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ありがとう、そしてさよなら  作者: ミョー
最終章
21/24

第二十話「輝ける未来へ」

 昼間だというのに、二月末の大通りはどうにもこうにも薄暗かった。

 空は灰色で、そこから無遠慮に降り積むものが視界を遮り、あまつさえわずかばかりの光を吸収しているようだった。風は穏やかなのが幸いだろうか。

 交差点で歩道に乗り上げたまま動かない、無人の車を見かけた。スリップした形跡はなかったけれど、身動きが取れなくなっているようだ。あるいはレッカー車待ちなのだろうか。

 教習所を地元にして良かった。悪天候の中で通い、荒天の中運転するのは面倒だけど、いつかきっとこの街に帰ってきたとき、役に立つことだろう。

 そう、いつかきっと。


 この日は教習を夕方からにして、俺は口からもくもくと蒸気を吐きながら、久しぶりに高校に向かっていた。

 長かった受験シーズンもいよいよ終わりを迎えるということで、一部の三年生が代表して、来週下級生に進路報告会を行うこととなっている。数少ない推薦入試組の代表として、白羽の矢が立ったのが俺だった。今日は担任との打ち合わせだ。

 去年自分が体育館で聴いたはずの、おぼろげな記憶をイメージしながらまとめた原稿を渡すと、担任は流石に小論文の試験を受けた奴は文章がしっかりしてるな、と褒めてきた。

「いえ、先生の指導の賜物ですよ」

 心にもないことを口にすると、担任は、岩瀬からもらった参考書が良かったんだろ?と返してきた。面食らっていると、あいつから直接話は聞いてる、越権行為にならんようにな、と続けられる。

 それはつまり、今の俺の言葉がお世辞未満のセリフということを見透かされていたわけで……。

 俺は赤面する他なかった。というか岩瀬さん、あんなこと言っといてちゃんと話通してたのか。


 進路指導室に至る道は、今日も静かで冷たかった。かつては毎日のように通い詰めたその場所で、見慣れた人影が扉にもたれている。

「遅かったじゃない」

「時間が読めないって言っただろ」

「それにしても、だって」

 芽依は身を起こして振り返り、目の前のドアを眺めた。

 進路指導室の扉はすりガラスだ。直接中は見えない。

「……カギ、かかってたのか?」

「そうじゃないけど。でも、暖房がつかないから寒くて」

「廊下だって大概だろ」

「一緒に見たかったんだって。今、ここがどうなってるのか」

 ゆっくりと扉を開ける。主を失った部屋は、ホコリっぽい以外はこれと言って、何も変わっていないようだった。

 記憶の通り、想像していた通りなのに、どこか痛々しかった。


「教習所か……それじゃあ暇って訳でもないの?」

「せいぜい一日に三コマくらいだからな、拘束時間はたかが知れてる。っていうかお前はもう、完全にフリーなのか?」

「そうね、おとといが第一志望でフィニッシュ。自慢じゃないけど……いや、自慢ととってもらって構わないけど、今のところ全部合格してるから、現役は確定ね」

「いや、素直にすげえよ。おめでとう」

 この学校は進学校な分だけあって、逆に浪人率も高い。教員たちも、現役合格には余りこだわってないフシがある。その分だけ推薦入試の俺は貴重な存在なのだ。

 四時間目の授業中ということで、購買部は開店の準備をしている最中だった。やむなく自販機で飲み物を買う。昇降口が近いぶん冷え込みは厳しいもので、かじかんだ手に缶の暖かさがしみた。

 目配せをした芽依は、今来た道とは反対の方向へと俺をいざなう。どこに向かうのかと思いきや、何のことはない、自分たちの教室だった。電気の落とされた廊下を二人きりで歩いていると、慣れ親しんだはずの空間に居心地の悪さを感じる。いっそ一人ならそんな気もしなかっただろう。

 全ての教室のドアは開け放たれている。四十人の生徒が在籍しているはずの空間には当然人影もなく、進路指導室同様、最後に見たときと何一つ変わってはいなかった。役目を終えて、あとは彼らたちが門出を迎える季節を、今か今かと待っているだけだった。

 芽依は薄暗い教室のカーテンを開けてから、適当な机の上に座る。辺りを見渡しながら、足をぶらぶらさせている。俺も一つ隔てて正面に、どっかと腰を下ろす。暖房はついていなかったけど、窓が南側に面しているからか、存外暖かく感じられた。

「みんな、何をしてるんだろうな」

「クラスメイトのこと?それとも琴葉や寺田のこと?」

「後者だな」

「聞いてみたら良いでしょ、私はそうしたし」

「簡単に言うなよ」

 グループラインに招待されたときは、これで気軽に連絡が取れると思った。

 しかし、それは大きな錯覚だったのだ。彼らは俺と違って、遊びほうけているわけでも、暇を持て余しているわけでもない。バイトをしてるか、勉強をしているか。あるいは仮眠をとっているかもしれない。それを緊急性のない要件で遮ってしまうことにためらいを覚えないほど、俺は無遠慮でも、彼らと付き合いが長いわけでもなかった。

「それじゃ、代わりに私が聞いた話を教えてあげる」

「マジか?」

「一週間くらい前の話だけどね。っていうかあんた、ラインを何だと思ってるの?恋人じゃないんだから、それくらい軽いノリで聞かないと、お互い関係は保てないって」

「……お前……」

「なに?」

「いや、やっぱり色々強いな~と思って」

 それは心の底から出た言葉だった。琴葉も、寺田も、岩瀬さんも、そして俺も……。立場や境遇は違えど、みんな弱ってて、弱みを隠せなくて、情緒不安定で疲れ果てていて……。

 それに比べて、第一志望の結果待ちという状況の中、相変わらず泰然自若としている彼女は別次元の生き物のようで、俺は嫉妬を覚えることすら出来なかった。

「上京、不安?」

「その話、したっけ」

「図星だったか。顔に書いてあるって」

「良い勘してんな……そりゃまぁしんどいよ。秋口に下見とかしてた頃は平気だったけど、実感が湧かないだけだったんだな。浪人するか妥協するかで揺れてる奴らに比べたら、カスみたいな話だけど、先行き不安でどうにかなりそうだ」

「ふうん……」

 芽依はぶらぶらさせていた足を止めた。

「清春」

「なんか勘違いしてるみたいだけど、私もあんたと同じだから」

「え?」

「私、全然強くなんてない。確かにこの一年間、辛いって感じはあまりなかった。模試を受けるたびに感じる手応えが大きくなっていって、いまいち成績が伸びないな、って時期もあったけど、振り返ってみれば大したことなくて。今でも、なんかあっさり終わったな、って」

「言うなあ」

「だけど、それは私が鈍感だったに過ぎないことだから。それなりにうまくいかなかったこともあった。プライベートでも、勉強に限らなくてもね。でも私はそれをヘンに小ずるく受け流してしまった。感情にフタをして、終始明るく振る舞う自分を選んでしまった。それだけ」

 そう語る彼女の表情は、明るかった。虚勢を張っているようには到底思えなかった。

「悩んだり、不安を感じたりっていうのは、高度な感情だと思う。苦労は買ってでもしろなんて言わないけど、無意味じゃない。私がいつもへらへらしていたのも、きっといつかマイナスになる。おおむね順調に時が過ぎていると自分に言い聞かせたことが、いつか本当の意味で逆境に立ち向かえなかったことが、未来の取り返しのつかない挫折につながるかもしれない。清春、私はそんな予感がぬぐえないよ」

 芽依は不意に机から飛び降りると、こちらに背を向けて、窓に向かって短く駆けた。

「あーあ、もうすぐここが母校になるのか」

 相変わらずの曇天だったけど、雪だけは止んでいた。


 帰りのバスの中でも、教習所の座学の間も、夜の実技の最中も、そして寝る前も……俺は今日のやり取りが頭を離れなかった。

 見るからに聡明な彼女が、何も感じずにいるはずがなかったのだ。達観しているだけで、彼女は彼女なりの葛藤を、胸に秘めていたのだ。それを俺は……数時間前の自分は、あまりにも想像力に欠けていたと言わざるを得ない。

 グループラインから寺田の名前を開く。話しかけようと思えば、いつでも一対一でやり取りが出来る。

 そう思った瞬間、芽依の言葉が蘇った。

「あいつ、『辛いと思えるうちはまだ良い』って言ってた。『いかに自分のことを過大評価していたのか』『いかに本番に弱いのか』とも。」

 ぞっとする言葉だった。

 寺田はセンター試験で玉砕。私立の一般入試も、四つ受けて四つ落ちたのだとか。一週間で状況が好転しているとは考えがたい。思い切って後期日程に回るか、腹をくくって浪人するかという人生を賭けた瀬戸際の男に、俺は何と言葉をかければ良いのだろう。いや、そっとしておくべきなのではないか。

 スマホをタップして、今度は琴葉の名前を呼び出した。話しかけようと思えば、いつでも一対一でやり取りが出来る。

 そう思った瞬間、芽依の言葉が蘇った。

「彼女、週6で働かされてるらしいよ。今週だけ、今週だけって……」

 ぞっとする言葉だった。

 彼女にわざわざ辞めろというのは、簡単なようで難しかった。仮に学費を工面するために働いているのだとしたら、代わりの働き口を考えてやる必要もあるはずだ。だけどそこまて義理立てするほどの関係ではないし、琴葉だって恐縮するだろう。それに専門学校進学まで、ということで働いているのであれば、時間が解決してくれることだ。わざわざ赤の他人が口を挟むことではない。

 そう、俺たちはもう赤の他人なのだ。もう二ヶ月も連絡を取っていないし、これからもその必要はない。あの進路指導室でのわずかな期間は楽しかったけど、それは過去の思い出に過ぎないのだ。

 「地元を離れたくない」という漠然とした感情も、相変わらずまとわりついて離れなかった。芽依の言葉は心にズシリと来たけれど、それで気持ちの切り替えができるほど、俺は大人ではなかったのだ。

 卒業式は、あと二週間後に迫っていた。その三日後には東京行きの切符を手配している。

 大人になるために残された時間は、あとわずかだった。

更新の間が空いて申し訳ありません。

次回更新は10月7日、日曜日の予定です。

あと3話で完結します、よろしくお願いします。


※12/28追記

申し訳ありません、都合につき更新できずにいました。

絶対1月中に完成させますのでよろしくお願いします。

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