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アムスホルン大陸記  作者: EDA
第四章 滅びの御子
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Ⅰ-Ⅳ 告白

2018.1/6 更新分 1/1

 イフィウスの身柄が牢獄に戻されて、ベルタがマヒュドラの兵士とともに立ち去った後、その場にはしばし重苦しい沈黙が落ちることになった。

 やがて、それを打ち破ったのは、リヴェルのかたわらで膝を抱え込んでいたチチアである。


「……で、これはいったい、どういうことなわけ?」


 ゼッドにぴったりと寄り添っていたナーニャは、薄笑いを浮かべながらそちらを振り返る。


「どういうことって、何がかな?」


「とぼけないでよ! あんたがセルヴァの第四王子で、そっちの剣士さんが十二獅子将だっていう、さっきのとんでもない話についてさ!」


 チチアの声は、牢獄の中でわんわんと反響した。

 それでもナーニャは同じ表情のまま、肩をすくめている。


「何もとぼけているつもりはないよ。誰が何と言おうとも、今の僕はナーニャという風来坊で、ゼッドはゼッドなんだから。捨ててしまった過去の話なんて、僕たちにとってはどうでもいいことなのさ」


「……それじゃあ、あいつらの話を否定する気はないってことだね?」


「否定しようが肯定しようが、大きな意味はないんじゃないのかな。今の僕たちは、寄る辺なき放浪者に過ぎないよ」


「ああ、そうかい! そうやってのらりくらりかわそうって魂胆なんだね! だったら、勝手にしやがれってんだ!」


 そのようにわめいてから、チチアはぷいっとそっぽを向いてしまった。

 ナーニャは笑みを消し、いくぶんけげんそうに小首を傾げている。


「チチアはいったい、何を怒っているのかな? 僕たちがどのような出自であっても、君には大して関係のない話だろう?」


「…………」


「だって君は、もう何年も邪教徒として生きてきた身じゃないか。もともとは真っ当な王国の民だったのかもしれないけれど、今では自由開拓民のようなものだろう? だったら、仮に相手がセルヴァの王だろうと王子だろうと、媚びへつらう必要はないんじゃないかな?」


「うっさいよ。あたしに話しかけんな、この赤目野郎。あんたとの縁は、ここですっぱり切らせてもらうからね」


「縁を切るって言ったって、どこにも逃げ場のない牢獄の中じゃないか」


 ナーニャはそのように応じたが、チチアはそっぽを向いたまま答えようとしなかった。

 その横顔には、頑とした拒絶の表情が浮かんでいる。ナーニャはますますけげんそうに眉をひそめると、リヴェルのほうに視線を転じてきた。


「ねえ、リヴェル、チチアは何をこんなに怒っているのだろう? 一方的に縁を切ろうだなんて、あまりに理不尽な話じゃないか?」


「え……それはでも……あのような話を聞かされたら、誰でも平静ではいられないのではないでしょうか?」


 リヴェルがそのように答えると、チチアが目だけでにらみつけてきた。


「ふーん。その口ぶりだと、あんたは最初っから何もかも知ってたみたいだね」


「あ、それはその……」


「わかったよ。それじゃあ、あんたとも縁切りだ」


 チチアは座ったまま、リヴェルのかたわらから離れていった。

 それで空いた隙間に、冷気がじわじわと忍び込んでくる。チチアはリヴェルとタウロ=ヨシュの間で、あらためて膝を抱え込んでいた。


「何を子供のようにすねているのさ。僕やゼッドがどのような生まれであったかなんて、君には関係のない話だろう?」


「…………」


「今の僕たちは、無力な放浪者に過ぎないんだ。誰に命令を下せるわけでもないし、それどころか、大罪人として手配されてるぐらいだろう。そんな話を聞かされて、何か君の得になるというのかい?」


 ナーニャがどれほど言葉を連ねても、チチアが振り返ることはなかった。

 ナーニャは、再びリヴェルのほうを見やってくる。


「リヴェル、どうしよう?」


「ええ? ど、どうしようと言われても……」


「僕には今ひとつ、チチアの怒っている理由がわからないんだ。リヴェルだって、僕たちの正体を明かされたとき、驚きはしても怒ったりはしなかっただろう? なのに、どうしてチチアはこんなに怒っているのかなあ?」


 そのようなことまで、ナーニャは説明されないとわからないのだろうか。

 リヴェルは懸命に頭を悩ませて、ナーニャに伝えるべき言葉を探し出すことになった。


「それはきっと……そのように大事なことを隠されていたことに、怒りを覚えたのではないでしょうか? しかもその話は、ナーニャ本人ではなく他者の口から明かされてしまったのですから……」


「ふうん? どうしてそれで、怒ることになるのかな?」


「それは、ええと……チチアがこれほど怒っているのに、ナーニャは済まなそうな顔を見せるわけでもなく、あまりに平然としているので……余計に怒りをかきたてられてしまうのではないかと……」


 そこまで説明してから、リヴェルはひとつの事実に思いあたった。


「そうだ。それに、チチアは赤の月の災厄のことも知らないのだと思います。だから、ナーニャが自分の素性を隠す理由がわからないのではないでしょうか?」


「ああ、そうか。あんな地図にも載らない森の中でひっそり暮らしていたのなら、王都での騒ぎなんて耳に入るはずもないね。それは確かに、リヴェルの言う通りかもしれない」


 ナーニャは愁眉を開いて、チチアのほうに向きなおった。


「ねえ、チチア。そんなに聞きたいのだったら、僕とゼッドの身の上について語ってみせるからさ。ちょっとこっちを向いてもらえないかな?」


「うっさいよ。喋りかけるなって言ったのが聞こえなかったのかい?」


「だって、君に縁を切られてしまうのは、嫌だよ」


 と、ナーニャはふいに唇をとがらせた。

 ナーニャがときたま見せる、幼子のような仕草である。


「君のことは、それほど好いていたわけではないのだけれどね。苛烈な生に負けなかったその心の強さはともかく、性格は意地悪だし、態度は荒っぽいし、リヴェルみたいに可愛らしいところもひとつもないからさ」


「…………」


「でも、君に嫌われたり、縁を切られたりするのは嫌だ。よくわからないけれど、一緒に過ごす内に情が移ってしまったのかな? とにかく僕は、君のことも失いたくないんだ」


 チチアは仏頂面のまま、のろのろとナーニャのほうを振り返った。


「あんたねえ……人のことをほめたいのかけなしたいのか、どっちなんだよ?」


「え? 別にほめているつもりはなかったけれど」


「ふざけんな!」と、チチアは座ったまま地団駄を踏んだ。


「どうあれあんたは、大嘘つきの裏切り者だ! そんなやつ、二度と信用する気にはなれないね!」


「ま、待ってください。ナーニャとゼッドにも、事情があったのです。二人は、王国セルヴァにおいて大罪人として追われる身であったのですよ」


 たまりかねて、リヴェルも口を開くことになった。

 チチアはきつく眉を寄せながら、険悪な目をリヴェルに差し向けてくる。


「なんかさっきも同じようなことを言ってたよね。王国の王子様が大罪人ってのは何の話なのさ?」


「はい。ナーニャとゼッドには……というか、第四王子カノンと十二獅子将ヴァルダヌスには、セルヴァの前王や王太子たちを弑逆して、宮殿を燃やしたという疑いをかけられているのです。わたしは故郷のロセッドの町で、その話を耳にすることになりました」


「前王や王太子を……弑逆?」


「はい。そうして第四王子とヴァルダヌス将軍も、ともに焼け死んだと布告が回されていたのですが……それが生きていたと王国の人間に知られてしまったら、ナーニャたちは許されざる叛逆者として処断されてしまうことでしょう」


 チチアは疑わしげに、ナーニャとゼッドの姿を見比べた。


「それじゃあ……あんたたちはそんな身の上だから、地図にも載らない辺境区域をさまよってたってこと?」


「そうだよ。ご覧の通り、僕はとても目に立つ風体をしているからさ。それで、大きな火傷を負ったゼッドと一緒にいるところを見られてしまったら、どうしたって正体が露見してしまうだろう? だから、第四王子カノンと十二獅子将ヴァルダヌスは大罪人として焼け死んだってことにしておきたかったのさ」


「……あんたたちは、本当にそんな大罪を犯したの?」


 チチアは、真正面から問い質した。

 ナーニャはその真紅の瞳にあやしい炎を宿しながら、ふっと微笑む。


「僕たちが、この手で前王や王太子たちを殺めたのかという話なら……答えは、否だ。だけど、僕さえこの世に存在しなかったら、彼らも魂を返すことにならなかった。そういう意味では、僕が殺したようなものなのだと思うよ」


「ふん。けっきょく、誤魔化そうってのかい? 殺したのか殺してないのか、どっちなんだよ?」


 ナーニャは白銀の髪をかきあげながら、少し憂いげにリヴェルのほうを見た。


「この話は、まだリヴェルにも話していなかったよね。それをこの場で打ち明けたら、少しはチチアの気も晴れるのかな」


「おい、この期に及んで、まだ誤魔化そうってんなら――」


「僕とゼッドが銀獅子宮に向かったとき、すでに前王たちは害されていた。それで僕たちが呆然とたたずんでいると、その場に近衛兵たちがなだれこんできたんだ。それで僕は……自分の身を守るために、初めて呪われた火神の力を解放することになった」


 ナーニャの瞳に宿った炎が、妖しく揺れ動く。

 そのほっそりとした肩を、ゼッドが背後からそっとつかんだ。


「近衛兵たちは、それで焼け死ぬことになった。他にもあの宮殿で寝入っていた人間がいたのなら、みんな魂を返すことになっただろうね。僕は自分の力を抑制することができず、何もかもを焼き尽くしてしまったんだ」


「…………」


「だからまあ、大罪人であることに変わりはないだろうね。たくさんの近衛兵を焼き殺して、神聖なる銀獅子宮も焼き尽くしちゃったんだからさ。たとえ前王たちを害したのが他の誰かであっても、僕たちは王国の叛逆者であり、許されざる大罪人なんだ」


「ふーん」と、チチアは不機嫌そうな声をあげた。


「で? 大罪人扱いされるのが嫌だから、そいつを今まであたしに隠してたってわけ?」


「まあ、そういうことになるのかな。すべてを聞かせてしまったら、君たちの存在も僕の呪われた運命に巻き込んでしまうことになってしまうしね」


「はん! ここまで巻き込んでおいて、どの口が言うんだよ! あんたなんて王子だろうとそうじゃなかろうと、炎を操るあやしげな魔法使いだってことに変わりはないんだからね!」


 チチアは膝を抱え込むのをやめて、男のようにあぐらをかいた。

 そして、ナーニャの顔をじろりとにらみつける。


「だいたいさ、そうして生き残ったんだから、自分の疑いを晴らそうとか考えなかったわけ? 王子だってんなら、あんたに味方する人間だっていたんでしょ?」


「いないよ、そんなもの。僕にとって、味方と言えるのはヴァルダヌス一人さ。……ああ、もう一人、味方と言えないこともないような人間はいたけれど」


「たったの二人? あんた、そんなに人望がなかったわけ?」


「うん。何せ、この年になるまでずっと幽閉されていた身だしね」


 ナーニャが言うと、チチアはぎょっとしたように目を丸くした。


「幽閉ってのは、何の話さ? あんた、王子だったんでしょ?」


「チチアは、その話も知らなかったのかい? 僕はこの世に生を受けた瞬間に王位継承権を剥奪されて、エイラの神殿にずっと幽閉されていた、という身の上なんだよ」


 ナーニャの言葉に、チチアはますます目を丸くする。


「何だよそれ……どうして王子に生まれついたのに、そんな目にあわなくちゃならないわけ?」


「さあ? すべては前王――僕の父様が決めたことだからね。その理由を尋ねるのは、王宮内でも禁忌とされていたらしいよ」


 チチアはがりがりと頭をかきむしってから、「何だよ」とつぶやいた。


「人のことを何だかんだ言っておきながら、あんたのほうがよっぽど普通じゃない暮らしをしてたんじゃん。……だからあんたは、そんなわけのわからない人間に育っちまったんだろうね」


「うん、それはその通りだと思うよ。でも、僕はどうやらチチアのことも好いてしまったみたいだから……何とか縁を切らずにいてくれないものかなあ?」


 チチアは深々と溜息をついてから、リヴェルのほうに這いずってきた。

 そして、再びぴったりと寄り添ってくる。


「すっかり身体が冷えちまったよ。果実酒の差し入れでも欲しいところだね」


「え? ああ、はい……あの、わたしもナーニャたちのことを秘密にしていて、申し訳ありませんでした」


「うっさいよ。あんただって、こいつらに振り回されてるだけなんだろ。こんなときまで、いい子ぶってんじゃねーや」


 そのように述べながら、チチアはいっそう身を寄せてきた。

 分厚い外套ごしにも、チチアの体温が感じられる。その感覚は、リヴェルに思いも寄らぬ安堵感をもたらしてくれた。


「おどろくべきはなしだな。……しかし、マヒュドラのこであるおれには、かかわりのないことだ」


 と、沈黙を保っていたタウロ=ヨシュが、ふいに発言した。


「それで、おまえはどうするつもりなのだ、ナーニャよ」


「うん? どうするつもりって、何がだい?」


「さきほどのものたちのもうしでについてだ。おまえはセルヴァのおうじとして、グワラムのにしのたみたちをすくおうというのか?」


 タウロ=ヨシュの紫色の瞳は、ひどく真剣な光をたたえている。

 それを見返しながら、ナーニャは「ううん」と首を振った。


「申し訳ないけれど、僕は王国セルヴァを捨てた身だ。見たこともないグワラムの民たちを救うために、タウロ=ヨシュと敵対する気持ちにはなれないね」


 すると、今度はタウロ=ヨシュのほうが図太い首を横に振った。


「おれはマヒュドラのこだが、おうこくのたみではない。グワラムをとりあうマヒュドラとセルヴァのあらそいなど、おれにはかんけいのないはなしだ」


「だからといって、僕がマヒュドラ王国の敵に回ってしまったら、タウロ=ヨシュも黙ってはいられないだろう?」


「むろん、おれがおうこくにやいばをむけることはできん。そのときは、おまえたちともみちをわかつて、じぶんのかえるべきばしょをさがそうとおもう」


「タウロ=ヨシュと道を分かつのも、僕にとっては悲しいことだよ。君のことは、チチアよりもずっと先に気に入っていたんだから」


「あんたねえ……」と、チチアが怒った目を向ける。

 いっぽう、タウロ=ヨシュはいくぶん眼光をやわらげていた。


「おまえはほんとうにおさなごのようなこころをもっているのだな、ナーニャ。しかしおまえは、おれのそんざいになどとらわれず、じぶんのすすむべきみちをみきわめるべきだ。グワラムをすくえば、おまえのつみもゆるされるかもしれんではないか?」


「別に僕は、許しなど乞うつもりはないからね。今さら王子として扱われるなんてのも、まっぴらさ」


「ほんとうにそれがただしきみちであるか、よくかんがえることだ。そのこたえがでるまで、おれはおまえとおなじみちをあるこう」


 ナーニャは少し考えてから、「うん」とうなずいた。

 その面にも、幼子のように無邪気な笑みが浮かべられている。


「考えたって答えは変わらないと思うけれど、君にそんな風に言ってもらえるのは嬉しいよ、タウロ=ヨシュ。僕はやっぱり、君との縁を重んじたいと思う」


 タウロ=ヨシュは「ああ」とうなずいてから、冷たい壁にもたれかかった。

 ゼッドは相変わらず言葉を発しようとはせず、チチアは寒そうに身をゆすっている。それでも何となく、ナーニャたちの秘密が明かされたことによって、皆の絆はいっそう深まったように感じられた。


「あの……ナーニャ、ひとつだけいいですか?」


 リヴェルがおずおずと声をあげると、「なんだい?」という機嫌のよさそうな声が返ってきた。


「さっき、ゼッドの他にもお仲間がいるという話でしたけれど……その御方は、王都に留まっておられるのでしょうか?」


「ああ、そうだね。でも、実際のところは、よくわからないんだよ。ただ、僕たちを救ってくれたのは彼だから、敵ではないと思うってぐらいの話でさ」


 無邪気な微笑みをたたえたまま、ナーニャはそう言った。


「銀獅子宮が崩れ落ちたときにね、僕たちは床下に隠されていた秘密の通路から逃げのびることになったんだよ」


「ひ、秘密の通路ですか?」


「うん。もともと戦で攻められたときなんかのために作られた通路なんだろうね。あれがなかったら、少なくともゼッドの生命はなかったと思う。僕の炎は、僕のことしか避けてはくれないからさ」


 そう言って、ナーニャはゼッドの右頬に刻まれた火傷の痕に指先をあてがった。

 ゼッドは、静かにナーニャの姿を見下ろしている。


「で、その通路は城壁の外にまで繋がっていたから、僕たちも何とか逃げのびることができたんだけど……ゼッドはひどい火傷を負っていたから、しばらくは動けなかったんだ。そこを助けてくれたのが、そのご老人だったわけさ」


「ご老人、なのですか?」


「うん。顔を隠しているからどれぐらいの年齢なのかはわからないけれど、年をくった人物であることに間違いはないよ。彼は、なんという名前だったっけ?」


 ナーニャの問いに、ゼッドは低い声で「オロル」と答えた。


「ああ、そう、オロルだった。その人物は薬師という身分で、僕が幼い頃に病魔にかかったときなんかも、こっそり面倒を見てくれたんだ。その人物が、火傷の薬や旅に必要な荷物なんかを準備してくれたんだよ」


「そうでしたか……その御方は、王都でどうされているのでしょうね」


「わからない。でも、わざわざ逃がす準備をしてくれたんだから、僕たちのことを誰かに漏らしたりはしないと思うよ」


 ナーニャは、さしてその人物に強い思い入れを抱いている様子もなかった。

 それでもリヴェルは、ナーニャに温情をかけてくれた人間が他にもいたことを、心から嬉しく思うことができた。


(ナーニャのことを信用する人間がもっとたくさんいてくれたら、きっと前王を弑逆したなんていう恐ろしい疑いをかけられることもなかったんだろうなあ……)


 そこでリヴェルは、ひとつの疑念に思い至ることになった。

 前王たちを殺めたのがナーニャたちでないとしたら、いったい誰がそのような大罪を犯したのか――もしかしたら、その許されざる何者かが、ナーニャたちを叛逆者に仕立てあげたのではないか――と、リヴェルはそのような考えに行き着いてしまったのだった。


 慌てて顔を上げると、ナーニャは満ち足りた表情でゼッドに身を寄せている。

 きっと、チチアやタウロ=ヨシュと縁を結びなおすことができて、満足しているのだろう。ナーニャのそんな和んだ表情を見ていると、あまり暗鬱な話題を持ちかける気持ちにもなれなかった。


(いつかもっと事態が落ち着いたら、ナーニャに聞いてみよう。もしかしたら、それでナーニャの罪を晴らすことができるかもしれないし……ナーニャは許しを乞うつもりなんてない、と言っていたけれど、やってもいない罪をかぶせられるなんて、そんなの絶対に許せない話だもの)


 そうしてその後は、しばらく静かな時間が流れることになった。

 ときたまナーニャが口を開いては、リヴェルやチチアがそれに応じる。牢獄の内にありながら、それはとても優しい時間であるように思えた。


 そんな時間が、どれほど過ぎていった後だったか――

 平穏な時間は、突如として破られることになった。


 最初に聞こえたのは、階上で扉の開けられた音色である。

 また何者かが地下の牢獄へとやってきたのだ。

 息を詰めて待ちかまえていると、現れたのは、ベルタであった。


「カノン王子、ヴァルダヌス将軍、ただいまこちらの鍵をお開けいたします。どうぞお騒ぎになりませぬよう……」


 燭台に照らされるベルタの顔は、血の気がひいて真っ青になっていた。

 彼が鍵束をまさぐる姿を眺めながら、ナーニャはうろんげに眉をひそめる。


「こんなに早くまた顔をあわせることになるとは思わなかったよ。あまり無茶をすると、かえってよくない結果を招くのじゃないのかな」


「いえ、今が千載一遇の好機であるのです。きっと西方神が、我らに救いの手を差しのべてくださったのでしょう」


 格子の扉を開けたベルタは、ひょこひょことゼッドのもとに近づいていく。ゼッドとタウロ=ヨシュの鉄鎖の捕縛をほどくのにも、鍵が必要であったのだ。


「今ならば、見張りの兵士たちものきなみ出払っております。階上では、他の者たちが剣の準備をしておりますので」


「ふうん? そいつは景気のいい話だね。もしかしたら、セルヴァの軍がまた戦を仕掛けてきたのかな?」


「いえ。襲撃してきたのはセルヴァの軍ではなく……この近辺に出現していた、氷雪の巨人どもであるのです。マヒュドラの軍は、総出でそちらに向かっていったのです」


 リヴェルは、愕然と息を呑んだ。

 ナーニャは、真紅の双眸を激しく瞬かせている。


「氷雪の巨人? それは、本当の話なのかい?」


「はい。それも、十体を超える数であるようで……城門を破壊して、すでに城砦にまで近づいてきているのです。我々も、すぐに逃走するべきでありましょう」


 ゼッドの両腕が、ようやく解放された。

 その長身に取りすがったまま、ナーニャは「ふうん」と唇を吊り上げる。


「こんな石造りの場所に閉じ込められていたから、僕もあいつらの波動を感じることができなかったのかな。……それにしても、十体を超える巨人なんて、恐れ入った。そいつを操っている何者かは、グワラムを滅ぼすつもりであるのかな」

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