001.すべてのはじまり
広大な平原。
新緑に覆われたその場にたった一人、黒髪を風になびかせる一人の少女がいた。
齢は12ほどにみえ、この場にたった一人でいるのはとても不自然に見えた。
そんな少女は、平原に座り込んだまま空を見上げ、空に煌々と輝く大きさの違う二つの太陽を見上げていた。
「ほんとに……違う世界なんだ」
呆然とした表情でつぶやくこの少女が、実は世界を跨いだ存在とはだれも思わないだろう。
この少女の名前は綾瀬 泉。
もとは地球という星で暮らしていた女性であったが、ある時泉が生きていた世界とこの太陽が二つ存在する世界――ユーリシュトルがほんの僅かにぶつかり、その際にできた歪みに落ちてしまったのだ。
泉は呆然としつつもふと自分の異変を感じ、思わず叫ぶ。
「神様、女神様、これ(幼児化)は聞いてませんよ!!」
どこまでも暗い暗い、黒一色に包まれた空間。
そんな空間に背中半分ほどまで延ばされた黒髪を流した女性が座り込んでいた。
「……」
呆然と、恐怖にその眼を震わせながら周囲を見る女性はつい先ほどのことを思い返す。
彼女の名前は綾瀬泉。
私立の大学を卒業して無事新卒で就職、少し勤務時間が長く仕事の量もかなり日々を送って今日も疲労困憊状態で一人暮らしをしているマンションに帰宅していた。
その帰宅途中で突然大きな地震に襲われ、あまりの振動に立っていることもできずにその場に座り込んだのだ。
「……それで、座ってたら、急に落ちてく感覚が……」
そう。座り込んでいた泉の下に突如穴が開き、泉はそのまま落下してしまったのだ。
そして落ちた先がまるで闇に包まれたような空間であった。
「どうしよう……。ここ、どうやったら帰れるの?」
いくら成人済みと言えど、たとえ男性だったとしてもこのような事態に不安に包まれない者などいないだろう。
そんな不安に包まれていた泉の目の前に、突如二つの光の塊が現れた。
二つの光の輝きに驚き、目をつぶってしまった泉の前で、その二つの光はだんだんと大きくなり、形を人型にしていく。そして人型になるにつれ段々とその光は収まっていき、ようやく泉は目を徐々に開くことが出来たが、今度は目を大きく見開くことになる。
泉の目の前に、絶世の美貌といえる容貌の男女がいた。
片方はまるで豊かな森のような深い緑の色をした髪を地につくか否かというほどに伸ばし、海のような神秘を感じさせる青い瞳の女性。可愛らしさと美しさをこれでもかというほど調和させた美貌をしている。浮かべる表情は何かを悔やんでいるようで、思わずこちらが手を伸ばし慰めたくとすら思う。
もう片方はまるで冷たさすら感じられる白銀色の髪を持っており、こちらも女性と同じぐらいの長さをしている男性。柔らかさをはっきりと感じられるウェーブがかかっているに女性に対し、男性の方は硬さすら感じられるストレートである。そんな男性の瞳は髪色とは対照的に、まるで太陽のような輝きと温かさすら感じられる金色の色だ。男性であるはずなのにため息しか出ないほどの美しさを持つ男性は表情からは無機質な感じに受けられるが、その瞳は女性同様苦悩の色に満ちている。
突如現れた絶世の美貌を持つ男女に泉は言葉もなく二人を見上げるしかない。
そして現れた男女はそんな泉を申し訳なさそうに見つめ、それでも意を決したように女性の方が口を開く。
『綾瀬泉さん。此度は誠に申し訳ありません』
「……っえ?」
突然の謝罪に泉は驚きの言葉が漏れる。
しかしそんな泉に気付けないのか、女性は顔を伏せ気味にしたまま言葉を紡ぐ。
『今回の出来事は我々も予測できたことでした。ですが、それだというのにわたくしの世界に住まうあなたがこのような事態に陥ったのは間違いなく我々の怠慢です。本当にっ、本当に此度は――』
「ちょっ、ちょっと待ってください!!」
突然の謝罪から始まる言葉に泉はパニックを起こしながらも女性の言葉を遮る。
地震が起きたと思ったら何もなかったはずの地面に突如穴が開き、このようなわけもわからない暗闇の空間に自分がいて、出る方法もわからないと思ったら目が痛いほどの光が目の前に出たと思ったら今度は絶世の美貌の男女が現れ、さらに女性の方がいきなり謝罪を述べ始めた。もはや泉の頭には何も入ってこないほど、これらの事態は想像の範疇外であった。
泉の混乱が分かったのだろう、男性の方が女性の肩に手を乗せた。女性は男性の方を振り返るように見、その他後泉の方を見て慌てた。
『ご、ごめんなさい。いきなり過ぎましたね』
「あ、いえ、その……」
『君が謝る必要はない。すべてこちらの責だ。まず、君に起きたことの説明をするが、かまわないだろうか』
女性の謝罪にどう反応するべきか言いよどんだ泉を思ってか、冷たそうな容貌に反しどこか柔らかさを感じさせる声色で問いかける男性に、泉は思わず顔が熱を持つことを抑えきれず、ただただコクコクと首を縦に振る。
男性はそんな泉に何を思ったのか、微笑を浮かべて泉を見、しかしすぐにその表情は現れた時同様に何も感じさせないような無表情になる。
『まず、今君と我々がいるこの空間は時空の歪みのようなものだ。君がここにいる理由は君が元いた世界であり、彼女が管理すべき世界――シュトルブと私が管理するユーリシュトルがほんの僅かといえども座標が重なり合い、ぶつかったのが原因だ』
「じ、じくうのひずみ……? しゅ、とるぶにゆーりしゅと……? あなたたちが管理する世界って……」
『いきなりこんなことを言われてもすぐには納得できないでしょうが、動かこれからわたくし達が言うことが偽りではないということを信じていただきたいのです』
女性がまっすぐと泉の瞳を見て言った言葉はとても真摯なものであると、泉にもわかり小さく頷いた。
そんな泉の様子にほっと安心したように息をついた女性は一度伏せた顔をあげ、男性とともに泉に説明をした。
女性と男性がいくつもの世界を作り、管理している、いわば神というべき存在であること。
泉がこの空間に落ちる前に経験した地震はその世界同士がぶつかったことによる衝撃が原因だったということ。
本来なら世界同士が接近することはあれども、ぶつかるなんてことがないように管理しなければならないのだが、この時ばかりは二人(二柱?)とも別の世界の様子を見て事態に気付くのに遅れたということ。
ここは世界と世界の狭間であり、世界同士がぶつかった際に偶然できた空間で、しばらくすれば消滅してしまうこと。
そして――――綾瀬泉が元の世界に戻ることはできないということ。
「どういう、ことですか……」
『すみません。この狭間に落ちた時、すでに泉さんの体はユーリシュトルのものへと変質してしまっているのです。そうなった以上、元の世界で生きることはかないません』
「どうにか、ならないんですか? っ、だって、お二人は神様なんですよねっ!」
『我々が自らに定めていることの一つにすでに起きた事象の改変を禁ずるというものがある。たとえそれが我々の怠慢による結果であったとしても、定めを破り、例外を生むことは、我々の立場であるからこそできない。それがこの先のより大きな歪を生むことにつながる可能性があるからだ』
「そんな……」
突然の死刑宣告といってもいいほどの宣言に、泉は呆然とするしかない。
仕事は多忙であったし、最近学生時代の友人達との付き合いも希薄になっていた。
それでも泉にはまだ家族がいたし、仕事場での付き合いはあった。過去に一度は非現実なことを体験したいだとか、別の世界に行けたらと夢想したことはあれども、それは実際に起こるはずがないと、そう信じていたからこその夢想だ。
だがどこかであっさりと仕方がないと泉は心の片隅で思う。
家族がいるといっても両親は跡継ぎである兄が面倒を見るだろう。仕事場での付き合いだって仕事に来なくなればあっさり切れるようなものでしかない。
今回の出来事は確かに不幸な出来事なのだろうが、事故死と変わらないことであると冷静な思考が判断を下す。むしろまだ生きていることを幸運に思うべきなのだろうか……。
「私は、生きていられるんですか……?」
『私が管理するユーリシュトルであれば、可能だ。此度の出来事は何度も言うが我々の怠慢が起こした事態。君が安全に生きていけるように私ができる限りのことはするつもりだ』
『もちろんわたくしもです。管理自体は彼がしていますが、あなたの魂は私が管理していたシュトルブのもの。出来うる限りの加護はつけておきます』
『ただし、ユーリシュトルに大きすぎる影響を与えないように、だがな』
ユーリシュトルという世界は私が元いた世界では物語にあるような剣と魔法の存在するファンタジーな世界だ。文明は中世ほどにしか発展していないが、魔法によって私の世界よりも便利なところもあるらしい。
そんな世界で生きるために泉が神々から与えられる加護とは……。
『あなたが生きた世界ではこういった「異世界トリップ」といったものを題材にした物語がありましたよね?それにあるような加護――『特典』――と同じと考えてください』
「神様も知ってるんだ……」
『世界ごとに特化した文明や文化は異なりますので、その違いを観察するのがわたくし達の楽しみでもあります。特にシュトルブの日本はかなり面白い文化を築いていましたので』
近年増えてきた異世界トリップ、または転生物の物語は泉も知っていた。
仕事の合間にそう言った本を買ったり、ネットにある大型投稿サイトなんかを見て現実逃避のようにファンタジーな世界に思考を飛ばすのが最近の泉の癒しであったのだ。
『世界に大きすぎる影響を与える加護とは、それこそあなたが読んだことのあるような書物に描かれた魔王のような強制的に他の生物達に干渉したり操る力だったり、自然に干渉して天変地異を起こしたりする力を与えることです』
『それ以外なら巨万の富であろうが、勇者といったか、そういった人間の範囲に収まる強き力程度ならいくらでも与えられる』
「っいえ! そこまで大きな力は……」
想像していた以上の加護を提案され、泉は慌ててその提案を断る。さすがにそんな大きな力やお金はいらない。どちらかというとあまり目立たないような加護の方が……。
そこで泉はふと思いついたことを口にする。それは小説に思考をトリップする以外の、泉の昔からはまっているゲームのジャンルで――。
「あの、ユーリシュトルって錬金術って存在しているんですか……?」
『ん? ああ、錬金術なら存在する。確か、君のいた国に存在する物語やゲームといったものに出ているように魔力を必要とするが、様々な薬から武具や防具、魔導具と呼ばれるアイテムを生み出せる職業だ』
「でしたら、錬金術に関する『才能』がほしいです!!」
『『才能?』』
泉が言ったことが意外だったのか、二人の神は驚きにその表情を変えて復唱する。
「はい。『才能』です」
『何も才能でなくとも、最初からユーリシュトルで生まれた錬金術をすべて使えるようにすることは可能だが?』
「いえ、こういったことは自分で極めるからこそ楽しいんだと私は思ってます」
泉の趣味であり、昔からはまってるゲームの多くは主に主人公を育成していく育成系RPGやシュミレーションゲーム。特に主人公が自ら材料を採取して、自身の錬金術レベルを上げて自分のアトリエの評判をあげていくゲームなどは昔から好んでおり、自分だったらこんな薬を作ってみたいと子供ながら夢想しながら遊んでいた。
もちろんのんびりと牧場だったり農場を経営をしたり、主人公のスペックをあげて恋愛に発展させていくゲームも遊んでいたが、せっかくファンタジーな世界に行けるならば錬金術を極めたいと思う。そのためには錬金術に関する才能が必要なのだと泉は強く思う。
先ほどまで元の世界に戻れなくなったと愕然としたとは思えないほど、今の泉はこの先に対する意欲や希望が強くなっている。泉はそんな自分に都合がいいなと思いながらも、やはり子供のころ描いた夢が実現できると思ったら興奮は収められそうにない様子だ。
それに『才能』を求めたのは泉なりの考えた結果だ。何でも作れる錬金術師なんかが急に現れたら、確実に目立つのではないか。それに学ぶ際の期待感とか学んだ成果として錬金術を成功させたときの達成感が感じられないのはとてもつまらないのではないか。
第一そんなチートな存在、後ろ盾も庇護もなければ権力者なら自分の手元に置きたがるのではないか。
『……でしたら、一般的な薬作りを始めとした生産能力の才能はどうでしょうか?』
女性の神――呼び分けが面倒なので今後は女神様と呼ぼう。もう片方の男性の方は神様で――がふと思いついたように言った言葉に、神様は何か納得したようにうなずき、泉は首をかしげる。
「えっ、いえ、そこまでは……」
『いや、それがいいだろう』
遠慮しようとした泉の言葉を止めて神様は女神様の提案に賛成する。
二人の神々曰く、泉がユーリシュトルで生きるにあたってそちらの方がいいとのこと。
なんでもユーリシュトルには錬金術は存在するが、その術を習得した人の数は決して多いとは言い切れずどちらかというと希少であること。
生きるためならば『物作り』の才能はあって損はなく、また薬を作る者――薬師の存在はよほど極小規模の集落でなければ大抵の集落に存在するため、学びやすいということ。
どうやら泉があまり目立って生きたくないということが察したため、目立つ錬金術の才能だけよりは、他の才能もまとめて与えた方がいいと判断したらしい。
泉にとってもこれまでと比べて不便になるかもしれない生活を想えば、そちらの方がありがたいと思えた。
『それと錬金術を極めたいというのであれば、魔法に関する才能もあった方がいいだろうな』
『それにあの世界で錬金術を極めるにあたっても、薬師として生きるにしても材料はとても大切ですわ。それらを保存、保管するためのスキルも必要です』
『ああ、それに彼女は自ら採取することにも憧れがあるらしいから……周囲の索敵能力も必要だろう』
『あまり強すぎる力は委縮してしまうようですが、彼女がいきなり別世界で生きるためならばできる限りの肉体、精神への加護は生き抜くための助けになります。特に薬作りや錬金術を失敗した時のために体は頑丈にしなければ……』
『それならば採取時の敵の攻撃を防ぐためにも肉体的な補正以外も、精神的な作用を防げるようにしておこう。他にも……』
これからファンタジーな世界で、子供のころ夢描いたことができると知った泉は、浮かれすぎて途中から女神様達の会話を聞き逃してしまっていた。
まさか泉が想定していた物以上の『特典』がつけられているとは知らずに、泉は別世界を生きることとなったのだ。
そして今現在。
空を見上げ明らかに異なる世界だとわかる二つの太陽を見上げ、あたり一面見渡しても人っ子一人いない見回しのいい平原だとしてもそんなことを気にせず、綾瀬泉はこれからの未来を夢見て期待をたたえた目で空を見上げていた。
掲げる目標はでかいほどやる気が出るものだ。ならば目標とするならば……。
「っ、目指せ! ユーリシュトル一の錬金術師!!」
そう言って手を上にあげた際、ようやくそこで泉は自分の体が縮んでいることに気付くのだった。
神様、女神様、これ(幼児化)は聞いてませんよ!!