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アムスホルン大陸記  作者: EDA
第四章 滅びの御子
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Ⅰ-Ⅲ 露見

2017.12/2 更新分 1/1

 マヒュドラの将軍ヤハウ=フェムの審問を終えた後、リヴェルたちは宣告通り地下牢で幽閉されることになった。

 グワラム城の地下に造られた、堅固なる牢獄である。床も壁も冷たい石造りで、正面には鉄の格子が張られている。せめてもの温情とばかりに各自一枚ずつ毛皮の外套が与えられていたが、その場にたちこめた冷気は容赦なく骨身にしみいってくるようだった。


「ああもう、これじゃあ荷車に揺られてたときと大差ないよ。いっそ首を刎ねられたほうが楽になるんじゃないのかね!」


 毛皮の外套にくるまったチチアは、がたがたと肩を震わせながら、そのようにぼやいていた。

 幸いなことに、五人は同じ牢獄に閉じ込められている。その中で、鎖で両腕をいましめられているのは、ゼッドとタウロ=ヨシュのみであった。


「大丈夫かい、ゼッド? 本当にひどい目にあってしまったね」


 ゼッドは壁ぎわにうずくまっており、ナーニャは横からその身に取りすがっている。ゼッドはあちこちに手傷を負ってしまっていたが、骨や筋などに異常はなく、また、火傷による発熱なども起こしてはいなかった。


「それで、これからどうすんのさ? こんな場所に閉じ込められてたら、その内みんな凍え死んじまうよ!」


「そうだね。残念ながら、マヒュドラの人々と友愛を育むのは難しいかもしれない。僕としても、大きく期待外れだったよ」


 チチアのほうに向けられたナーニャの赤い瞳には、はっきりと怒りの火が宿されていた。

 ナーニャは、離ればなれであったゼッドが手傷を負わされたことに対して、深い怒りを抱いていたのだ。


「最初に出会った北の民であるタウロ=ヨシュが、とても理知的で信頼の置ける人柄であったから、僕は期待をしすぎていたのかもしれないね。まさか、彼らが無抵抗の人間にこのような真似をするとは予想もできていなかったよ」


「ちょ、ちょっと、その目つき、やめてくれない? あたしがその剣士さんをいたぶったわけじゃないでしょ?」


「うん、ごめんね。ちょっと気持ちの持って行き場がなくってさ」


 すると、反対側にいたタウロ=ヨシュが「こころをしずめろ」と底ごもる声音で言った。


「たしかにあいつらはおうぼうだったが、すべてはごかいなのだ。ごかいがとければ、りゆうもなくしょけいされることはない。おれがせっとくしてみせるから、それまではけっしてはやまったまねをするな」


「でも、タウロ=ヨシュだってこうして虜囚扱いじゃないか」


「……これは、おれがのぞんだことだ」


 そう、リヴェルたち四名を虜囚として扱うならば、自分も同じように扱えと、タウロ=ヨシュはそのように言い張っていたのである。その結果として、タウロ=ヨシュは鉄鎖で捕縛されることになってしまったのだった。


「タウロ=ヨシュは、こんなに誠実で真っ直ぐな気性をしているのにね。どうして彼らは、あんなにも横暴で頑迷なのだろう。これは、自由開拓民と王国の民の差なのかな?」


「いや。あいつらは、ひょうせつのきょじんにいかりをいだいているだけだ。そのいかりが、おまえたちにむけられてしまったにすぎん。だから、ごかいがとけるのをまて」


「ふん。いっそのこと、僕が操るのは氷雪ではなくて炎だということを教えてあげたいところだね。そうしたら、誤解とやらも綺麗に消え去るんじゃないのかな」


「そのようなまねをしたら、やはりきけんなまほうつかいであったのだと、しょけいされてしまうかもしれん。かるはずみなことをかんがえるな」


 そう言って、タウロ=ヨシュは金褐色の立派な眉をひそめた。


「なんだかおまえは、きかんきのおさなごのようだな、ナーニャよ。なかまをいためつけられたことが、そんなにふかいであったのか?」


「当たり前じゃないか。無抵抗の人間を痛めつけるなんて、道理にかなっていないだろう?」


 ナーニャはそのように述べたてていたが、リヴェルもタウロ=ヨシュと同じ気持ちであった。

 確かに無抵抗の人間を痛めつけるというのは非人道的なやり口であるが、相手はマヒュドラの兵士たちであったのだ。リヴェルにしてみれば、問答無用で首を刎ねられなかっただけ、まだしも幸運であると思えるぐらいであった。


(やっぱりナーニャは外の人間と触れ合う機会が少なかったから、西と北の確執について、きちんと理解できていなかったのかな)


 ナーニャは以前から、いざとなったらマヒュドラの領土に逃げ込むもよし、などと述べていた。西の王国に居場所がないならば、北の王国に亡命してやろうか、というぐらいの考えでいたのだ。


 いっぽうリヴェルは、北と西の間に生まれた人間であるので、両者がどれほどの確執を抱いているかを、痛いほどに体感させられている。北の民と西の民は、それぞれの王国が建立された数百年の昔から、おたがいを憎み合っていたのである。


(しかもこのグワラムの兵士たちは、実際にセルヴァの軍と戦っている人たちなんだ。たとえ誤解が解けたとしても、西の民であるわたしたちを解放したりするのかな……)


 考えると、いよいよ絶望的な心地になってきてしまう。

 すると、リヴェルの隣にいたチチアがまたナーニャに呼びかけた。


「ね、なんとか自力で逃げる方法を考えたほうがいいんじゃないの? あんた、火種さえあれば、例の魔法を使えるんでしょ? ちょうどあそこに、都合よく火が燃えてるじゃん」


 鉄の格子をはさんだ向かいの壁に、燭台がひとつだけ灯されているのだ。

 そのかぼそい明かりのほうに目をやってから、ナーニャは華奢な肩をすくめる。


「もちろん僕も色々と考えてはいるけどね。僕の魔法が焼きつくすのは、僕の敵だけだ。格子や壁を燃やすことはできないよ」


「ちぇっ! だったら、どうするのさ?」


「そうだね……たとえば、牢獄の鍵を持った看守か何かが現れたら、そいつを焼き尽くすことは可能だろうね。それで鍵を奪えれば、ひとまず自由になることはできるよ」


「ばかなまねはかんがえるな」


 と、タウロ=ヨシュが苦い面持ちでたしなめる。

 そのとき、遠くのほうで、何かが軋むような音がした。

 この地下牢へと繋がる回廊の扉が、開かれたのだ。

 息を詰めて待っていると、やがて大小のふたつの影が現れた。

 マヒュドラの兵士と、グワラムの内務官ベルタである。


「し、失礼いたします。ヤハウ=フェム将軍閣下のご命令により、再び審問させていただきます」


「へえ、ずいぶんせわしないことだね。もしかしたら、今度は拷問か何かかな?」


 挑発するようにナーニャが応じると、ベルタは「いえ」と首を横に振った。


「今回は、その……そちらのゼッドという御方の身柄を調べさせていただきます」


「ゼッドを? まさか、ゼッドだけどこか別の場所に連れていこうというつもりじゃないだろうね?」


 ナーニャの瞳が、妖しくゆらめいた。

 ベルタはぞっと身をすくませつつ、「いえいえ」と首を振る。


「あ、あなたがたは、その場でお待ちください。これより、証人をお連れいたします」


 その言葉で、リヴェルはハッと息を呑むことになった。

 ゼッドの前身は、十二獅子将という非常に高い身分であったのだ。このグワラムにセルヴァの貴族の生き残りでも幽閉されているならば、その前身を知っていてもおかしくはなかった。


 同じ思いに至ったのか、ナーニャはいっそう妖しく両目を燃やしている。

 そのかたわらで、ゼッド自身はまったくの無表情であった。

 そんな中、ベルタはマヒュドラの兵士とともに、通路の奥へと消え去っていく。


「ナ、ナーニャ、これはもしかすると……」


「うん。ゼッドはいかにも歴戦の勇士という風貌だから、セルヴァでも名のある剣士なんじゃないかという疑いをもたれてしまったのかもしれないね」


 ナーニャの赤い唇が、ゆっくりと吊りあがっていく。

 それを横から眺めつつ、チチアとタウロ=ヨシュはきょとんとしていた。


「で、セルヴァで名のある剣士だったら、何だっての? それであたしらの立場がよくなったり悪くなったりするわけ?」


「少なくとも、よくなることはないんじゃないのかな。ゼッドがセルヴァ軍で立場のある人間であったりしたら、マヒュドラに害をなす存在であると思われてしまうかもしれないしね」


「ふーん。でも、あんたたちはミンタとかいうちっぽけな宿場町の生まれなんでしょ?」


 そのように言ってから、チチアは不安げな面持ちになった。


「え……まさか、さっきのは口からでまかせで、実はセルヴァの将軍様だったーなんてオチじゃないよね?」


「うふふ。僕たちがミンタの生まれであったら、どうしてそんなことをチチアたちに隠し続けてきたんだろうね?」


「ちょっと、勘弁してよ! 確かにこの剣士さんは、貴族でもおかしくない男前だけどさあ!」


 じゃらりと鉄鎖の鳴る音色がして、チチアの口を閉ざさせた。

 ベルタと兵士ともう一人、鉄鎖で両腕を縛られた囚人が、格子の前に引き立てられてくる。


 その姿を見た瞬間、リヴェルの背筋には悪寒が走り抜けていった。

 それは、見るも異様な風貌をした人物であったのだ。


 すらりと背が高く、淡い色合いをした髪を肩までのばしている。年齢は、そろそろ五十に届くぐらいであろうか。目もとには深い皺が刻まれており、下顎には無精髭がこびりついていた。

 身に纏っているのは粗末な布の服であり、肩から毛皮の外套が掛けられている。それでもきちんと背筋をのばして、いかにも武人らしく毅然と頭をもたげていた。


 また、それほど荒んだ格好をしているわけではない。このグワラムが陥落したのはもう四年ぐらいも前の話であるから、もっと最近に虜囚として捕らわれた身柄であるに違いない。その切れ長の瞳には、強い意思の力が感じられた。


 ただ一点、異様な部分がある。

 その人物は、鼻のあたりだけ奇妙な面に覆われていたのだ。

 両目の下から上唇までが、暗灰色の金属に覆われているのである。鼻のあるべき場所には、トトスのくちばしのような隆起がにゅっと突き出していた。


 その奇妙な面の下からは、シュコーシュコーと奇怪な呼吸音がもれている。金属の鼻の下で、呼吸の音色が反響しているのだろう。いったい何のためにそのような器具を装着しているのか、リヴェルには見当をつけることもできなかった。


「こちらは、かつてグワラムに侵攻してきたセルヴァ軍の生き残りで、十二獅子将ルデン元帥の副官であった、イフィウスという御方です」


 ベルタが、気弱げな声でそう述べたてた。

 マヒュドラの兵士は、探るような目つきでそのイフィウスとゼッドの姿を見比べている。


「イフィウス殿、あちらの壁に寄りかかった、大柄の男性――彼はゼッドと名乗っておりますが、あなたの見知ったお相手ではありませんか?」


 イフィウスは、色の淡い瞳で、ゼッドの姿をねめつけた。

 感情の感じられない、冷たい眼差しだ。

 ゼッドもまた、猛禽のような眼差しで、それを見返している。

 ゼッドに取りすがったナーニャは、薄笑いをたたえたまま、彼らの背後で燃える燭台の炎を見つめていた。


 もしもゼッドの正体が暴かれてしまうようだったら、ナーニャはここで炎の魔法を使ってしまうかもしれない。

 兵士の注意を自分に引きつけて、刀でも抜かせれば、おそらくは魔法を使う条件も整ってしまうのだ。


 リヴェルは、寒さとは異なる理由で身体を震わせることになった。

 しかし――重苦しい静寂の中で、イフィウスはくぐもったうめき声をあげながら、首を横に振った。


「ごんなおどごはじらぬ……わだじは、みだごどもない……」


 それは、石と石を擦りあわせるような、不気味な声音であった。

 マヒュドラの兵士は、不快そうに顔をしかめている。


「そのおとこは、なんといったのだ?」


「こ、こんな男は知らぬ。わたしは、見たこともない、と仰ったようです。……イフィウス殿、それで間違いはありませんか?」


 イフィウスは、黙然とうなずいた。

 ベルタは、額に浮かんだ冷や汗をぬぐっている。


「まあ、イフィウス殿は元帥の副官をつとめられていた御方でありますので……たとえそのゼッドという人物がかつてアルグラッドの兵士であったとしても、顔を見知る機会などはあまりないかもしれません。アルグラッドには、十万もの兵士が存在するのですからな」


「ふん。なにかのやくにたてば、ばんさんでにくでもあたえられたろうに、おしいことだったな」


 マヒュドラの兵士は、赤く日焼けした顔に憎々しげな笑みをたたえた。


「では、あちらのおりにもどるぞ。そのやくたたずを、またくさりにつながねばな」


「あ、ちょっとお待ちを……せっかくですので、わたしは少々イフィウス殿と言葉を交わしていきたいのですが……」


「なに? そんなめいれいは、うけておらん。だいたい、そいつとことばをかわすりゆうなどあるまい?」


「わたしは若い頃に、しばらく王都で過ごしていたことがあったのです。イフィウス殿とは、その頃からの知り合いであったのですよ。ですから、いずれゆっくり言葉を交わしたいものだと、かねがね考えていたのです」


「……ことばをかわして、なにになる? そいつはとおからず、しょけいされるみだ」


「だからこそ、です。わたしは今後も将軍閣下のもとで生きていくことを決断した身でありますが……死にゆく友人の姿や言葉を、この胸に刻みつけておきたいのです」


 そう言って、ベルタははらはらと涙をこぼし始めた。

 それでも兵士が素知らぬ顔で立ちつくしていると、骨ばった指先を懐に入れて、小さな袋を引っ張り出す。


「こちらは、将軍閣下から下賜された褒賞の銅貨です。よければ、おおさめください」


 兵士はにやりと笑ってから、その小さな袋をひったくった。


「それでは、おりにもどれ。おれは、うえでまっている」


「あ、いえ……よければこのまま、格子の外でお話しさせていただけませんでしょうか? 鎖で繋がれていたイフィウス殿の足は、ひどい擦り傷になってしまっておりますので……せめて話をしている間だけでも……」


 兵士は凶悪な笑みをたたえたまま、ふたまわりも小さいベルタの顔を上から覗き込んだ。


「ばかなまねはかんがえるなよ。そいつのうでのくさりのかぎは、べつのばしょでまもられているのだからな」


「も、もちろんでございます。階上には大勢の兵士様がいらっしゃるのですから、イフィウス殿を逃がすことなどできようはずもありません」


「……よんはんこくだ。じかんがきたら、かぎをしめにくる」


 兵士は銅貨の詰まった袋を鎧の内側にねじ込みながら、立ち去っていった。

 その巨体が見えなくなり、また遠くのほうで扉の閉められる音色を聞いてから、ベルタはほっと息をつく。


「おそらくは、四半刻も経たずに戻ってくることでしょう。今の内に、話を済まさなければなりません」


 イフィウスは小さくうなずいてから、あらためてゼッドの姿をねめつけた。

 その瞳が、静かな炎ともいうべき光を燃やし始める。


「まざがどおもっだが……おまえは、ヴァルダヌズが……」


 リヴェルは、雷に打たれたかのような衝撃を受けることになった。

 その間に、ベルタも格子のほうに顔を寄せてくる。


「やはりそうでしたか。わたしがお会いしたのはもう何年も前のことですので、確証が持てなかったのですが……あなたは、十二獅子将のヴァルダヌス殿であったのですね」


「十二獅子将!?」と、チチアが素っ頓狂な声をあげた。

 ベルタは慌てふためいた様子で、格子に取りすがる。


「お、お静かに願います。この牢獄には、他にも何名かの御方たちが捕らわれておりますので……もちろん、マヒュドラの民に密告するような恥知らずはいないはずですが、それでも用心はするべきでありましょう」


「……あなたは十二獅子将の副官であったのだね、イフィウスとやら。それじゃあ、さすがに言い逃れはできなそうだ」


 ゼッドの身体にぴたりと身を寄せたナーニャが、爛々と光る真紅の瞳でイフィウスを見据えている。

 すると、イフィウスの目もナーニャのほうに転じられた。


「ぞのずがだ……まざがあなだは……」


「僕たちのことよりも、まずは君たちの話を聞かせてもらいたいものだね。十二獅子将の副官ともあろう人間が、どうして幽閉の憂き目にあってしまったのかな?」


「赤の月における戦役において、アルグラッドの軍はグワラムのマヒュドラ軍の前に、大敗を喫しました。その際に、指揮官たるルデン元帥は戦死なさりましたが、副官たるイフィウス殿は何とか生き残ることができたのです」


「ふうん。それで、マヒュドラ軍の手に落ちてしまったのか。それは、気の毒な話だったね」


 ナーニャが深刻さの欠片もない口調で応じると、イフィウスはいっそう冷たく双眸を瞬かせた。


「ルデンげんずいは、ひれづなうらぎりのだめに、だまじいをがえずごどになっでじまっだのだ……」


「卑劣な裏切り? それは、何の話かな?」


「ルデン元帥は、マヒュドラ軍ではなく、マヒュドラ軍を装ったセルヴァの軍勢に急襲を受けたのだと、イフィウス殿は仰られております。そのために、アルグラッドの軍は指揮官を失って、敗走することになってしまったという話です」


 ベルタは、無念そうにそう述べていた。

 ナーニャは、「ふうん」と肩をすくめている。


「でも、そんな真似をして誰の得になるのかな? セルヴァの人間がマヒュドラの軍を手助けするなんて、とうていありえる話とは思えないね」


「理由は、わかりません。あるいは、ルデン元帥を謀殺するのが目的だったのではないでしょうか。イフィウス殿のお言葉によると、その卑劣な裏切り者は……ルデン元帥と同じく、十二獅子将の人間であったそうなのです」


 そう言って、ベルタは思いつめた眼差しをゼッドのほうに差し向けた。


「ヴァルダヌス殿ならば、ご存じでありましょう。それは、ルデン元帥とともに遠征兵団を率いていた、十二獅子将のロネック殿であったというお話であるのです」


 ゼッドの眉が、わずかに動いたようであった。


「ロネック殿の名は、グワラムで暮らすわたしの耳にも届いておりました。《アルグラッドの毒爪》と称される、きわめて残忍な御方でありましょう? ですから、ロネック殿は……何か邪なたくらみのもとに、上官たるルデン元帥を謀殺したのではないでしょうか?」


「なるほどね。でもまあ、僕たちには関係のない話かな」


 ナーニャが冷淡に言い捨てると、ベルタは今にも泣きだしそうな顔つきで、そちらを見た。


「……わたしが若い頃に王都で過ごしていたというのは、虚言ではありません。その頃に、いまだ百獅子長であったヴァルダヌス殿を、ディラーム殿に紹介されたのです。そして……ヴァルダヌス殿がエイラの神殿に足しげく通っておられるというお話も、のちのちディラーム殿からおうかがいすることになりました」


 リヴェルは不安でたまらなくなり、思わずナーニャの手に取りすがってしまった。

 その指先は、焼けた鉄のように熱かった。


「あなたは、エイラの神殿に幽閉されていた第四王子、カノン殿下であられますね? 審問の場で、あなたとヴァルダヌス殿の姿を見せつけられて、わたしは心臓が止まるほど驚かされることになりました」


「だ……」と、奇妙な声が聞こえた。

 振り返ると、チチアが水面に顔を出した魚のように、ぱくぱくと口を開閉している。

 タウロ=ヨシュは、石のように押し黙ったまま、この問答を聞いていた。


「このグワラムにおいても、王都における災厄については話が届けられております。カノン殿下とヴァルダヌス殿は、銀獅子宮に火を放って王族の人々を弑逆したと伝えられておりますが……それは、真実であるのですか?」


「……それをこの場で、ことこまかく説明する気にはなれないね」


「そうですか。……確かに今は、そのような話を語らっている猶予もございません。イフィウス殿にヴァルダヌス殿という歴戦の勇士がグワラムの地でお顔をあわせることになったのは、きっと西方神の思し召しであるのです」


 そう言って、ベルタは西方神に祝福を捧げる礼をした。


「どうかこのグワラムをお救いください……我々は四年もの間、北の民の暴虐に苦しめられてきたのです。どうか、どうか我々に希望の光を……!」

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