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アムスホルン大陸記  作者: EDA
第四章 滅びの御子
81/244

Ⅰ-Ⅱ グワラムの城

2017.10/21 更新分 1/1

 リヴェルとナーニャとチチアの三名は、薄暗い石の回廊を歩かされていた。

 マヒュドラとセルヴァの狭間にある、グワラムの城塞の回廊である。リヴェルたちを連行しているのも、回廊のあちこちで守衛の役を果たしているのも、すべて魁偉な外見をしたマヒュドラの兵士たちであった。


 グワラムは、もともとセルヴァの領土であった。マヒュドラの侵攻を防ぐために建立された城塞都市のひとつである。

 それが陥落したのは、今からおよそ四年前――マヒュドラ軍の総力をあげた猛攻の前に、グワラムの地は奪取された。それ以来、大陸の地図は大きく書き換えられることになったのだ。


 以降、セルヴァとマヒュドラの抗争は、このグワラムを中心に繰り広げられることになった。

 近隣の城塞や王都から派遣されたセルヴァの軍と、グワラムに陣取ったマヒュドラ軍との、血で血を洗う抗争である。ときにはマヒュドラ本国からも大軍が派遣されて、その抗争は年々激化の一途を辿っていた。


 マヒュドラは、このグワラムを拠点として、さらにセルヴァの領土を蹂躙せんと目論んでいる。

 その企みだけは何とか防いでいたものの、この四年間、グワラムはずっとマヒュドラのものであった。セルヴァの民は、自分たちで築いた城塞の堅固さによって、苦戦を強いられることになったのだった。


「もともとの領民たちは、奴隷として使役されているらしいね。石塀の外には広大なる田園が広がっているのだけれども、そこで働いていた人々も人質を取られてしまって、逆らうことも逃げ出すこともできずにいるらしい」


 いつだったかの夜、ナーニャはそのように語っていた。

 ナーニャは王都に幽閉されていた身であるが、そのマヒュドラ軍と刃を交えていたゼッドにグワラムの内情を聞かされていたのだ。


「ま、そういった人々はもともと農奴みたいなものだから、仕える相手がセルヴァの貴族からマヒュドラの軍に変わっただけ、とも言えるのだろうけどね。それでもやっぱり、仇敵であるマヒュドラのために働かされるというのは屈辱であるのかな」


「それはもちろん、そうでしょう。しかも、家族を人質として取られているのなら、なおさらです」


「ああ、やっぱりそうなのか。残念ながら、僕は王国に対する忠誠も家族に対する情愛も持ち合わせていないから、そこのところの心情がうまく理解できないのだよね」


 そう言って、ナーニャは無邪気に笑っていた。


「だいたいさ、どれだけ真面目に働いたって、マヒュドラ軍が人質を解放してくれるわけではないだろう? だったら、みんなで一斉に逃げ出してしまえばいいんだよ。そうしたら、石塀の中にいるマヒュドラの民たちも兵糧の確保が難しくなるんだから、こんなに戦が長引くことにもならなかっただろうにね」


「だ、だけどそれでは、マヒュドラ軍に捕らわれた人質が皆殺しに……」


「それに、セルヴァ軍もセルヴァ軍さ。マヒュドラ軍が石塀の中に閉じこもっているのなら、その間に近隣の田畑を燃やしてしまえばいいんだ。城塞を取り戻した後、また自分たちがそこを拠点にしたいなどと意地汚く思っているから、そんな行いにも踏み切れないのだろうね」


「……ナーニャは本当に、その行いが正しいと思っているのですか?」


 思わずリヴェルが問うてしまっても、ナーニャは「うん」とうなずいていた。


「四年間も戦争を続けるぐらいなら、そうしたほうが苦しむ人間も少なかったんじゃないのかな。グワラムという土地が戦を生み出しているのなら、そのグワラムをこの世から消し去ってしまえばいいのさ。……そんな簡単な話ではない、とゼッドも呆れていたけれどね」


 そんなナーニャとのやりとりを思い出しながら、リヴェルはとぼとぼと歩いていた。

 腕は背中のほうでくくられており、胴体にも縄がかけられている。周囲を取り囲むマヒュドラの兵士は六名もいたので、逃げる手立てなどは残されていなかった。


 やがて現れた大きな扉の前で、足を止められる。

 そこは、ひときわ立派な体格をした守衛たちに守られていた。

 こちらの一団の長である兵士が北の言葉で何かを告げると、守衛のひとりが扉に手をかける。

 みしみしと重苦しい音色を奏でながら、扉は大きく開かれた。


 がらんとした、石造りの広間である。

 高い位置に明かり取りの窓がたくさん切られているので、回廊よりはやや薄明るい。それでも陰鬱な、寒々とした様相であった。


 部屋の奥に巨大な座席がひとつだけ準備されており、そこに何者かが座している。リヴェルたちは背中を小突かれて、その人物の前まで歩を進めることになった。


 そこで待ち受けていたのは、やはりマヒュドラの男だ。

 これまでに見た中で一番立派な甲冑を纏っており、肩からは毛皮の外套を掛けている。セルヴァにおいて毛の残された革を外套として使うのは、その手で獣を狩る狩人ぐらいであったが、北の民はのきなみ毛皮の外套を纏っているものであるのだった。


 巨大な座席に陣取ったその男の左右には、槍をかまえた守衛が立ちはだかっている。

 さらにもうひとり、北の民よりふたまわりも小さな西の民が、悄然とした面持ちでそのかたわらに立ちつくしていた。


 西の民としても小柄な、壮年の男である。褐色の髪はずいぶんと薄くなっており、黄白色の額がつるんと剥き出しにされている。目も鼻も口も小さくて、下顎が細くとがっており、何だかギーズの大鼠みたいに貧相な顔つきであった。背丈は、ナーニャよりも小さいぐらいかもしれない。


 そして、その眼前にはすでにゼッドとタウロ=ヨシュも引き立てられていた。

 そのゼッドの姿を目にした瞬間、ナーニャの赤い瞳が妖しくゆらめいた。

 数日ぶりに再会したゼッドは、その顔に見覚えのない殴打の傷痕を刻みつけられていたのだった。


 もともと右頬に火傷の痕を残していたゼッドであるが、逆の頬や目の上などが青黒く鬱血しており、唇の端も切れている。右腕の篭手は外されて、ほどけかけた包帯の隙間からは、無残にただれた皮膚が覗いていた。


 そのゼッドの目が、ちらりとナーニャたちのほうを見てくる。

 ゼッドの瞳には、猛禽のように鋭く強い光が宿されたままであった。

 それを確認してから、ナーニャはぎゅっと形のよい唇を噛みしめた。


「……おまえたちが、じゆうかいたくみんのしゅうらくではっけんされたという、にしのたみたちか」


 と――ただひとり席に座した北の民が、地鳴りのような声音でそのように述べたてた。


「おれはこのとおり、にしのことばをあやつることができる。そのつもりで、べんめいのことばをのべるがいい」


 それだけ言い捨てると、北の民は小さく縮こまっている西の民のほうに目をやった。

 小男は、おどおどとした仕草で一礼する。


「こ、こちらはグワラムの統治者であるヤハウ=フェム将軍閣下であらせられます。わたくし、内務官のベルタがその代弁者として、あなたがたにいくつかの質問をさせていただきます」


「その前に、僕からも尋ねたいことがあるのだけれど、許してもらえるかな?」


 ナーニャが、感情の欠落した声音でそう述べた。


「僕の同胞たるゼッドは、どうしてこのように痛ましい姿に成り果ててしまったのだろう? まずは、その理由を聞かせてほしい」


「あ、いえ、質問はこちらから……ど、どうぞ口をおつつしみください」


「問答をする前に、それだけははっきりさせておきたいのさ。マヒュドラの民というのは、無抵抗の人間を理由もなくいたぶるような人間の集まりであるのかな? それを知らぬ内には何も語る気持ちにはなれないね」


 小男ベルタはきょときょととせわしなく視線をさまよわせた。

 マヒュドラ軍の将軍ヤハウ=フェムは、紫色の瞳を爛々と燃やしながら、金褐色の顎髭をしごいている。


「そのりゆうならば、おれもきいている。そのゼッドというおとこは、にしのたみにしてはなかなかのせんしであるようなので、おかしなきもちをいだかぬように、あらかじめいためつけておいたとのことだ」


「なるほど。それがマヒュドラの流儀ということなのかな?」


「……おそれをしらぬやつだな。ほうこくできいていたとおり、まるでにんげんのすがたをしたまものだ」


 その瞳をいっそう恐ろしげに燃やしながら、ヤハウ=フェムは巨体をゆすりあげた。


「かたなをとりあげ、てあしをしばっても、そのおとこはまだゆだんがならなかった、ということなのだろう。それだけのせんしとみこまれたのだから、むしろこうえいにおもうがいい」


「ふうん。ものは言いようだね」


 ナーニャの赤い瞳も、妖しい鬼火のようにちろちろと燃えている。

 小男のベルタはごくりと細い咽喉を鳴らしてから、必死の面持ちで声をあげた。


「そ、それでは審問を始めさせていただきます。あなたがたは、いったい何者なのでしょうか?」


「僕たちは、辺境区域を放浪していた旅人だよ。北の民に害意がないことは、タウロ=ヨシュから聞かされていると思うけど」


「ど、どうしてあのような場所を放浪していたのですか? あそこは地図にも記されていない、未開の暗黒地帯であったはずです」


「王国の民とはそりが合わないから、未開の地に居場所を探していたのさ。ゼッドの力があれば、辺境の妖異など恐るるに足らないからね」


「……あなたがたは、あの集落を訪れる前にも、辺境の妖異に見舞われていたそうですね」


 ベルタの小さな目が、頼りなげにチチアの姿を見る。


「ええと、あなたの名前は、チチアでしたか。チチア、あなたはセルヴァの自由開拓民であり、その集落も妖異によって滅ぼされたのだと聞きました。それは、真実ですか?」


 チチアは無言のまま、ひとつうなずいた。

 その面からは血の気が引いていたが、なんとか気丈な表情を保っている。


「それは、どのような妖異であったのでしょう? あなたの口から、もう一度お聞かせください」


「どのようなって……巨大な蛇の化け物としか言いようはないよ。そいつのせいで、集落の人間はみんな化け物になっちまったのさ」


 それがケットゥアという太古の蛇神であり、集落の住人がその信徒であったということは、タウロ=ヨシュも語らぬままでいた。そこまで語ってしまうと、チチアもまた信徒のひとりであったことが露見してしまうからだ。


「そうですか……それは、氷雪の巨人ではなかったのですね?」


「ああ。黒くて人間よりもでかい蛇の化け物だったよ」


「あなたがたは、その妖異をどのような手段で退けたのですか?」


 それもまた、リヴェルたちの抱える大きな秘密であった。


「……あの氷の化け物と同じように、火で追っ払ったんだよ。西方神セルヴァは火を司る神なんだから、西の民であるあたしらがいざってときに火を頼るのは当たり前のこったろ?」


「火だけで、妖異を退けることがかなったのですか?」


「知らないよ。とりあえず姿は見えなくなったから、死に物狂いで逃げ出したのさ」


 タウロ=ヨシュとはあまり言葉を交わす時間もなかったので、そのあたりの口裏をあわせるのも不十分であった。

 何か大きな齟齬でも生じたりはしていないかと、リヴェルは膝の震える思いである。

 しかしベルタは、「そうですか……」とつぶやくばかりであった。


「では、あなたはその集落の生き残りであり、救いの手を差し伸べてくれたそちらの3名と行動をともにすることになった、ということですね?」


「……ああ、そうだよ」


「了解いたしました。では、あの場にいた5名の内、素性が知れないのはあなたがた3名のみということですね。ええと……ナーニャ、ゼッド、リヴェル」


 その目が迷うように3名の姿を見回したのち、リヴェルのもとで止められた。


「リヴェルというのは、あなたですか。あなたは北と西の混血であり、西方神の子であるそうですね」


「……はい、その通りです」


「北と西で血が交わるというのは、あまり当たり前の話ではありません。あなたはどこの生まれであり、なぜあのような場所を放浪することになったのですか?」


「わ、わたしはロセッドの生まれです。父は織物を売る商人であり、母は奴隷として使われる下女でした。それで、しばらく前に父が魂を返してしまったために、家を放逐されることになったのです」


「ロセッド」と、ヤハウ=フェムが重々しい声をあげる。

 ベルタは、びくりとすくみあがった。


「ロ、ロセッドは、セルヴァの北西部にある町です。伯爵家に統治される小さな町で、織物や木作りの細工ものの産地として知られておりますな」


「ほくせいぶ……どのあたりのとちだ?」


「は、主街道ぞいにあるレイノスの町から南東の方角に、徒歩で10日ていど下った位置にあたります」


「レイノスより、みなみか。ならば、しばらくはようじもない」


 それは、グワラムを拠点とするマヒュドラの軍が侵攻するには、という意味なのであろう。リヴェルは、人知れず身体を震わせることになった。


「それでは、そちらのおふたりとはどこから行動をともにすることになったのでしょうか?」


「え……それはその……」


 リヴェルは、ナーニャを振り返った。

 ナーニャは、妖しく微笑んでいる。


「何も隠しだてをする必要はないよ。君には後ろ暗いところなどないだろう、リヴェル?」


「は、はい……わ、わたしはロセッドを出てすぐに、野盗に襲われてしまい……それで、ナーニャとゼッドに救われることになりました」


「では、あなたがたはロセッドの近在で何をしていたのでしょうか?」


 ついにベルタの目がナーニャとゼッドに向けられる。

 ナーニャは冷然とそれを見返した。


「ゼッドは火傷のせいで口が不自由になってしまったので、僕が答えさせてもらおう。僕とゼッドはミンタの町の生まれであり、数ヶ月も前にその地を出奔したのさ」


「ミンタ」と、またヤハウ=フェムがつぶやく。


「ミ、ミンタはセルヴァの中央区域にある町です。貴族のいない自治領区で、貧しい宿場町であるはずですね」


「へえ、君はよくあんな小さな町のことまで知っていたね。……そう、僕とゼッドはあのちっぽけな宿場町で生まれ育ったのさ」


 ナーニャは、小馬鹿にしきった面持ちで笑みを浮かべる。


「僕は、娼婦の子供だった。ゼッドは傭兵としてあちこちの戦に加わっていたけれど、戦火で大きな手傷を負ってしまい、身体を休めるために故郷に戻ってきたんだ。そこで、僕の母親と恋に落ちた」


「しょ、娼婦と恋に落ちたのですか?」


「僕の母親がどう考えていたかはわからないさ。でも、ゼッドの気持ちは本物であったようだね。母親が魂を返した後も、こうして僕に尽くしてくれているのだから」


 一から十まで、嘘まみれの弁明である。

 しかし、ナーニャの言葉によどみはなかった。


「母親は、病魔で魂を返すことになった。まあ、さんざん自堕落な生活を送ってきたんだから、当然の末路だね。それで僕は、故郷を捨てる決心を固めたんだ。あんな場所には、何の未練もなかったからさ」


「どうしてです? あなたはそこで生まれ育ったのでしょう?」


「生まれた頃から、僕は迫害されていた。ご覧の通り、余所の人間とはいささか異なる姿をしていたからね。僕は白膚症という病であり、髪や瞳が珍しい色合いをしているだけなんだけれど、ミンタに住まう人間たちは、僕のことをずっと化け物として扱ってくれたんだ」


「白膚症というのは、色を持たずに生まれる病のことであります。色がないために髪や肌が白くなり、瞳は血の色を透かせるのだそうです」


 ベルタが、ヤハウ=フェムへと説明をほどこしている。

 その言葉が終わるのを待ってから、ナーニャは虚言の続きを述べた。


「それで僕は、町の暮らしというものにすっかり嫌気がさしてしまった。それに、西方神というものに対しても、従順な気持ちではいられなくなってしまってね。……だって、ミンタの連中だって、いちおうは王国の民だったのにさ、それでもあの有り様だ。大いなるセルヴァは、ちっとも僕を救ってくれなかった。だから辺境で、自由開拓民として生きたいと願うことになったんだよ」


「……自由開拓民とて、セルヴァの子であることに変わりはありませんよ?」


「でも、彼らは父なるセルヴァの他に、母なる山や森や川などを崇めることが許されているんだろう? 僕もそういう、拠り所が欲しかったのさ。石の町で暮らすのではなく、自然の中で暮らしたいと願ったんだ」


 事情を知っているリヴェルでさえ、ナーニャの言葉はもっともらしく聞こえてしまった。

 ベルタは、「ふうむ」と首を傾げている。


「しかし、中央区域のミンタからならば、もっと手近な場所に自由開拓民の集落もあったはずでしょう? 少し南に下ればシャーリの川もありますし、東に向かえばトンドの沼もありますし……」


「シャーリやトンドの開拓民は、町の人間と商いをして暮らしを立てているのだろう? 僕はもう、町の人間と関わりたくなかったんだ。だから、地図にも載らない辺境区域に終の住処を求めたんだよ」


「なるほど……しかし、ミンタから西の樹海までは、相当な距離でありますな」


「べつだん、急ぐ旅でもなかったしね。ゼッドという頼もしい護衛役もいてくれたから、どうということもなかったよ」


 ベルタは、弱々しい視線をヤハウ=フェムのほうに差し向けた。


「とりあえず、どの者の言葉にも大きな矛盾はないようです。むろん、それだけで真実であると断言することはできませんが……」


「……しょうふのこ、だと?」と、ヤハウ=フェムがベルタの言葉をさえぎった。


「おまえのようにあやしげなにんげんが、そのようにつまらないうまれであるとは、とうていしんじられんな……おまえこそが、まものをあやつってマヒュドラやじゆうかいたくみんのしゅうらくをおそったちょうほんにんなのではないのか?」


「いいや。僕にはそのようなことをする理由がない。むしろ、罪もない人々にあのような真似をした魔物に強い怒りをかきたてられたぐらいだよ」


「そのことばがうそでないことは、おれがマヒュドラにちかってもいい」


 と、これまで黙りこくっていたタウロ=ヨシュが、勢い込んでそのように述べた。

 しかし、ヤハウ=フェムはナーニャをにらみすえたままである。


「おまえたちのことばをそのまましんじることはできん。おまえたちは、なにかひみつをかかえているはずだ」


「へえ、どうしてそう思うのかな?」


「……おまえたちは、わずかごにんでひょうせつのきょじんをしりぞけたなどとのべていた。そのようなことが、ありえるわけはないのだ」


 ヤハウ=フェムが視線を転じると、「は、はい」とベルタが首をすくめた。


「マ、マヒュドラの軍も、ただ一度だけ氷雪の巨人と遭遇したことがあります。その際に、二十名の兵士が全滅の憂き目にあっているのです。そんな凶悪なる妖異を、あなたがたが5名だけで退けることは不可能だと思われます」


「不可能と言われてもね。単に僕たちのほうが火の扱いに長けていた、というだけの話なんじゃないのかな」


 笑いをこらえているような面持ちで、ナーニャはそう答えた。


「それにまあ、妖異を退けたと言っても、巨人は姿を消しただけだからさ。熱いのが嫌で逃げ出しただけなのかもしれないんだから、そんな大した話ではないのだと思うよ」


「し、しかしその場には、生ける屍と化したマヒュドラの開拓民も百人ばかりはいたのでしょう? それを、わずか五名で焼き滅ぼしたというのですか?」


「うん、あの集落にはたくさんの油が準備されていたからね」


 小男は、また頼りなげな目を将軍に向ける。

 ヤハウ=フェムは、獣のように鼻を鳴らした。


「やはり、おまえたちをしんじることはできん。しんじつをかたるきもちになるまで、ちかのろうごくですごしてもらおう」


「まってくれ! こいつらは、おれのどうほうのたましいをすくってくれたおんじんであるのだ!」


 タウロ=ヨシュが、がなり声をあげる。

 しかし、ヤハウ=フェムの決断は変わらなかった。


「かいたくみんのこよ、おまえはマヒュドラのたみであるにもかかわらず、セルヴァのたみをかばいだてして、おれにさからおうというのか?」


「たしかにこいつらはセルヴァのたみだ! しかし、おれのおんじんであることにかわりはない!」


「……おまえはそいつらにたぶらかされているだけなのではないのか?」


「そんなことはない! おれはこいつらとちからをあわせて、ともにあのきょじんをしりぞけたのだ!」


 ヤハウ=フェムは、その丸太のような腕をぶんと振り払った。


「もんどうはおわりだ。……*******!」


 周囲の兵士たちが、リヴェルらの腰にくくられた縄を引っ張った。

 チチアはがっくりと肩を落としており、タウロ=ヨシュは怒りに全身をわななかせている。

 しかし、ゼッドは毅然とした無表情のままであり、ナーニャはその口もとに妖しい笑みをたたえていた。


「……地下牢だったら、少しぐらいは火が灯されているだろうね」


 その声は小さくひそめられていたので、リヴェル以外の人間には聞き取れなかったようだった。

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