Ⅰ-Ⅰ 氷雪の悪夢
2018.2/24 更新分 1/1
「さあ、どうしたんだい? 一緒にこの世界を滅ぼしちまおうじゃないか、火神の御子?」
凶気をはらんだ少女の声が、薄闇の中で響きわたっていた。
氷神の御子を名乗る、メフィラ=ネロのおぞましい声音である。
リヴェルたちは壁を崩された二階の回廊にたたずんでいるはずなのに、メフィラ=ネロはそれよりも高い位置から人々を見下ろしている。それは、彼女が氷雪の巨人の頭上にあったからであった。
しかし、ただ巨人の頭上にあるわけではない。彼女の肉体は、腰から下が巨人の頭の中にうずまってしまっているのである。
しかも彼女は、その額に第三の瞳を燃やしていた。三つの紫色の瞳で世界を睥睨し、邪悪な笑い声をあげていたのだ。
これが、まともな人間であるはずがなかった。
少なくとも、リヴェルには妖魅そのものであるとしか思えなかった。
だが――そんなおぞましい存在が、ナーニャのことを同じ神に仕える同胞と言い放っているのである。
炎のように熱い両腕でリヴェルの身体を支えながら、ナーニャは「はん」と鼻を鳴らした。
「どうやら君は、凶運に身をまかせてしまったようだね。魂も肉体も、何もかもを邪神に捧げてしまったのか」
「邪神だって? そいつは大いなる神からこの世界を奪い取った連中のことだろうよ?」
「知らないよ。神々の争いなんて、知ったことか。僕はすべての神を捨て去って、自分と自分の大事な存在のためだけに生きると決めたんだ」
ナーニャは、メフィラ=ネロを挑発するように笑った。
メフィラ=ネロは、それに応ずるかのように笑った。
「ずいぶん眠たいことを言っているねえ。すべての神を捨て去るなんて、そんな戯れ言が通用するもんかい!」
巨人が、その腕を振り上げた。
人間の胴体よりも太い、氷雪の腕である。
あんな巨大な拳で殴られたら、人間の身体など一撃で四散してしまうだろう。
リヴェルは、ほとんど無意識の内に、まぶたを閉ざしてしまっていた。
ナーニャの熱い両腕が、いっそう強い力でリヴェルを抱きすくめてくる。
そして、次の瞬間、リヴェルの身体は頼りない浮遊感に包まれた。
それから今度は、恐ろしい落下の感覚が襲いかかってくる。
リヴェルは悲鳴をあげて、ナーニャの胸もとを抱きすくめた。
衝撃と、破壊音。それに、断末魔の絶叫が響きわたる。
「大丈夫かい? どこも怪我したりしていないだろうね?」
ナーニャの手の平が、リヴェルの髪を撫でている感触があった。
おそるおそるまぶたを開けると、思いも寄らぬ近さから、ナーニャがリヴェルの顔を覗き込んでいた。
そして、周囲の様子が一変している。
そこはもはや崩れかけた回廊の上ではなく、石畳を張られた地表の上だった。
ナーニャは二階から地表に飛び降りることによって、巨人の攻撃を回避せしめたのだ。
周囲には、崩れた石壁の残骸と、血にまみれた人々の姿があった。
ともに城砦から脱出しようとしていた、西の民たちだ。
そして、メフィラ=ネロはさきほどよりも高い位置から、獣じみた笑い声を響かせていた。
「何を小虫みたいに逃げ回ってるのさ! あんただったら、巨人の腕を溶かすことだってできたはずだろう? まだ人間のふりを続けようってのかい、火神の御子?」
「勝手なことを言っているな。だったら、火種をよこせという話さ」
小さくおしひそめた声で、ナーニャはそんな風につぶやいた。
瓦礫に潰された人々は、あわれげな声でうめいている。リヴェルはガタガタと震えながら、ナーニャの胸に取りすがることしかできなかった。
「だけど、まいったな。ゼッドたちとすっかりはぐれてしまったよ。これじゃあ、走って逃げることもできないし……そもそも、走ったところで逃げきれそうもないよね」
ナーニャの声は、いまだに皮肉っぽい笑いを含んでいる。
しかしこれは、絶体絶命の状況であるはずだった。
氷雪の巨人は、二階に頭が届くほどの巨大さなのである。
あのタウロ=ヨシュの集落では獣のように這いつくばっていた巨人が、今は二本の足で地面を踏みしめているのだ。そうして立ちはだかった巨人の姿は、ちょっとした小山そのものであった。
岩塊のような図太い胴体に、長い腕と短い足が生えている。足よりも腕のほうが長いぐらいだろう。そうして巨大な頭には青い鬼火のような双眸を光らせて、口は横一文字に裂けており――さらに、頭頂部からはメフィロ=ネロの上半身を生やしている。それは、悪夢のように禍々しい姿であった。
「さあ、あんたもとっとと正体を現しなよ。それで手始めに、この城をぶっ潰してやろう! ここは北と西の民が取り合ってる領地だっていう話だから、あたしとあんたの最初の戦果にするのに一番相応しい場所なんじゃないのかねえ?」
「やっぱり君の目的は、四大王国と王国の民を滅ぼすことなんだね。でも、そんなことをして何になるっていうんだい?」
「はあ? 何になるもへったくれもあるかい! あたしたちは、そのためにこそ存在するんじゃないか!」
「でも、好きでそんな運命を背負ったわけじゃないだろう? どうして見たこともない神なんかのために、僕たちが魂を捧げなければならないのさ?」
メフィラ=ネロの言葉が止まった。
しかしその姿は薄暮の闇にほとんど隠されてしまっており、表情を見て取ることもできない。
「あんた……もしかしたら本当に、自分の運命に逆らおうっていうのかい? この世界にある限り、どこにも逃げ場なんてありゃしないんだよ?」
「ふうん? 君はこの広大なる大陸を隅々まで見て回ったのかな? 残念ながら、僕はまだ大陸の片隅を歩き回ったことしかないんだよね」
また重苦しい沈黙が落ちた。
ナーニャは巨人の巨体をねめつけながら、じりじりと後ずさろうとしている。
「……なんだか馬鹿らしくなってきちまったね。あたしはあたしの好きにやらせてもらおうか」
「ああ、暴れたいなら好きにすればいい。それを邪魔立てする気はないよ」
「へえ、そいつは幸いだ」
みしみしと、不気味な音色が響きわたった。
巨人の巨大な口が、氷雪の破片を撒き散らしながら、大きく開かれ始めていたのだ。
それを目にした瞬間、ナーニャはリヴェルの身体を抱きすくめたまま、巨人に背を向けた。
とたんに、リヴェルの視界が白く閉ざされる。
それと同時に、骨まで凍てつくような冷気の嵐が、二人の身体を包み込んでいた。
ぱりぱりと音をたてて、リヴェルの髪が凍りついていく。
背中には、痛いほどの冷気がしみ渡った。毛皮の外套も、その下に着込んでいる装束も、この冷気の前には何の役にも立たなかった。
ただ、ナーニャの身に触れている部分だけが、温かい。
しばらくして、冷気の暴風が収まると、ナーニャの熱い指先がリヴェルの髪を荒っぽく撫でてきた。
「ひどいことをするやつだ。リヴェル、大丈夫かい?」
リヴェルは弱々しく「はい」と答えたが、その声はメフィラ=ネロの哄笑によってかき消されてしまった。
「あんたの魂をあたしが召し上げることは許されないんだろうけど、勝手にくたばる分には知ったこっちゃないよ! 人間のふりを続けたいなら、せいぜいぶざまに逃げ回りな!」
そうしてメフィラ=ネロは、巨人の拳で城砦の壁を殴打し始めた。
ずしん、ずしんと、そのたびに大地までもが揺れ動くかのようである。
しかし、そのようなことにかまいつけているゆとりはなかった。
瓦礫に潰された西の民たちが、うめくのをやめてのろのろと身を起こし始めたのだ。
その姿を目にするなり、リヴェルはまた悲鳴をあげてしまった。
いずれも男性である、武官や文官たち。彼らは頭のてっぺんから足の先まで白い氷雪に覆われて、もの言えぬ妖魅と化してしまっていたのである。
「まいったな。あいつはこんな簡単に、氷の妖魅を生み出せるのか」
ナーニャの腕が、リヴェルから離れた。
そしてその真紅の瞳が、はっとするような優しさをたたえて、リヴェルを見下ろしてくる。
「走れるかい、リヴェル? あの巨人の後ろ側に回り込んで、ゼッドたちを探すとしよう」
「は、はい……だ、だけど、膝が震えてしまって……」
「大丈夫だよ。リヴェルの身は、僕が守ってみせるから」
ナーニャの手が、リヴェルの指先を強く握ってくる。
そこには、火傷をしそうなほどの熱が宿っていた。
「さあ、行こう。幸い、あいつらは足が遅いから、これぐらいの数だったら逃げきれるはずだ」
そう言い捨てるなり、ナーニャは駆け出した。
ほとんどそれに引きずられるようにして、リヴェルも震える足を踏み出す。
言葉の通り、ナーニャは巨人の背後を目指していた。
メフィラ=ネロのあやつる巨人は、ナーニャのことなど忘れてしまったかのように、城砦の石壁を殴りつけている。
それでもナーニャは用心して、十分な距離を取りつつ、巨人の背後に回り込もうとしていた。
その間にも、周囲の闇はどんどん濃くなりまさっている。
すでに太陽は沈んでしまったのか、天空も暗い藍色に沈んでいた。
このまま城砦から離れれば、城下の町を目指すこともできるのか。この暗さでは、それを確認することも難しかった。
背後からは、きしきしと身体をきしませながら、妖魅と変じた西の民たちが追いすがってきている。
彼らは骨の髄まで凍てついているために、その動きは鈍重であった。しかし、頭を砕いてもなお動きを止めることのない、不死の怪物なのである。その恐ろしさは、リヴェルたちもすでに嫌というほど思い知らされていた。
「マヒュドラの兵士たちは何をやってるんだろうね。松明のひとつでも掲げて来てくれれば、それで反撃することができるっていうのに――」
そんな風に言いかけて、ナーニャはふいに立ち止まった。
リヴェルはその腕に取りすがり、ぜいぜいと息をつく。
「ど、どうしたのですか、ナーニャ……?」
「うん。こいつはちょっと、まずいかもしれない」
じゃりっと石畳を踏み鳴らす音色が、前方から聞こえてきた。
黄昏刻の薄闇をかきわけるようにして、白い人影がぼんやりと浮かびあがる。
それは、氷雪に覆われたマヒュドラの兵士たちだった。
それも、十や二十の数ではない。無数とも思える氷雪の妖魅たちが、両足を引きずるような格好で、こちらに押し寄せてきていたのである。
「これを突破するのは、さすがに不可能だね。ゼッドたちと合流するよりも先に、火種を見つけるしかないか……」
「で、でも! 後ろからも、妖魅が迫っています!」
背後から近づいてくるのは、かつて西の民であった妖魅どもだ。
いつの間にか、リヴェルたちは四方を妖魅に囲まれてしまっていたのだった。
「もしかしたら……僕はここで魂を返すことになるんだろうか」
奇妙に静かな声で、ナーニャがそんな風につぶやいた。
その横顔には、あどけない微笑が浮かべられている。
「僕はあの赤の月の夜に魂を返すはずだったんだから、今さら死ぬことを恐れたりはしない。でも……それじゃあ、あまりにゼッドに申し訳ないな……僕たちは、魂を返すその瞬間までともにある、と誓った仲だからさ」
「ナ、ナーニャ……」
「それに僕は、大好きなリヴェルとともにある。これじゃあ僕ばっかり、恵まれすぎだ。周りの大事な人たちに凶運を押しつけるだけ押しつけて、僕ばっかり幸福な心地で魂を返そうだなんて……そんなのやっぱり、許されることじゃないよね」
無邪気に笑いながら、ナーニャは真紅の瞳を燃やした。
「うん、やっぱり、こんなのは駄目だ。それなら、僕は……この魂を火神に捧げてでも、大事な人たちを守ってみせよう」
ナーニャの美しい相貌に、うっすらと赤い紋様が浮かび始めた。
リヴェルはほとんど無意識の内に、ナーニャの熱い腕を抱きすくめる。
「駄目です! やめてください、ナーニャ! ナーニャがそんな風に、自分の身を犠牲にする必要はありません!」
「いいんだよ。この凶運は、もともと僕が背負ってきたものなんだからね。最初から、僕が自分の運命から逃げたりしていなければ――」
「駄目です! 人であることをやめるぐらいなら、わたしと一緒に魂を返してください!」
リヴェルの瞳から、涙が噴きこぼれていた。
ナーニャは赤く目を燃やしたまま、びっくりしたようにリヴェルを見下ろしてくる。
「どうして、リヴェルが泣いているのさ? 僕は……僕は、あいつの言う通り、この世界を滅ぼすために存在する、忌み子なんだよ?」
「それでも、ナーニャはナーニャです! ナーニャはあんな化け物ではありません! わたしはナーニャと、最後まで運命をともにします!」
「……僕と一緒に死んでくれるというの?」
「それしか運命から逃げる手段がないなら、それでかまいません!」
ナーニャは、泣き笑いのような表情を浮かべた。
さまざまな笑い方をするナーニャであるが、そんな表情をリヴェルに見せるのは、これが初めてのことだった。
そして――それを覆い隠すように、赤い紋様がナーニャの白皙を埋め尽くしていく。
「ありがとう。ゼッドに会えたら、どうか謝っておいてほしい」
「駄目です、ナーニャ!」
リヴェルは全身で、ナーニャに抱きついた。
その瞬間――鉄で岩を打つような、重々しい音色が響きわたった。
「ガノンおうじ、ごっぢだ!」
濁った声が、闇を震わせる。
ナーニャの身体を抱きすくめながら、リヴェルは背後を振り返った。
両足を断ち割られた妖魅が、地面の上で虫のように蠢いている。
そのかたわらに立ちはだかっているのは、長剣を掲げたイフィウスであった。
「いぞげ! まわりがらも、がいぶづどもがおじよぜでぎでいるぞ!」
怒号をあげながら、イフィウスはさらにもう一体の妖魅の足を斬り払った。
妖魅はぐしゃりと崩れ落ち、凍てついた指先で宙を掻いている。
ナーニャは無言のまま、リヴェルの手を取って走り出した。
イフィウスは、迫り来る妖魅の腹を蹴り飛ばし、さらに道を広げてくれる。その間隙をぬって、ナーニャとリヴェルは妖魅の包囲を突破することができた。
「すごいね。あなたはこの妖魅と相対するのは初めてなんだろう? とても的確に対処できているじゃないか」
普段通りの落ち着いた声で、ナーニャがそのように述べていた。
思わず振り返ると、その顔からはすでに紋様が消えており、瞳の炎も静まっている。
二人とともに薄闇の中を駆けながら、イフィウスは切れ長の目を向けてきた。
「あだまをぐだいでもうごぎがどまらながっだので、あじをねらっだだげだ。がんじんざれるようなばなじではない」
「そうか。君は本当に卓越した剣士なんだね。心から礼を言わせてもらうよ」
そのように言ってから、ナーニャは慈愛に満ちみちた眼差しをリヴェルに向けてきた。
「それに、君もだよ、リヴェル。リヴェルが僕のために発してくれた言葉を、僕は魂を返す瞬間まで、絶対に忘れない」
リヴェルは、何も答えることができなかった。
そんなリヴェルの指先をぎゅっと強く握ってから、ナーニャはイフィウスに向きなおる。
「イフィウス、何とかして炎を手に入れてほしい。そうすれば、あの妖魅と化してしまった人間たちの魂を浄化することができるんだ」
イフィウスは立ち止まり、周囲を見回した。
同じように視線を巡らせたリヴェルは、闇の向こうに赤く灯る炎を見出した。
城砦から遠く離れた場所に、ぽつんぽつんと均等な間隔を置いて、火が燃えている。おそらくは、かがり火か何かなのだろう。ここから見えるその明かりは小さいが、それは距離が遠いためであるようだった。
「あれでいい。火種さえあれば、あとは何とかできるはずだ」
三人は、あらためてそちらの方向に駆け出した。
背後からは、かつてマヒュドラの兵士たちであった妖魅どもが迫ってきている。メフィラ=ネロのあやつる巨人は、石壁を殴ることに飽きたかのように立ち尽くしており、ここからでは黒い小山の影そのものに見えた。
「……いちおう言っておくけれど、僕たちが向かっている先には、さらなる脅威が待ち受けているようだよ」
やがてナーニャがそのように述べたてると、イフィウスがいぶかしげに振り返ってきた。
ナーニャは、妖しく唇を吊り上げて微笑んでいる。
「まあ、それでも向かうしかないんだけどね。どんな妖魅が現れても驚かないように、心の準備をしておいておくれよ」
闇の中に灯った炎は、どんどん大きくなっていく。
やはりあれは、かがり火だ。地面に台座が組まれており、その上で、人の頭ほどもある炎が明々と燃えている。その数は、五つほどにも及ぶようだった。
ナーニャが炎の魔法を行使するには、もっと近づく必要があるだろう。
リヴェルがそんな風に考えたとき、イフィウスがいきなり長剣を振りかざした。
がつんっと鈍い音色が弾けて、イフィウスは転倒する。そのかたわらで、ナーニャもぴたりと足を止めた。
「やっぱりだ。こいつは、新顔の妖魅だね」
闇の中に、青い鬼火がいくつも灯った。
妖魅の目が放つ、邪悪な眼光である。
いったい今までどこに隠れひそんでいたのか、その眼光はあっという間にかがり火までの空間を埋め尽くしてしまった。
「黙って逃がすとでも思ったのかい? 自分の馬鹿さ加減を呪いながら、凍っちまいな!」
背後の暗がりから、メフィラ=ネロの哄笑が響きわたる。
イフィウスは起き上がり、長剣をかまえながら、その妖魅どもと相対した。
その妖魅は、獣のような姿をしていた。
四本の足を持ち、低い位置に青い眼光を燃やしている。一見は、腐肉喰らいのムントのようにも見えた。
しかし、ムントよりは巨大である。体長は、人間と同じぐらいもあっただろう。
ただ、胴体も四肢も、骨のように細い。見たこともない獣の骨格が、おぞましい意思に支配されて動き出したかのようだ。
細長い顔の真ん中に、ひとつしかない鬼火の目が燃えている。口は大きく開けられて、そこから氷柱のように鋭い透明な牙が生えのびていた。
「あれは屍骸に憑依した妖魅じゃない。氷雪の巨人と同じ、邪神の身から分かたれた妖魅だよ。動きもなかなか素早そうだから、こいつは厄介だね」
ナーニャが、低くつぶやいた。
しかしその声には、何にも屈しない意思の力が感じられる。これこそが、リヴェルの知っているナーニャであった。
「あの炎さえ手に入れば、後の始末は僕が受け持とう。だからそれまでは、君の力で何とか頼むよ、イフィウス」
イフィウスは答えず、シュコーシュコーと不気味な呼吸音を奏でていた。
そして――その夜の、さらなる死闘が始まった。