第二十一話「そして、さよなら」(前編)
その日は門出にふさわしいであろう、すっきりと晴れた朝だった。
雲はわずかに空は青く、雪を被った遠くの山々の尾根。意見慣れたはずのそれらはいつもより少し映えて見える。
「誰もいないはず」と思いつつ、覗いたつい立ての向こう側には、誰もいなかった。
ふと、かつての水橋琴葉の定位置に座ってみる。左斜め前に窓、それと直上の蛍光灯以外、何も視界に入らない。
今更ながら、ここが冷たくて、少し息苦しいことを知った。
ぼんやりとしていると、示し合わせたかのように三人が入ってくる。
「おはようございます」
相変わらず、他人行儀の挨拶をしてくる琴葉。
「ここにいていいの?クラスメイトとは話すことないわけ?」
と語りかけてくる芽依。そのセリフ、お互い様じゃないのか。
「すごいよね、集合の合図をかけたわけでもないのに、全員真っ先にここに立ち寄るなんて」
言いつつ、寺田は視線をかつての主の定位置へと向けていた。
芽依は、第一志望の関西の大学にすんなり合格。
寺田は結局、唯一合格したのが第五志望であるところの地元の公立大学だという。第五、というとかなり低く感じられるけれど、入学金免除のなんちゃって特待生だそうで、決して不本意ではないそうだ。
琴葉は今もスーパーのアルバイトを続けているらしい。流石に今日は休みをもらえたらしいけれど、正社員と変わらないくらい働かされているとか。
眉をひそめる芽依たちに、琴葉は「大丈夫です」と言い切った。
「ちゃんと今月いっぱいで辞めますから」
その表情は、俺たちの知っていた琴葉とは少し違って見えたけど、かすかにひっかかただけで問いただすことはできなかった。
それはこれからもう、違う道を歩き始めることの証明だった。
そしてドアの開く音がして、俺たちは一斉に振り返る。
「あなたたち……」
俺たちがここにいることは、さして意外なことではなかったはずだ。だけど、最初にここに来れなくなった彼女にとって、俺たちがこの居場所で出迎えてくれたことは、想定以上にたまらなく、どうしようもなく心を揺さぶったらしい。
「ごめんなさい……!」
そう言ってその場に崩れ落ちた盛装の岩瀬さんは、せっかく明るくなっていたはずの顔色を、台無しにした。
この学校に来るのはこれっきりだ。だけど、不思議と感傷的な気持ちにはならなかった。
部活をやっていたわけでもなく、顔見知りの後輩だっていない。学校行事の類に顔を出したところで、知らない学校のそれと大して変わらないだろう。唯一それなりに深い付き合いになった教師は辞めるというし、唯一の居場所だと感じられたあの場所は、もちろんOBの入っていい場所ではない。
そして何より、俺は上京する。この街に戻ってくる機会自体、盆と正月くらいのものだろう……だけど、やっぱり感傷的な気持ちにはならなかった。
入学当初から、それなりに色々あったはずだ。大変なことも、楽しいことも。でもどういうわけか思い出として蘇るのは、進路が決まって以降の漠然とした不安と焦燥、そして琴葉たちのことばかりだった。
冷静に考えてみれば、大したことをしたわけじゃない、スマホかパソコンさえあれば、彼らとはこれかららも顔を見ながら会話できるわけだし。
そんなことばかり考えていたせいで、担任の訓示や進路の噂話などもいまいち頭に入ってこなくて、気づけば俺は流されるままに式典に参加していた。
胸に造花を付けた芽依が、クラス代表として卒業証書を受け取る、自分の席に戻る前、琴葉に向けて軽く用紙を向けたように見えた。粋な計らいだった。
岩瀬さんの姿は教職員の席になく、来賓者席で拍手していた。顔もいつの間にか元に戻っていて、澄ました笑みを浮かべていた。寺田も良く似た顔をしていた。
見渡す限り、誰も泣いてはいなかった。少なくとも顔を覆っている奴の姿はなく、すすり泣きも聞こえてこなかった。
一応、ここが進学校であったことを思い出した。彼らは前途有望な若者ばかり。彼らにとって、高校は通過点に過ぎないのかもしれない……そこまで考えて、ふと自分はどうだったんだろうというところまで思いがいたり、何かが胸を鋭くかすめたような気がした。
琴葉たちにLINEを送ったのは、最後の最後、教室に戻ってクラスの打ち上げの話を聞いている最中だった。
更新が遅くなり、恥ずかしいばかりです。
あと「1月中に更新する」だと思っていたんですけど、前回のあとがきを見返してみたら「1月中に完成させる」って書いてあって愕然となりました。無理です。
次回は2週間以内に必ず更新したいと思います。できればもっと早く更新したいですが、もし2月14日を過ぎて何の音さたもなかったら督促して下さい。よろしくお願いします。
追記
※本当に申し訳ありません、更新は4月以降になります。




