Ⅱ-Ⅲ 再会
2017.12/9 更新分 1/1
「おお、ロア=ファム、ひさしいな! 元気そうで、何よりだ!」
金狼宮におけるディラーム老の執務室に足を踏み入れるなり、クリスフィアは大きな声でそう述べたてた。
ディラーム老とともに卓上の地図を覗き込んでいたロア=ファムは、うろんげな表情で面を上げる。
「お前はひょっとして……赤の月に俺たちの集落に立ち寄った、あの旅人か」
「うむ、アブーフのクリスフィアだ。まさか、このような場所でお前と再会できるとは思わなかったぞ、ロア=ファムよ」
クリスフィアはずかずかと室内に踏み入っていき、卓ごしにロア=ファムと相対した。それから、あらためてこの部屋の主人であるディラーム老のほうにも一礼する。
「ディラーム将軍も、ご壮健のようで何よりです。不肖クリスフィア、ダーム公爵領より帰参いたしました」
「うむ。そちらも無事なようで何よりであった。シーズが賊に害されたと聞いて、お主たちの身を案じておったのだぞ」
「はい。シーズ殿には、気の毒なことでした。……ああ、フラウ、お前も挨拶をするがいい。フラウだって、ロア=ファムのことは憎からず思っていただろう?」
「いえ、わたくしは――」と、フラウはお行儀よく目を伏せたまま、その場から動かなかった。その姿を見て、ディラーム老が優しげに破顔する。
「事情はわからんが、お主らは旧知の間柄であったのか? かまわんから、挨拶をするといい。儂とてクリスフィア姫に劣らず、宮廷内の堅苦しい作法など気にする人間ではないのだからな」
「ありがとうございます。それでは――」
と、フラウはしずしずとした足取りで進み出ると、黄褐色の肌をした狩人の少年にやわらかく笑いかけた。
「わたくしもこのようなところで再びお会いできるとは考えておりませんでした。とても嬉しいです、ロア=ファム」
純朴なロア=ファムは、わずかに頬を赤くして、「ああ」とそっぽを向いてしまう。
そのさまを見届けてから、レイフォンもようよう入室した。
「このような大人数で押しかけてしまい、申し訳ありません、ディラーム老。ですが、危急の事態でありますため、どうかご容赦のほどを」
「いや、賑やかなのは大歓迎だが……しかし、思いがけない顔がまざっているようだな」
ディラーム老が目を向けたのは、ティムトに続いて最後に入室してきたゼラの小さな姿であった。
ゼラは無言のまま、深々と頭を垂れている。
「して、危急の事態とは? ついにそちらの祓魔官が、ダリアスの居場所を吐いたのか?」
「はい、それは確かにその通りなのですが、いささか事情が込み入っておりまして……ティムト、説明をお願いできるかな?」
ティムトは「はい」と小さくうなずいてから、ここ半刻ばかりで判明した驚くべき真実の数々を説明し始めた。
ダリアスは、すでにクリスフィアがダームで出会っていたということ、現在はダーム公爵トライアスを味方に引き入れるべく説得に励んでいるということ、そしてシーズは敵方の間諜であり、すべてを告白しようとしたところで謀殺されてしまったということ――さらには、ゼラがどのような思惑で動いており、どのような真実をつかみ取ったかということまで、ティムトは理路整然と並べたてていった。
「……では、ジョルアンが敵方の人間であるということに間違いはないのだな、祓魔官よ?」
「はい……少なくとも、ジョルアン将軍の配下である千獅子長らが、王宮には内密でダリアス様を襲ったことだけは確かかと……」
「それだけの確証があれば、十分であろう。ついにジョルアンめを処断することができそうだな」
と、ディラーム老は今にも刀をつかみそうな勢いであった。
さきほどのクリスフィアと、同じような反応である。今回、それをたしなめるのはレイフォンの役となった。
「しばしお待ちください、ディラーム老。確証をつかめたのは、あくまで配下の者たちだけであるのです。ジョルアン殿を告発するには、その命令を下したのが彼本人であるという確証をつかんでからの話となりましょう」
「そのようなことは、配下の者どもを締めあげれば済む話であろうが?」
「しかし、シーズは首謀者の名を口にしようとしたところで、謀殺されたのです。審問が終わる前にその武官たちの口を封じられてしまったら、せっかくの手がかりを失ってしまうことにもなりかねません」
これは、金狼宮に向かう道中で、ティムトが述べていた言葉であった。きっとディラーム老もクリスフィアと同じようにいきりたつであろうと、ティムトは予見していたのだろう。
「ようやくこちらも敵方の尻尾をつかむことができたのです。今はその尻尾を切られてしまわないように、慎重に慎重を重ねて、敵の本体めを引きずり出すのが得策なのではないでしょうか?」
「うむ……しかし、それまでジョルアンめを野放しにしておくというのは、何とも腹の煮える話だな」
ディラーム老は、いかにも収まりがつかない様子で、眉をひそめていた。
そのかたわらで、ロア=ファムは肩をすくめている。
「やはり、王宮の陰謀などというものは、ややこしくできているのだな。俺など、何の役にも立てなそうだ」
「いやいや、ロア=ファムの出番はこれからだからね。ややこしい話は私たちにまかせて、今は英気を養ってくれ」
レイフォンが言うと、クリスフィアがいぶかしげな視線を差し向けてきた。
「ロア=ファムの出番とは何の話だ? ロア=ファムは、もはや自由の身であるのであろう?」
「うん。だけど、彼は条件つきで解放されたのだよ。その条件というのは……まあ、それもちょっと入り組んだ話なのだけれどね」
このたびロア=ファムは、ディラーム老の従者として正式に扱われることになった。その裏には、ゼラド大公国の偽王子たちが侵攻を始めた際に、和平の使者としての働きをする、という条件がつけられていたのだった。
「偽王子の一団には、いまだにロア=ファムの姉が加わっているらしい。だから、ロア=ファムがその人物を通して、偽王子たちの進軍を食い止めることができれば、姉弟ともども本当の自由を得られるというわけさ」
レイフォンの説明が終わると、クリスフィアはこれ以上ないぐらい顔をしかめていた。
「しかしそれは、あまりに過酷な条件ではないか? 偽王子たちは、すでにゼラド大公国に取り込まれてしまっているのであろう? いかにロア=ファムとその姉が働きかけても、ゼラドの蛮族どもが容易く刀を収めるとは思えないのだが……」
「しかし、それで偽王子が心を改めないようであれば、俺の馬鹿な姉は王国に牙を剥いた叛逆者のままだ。どうあれ、あいつを救うには、俺が説得する他ない」
ロア=ファムは、ぶっきらぼうな口調でそう言い捨てた。
クリスフィアは、不満顔で足を踏み鳴らす。
「だが、ロア=ファム自身は何の罪も犯してはいないではないか? そのような条件を課せられる筋合いはなかろう?」
「……それでも、罪人として首を刎ねられるよりはマシだ。しかも、馬鹿な姉を救う道まで示してもらえたのだから、文句を言えた筋合いではない」
そう言って、ロア=ファムはちらりとレイフォンのほうを見やってきた。
この条件を呑んだ上で、ロア=ファムはレイフォンたちが信頼に値する人間であるかどうか見定めさせてもらう、と宣言していたのだ。
レイフォンとしては、真心をこめて微笑を返すぐらいのことしかできなかった。
(だけどまあ、顔なじみのクリスフィア姫がこちら陣営の人間であったというのは、明るい材料かな。どちらもそれなりに、おたがいのことを気に入っている様子であるしな)
そんな風に考えていると、クリスフィアが「よし!」と声を張り上げた。
「相分かった。ならば、わたしもお前たち姉弟の行く末を見届けさせてもらうぞ、ロア=ファムよ」
「うむ? それは、どういう意味だ?」
「どういう意味だも何もない。ゼラドの蛮族どもが襲撃してきた際は、私もディラーム将軍の陣営に身を置いて、お前の仕事を助けるという意味だ」
ロア=ファムは、けげんそうにクリスフィアを見返す。
「しかしお前は、北方のアブーフの生まれなのだろう? そもそも、お前は何のために王都に留まっているのだ?」
「うむ? それは、新王の戴冠式に列席するためだな」
「新王の戴冠式……お前は、それほどの身分であったのか?」
「いや、べつだんそれほどの身分ではないのだが」
クリスフィアがそのように応じると、ディラーム老が愉快そうに声をあげた。
「お主が大した身分でなかったら、王都に招かれた貴族の大半は大した身分ではない、ということになってしまうな。お主はロア=ファムに、自らの素性を打ち明けていなかったのか?」
「ええ、まあ……旅の道中で素性を明かすのは、危険なことでもありますので」
そう言って、クリスフィアはいくぶん気がかりそうな視線をロア=ファムに差し向けた。
「しかしべつだん、ロア=ファムを危険だと考えていたわけではないのだぞ? ただ、気楽な旅の道中で貴族扱いされるのは、気が進まぬというだけのことだ」
「……それでけっきょく、お前はどれほどの身分であるのだ?」
クリスフィアがもじもじしていたので、代わりにディラーム老が口を開いた。
「クリスフィア姫は、アブーフ侯爵家の嫡子だ。儂のような爵位を持たぬ名ばかりの貴族ではなく、いずれはアブーフを治める立場であられるわけだな」
「……侯爵家というのは、やはり高い身分なのか?」
「うむ。セルヴァにおいては、公爵家に次ぐ格式であるな」
ロア=ファムはひとつ溜息をつくと、赤みがかった髪をがりがりと掻きむしった。
「では、お前をお前呼ばわりすることなど許されないのだろうな。……貴人相手の口のきき方など習ってはいないので、何か無礼があったのなら許してもらいたい」
「だから、そのように気をつかわれるのが好かぬのだ! お前は誇り高き自由開拓民の狩人であろう? 貴族の流儀など気にせずに、これまで通りに気安く振る舞ってほしい」
クリスフィアは、子供のように口をとがらせていた。
ロア=ファムは、仏頂面でディラーム老を振り返る。
「将軍よ、この場合、俺はどのように振る舞うべきなのであろうか?」
「それは、姫の望むままに振る舞うのが相応であろうな。この姫も儂と同じように、王宮内の作法など薬にしたくともない武人であるのだ」
「うむ。そうだぞ、ロア=ファムよ」
クリスフィアが笑いかけると、ロア=ファムは「そうか」とまた肩をすくめた。
「だったら俺も、これまで通り振る舞わせてもらう。後で文句など抜かすなよ、アブーフの姫君」
「望むところだ。わたしのことは、クリスフィアと呼ぶがいい」
思いがけず、その場には和やかな空気が流れることになった。
和やかというか、王宮よりも宿場町の宿屋などが相応しいような、気取りのない雰囲気だ。身分を隠してそういう宿に身をひそめることを趣味とするレイフォンにとっても、それは好ましい雰囲気であった。
(このような陰謀劇にはとっとと幕を下ろして、わたしもまたティムトとどこかに出かけたいところだな)
そんな思いを胸にしながら、ティムトのほうを見ると、彼は卓上の地図に視線を落としていた。
「……ディラーム老は、ロア=ファムにセルヴァの地理を教えておられたのですか?」
ティムトの代弁者としてレイフォンが問うてみると、ディラーム老は「うむ」とうなずいた。
「ゼラド大公国が進軍してくるとすれば、どのような経路となるか。また、それを迎え撃つとしたら、我々はどの砦まで進軍するべきか。そういったことを、今の内に教えておこうと思ってな」
「……しかしその場合は、これまでと異なる経路も考えに入れておくべきなのでしょうね」
ティムトがひかえめな声でつぶやくと、ディラーム老は興味深げにそちらを見た。
「それは、どういう意味であろうかな? ゼラドが大軍を動かすには、ごく限られた経路しかありえぬはずであるが」
「それは、これまでの勢力図に基づいたお考えでありますね。しかしこのたび、ゼラド軍は偽王子を旗頭にするはずです。そうすると、セルヴァの版図においてもこれまでのような抵抗も見せずに、やすやすと道を空けてしまう領地が出てきてしまうのではないでしょうか」
そう言って、ティムトは地図のある一点を指し示した。
「たとえば、このラッカスの町――ここは貴族の存在しない自治領区であり、戦を忌避する気風が強い領地です。まがりなりにもセルヴァ王家を名乗る御方の進軍を止めることはできなかった――などと言って、ゼラドの進軍を素通りさせてしまう危険もあるでしょう」
「それは……確かにありうる話かもしれんな。そうしてラッカスで足止めできなければ、この西方の主街道をゼラドに抑えられてしまうかもしれん。そうなったら、これまで以上に容易く王都まで近づかれてしまことであろう」
ディラーム老もまた、真剣きわまりない面持ちで地図に目を走らせた。
「レイフォン様の指示で、ラッカスには間諜を忍ばせています。もしもゼラド軍がラッカスを通るようであれば、狼煙でいちはやくそれが伝えられることでしょう」
「なるほど。さすがはぬかりがないな、レイフォンよ」
もちろんそれは、ティムトが自分の考えで打った手であった。
以前にレイフォンはティムトから資金の調達を打診されていたので、それらの銅貨をつかって間諜の人間を準備したのだろう。
「ロネックの配下が偽王子とゼラド軍に遭遇したのは、朱の月の十五日頃であったか……どうあれ、黄の月が終わる前に、あやつらは進軍を始めるであろうな」
「黄の月ですか。ならば、戴冠式が開かれる前に、狼煙をあげてもらいたいものです」
そのように述べたのは、クリスフィアであった。
ディラーム老は目を細めて笑いながら、そちらを振り返る。
「姫よ、さきほど儂の軍に加わりたいなどと述べていたが、それは本心であるのか?」
「ええ、もちろんです。ひとりの兵も持たぬ身でありますが、アブーフの騎士として恥ずかしくない働きをお見せいたしましょう」
「現在、王宮には各地の領主やその使者たちが集結しているが、姫の他にそのような申し立てをする人間が、いったいどれだけ存在するであろうかな。……アブーフの大隊長たる姫とともに戦場に立つことができれば、儂も心強い限りだ」
どうやら両名は、武人としての闘志に火がついてしまった様子であった。
それをたしなめるように、フラウが「姫様」と声をあげる。
「このような場にあっても、姫様は戦場に向かってしまわれるおつもりなのですね。侯爵様がお耳にされたら、またご心配をかけることになってしまいますよ?」
「父君とて、この場にあれば刀を取るに決まっている。そうでなくては、わたしのような子が生まれることもあるまい」
「まったくもう……わたくしはその間、ひとりぼっちで姫様の帰りを待つことになってしまうのですよ?」
その声は余人の耳をはばかるようにひそめられていたが、とりあえずレイフォンには丸聞こえであった。
クリスフィアは、いくぶん申し訳なさそうに口もとをほころばせている。
「わたしとて、無駄に生命を散らすつもりはない。このたびの戦も、必ず無事に戻ってみせよう。何も案ずることはない」
「だけど今は、戦の前になすべきことがあるのではなかったのですか?」
フラウの言葉に「そうですね」と声をあげたのは、ティムトであった。
「早くとも、ゼラドが動くのは十日か半月の後になることでしょう。まずは後顧の憂いを断つべきだと、レイフォン様も仰っていました」
「それはもちろん、その通りだ。しかし、ジョルアンに手を出せぬとなると、何をどう動くべきなのであろうかな?」
ディラーム老がそう述べると、クリスフィアが勢い込んで身を乗り出した。
「わたしはまず、オロルという薬師を締めあげたいと考えております。シムで薬の作法を学んだというあの男は、いかにもあやしげでありますので」
「ふむ、あの薬師か。儂が手傷を負った際には、さんざん世話になった相手ではあるが……確かに、シーズがシムの秘術などというもので害された以上、放っておくことはできまいな」
「……では、わたしもそれにお力を添えましょう」
と、この場において、初めてゼラが発言した。
半ばその存在を忘れかけていた人々は、びっくりしたようにそちらを振り返る。
「わたしもまた、シムの技を学んで魔を祓うことを生業とする祓魔官でありますので……薬師を相手にするならば、ささやかながらにお力を添えることもかなうことでしょう……」
「うむ、それは心強いな。では、わたしとゼラ殿がオロルという薬師のもとに――」
「待て。それならば、このロア=ファムも連れていくがいい」
ディラーム老が、すかさず言葉をさしはさむ。
「このロア=ファムは、刀の扱いもなかなかのようであるしな。決して姫の邪魔にはならぬはずだ」
「ええ、ロア=ファムも同行してもらえるならば、なお心強い限りです」
クリスフィアは、嬉しそうに微笑んでいた。単純に、ロア=ファムと行動をともにできるのが嬉しいのだろう。
しかし、それにうなずき返すディラーム老のほうは、厳しい眼差しでゼラのほうを見やっていた。
ゼラは、これまで敵方とみなしていた神官長バウファの従者であるのだ。クリスフィアが寝首をかかれないように、ディラーム老はロア=ファムの同行を望んだのかもしれなかった。
「それでは我々は、さっそく薬師めを探してまいります。……申し訳ありませんが、それまでフラウをお預けさせてください」
「……わたしはここでもおいてけぼりなのですね」
フラウがまた小声で文句を言っていた。
クリスフィアは、それをなだめるように微笑んでいる。
「相手はシムの毒を使ってくるかもしれないからな。フラウはこの場で、わたしの帰りを待っていてくれ。……ああそうだ。それに、デンやギムといった者たちに、ダリアスとラナの話を聞かせてやるといい。彼らもこの場で保護されているのですよね?」
「うむ。その者たちは、あちらの寝所に控えている」
「では、よろしく頼むぞ、フラウ。ゼラ殿、『賢者の塔』とやらに案内をお願いする」
そうしてクリスフィアは、ゼラとロア=ファムを率いて、執務室を出ていった。
後に残されたディラーム老は、「やれやれ」と肩をすくめている。
「ダームから戻ったばかりだというのに、せわしないことだ。しかし、ようやくこちらも反撃の体勢が整ったようだな、レイフォンよ」
「そうですね。ジョルアン殿のほうも、引き続きゼラ殿が監視してくれるという話であったので、そちらでも何か動きがあるかもしれません」
「……これでようやく、ヴァルダヌスの仇を取ることができる。あのような災厄を引き起こした叛逆者どもは、誓って根絶やしにしてくれよう」
そう言って、ディラーム老は無念の炎を双眸に燃やしながら、まだ見ぬ敵をにらみすえているようだった。
ティムトとフラウにはさまれたレイフォンは、そんなディラーム老を見やりながら、ふっと息をつく。
(二日後には戴冠式の前祝いだというのに、まったく慌ただしいことだ。ダームに居残っているダリアスも気がかりだし、ゼラドの動きにも用心しなくてはならないし……いったいこの騒ぎは、どんな形で決着がつくのだろうか)
それにレイフォンには、次代の王に目されているなどという、とんでもない話が持ち上がってしまっている。前祝いの宴ではまたユリエラ姫のお誘いを受けてしまうのだろうか、と考えると、なおさら気は重くなってしまう。
(ベイギルス新王が失脚すれば、ユリエラ姫の王位継承権も剥奪されるのかな……いや、それじゃあ王家の血もうんと薄まってしまう。いっそのこと、カノン王子が生きていれば話は早いんだけど、そう上手くはいかないよなあ)
レイフォンは何かにすがりたい心地で、ティムトの姿を見下ろした。
しかし、聡明なる少年は、次なる一手を模索するかのように目を伏せて、自分の考えにふけっている様子であった。