても轢かれるタイミングだ。それに気づいたときには勝手に体が動き子供を突き飛ばしていた。結果、俺が轢かれたようだ。不思議と痛みは感じなかった。
「まあ俺みたいな人生半分終わっている奴よりも人生はじめの子供が生き残るほうがいいよな……」
俺の前に血だまりが広がる。あぁ、子供は泣いているけど元気そうだ。良かった。俺はもう死ぬんだろうなぁ。
気づくと真っ暗なチューブスライダーのような中を進むような感覚があった。遠くにあった光がどんどん大きく広がり、眩しさに目を細める。
そして気が付くと俺は小高い丘の上に立っているのだった。
「違和感半端ないね」
今の状況を感じてふと出た言葉。黒のスーツにネクタイ、ワイシャツを着て革靴を履いたおっさんが、カバンを持って丘の上に立つ。見る人が見たら仕事が嫌になって逃げてきた感じだ。
時計を見ると十二時丁度。時計は例の、象が踏んでも壊れなさそうなGのチタンの奴だ。電波ソーラーな時計だから電池交換が無くて済むのが利点である。こっちじゃ、電波は意味無いか……ただ、この時計が合っているとは思えなかった。
インターネットが当たり前になり色々な人がその中に小説を書いている。暇つぶしにそういう小説、特にラノベ的なものを読んでいた俺には、異世界転移というのは身近だった。おじさんも昔は〇ードス島とか、風の大〇とか、当時のファンタジー系の小説を読んでたんです。小説内で転移とかはしないけどね。おっと、ゼピュロシア・サーガは転移してたな。
まさか自分が異世界転移するとは思わなかったよ。
ただ、こういう転移物だと最初に神が現れてチートな能力やスキルを渡してくれる時がある。
俺の場合はそうじゃないのだろうか? 最初っからスキルや能力がわかっているわけではなく、自分で気づくパターンもあるんだよなあ。
今の状況じゃ何とも言えない。
「とりあえず誰でもいいから居ない? このままじゃ何をすればいいのかわからん」
周囲を見回すと遠くで荷馬車が襲われているのが見えた。三百メートル先ぐらいだろう。
助けないと! とは思うが、正直近寄るのは怖い。
そういや、ラノベの中じゃ『魔法はイメージ』って聞いたことがある。俺に使えるかな? まずは右目にスコープをイメージする。
おぉ、目の前に居るようによく見える。
やはり魔法はイメージで問題なかったようだ。
視界に十字線? そこに当たるのか?
こうなれば調子に乗ってやる!
ゴブリンは……八匹? アーチャーって奴かな? 木の上に弓を持つゴブリンも居る。それを入れて十一匹。対する荷馬車側は既に一人倒れていた。馬は倒れて暴れている。荷馬車の上の檻を守るものは居ない。
その檻の中に人が見える。
あっ……エルフだ!
初めて見た。切れ長の目、長い耳、真っ白な肌。髪は編んであるが、それでも腰近くまである。エルフの女性はみすぼらしい服を着ているが煌びやかな意匠などなくても想像以上に美しい。エルフに見とれてしまった一瞬でゴブリンたちは檻の中からエルフの女性を引きずり出す。一人なんて我慢ができないのか、早々にズボンを脱ぎだした。
まずはズボン脱ごうとしている奴からだな。
見様見真似だがライフルを構えるように立ち、ゴブリンの頭を狙って撃つ。
何となく当たる自信があった。
「ひゅっ」
構えた先から反動もなく何かが出ると、一瞬ののちゴブリンの頭が吹き飛ぶ。弾道曲線なんていうのは関係ないようだ。魔法だからか直線に飛ぶらしい。「魔法はイメージ」が正解で良かったよ。
俺は最初のゴブリンに当たったことで更に調子に乗り、次々とゴブリンを狙う。何も考えず、確実に一匹ずつ倒していく。何だかゲームのようだった。ゴブリンたちは周囲を見るが俺の姿は距離のせいで見えるはずもない。残り三匹になったところでゴブリンたちは恐れを抱いたのか馬車から離れて逃げ出した。
とりあえず彼女の確認に行くか。
「おーい! 大丈夫か?」
一声かけて俺は荷馬車のほうへ駆け足で近寄る。
あれ? 体のキレがいつもと違う。素早い動きができる。メタボスプリンター?
まあ、それよりも彼女だ。
俺は彼女に近づいた。引きずり降ろされた時についた小さな傷から血が流れ、白い肌を赤く染めている。
エルフを観察してしまう。俺よりも小さいな。身長は170cmぐらい? 小説とかだと、エルフって細いイメージだけどなぁ。結構肉付きいい? 胸も……。
いかんいかん、まずは治療だ。
「ちょっとみせてくれる?」
力なくぼーっとしているエルフから許可の言葉は無かったが、俺は勝手にエルフの女性の体を診る。素人目になるが小さな傷からの出血以外は問題ないようだ。
「じゃあ、治癒魔法をかけるね」
『魔法はイメージ』だ、彼女の体全体に魔法をかける。「細胞を活性化して治れ」って感じで……。
出鱈目かもしれないが、それでもエルフの傷は無くなった。
彼女の呼吸は落ち着いているが顔は真っ青。体も震えている。
襲われる寸前だったんだから仕方ないか……。
「もう大丈夫。ゴブリンは片付いたよ」
ボーっとして佇む彼女の体を横抱きにして頭を撫でる。
そんな俺をじっと見る彼女。
ぬくもりを感じ安心したのか彼女は落ち着いてきたようだった。