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アムスホルン大陸記  作者: EDA
第四章 滅びの御子
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Ⅲ-Ⅰ 武人の誓い

2017.9/30 更新分 1/1

 朱の月の二十九日。

 その日もクリスフィアは、ダリアスやトレイアスらと密談を交わしていた。

 十二獅子将シーズが生命を失ってから、四日目のことである。密談する場所はダーム公爵邸の応接の間で、トレイアスの侍女レィミアの他には一切の立ち入りが禁じられていた。


「トレイアス殿は、まだお心を定めてはいただけないのだろうか?」


 クリスフィアがその日も執拗に繰り返すと、トレイアスはレィミアに酒を注がせながら「さてな」ととぼけた声をあげた。


「心を定めるも何も、話があまりに茫漠としていてな。俺には今ひとつ、何をどうしていいのかもわからんのだ」


「また、そのような……いい加減に、おとぼけになるのはやめていただきたい」


 この四日間、クリスフィアはずっとトレイアスに力を貸して欲しいと願い出ていたのである。

 しかし、この豪放なる大貴族が首をうなずかせることはなかった。


「十二獅子将というお立場にあったシーズ殿が、悪辣なる何者かの間諜に成り下がっていたのですよ? しかもあの御仁は、トレイアス殿が王都に向かわせようとしていた使者を謀殺していたのです。シーズ殿にそのような命令を下していたのが何者であるのか、それを突き止めないことには、トレイアス殿も心の平安を得ることがかなわないのではないですか?」


「そんなことはない。俺は毎日、心安らかに過ごしているよ。なあ、レィミア」


「ええ。主様の仰る通りです」


 浅黒い肌をした侍女レィミアは、今日も妖艶に笑っている。

 かえすがえすも、小憎たらしい主従であった。


 クリスフィアは、謎の男アッカムが十二獅子将ダリアスであると知ることができた。それで、そちらとはしっかり信頼関係を結ぶことがかなったのであるが、このトレイアスに関してはいっこうに話が進まなかったのだった。


「大体な、俺にはおぬしの心情がまったく汲み取れぬのだよ、クリスフィア姫」


「は? わたしが何ですと?」


「だから、アブーフ侯爵家の嫡子たるおぬしが、どうしてそのように躍起になっているのか、俺にはそれが理解できぬのだ。シーズ殿が何者に害されようと、俺やダリアス殿がどのような苦境に陥ろうと、おぬしには何の関係もない話ではないか?」


「……わたしは王国の忠実な民です。十二獅子将や公爵家当主という立場にあられる方々が苦境に見舞われれば、一助になりたいと願うのが当然ではありませんか?」


「果たして、そうなのであろうかな。俺がアブーフの人間であれば、王都の騒ぎなど知ったことかと目をそむけそうなところだ」


 うっすらと笑いながら、トレイアスは酒杯に口をつけた。

 クリスフィアは、がりがりと頭をかきむしる。


 クリスフィアも、いまだに自分の真の目的は語っていないのである。

 前王や重臣たちを謀殺したのは、新王やその配下たちなのではないかとあやしみ、その陰謀を暴きたてようと考えている――そんな話は、うかうかと口に出すわけにもいかなかったのだった。


(やはりそこを隠したまま協力を願い出ても、この御仁を説き伏せることは難しいのだろうか?)


 そのように考えて、クリスフィアはダリアスのほうに目をやった。

 それに気づいたダリアスは、厳しい面持ちで首を横に振っている。


 ダリアスとは、すべての話を打ち明け合っていた。

 というか、ダリアスのほうから、クリスフィアにすべてを打ち明けてくれたのだ。


 ダリアスは王都で理由もなく衛兵に襲われた。それを救ってくれたのが、ギムという親切な鍛冶屋であり、その後はゼラという聖教団の人間にかくまわれていた。さまざまな状況から鑑みるに、赤の月の災厄には何か隠された真相があり、その秘密を守るためにダリアスは襲われたのではないか、と、そこまで明け透けに語ってくれたのである。


 思うにダリアスは、一本木な人間なのであろう。クリスフィアと同類の、根っからの武人であるのだ。

 だからクリスフィアも、すべてを包み隠さず打ち明けることにした。偽王子にまつわる噂話のことも、王都でロネックに襲われかけたことも、そこに救いの手を差しのべてくれたレイフォンとひそかな協力関係を築いたことも――そして、クリスフィアもレイフォンも、赤の月の災厄の真相を暴くために奔走しているのだということも、何もかもを告げてみせたのである。


 しかし、このトレイアスにはまだすべてを打ち明けてはいなかった。

 少なくとも、赤の月の災厄に関しては触れるべきではない、という結論に至ったのだ。


 このトレイアスもシーズに見張られていた身であるのだから、敵方の人間であるとは考えにくい。シーズを操っていた人間こそが、敵方の人間なのであろうと思う。

 しかしそれでも、このトレイアスを全面的に信じることはできなかった。

 もしもトレイアスがすべての話を知ってしまったら、保身のために敵方についてしまうのではないか、という疑いを捨てきれないのだ。


「ダリアス殿よ、おぬしはもう腹をくくって王都に向かうべきなのではないのかな?」


 と、ママリアの果実酒を楽しんでいたトレイアスが、のんびりとした口調でそう言った。


「おぬしが生きていたと知れば、新王陛下もさぞかしお喜びになることだろう。十二獅子将の座はすでに別の人間に与えられてしまったが、数々の功績をあげたおぬしを粗末に扱うこともあるまい。……おお、そういえば、ちょうどシーズ殿が気の毒にも魂を返してしまったところであったのだ。ひょっとしたら、おぬしにその空いた座が与えられるやもしれんぞ?」


「何を馬鹿な……俺は城下町で、防衛兵団の衛兵たちに二度までも襲われたのですよ? 状況から見て、防衛兵団を束ねる十二獅子将がそれを命じたとしか思えません。これでのこのこと王宮まで出向いたら、今度こそあやつらに首を刎ねられてしまうことでしょう」


「いくら何でも、王宮内まで入り込んでしまえば、そこまでの騒ぎを起こすこともできぬだろう。おぬしは罪人でも何でもないのだからな」


「その罪人でもない人間に、防衛兵団の連中は問答無用で斬りかかってきたのです。そのようなことが露見すればただでは済まないのですから、なおさら俺の口を封じる必要があるでしょう。だから、首を刎ねられるのではなく、食事に毒でも盛られるのかもしれませんね」


 ダリアスも、だいぶん苛立ってきている様子である。同じ気性を持つクリスフィアには、その心情が痛いほどに理解できた。


「たとえば俺が王宮まで出向いて、防衛兵団の罪を訴え出たとしましょう。その罪を審問するのに、何日かかるかわかりません。その間、俺はずっと王宮に拘留されて、毒殺の恐怖に怯えていなくてはならないのですよ。そんなのは、飢えた獣にみずから首を差し出すようなものです」


「毒殺か……そういえば、シーズ殿もウェンダ殿も、使い魔という妖魅によって毒殺されたのだという話であったな」


 トレイアスは、にんまりと笑った。


「ひょっとしたらダリアス殿は、シーズ殿らに災厄をもたらした何者かが自分の身をつけ狙っているのだと疑っておるのかな?」


「それはまあ……何も関係がないと考えるほうが不自然でありましょう。俺も彼らも、みな同じ十二獅子将であったのですから」


「しかし逆に言えば、十二獅子将という他に彼らとダリアス殿を繋げるものはあるまい? ただ、ダリアス殿がたまたまウェンダ殿の死の秘密を知っていた、という一点を除いてはな」


 トレイアスは酒杯を卓に置き、肉づきのいい腕を腹の上で組んだ。


「おぬしはそれを、聖教団の人間に聞いたのだという話であったな。しかしおぬしは下級騎士の生まれであり、聖教団とは何ら関わりを持たない身であったはずだ。そうであるにも拘わらず、聖教団の連中はわざわざおぬしをこのダームにまで逃がしてくれたのか」


「だからそれは……俺の境遇を気の毒に思って、力を貸してくれたに過ぎません」


「ふむ。欲得でしか動かないという噂の、王都の聖教団がなあ。あやつらがそれほど慈愛に満ちあふれていたとは、ついぞ知らなんだわ」


 ダリアスに力を貸してくれているゼラという人物は、災厄で身罷ったカノン王子への忠義心で動いているのだという話であった。

 しかしその話はトレイアスに打ち明けていないので、いささかならず不審に思えてしまうのかもしれない。


(やはり、すべてを打ち明けるべきか……しかし、それでもしこの御仁に裏切られたら、わたしたちは大変な苦境に陥ってしまうことだろう)


 クリスフィアは、内心で歯噛みしていた。

 そこに、扉を叩く音色が響きわたった。


「主様、王都から使者様が到着しております」


 クリスフィアは、思わず息を呑むことになった。

 シーズが魂を返してから四日が過ぎ、ついに王都から反応がもたらされたのである。


「使者の目にダリアス殿の姿をさらすわけにもいかんな。……西の客間に案内せよ! 俺のほうから出向いてやる!」


 そのように応じてから、トレイアスは愉快げな目つきでクリスフィアたちを見やってきた。


「しばし席を外させてもらうぞ。伝声管などは仕込んでおらぬから、今の内に好きなだけ密談するがいい」


 トレイアスとレィミアが部屋を出ていく。

 それを見送ってから、クリスフィアはダリアスの耳に口を寄せた。


「ついに王都が動いたな。むしろ遅すぎるぐらいであったが」


「ああ。十二獅子将のシーズが魂を返したというのに、四日も動かなかったというのは、いかにもあやしげだ。何か仕掛けてくるかもしれんぞ」


「シーズ殿に代わる間諜役を送り込んできたのだろうか……しかし、ダーム騎士団のほうはシーズ殿の副官とやらが取りまとめているのであろう?」


「しかし、副官が新たな十二獅子将と正式に定められたわけではない。ウェンダ殿のときと同じように、またロネックかジョルアンの配下を十二獅子将に据えるつもりかもしれん」


 ダリアスは、きわめて真剣な面持ちであった。

 それを見ながら、クリスフィアはふっと口もとをほころばせてしまう。


「率直な気持ちで言葉を交わせるというのは、ありがたいことだな。ダリアス殿がややこしい気性をしていなくて、わたしは心から嬉しく思っているぞ」


「それはこちらも同じことだ。あの災厄の日を迎えて以来、俺は初めて同志と呼べる相手を見いだせたような心地だ」


 ダリアスも、雄々しい顔で笑っていた。

 この四日間で、ダリアスはかなり元気になってきている。彼はこれまで、クリスフィア以上に鬱屈とした日々を生きていたのだ。


「しかし、トレイアス殿はどうしたものであろうな。やはり、すべてを打ち明けるのは時期尚早であろうか?」


「うむ。おそらくトレイアス殿にとってもっとも大事なのは、ダームの平和と繁栄であるのだ。それを守るためならば、たとえ新王がどれほど悪辣なる相手でも許してしまうかもしれん」


「ううむ。それでは、あの御仁を仲間に引き入れるのはあきらめて、別の公爵家を当たるべきであろうか?」


「いや、俺の正体を知られた上でたもとを分かつのは危険だ。少なくとも、敵に回らないと確信できるまでは、そばを離れるべきではないだろう」


 ダリアスがそこまで言い終えたとき、トレイアスらが戻ってきた。

 その顔には、なんとも形容し難い表情が浮かべられている。


「クリスフィア姫よ、半分がたは、おぬしへの用事であったぞ」


「わたしに? ですがそれは……王陛下からの使者だったのではないのですか?」


「ああ。これが王陛下からの書簡だそうだ」


 レィミアが、蝋で封印のされた書簡の筒を差し出してくる。

 そこにセルヴァ王家の刻印が打たれていることを確認してから、クリスフィアは封を解いた。


「戴冠式の前祝い……? 何ですか、これは?」


「何ですかと言われても、書いてある通りの内容だ。王都からもっとも遠く離れたジェノスからもようやく戴冠式に参列する使者が到着したので、その前祝いを行うのだそうだ」


「馬鹿馬鹿しい。祝宴など一度きりで十分です。……というか、シーズ殿に関してはどうなったのですか?」


「ああ、それに関しては、もうじき調査団とやらを派遣してくるそうだ。シーズ殿の死の真相はいったいいかなるものであったのか、徹底的に調べあげようというのだろうな」


 トレイアスは、肉の厚い肩をすくめる。


「こちらは大慌てで身代わりの死骸を準備したのに、まったくのんびりしたものだ。あのようなものはとっとと始末しないと、館のほうにまで臭いが移ってしまうわ」


 シーズはともかく、その配下の騎士たちがレィミアの手によって害されたという話は王都に伝えることもできなかったので、トレイアスは港から人間の死骸を運ばせていたのだった。おぞましいことに、それをレィミアの毒で顔を潰し、身もとをわからなくした上で、シーズたちを殺した犯人に仕立てあげようという算段であるのだ。


「しかも、その調査とやらに協力するために、俺はダームに留まれと申しつけられてしまったわ。まったく、貧乏くじを引かされてしまったな」


「……では、他の公爵家の方々は王都に招集されるのですか?」


「それはそうだろう。新王陛下は、何事も華やかに彩るのが信条であるようだからな」


 ならば、クリスフィアが王都に戻る甲斐も、多少はあるのかもしれない。ダームだけでこれほど時間がかかってしまったのだから、戴冠式までに残りの公爵家を巡ることなど、とうてい無茶な話であったのだ。


「……トレイアス殿、我々はいったん部屋に戻らせていただきます」


 と、ふいにダリアスが身を起こした。

 トレイアスは、面倒くさげに手を振っている。


「ああ、俺もそろそろ一人でのんびりしたかったところだ。多少は、執務も残っているのでな」


「それでは、失礼する」


 ダリアスは、首に巻いていた襟巻きを口もとまで引き上げた。

 館の使用人たちに素顔を見られないための細工である。この館にダリアスの顔を知る人間はいないという話であったが、いちおうの用心だ。


「何だ、いきなりどうしたのだ、ダリアス殿?」


 ともに応接の間を出たクリスフィアは、無人の回廊を歩きながらダリアスに呼びかけた。

 ダリアスは、鋭い眼差しでクリスフィアを見つめてくる。


「クリスフィア姫が王都に戻らなくてはならないのなら、今の内に聞きもらしたことがないか確認しておきたい。ご足労だが、よろしく頼む」


「ということは、やはりダリアス殿はダームに留まるつもりであるのだな?」


「ああ。トレイアス殿をこのまま放ってはおけぬし、それにやっぱり俺が王都に戻るのは危険だ。ジョルアンのやつは、あらゆる手を尽くして俺の口をふさごうとするだろうからな」


 ダリアスは、自分を衛兵たちに襲わせたのはジョルアンであると確信していた。

 まあ、もう一方の防衛兵団団長とやらは前王とともに魂を返していたので、ジョルアンが一番あやしいことに疑いはない。


「わたしもそうするべきだとは思う。……しかし、せっかく出会うことができたというのに、わずか四日で離ればなれというのは、惜しいことだな」


「そうでもないさ。今後は、同じ志を持ちながら、別々の場所で動くことができるのだからな」


 そう言って、ダリアスは襟巻きの下で笑ったようだった。


「これでようやく、ゼラにこちらの状況を伝えることができる。ティートはシーズに襲われて、いまだに生死の境をさまよっていると、しっかり伝えてやってくれ。もう四日も通信が途絶えているのだから、ゼラのやつもさぞかしやきもきしていることだろう」


「うむ。それに、レイフォン殿からの使者が言っていた内容についてもな」


 クリスフィアはダームにおもむいて以来、一度だけレイフォンからの使者を迎えていた。そこから伝えられた内容は、「ダリアスの生存を知る人物を救助した」というものであった。


「……それはきっと、俺の恩人であるギムやデンたちに違いない。俺が生きていることを知る者など、敵方の人間を除けばギムとデンしか存在しないのだからな」


「ああ、しっかりと確認しておこう。おぬしと、そしてラナのためにな」


 クリスフィアがそう答えると、ダリアスは「ああ」とうなずいた。

 その目には、狂おしいほどの期待と不安が渦を巻いている。ギムというのはラナの養父であり、デンというのはラナの幼馴染であるという話であったのだ。


「いっそ、ラナも王都に連れていくべきだろうか? 城下町の宿屋にでも隠しておけば、そうそう敵方の人間にも見つからないやもしれんぞ」


「いや、ラナは城下町の民であったのだから、どこかで知人にでも出くわしてしまったら危険だ。罪人として手配書が回されている可能性もある」


「そうか。では、なるべく顔を隠して、わたしの侍女に仕立てあげてしまうというのはどうであろう?」


 ダリアスは、とても困り果てたような目つきになりながら、クリスフィアを見返してきた。


「いきなり侍女が二人に増えたら、それも王宮の連中にあやしまれてしまいそうだ。それに……おそらくラナも、賛同しないだろう」


「ああ、ラナがおぬしのそばを離れるわけもなかったか。これはわたしが迂闊であった」


 ついついクリスフィアが微笑をこぼしてしまうと、ダリアスは目もとを赤くしてしまった。


「正体を知った上でも、おぬしたちは伴侶にしか見えなかったからな。おぬしたちは、似合いの二人だよ」


「クリスフィア姫、あまりからかわないでいただきたいのだが」


「わたしが色恋沙汰で人をからかうことはない。ただ真情を述べているまでだ」


 クリスフィアは微笑をたたえたまま、ダリアスの頑丈そうな胸板を叩いた。


「これからも、しっかりとラナを守ってやるがいい。ラナの話し相手には、リッサを置いていってやろう。学士長のフゥライ殿が、いつ訪れるとも限らんからな」


「ああ、その話も片付いていなかったな。……しかし、カノン王子の寝所に置かれていたという書物などが、そのように重要であるのか?」


「それはわからん。ただ、わたしには妙に引っかかるのだ。まあ、すべてはカノン王子が神殿に幽閉されたところから始まっているのだから、その謎を解くことが陰謀を暴く手立てにつながることもあるだろう」


 そこでクリスフィアはひとつの想念に行き当たり、ぐっと拳を固めることになった。


「それに、わたしは王都で果たすべき仕事をもうひとつ思い出したぞ。王都に戻ったら、オロルという男を締め上げようと考えている」


「オロル? それは、誰であったかな?」


「新王の従者である、薬師だ。ロネックにおかしな薬を嗅がせたのはあやつなのではないかと、わたしは疑っている」


「ああ、カノン王子のことを調べていた際に、エイラの神殿で出くわしたという男か。その男が、どうしたのだ?」


「あの男は、色々とあやしげであるのだ。薬師風情が新王の従者というのもいぶかしいし、シムの媚薬まで扱うというのなら、使い魔を扱うことだってありえるのではないだろうか?」


 東の血を引くレィミアの証言によって、使い魔というのはシムに伝わる秘術である、ということが知れていたのだ。


「シーズ殿を殺めたのがあやつであるのなら、誓ってその罪をつぐなわせてやろう。そして、誰の命令でそのような真似に及んだのかも、きっちり吐かせてやる」


「あまり無茶はしないようにな。姫は俺よりも直情的であるようなので、いささか心配だ」


「うむ。軽率な真似はしないと約束しよう。それに、より危険な立場であるのは自分であるということを忘れるなよ、ダリアス殿」


「ああ、心得た」


 クリスフィアとダリアスは、目を見交わして微笑みあった。

 たとえラナに見られていたとしても、その心を騒がせることにはならなかっただろう。それは戦場における武人たちの、勝利を約束する微笑みに他ならなかったのだった。

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