EP8『ゴミじゃない ―I’m sorry―』
目が覚めたとき、僕は男に押し倒されていた。
今、僕はヤクザな男の下で泣きじゃくっている。
レイプされたわけでもないし、告白されて嬉しかったからでもない。
ヤクザな男は僕を庇って死んだ。
僕の身体にかかる彼の重みは、彼の抜け殻の重み。
彼の背中には砲弾の破片がびっしりと生えていて、後頭部はアスファルトの破片で吹き飛ばされている。
体中が彼の血で塗れていたけれど、それよりも彼がなにも言わなくなってしまったことのほうが悲しい。
目は虚ろで口は中途半端に開いたままで、ぴくりともしない。
血をふき取って頭を塞いで、背中から破片を取り除けばまた動き出しそうなほど、肌はまだ生気がある。
けれど、僕が触れている彼の頬はどんどんと冷たくなっていく。
身体はすでに固くなって強張っていて、もう二度と彼は動かないのだと予感させる。
ああ。
くそ。
惨めだ。
皮肉か。
酷すぎるじゃないか。
だって僕たちは、こんなにも人間なのに。
どうしてこんなゴミみたいに殺されるんだ。
「ごめん……、ごめん、助けてくれたのに……」
人間の断末魔に轟音が混じり、耳障りで物騒なオーケストラが鼓膜をびりびりと震わせている。
僕はそんなもの、どうでもよくなっていた。そんなことよりも、僕の腹の上で死んでいる彼を抱き締める。
「そんなになって、助けてくれたのに……僕は、僕は、役立たずで………」
肉体があって意識があって、柔らかくて暖かいのに。
そして、それが失われるとき、これほど悲しくて空しいのに。
「どうしてこんな、ゴミみたいに殺されなきゃならないんだよぉぉぉっ……!!」
ヤクザな男以外の奴らも、僕の周囲には散らばっている。
さっきまで一緒に喋りあっていた、名前も知らない有象無象たち。
けど笑いあって肩を寄せ合って、なんだか、楽しかった連中。
今ではみんな、笑いもしないし、喋りもしない。
柔らかくもないし暖かくもなく、ただただ、固くて冷たくて、空しいだけだ。
恐怖を感じることが出来て、発狂することができたら楽だったのにと僕は思う。
恐怖によって馬鹿になることが今、僕には救いに見える。
けれど、僕はその救いを脳内で止められてしまっていた。
プロトコルは僕に救いを与えない。プロトコルは僕に復讐を囁く。
僕は近くにあった、スマートライフルMK-17Mod1を手繰り寄せる。
僕は機械的に動作する。
ヤクザな男をバリケードに押し立てて、盾にした。これは彼の抜け殻で彼ではない。
シミュラクラの対人機銃が自動になっているのなら、それはサーモセンサーをメインとして目標を判断する。
今、ヤクザな男の体温は死体のものになっていて、僕はその血をたっぷりと浴びていた。
映画でこんな戦術を見たことがあったなと、僕はレーザー測距・目標指示装置の設定を弄る。
その映画では筋肉もりもりマッチョマンの特殊部隊の隊員が、醜い顔のエイリアンとジャングルで戦っていた。
サーモセンサーで人間を狩るエイリアンに対抗し、彼は沼地の泥を塗りたくって対抗する。
僕はサーモセンサーで人間を狩る糞野郎に対抗し、死体の血を塗りたくって対抗した。
ヤクザな男を盾にして、僕は照準器と一体型のレーザー測距・目標指示装置を爆撃目標指示モードにする。
最後ばかしこれでおどかしてやろうと戦闘マニュアルが算出してるのかと思ったが、違うようだ。
バリケードの向こう側の世界は、巨人の墓場になっていた。
戦闘マニュアルは耳障りで物騒なオーケストラから友軍の到来を感知していたらしい。
その友軍は細身であちこちが壊れている、一本足のシミュラクラだった。
『我が、……我が栄えあるエーベルフドルフ家の黒色重装騎士隊が、たった十数秒でこの有様だと………? いったいこれは、どうなっているのだ……?』
なにが黒色重装騎士隊だ馬鹿野郎と僕は胸中吐き捨てる。
ワーグナーの聞き過ぎで頭の中がルートヴィヒ二世かヒトラーにでもなってるんじゃないだろうか。
騎士道もへったくれもない虐殺を指揮しておいて、鼠に手を噛まれたら大人気なく銃をぶっぱなして「これが力量差だ」とかいってかっこつけそうな小物感ばりばりの糞野郎が、名前だけ気取ったところで大物に化けるわけがないだろうが。