Ⅱ-Ⅱ 二人の智者
2017.10/28 更新分 1/1
「さあ、どうぞ。遠慮はいらないから、くつろいでくれたまえ」
レイフォンは、白牛宮の執務室に、祓魔官のゼラを招き入れた。
しかし、ゼラは卓の前まで足を進めたものの、椅子に腰を下ろそうとはしない。レイフォンがもう一度うながしても、ゼラは「いえ……」と首を振っていた。
「わたしはご覧の通り、他の皆さまより身体が小さいため……自分用の小さな椅子でないと、かえって落ち着かないのでございます。失礼ながら、このままお話をさせていただきたく思います」
「そうか。まあ、無理強いをするような話ではないからね」
レイフォンは、執務の卓の席に腰を下ろした。
ティムトは無言のまま、そのかたわらに立ちつくす。
「それで、今日はどういったご用件かな? ジョルアン殿のほうに何か動きがあったか……あるいは、私を信用してすべてを打ち明ける気持ちになったのかな?」
「……その両方、でございましょうか……」
「ほう。それでは、ようやく私を信用する気持ちになってくれたのか」
レイフォンも、思わず身を乗り出すことになった。
ゼラは、「はい……」と頭を垂れる。
「本当に自分の判断が正しいのか、今でも迷っている部分はあるのですが……すべての命運は、セルヴァに託したいと思います……」
「決して君を失望させることにはならないと思うよ。でも、どうして急に私を信用する気持ちになれたのかな?」
「それには、ふたつの理由がございます……その内のひとつが、ジョルアン将軍の動向についてでございます」
幼子のように小さな体躯をしたゼラは、さらに深くうつむきながら、そう述べた。
「レイフォン様のお言葉通り、わたしはジョルアン将軍の身辺を調査いたしました……その末に、ダリアス様を襲った衛兵たちの正体を突き止めることがかなったのです」
「ええ? それは本当かい?」
それは、レイフォンが想像していた以上の成果であった。
思わずティムトのほうを振り返ると、さしもの沈着なる少年もわずかに目を見開いて驚きをあらわにしていた。
「それは、どこの誰だったのかな? 是非とも聞かせていただきたいところだ」
「はい……それは、第二防衛兵団の第三部隊所属、第四中隊の者たちでありました」
第二第三第四とまくしたてられて、レイフォンは目を白黒とさせてしまう。
「ええと、第二防衛兵団はもともとジョルアン殿の率いる団であり、現在は副官であった人物に引き継がれているはずだね。それの第三部隊というと……」
「第三部隊は、城下町を警護する部隊でございます……」
「うんうん。それで、第四中隊の誰と誰がダリアスの身を脅かしたのかな?」
「その中隊に所属する全員でございます……つまり、その中隊の二百名全員が、ジョルアン将軍からの密命を受けて暗躍する秘密部隊の構成員であったようです」
「二百名の全員が? それは……ちょっと驚くべき話だね」
「はい……ですから、その中隊を指揮する第三部隊の千獅子長と、さらに第二防衛兵団の長である十二獅子将もまた、ジョルアン将軍と秘密を分かち合っている、ということになりましょう」
それは確かに兵団の指揮系統を考えれば、そういうことになるのだろう。直属の上官の目を盗んで悪事を働くことなど、そう簡単な話ではないのだ。
「というか……わたしはジョルアン将軍を起点として、その真実に行き着いたのでございます。ジョルアン将軍と密談をしていた防衛兵団長の後を辿り、その防衛兵団長が密談をしていた部隊長の後を辿り、ついにその中隊まで行き着いたと……そういう顛末でございます」
「すごいね。わずか七日で、よくそこまでの成果をあげられたものだ。私は感服してしまったよ」
「ジョルアン将軍もまた、ダリアス様を取り逃がしてしまったことによって、気が急いていたのでありましょう。以前からジョルアン将軍の周囲はそれとなく探っていたのですが、そのときはこれほどの成果をあげることもかないませんでした」
「なるほどね。……それで、ジョルアン殿がダリアスを襲わせた張本人だと判明したから、私を信用することができた、ということなのかな?」
「はい……レイフォン様がジョルアン将軍と裏で繋がっていたならば、その身辺を探らせようなどとはしないことでしょう……わたしをあざむくために、あえてそのような助言をしたとしても、ジョルアン将軍には身をつつしむように耳打ちするはずでしょうから……」
「ほう、君はそこまで私のことを疑っていたのか。ずいぶん用心深いのだね」
「申し訳ありません……わたしは、なんとしてでもダリアス様をお救いしたかったのです……それが、レイフォン様にすべてを打ち明けようと考えた、二番目の理由でございます……」
外套の頭巾で面相を隠したまま、ゼラはそのように述べたてた。
「実は……わたしはダリアス様の居場所を知っておりました。というよりも……わたしがダリアス様の逃亡を手助けしたのです……」
「ふむ。ダリアスに助力はしたけれども現在の行方はわからない、というのは、やはり虚言であったのだね」
「まことに申し訳ありません……レイフォン様を全面的に信用できるようになるまで、それだけは決して明かすことはできないと思っていたのです……」
「かまわないよ、今、それを打ち明けてくれるというならね」
「はい……ダリアス様は、王都を出奔してダームにおもむかれたのです……」
それは、ティムトの推測した通りの答えであった。
ティムトは、静かにゼラの姿を観察している。
「その際に、わたしは自分の従者をダリアス様に同行させました……そうして、ダーム公爵家の内情を探り、危険がないようでしたら、そこにダリアス様の身柄をお預けしようと考えたのです……」
「ダーム公爵のトレイアス殿か。それはなかなか、面白い人選だね。私の印象では、敵にも味方にもなりにくそうな御仁だ」
「はい……ダームを逃亡の地に選んだのは、ダリアス様ご本人であられますので……それは、トレイアス様ではなくシーズ将軍の人柄を見込んでのことであったのやもしれませんが……」
その名前に、レイフォンは軽く息を呑むことになった。
「そのシーズは、公爵邸に押し入った賊に殺められてしまったという話だね。もしかしたら、そのせいでダリアスの身が心配になってしまったのかな?」
「それもあります……しかしその前に、ダリアス様に同行させていた従者からの連絡が途絶えてしまったのでございます……」
「ほう。ゼラ殿は、その従者と連絡を取り合っていたのか」
「はい……烏に伝書を運ばせておりました……しかし、ちょうどシーズ将軍の身が害された日から、その連絡がぷつりと途絶えてしまったのです……」
レイフォンは、再び息を呑むことになった。
ゼラは、ゆるゆると首を振っている。
「これを偶然と考えるのは、いささか難しいところでありましょう……わたしの従者は、シーズ将軍を襲ったのと同じ賊に殺められてしまったのやもしれません……」
「し、しかしそうすると……その従者と行動をともにしていたダリアスも、ただでは済まないかもしれないね」
「はい……ですからわたしは、レイフォン様のお力をお借りしたいと願うことになったのです……」
ゼラが、わずかに面をあげた。
外套の陰からレイフォンの様子をうかがっているのかもしれないが、レイフォンからは四角い形をした下顎と口もとしかうかがえない。
「もう間もなく、アブーフ侯爵家のクリスフィア姫が王都に戻って参られます……クリスフィア姫はダーム公爵邸に滞在されていたのですから、シーズ様を襲った賊に関しても何らかの話を聞かされていることでしょう……レイフォン様、どうかわたしをクリスフィア姫に引き合わせてはいただけませんか……?」
「私が? どうして私が、そのような役を――」
「……レイフォン様は、クリスフィア姫と懇意にされておられるのでしょう?」
レイフォンは、迂闊なことを口走らぬ内に口を閉ざした。
レイフォンとクリスフィアが懇意にしているなどという話は、ディラーム老の他に知る者はいないはずであったのだ。
レイフォンが目をやると、ティムトが小さくうなずいた。
「従者たる身で口をはさむことをお許しください。どうしてゼラ殿は、レイフォン様がクリスフィア姫と懇意にされているなどとお考えになられたのですか?」
「それは……わたし自身が、おふたりを結び合わせた存在であるからでございます……」
ティムトの目が、すっと細められた。
「あなたは、ひょっとして……レイフォン様に書状を届けたのはご自分である、と仰っているのでしょうか?」
「はい……まさしくその通りでございます……」
「書状?」と、レイフォンは首を傾げることになった。
ティムトは溜息をこらえているような面持ちでレイフォンを振り返る。
「何者かがクリスフィア姫の名を騙ってロネック将軍に届けた書状ですよ。レイフォン様は、その書状でクリスフィア姫の危機を知ることになったのでしょう?」
「ええと、それは……ああ、祝宴のさなかに侍女が届けてくれた、しわくちゃの書状のことか」
そこにはクリスフィアの署名とともに、ロネックを寝所に招く文面がしたためられていた。それでロネックは寝所に忍び込み、クリスフィアもろともシムの媚薬で我を失うことになったのである。
「あれはたしか、ロネック殿がくず入れに捨てたものを、どこかの誰かが拾い上げて、私に届けなおしてくれたのだよね」
「ええ。それは確かに、神官職の姿をした者であったと、侍女は言っていました。……でも、すらりと背の高い壮年の男性である、という話であったはずです」
ティムトが静かな鋭さをたたえた瞳で、ゼラを見据える。
すると、異様なことが起きた。
幼子のように小さなゼラの姿が、するするとレイフォンぐらいの大きさにまでのびあがったのである。
「うわあ、びっくりした! ゼ、ゼラ殿、それはどういう魔法だい?」
「魔法ではなく、奇術の類いでございます……衣服の中に折りたたみの棒を仕込んでおりまして、今はそこに乗っている状態にあります」
そのようにつぶやきながら、ゼラはすたすたと部屋の中を歩き始めた。
もともと頭の大きさだけは人並みであるので、どこにも不自然なところはない。あえて言うなら、いささか肩幅が足りないぐらいであろうか。
「ううむ、驚いたな。その外套のほうは、どういう仕組みになっているのかな?」
「普段は余った生地を内側に折りたたんでいるのみでございます……わたしは人目に立つ見てくれをしておりますため、こういう細工でもほどこさない限りは、隠密の仕事を果たすこともかなわないのです」
もとの位置に戻ったゼラが、身体を前方に折り曲げた。
そのまま、くしゃっと身体が小さくなり、また幼子のような姿にと変貌する。
「いや、実に驚いたよ。しかも、クリスフィア姫の危急を知らせてくれたのがゼラ殿だったとはね。これは、二重の驚きだ」
「お待ちください、レイフォン様。……ゼラ殿、あなたは何故、ロネック将軍の捨てた書状を拾いあげたのですか? そして、何故それをレイフォン様に届けようと考えたのですか?」
ティムトが鋭く追及すると、ゼラはうやうやしげに一礼した。
「わたしはわけあって、ロネック将軍とクリスフィア姫の動向を探っていたのです……それで、クリスフィア姫の危急を知ることになりました」
「何故、そのおふたりの動向を探っておられたのですか?」
「ロネック将軍は、ジョルアン将軍と共謀しているのではないかという疑いをかけておりました……クリスフィア姫は、王宮内で何やら暗躍しているご様子であられたので、その目的を探っておりました……」
「ロネック将軍がジョルアン将軍と共謀している、ですか。どうしてそのような疑いをかけることになられたのでしょう?」
「それは……数多くの重臣を失ったアルグラッドにおいて、あのおふたりだけがこの世の栄華を誇っておられたからでございます……」
「そうですか。しかしそれなら、神官長のバウファ殿も同じ立場なのではありませんか? 新王ベイギルス陛下の腹心となられたのは、神官長殿と元帥たちの三名であるのですから」
レイフォンは、いささかならず驚かされることになった。
まだこのゼラとはダリアスを巡る災厄について取り沙汰しているだけで、さらにその奥に潜む陰謀――玉座の交代劇については一言も打ち明け合っていないのである。
いまだ敵か味方かもわからぬゼラに、そこまで踏み込んだ話をしてしまっていいものなのか。レイフォンは、息を詰めつつ、ゼラの返事を待つことになった。
「わたしはバウファ様の下にお仕えしておりますが、その真情を知ることはできておりません……それゆえに、ダリアス様の一件を報告することもかなわなかったのです……」
「では、神官長殿もこのたびの騒ぎに関わっているとお考えですか?」
「……バウファ様がダリアス様を陥れる理由はないように思いますし……また、今のところはバウファ様がジョルアン将軍と共謀しているという気配は感じられません」
「そうですか」と、ティムトは引いた。
「では、違う質問をさせていただきます。あなたは何故、クリスフィア姫の危急をレイフォン様にお伝えしようと考えたのですか? あなたがそこでレイフォン様をお選びになる理由はどこにもないように思えるのですが」
「それは……失礼ながら、レイフォン様のお心を探るためでありました……」
「私の心?」と、レイフォンは目を丸くした。
「はい……」とゼラはひとつうなずく。
「クリスフィア姫は、王宮内に隠された秘密ごとを探っておられるご様子でありました……そんなクリスフィア姫が危急に陥ったとき、レイフォン様はどのように動かれるのか……それを見定めたいと願ったのです」
「そ、それはどういうことなのかな? あの頃はまだ、ゼラ殿ともほとんど言葉を交わしたことはなかったはずだ。まさか、そんな頃から、私とジョルアン殿の仲を疑っていたわけではないだろうね?」
「いえ……わたしはまさしくその一点を疑っておりました……むしろ、レイフォン様こそがジョルアン将軍に命令を下していたのではないかと疑っていたぐらいであったのでございます……」
「そんな馬鹿な!」と、レイフォンはつい大きな声をあげてしまった。
「いや、失礼。……だけど、どうして私にそのような疑いを? 私がダリアスを害して、いったい何の得があるというのかな?」
「そこまでは、何とも……ただレイフォン様は、ジョルアン将軍やロネック将軍よりも、さらに大きな栄華を手中にできるお立場にあられたので……ご自分の野心を満たすために、ジョルアン将軍らと共謀していたのではないか、と……そのように考えてしまった次第でございます……」
「私の野心とは、いったい何の話だい? 私ほど、そんな言葉が似合わない人間はいないと思うけれどね」
「果たして、そうでありましょうか……? ジョルアン将軍とロネック将軍は元帥の座を得られましたが、レイフォン様は玉座を手中にできる立場にあられるではないですか……?」
今度こそ、レイフォンは絶句することになった。
慌てふためいてかたわらを振り返ると、ティムトはこらえかねたように溜息をついていた。
「それはおそらく、ユリエラ姫との縁談についてのことなのでしょうね」
「ユリエラ姫との縁談? 彼女は誰かと婚儀をあげるのか?」
「婚儀をあげるのはまだ先の話でしょうが、伴侶の候補は絞られているのでしょう」
「それは由々しき事態だね。彼女はいまや第一王位継承者なのだから、その伴侶となる人物こそが次代のセルヴァ王となるはずだ」
ティムトは軽く頭を振ってから、ゼラのほうを振り返った。
「ご覧の通りです。ベイギルス陛下の思惑はどうあれ、その心情はまったくレイフォン様に届いておられぬようですよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。君たちはまさか、私がユリエラ姫の婿の候補に挙がっているなどと言っているわけではないだろうね?」
ティムトとゼラは何も答えようとしなかった。
レイフォンは再び、「そんな馬鹿な」と言ってみせる。
「私なんて、まだ数えるほどしかユリエラ姫と言葉を交わしていないし……そりゃあ祝宴で舞踏に誘われたりはしたけれど……」
「第一王位継承者である姫君が自分からレイフォン様に舞踏のお相手を願ったという事実を、今少し重く考えるべきでしたね。まあ、ユリエラ姫にしてみても、国王陛下たる父君の言葉にしぶしぶ従っているだけなのでしょうけれども」
「まいったなあ。陛下はいったい何を考えておられるのだろう」
レイフォンは深々と溜息をついた。
しばらく沈黙を保っていたゼラが、そこで声をあげる。
「……ともあれ、そういう事情でありましたため、レイフォン様のお心を探るような真似をしてしまいました。非礼の数々、お許しいただければ幸いでございます」
「いや、まあ、それで私に対する疑惑を解いてくれたのなら、何よりだけれど……あ、それじゃあもしかして、私にギムとデンを救わせたのも、クリスフィア姫の一件で信用できると見込んだからなのかな?」
「はい……その者たちと言葉を交わすために《裁きの塔》へと侵入した際に、ダリアス様の副官たるルイド様を発見いたしましたので……ルイド様のことのみをバウファ様にお伝えして、レイフォン様にお声をかけるように仕向けたのでございます」
あくまでも淡々と、ゼラはそのように述べたてた。
「それでバウファ様がルイド様の一件を隠蔽しようとしたならば、バウファ様もまたジョルアン将軍と裏で通じていたという証になりましょう……しかし、バウファ様は嬉々として、レイフォン様にその話をお伝えするように命じられましたので……少なくとも、バウファ様がジョルアン将軍と共謀していることはないかと思われます……」
「何てことだ。君はそうやってあちこちに餌をばらまきながら、それに関わる人間の人となりを探っていたのかい、ゼラ殿?」
「は……ダリアス様をお救いするには、誰が敵で誰が味方であるかを見極める必要がありましたので……」
この段に至って、レイフォンはようやくひとつの真実に行き着いた。
このゼラは、どこかティムトと通ずるところのある存在であったのだ。
鋭敏な頭脳と洞察力を持ち、人の行動からその思惑を透かし見る。策士や謀略家の類いである。
(まいったな。私はずいぶんとこの祓魔官殿のことを見くびっていたようだ。ティムトは、この御仁がこれほどの存在であると最初から見抜いていたのだろうか?)
そんな風に考えて、そっとかたわらをうかがってみたが、ティムトは無表情にゼラの姿を見つめているばかりであった。
「……ひとつだけ、僕には解せないことがあるのですが」
と、ティムトが静かに言葉をつむいだ。
「あなたはいったい何のために奔走しておられるのですか、ゼラ殿?」
「……何のためにと仰いますと……?」
「ダリアス将軍をお救いになられたいというお気持ちは理解できます。しかし、そもそもあなたにダリアス将軍の捜索をお命じになられたのはバウファ神官長でしょう? ダリアス将軍を発見しながらバウファ神官長にその旨を報告しなかったというのは、筋が通らないのではないですか?」
「ですから、それは……バウファ様もジョルアン将軍と裏で繋がっている恐れがありましたので……」
「では、その疑いが解けた現在であるならば、バウファ神官長にも報告できるわけですね?」
ゼラは、口をつぐむことになった。
ティムトは、いよいよ真剣そうに目を細めている。
「どうなのでしょう? あなたはバウファ神官長にすべてを打ち明けられるのですか?」
「いえ……たとえジョルアン将軍と共謀はしていなくとも、バウファ様がダリアス様をどのように扱うかもわかりませんので……」
「バウファ神官長がダリアス将軍を害する理由などない、とさきほどはそのように仰っていたようですが」
「は……しかし、王位がベイギルス陛下に継承されたことによって、バウファ様は……お変わりになられました。従者たる身でこのようなことを述べるのは不遜と承知しておりますが……わたしはバウファ様を心から信用することがかなわないのです」
「そうですか」と、ティムトは弁舌の刃先を引っ込めた。
「それでは、そういうことにしておきましょう。いずれ本心を聞かせてくださる日を楽しみにしています」
「お、おい、ティムト……?」
ティムトがあまりに遠慮のない言葉を発していたので、レイフォンは思わず声をあげてしまった。
ティムトはくるりとレイフォンに向きなおり、その華奢な肩をひとつすくめる。
「もういいですよ、レイフォン様。どうやらこの御方はもう僕たちの関係に気づいてしまわれたようです」
「私とティムトの関係?」
レイフォンが首をかしげながらゼラのほうを見ると、矮躯の祓魔官はまたうやうやしげに一礼した。
「もしかしたらとは思っていたのですが……レイフォン様に進むべき道筋を示しておられたのは、そちらの従者殿であられたのですね……本日の問答で、ようやく確信することがかないました」
「あ、ああ、その件か。しかし、ティムトが人前でそれを認めるなんて、初めてのことじゃないか?」
「しかたありませんよ。きっと祓魔官殿は、ことあるごとに僕たちの様子を陰からうかがっていたのでしょうね。今日などは、最初からレイフォン様ではなく僕のことばかりを注視していたようですし、ここまでされたら言い逃れようがありません」
そうしてティムトは珍しいことに、子供っぽく唇をとがらせた。
「それにもう、僕本人が言葉を交わさないことには、話が進みそうになかったですからね。今後のことも考えて、兜を脱ぐことにしました」
「ああ、うん、それでいいと思うよ。私も身の丈にあわない名君のふりをするのは疲れるからねえ」
レイフォンが笑ってみせると、ティムトはますます幼子のようにすねた顔をした。
「ゼラ殿、あなたが本当に僕たちの協力者になってくださるのでしたら、この一件はどうぞご内密に。レイフォン様に知恵を与えているのが僕であるなどと知れ渡ってしまったら、毎日のように暗殺者を相手取ることになってしまうでしょうから」
「かしこまりました……決して口外はいたしません」
ゼラがそのように答えたとき、小姓によって部屋の扉が叩かれた。
「レイフォン様、アブーフ侯爵家のクリスフィア姫がお見えになられました」
「おお、姫君が到着されたか。これはちょうどいい頃合いであったね」
レイフォンは立ち上がり、ティムトとゼラの姿を見比べた。
「お望み通り、ゼラ殿をクリスフィア姫に引き合わせよう。それで、ダーム公爵家で何があったのか、じっくり聞かせてもらおうじゃないか。姫君がすでにダリアスと出会っていたら嬉しいのだけれども、そこまで都合よくはいかないかな?」
それはあくまで、レイフォンの軽口であった。
そうして彼らは、クリスフィアの口から数々の驚くべき真実を聞かされることに相成ったのだった。