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アムスホルン大陸記  作者: EDA
第一章 災厄の赤き月
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Ⅱ-Ⅱ 神官長と祓魔官

2016.12/20 更新分 1/1

 赤の月の二十一日――レイフォンとティムトがアルグラッドに招かれてから、早くも三日が経過していた。


 王から与えられた白牛宮の執務室において、レイフォンは革貼りの肘掛椅子に座し、ティムトは客用の長椅子に座している。両者の前にはおびただしい量の書面が広げられていたが、それに目を通しているのはティムトばかりであり、レイフォンはずっと無聊をかこつていた。


「まさか、このような雑事のために呼びつけられていたとはね。王宮内の雑事を公爵家の人間に任せようだなんて、あまりに怠慢なのではないだろうか?」


 この部屋に伝声管や覗き穴などの細工が施されていないということは、すでにティムトによって徹底的に調べられている。ということで、レイフォンは誰をはばかることもなく執務中のティムトへと語りかけることができた。


「それはまあ、先の災厄で何名もの重臣を失っているのだから、手が回らないのもわからなくはないけれど……銀獅子宮の再建の段取りに、アルグラッド軍の再編成、それに戴冠の祝宴の手配だっけ? それぐらいのこと、自分たちで何とかならないものなのかねえ」


「それぐらいのことと仰るのなら、少しは手伝っていただけませんか?」


「だって、私が下手に手を出してしまったら、余計にティムトの手間を増やしてしまうだろう? だから、自重してるのさ」


「…………」


 書面の隙間に頬杖をつきつつ、レイフォンはあくびを噛み殺した。


「で? そんな雑用はともかくとして、ティムトの望む情報もそろそろ出そろってきたのかな?」


「ええ、やっぱり武官の配置には公正ならざる手が入れられているようですね」


 書面をめくり、必要な箇所に印をつけ、また新たな書面をめくりながら、ティムトはそのように答えた。


「どうも現在、ルアドラ公爵領はジョルアン将軍の管理下に置かれてしまっているようです。行方をくらませたダリアス将軍の副官らは王都に更迭され、ジョルアン将軍の副官がルアドラの騎士団を統括しているようですよ」


「へえ、防衛兵団の副官が公爵領の騎士団の長となったのか。それは確かに、あまり尋常でない配置だ。普通だったらダリアスの副官が後を引き継ぐところだろうに」


「ダリアス将軍は、まるきり罪人扱いのようですね。もちろん、十二獅子将としての仕事を放り出して失踪してしまったのですから、それは重大な命令違反になるわけですが……それでも、事情もわからぬまま副官までもが罰せられてしまうというのはおかしな話です」


 ティムトは筆を置き、レイフォンに向きなおる。


「ダリアス将軍は、城下町に所用があると言い残してルアドラを離れたようです。それは赤の月の九日の昼下がりのことで、翌日には戻ると言い残していたようですよ」


「え? ダリアスが失踪したのは、例の大災厄の当日だったのかい? それじゃあ、もしかして……彼にもカノン廃王子やヴァルダヌスと共謀しているという嫌疑でもかけられてしまっているのかな?」


「公式には何も布告されていません。でも、ありえない話ではないですね」


 ティムトは、その若さに似合わぬ苦悩の面持ちで深く息をつく。


「しかし、災厄の日からすでに十日以上が経過しています。それで王宮にもルアドラの領地にも姿を現さないということは……」


「すでに魂はセルヴァのもと、か。やれやれ、いよいよ剣呑な話になってきた」


「剣呑どころの話ではありません。十二獅子将の七名までもが、ほぼ同時に害されてしまったのですよ? しかも、その過半数が前王に強い忠義心を持っていた、というおまけつきで」


「ううん、だけどさ、カノン廃王子っていう御仁も、前王に対しては恨みを抱いていたんだろう? 何せ、生まれた瞬間から王子としての身分を剥奪されて、エイラの神殿なんかに閉じ込められてしまっていたんだから。……ええと、そもそも彼はどうしてそんな目にあってしまったのだっけ?」


「さあ? 病身ゆえ、としか公布はされていませんね。魔性の美貌と引き換えに、五体満足で生まれつくことができなかったのだ、とも言われていますけれども」


「なるほど。で、そのように不遇の生を生きることになった廃王子が復讐を目論み、王と王子と七名の十二獅子将を道連れにした……ということなんじゃないのかな?」


「それは現実味がありませんね。カノン王子は神殿に閉じ込められて、一切の外出を禁じられていたのですよ? 銀獅子宮にまでおもむいたのはヴァルダヌス将軍の手引きがあったとしても、他の将軍たちはどのような手段で害せたというのですか?」


「それはだから……暗殺者を使ったとか?」


「幽閉された王子がどうやって暗殺者に渡りをつけるのです?」


「それを言ったら、ヴァルダヌスにだって渡りはつけられないじゃないか」


「いえ、ヴァルダヌス将軍は前々からエイラの神殿に通っていた、という噂話があるのですよ。そうだからこそ、王子にたぶらかされたなどという話が広まることになったのでしょう」


「へえ、あの堅物のヴァルダヌスが? 魔物のように美しいという評判であった王子のもとに? そいつは禁忌の香りがするねえ」


「……そうやって、王宮の小姓や侍女たちも面白おかしく取り沙汰していたのでしょうね」


 ティムトに冷たくにらみすえられ、レイフォンは小さく咳払いをした。


「だけどまあ、ヴァルダヌスと交流を結ぶことができたのなら、暗殺者と交流を結ぶことだってできたかもしれないじゃないか。それで、前線におもむいていたルデン元帥とディザット殿、それにバンズ公爵領のウェンダ殿に、黒き死をもたらした、と――」


「そんな簡単に十二獅子将を暗殺できるなら、王や王子たちだって暗殺できるでしょう。ヴァルダヌス将軍に斬らせて王宮に火をつける甲斐もありません」


「それは誰が犯人でも同じことじゃないか?」


「違いますね。そもそもそのように我が身もかえりみずに王たちを鏖殺するつもりなら、王都を離れていた将軍たちをわざわざ暗殺する理由がないのです。彼らを暗殺する理由を持つのは、前王を退けた後に王位を簒奪しようと考える人間だけなのですよ」


 今度はレイフォンが深々と息をつくことになった。


「ティムト、君はどうしても今回の黒幕は新王陛下であらせられるという結論にもっていきたいのかな?」


「今の段階で結論など出せるはずはありません。僕は現時点でわかっていることと、そこから導きだせる推論を語っているにすぎませんよ。……とにかくこれらの出来事が偶然に起きたものでないのなら、その犯人はジョルアン将軍とロネック将軍と、あとはやっぱり暗殺者か何かを手駒として使うことができる人間である、ということです」


「王宮ではジョルアン殿に、戦地ではロネック殿に同胞たる十二獅子将を害させたということか。あとは、暗殺者にバンズ公爵領のウェンダ殿を毒殺させた、と――」


 そこまで言ってから、レイフォンはふっと面を上げた。


「あれ? だけどそうなると、ダリアスはどういう立ち位置になるのかな? 彼は王宮でも戦地でもなく、城下町にいたのだろう? なおかつ、災厄の日の昼下がりまでは元気な姿を見られているのだよね?」


「ええ、僕もその点が気にかかっているんです。ひょっとしたら、ダリアス将軍だけはもともと陰謀の糸の外だったのかもしれませんね」


 考え深げに言いながら、ティムトはほっそりとした下顎を撫でさすった。


「公爵領に赴任されていた十二獅子将の中で、生命を落とされたのはウェンダ将軍のみです。ウェンダ将軍は前王に強い忠義心を持っているばかりでなく、五大公爵家でももっとも力のあるバンズの騎士団を統括されていましたからね。かたや、ルアドラは豊かなれど、尚武の気風は薄いです。もしかしたら、ダリアス将軍もルアドラに留まっていたならば、このような陰謀劇に巻き込まれることもなかったのではないでしょうか」


「たまさか城下町に出向いていたから、いち早く王宮の変事を知ることになり、それで口封じをされた、ということかい? それは何とも、やりきれない考えだなあ」


「七名もの十二獅子将が害された時点でやりきれませんよ。災厄に見舞われながら一命を取りとめたというディラーム老はどうされているのでしょうね」


「うん、いまだに面会は許されていないようだけど……」


 そのとき、執務室の扉が外から叩かれた。

 レイフォンとティムトは口をつぐみ、そこに小姓の声が響きわたる。


「神官長バウファ様がおいでです。お通ししてもよろしいでしょうか?」


 神官長バウファは、ジョルアンおよびロネックとともに新王の腹心と認められた人物である。

 レイフォンは溜息を噛み殺しつつ、「お通ししてくれ」と告げてみせた。

 ティムトのほうも眉をひそめつつ、長椅子から腰を上げる。そうしてティムトがレイフォンのそばに立ったところで、扉がゆっくりと開かれた。


「執務の最中に失礼いたします。進捗の具合は如何でありましょうかな?」


「これはこれはバウファ殿。ええ、至極順調でありますよ」


 バウファは新王に劣らず、でっぷりと肥えた壮年の男であった。神官の証たる純白の長衣を纏っているが、その脂ぎった面から神官の長としての威厳や貫禄を見て取ることは難しい。どちらかというと、世俗にまみれた大商人とでも呼びたくなるような風貌である。


「祝宴の手配もレイフォン殿が任されているのでしたな。正式な日取りは決まったのでしょうか?」


「ええと、どうだったかな、ティムト?」


「日取りはまだ未定です。王都からもっとも離れたアブーフやジェノスなどには、ようやく王位継承の報が伝わったところでしょうし、それらの地からの貴賓が駆けつけるには、さらにひと月ほどもかかりましょう」


「では、早くとも黄の月のあたりということですか。なんとも待ち遠しい限りですな」


 大きな口の端を吊り上げて、神官長はにたりと笑った。

 その巨体の陰にもう一名の人物が潜んでいることに気づき、レイフォンは「おや」と声をあげる。


「バウファ殿、そちらは従者でありますか?」


「ああ、ご紹介が遅れました。これはわたくしの従者で、祓魔官のゼラと申します」


「ほう、祓魔官」


 祓魔官とは、魔を祓うもの――薬草や祈祷でもって病を癒す、神官職の医術師であった。


(……暗殺者には毒がつきものだよな。薬草の扱いに長けているなら、毒草も然りなんじゃないのか?)


 そのように思い、レイフォンはそのゼラなる祓魔師の姿を注視した。

 いささかならず、異様な風体をした人物である。暗灰色の長衣についた頭巾をすっぽりとかぶっているために人相は判然とせず、首や手首にはじゃらじゃらと奇怪な飾り物を下げている。なおかつ背丈は幼子のように小さくて、その頭はレイフォンの腰ぐらいにまでしか届いていなかった。


(こんなあやしげな人物を、神官長が従者として使っているのか)


 バウファに紹介されてもその人物は頭巾を外そうとはせず、ただぎくしゃくと頭を下げてきた。

 頭巾の陰からは、平たい形をした下顎だけが覗いている。やはり幼子などではなく、それなりに年のいった男であるようだ。


「ところでレイフォン殿、実は貴殿に内密の話があるのですが……」


「神官長のバウファ殿が、この私に? 内密とはまた穏やかではありませんね」


「いえ、内密と申しましても、もちろん国王陛下の御意は得ております。ただ、今のところは余人の耳に入れたくない話でありまして……特に、ジョルアン殿とロネック殿の両元帥には、ですな」


 バウファは、にやにやと笑っている。

 やはり、あくどい商人に非合法な商談でも持ちかけられているような心境である。


「レイフォン殿は、ディラーム老とも旧知の間柄でございましょう? ディラーム老も、ようやく身を起こせるほどに傷が癒えてきたのですが、どうにもお心のほうが弱りきってしまっているご様子で……何とかレイフォン殿にお力を添えていただきたいのです」


「はあ、それはやぶさかではありませんが、何にお力を添えればよいのでしょう?」


「……ディラーム老には、是非とも武官として復帰していただきたいのですよ。それをレイフォン殿に、説得していただきたいのです」


「ほほう」とレイフォンは卓の上の杯を取った。

 そうして甘酸っぱいアロウの茶で咽喉を潤しながら、こっそりティムのほうに視線を差し向ける。

 ティムは面を伏せつつ、それでも探るようにバウファとその従者の姿を見比べているようだった。


「無論、すでに元帥の座はジョルアン殿とロネック殿が拝命されておりますが、百戦錬磨のディラーム老をこのまま朽ちさせてしまうのは、あまりに惜しい話でありましょう。グワラムを占拠したマヒュドラ軍をこのままにはしておけませぬし、ゼラド大公国の動きも不穏です。十二獅子将の内、六名は帰らぬ人となってしまったのですから、せめてディラーム老には復帰を果たしていただきたく思うのです」


「その中で、ダリアスだけはいまだに生死も定かではないはずですが」


 レイフォンの言葉に、神官長はにんまりと笑う。


「ダリアス殿がお姿を隠されて、すでに十日以上が経っております。ご壮健であられるのなら、こうまで消息が聞こえてこないことはありえないでしょう。ダリアス殿がこのたびの謀反と無関係であられるなら、そのように姿をお隠しになる理由がありませんし……また、謀反に関わっていたならば、もはや十二獅子将としての立場は望むべくもありません」


「案外、まだ城下町に潜伏したりしているのではないでしょうかね」


 かたわらにたたずんだティムトが、小さく身じろぎをした。

 どうやらレイフォンはまた余計なことを口にしてしまったらしい。

 しかし、バウファは同じ表情で笑っていた。


「城下町は広大でありますが、身分のある人間が潜伏するには難しい場所でもあります。城下には大勢の衛兵が巡回しておりますし、また、数多くの神殿が建てられてもいるのですからな」


「……それらの神殿の神官たちからも、ダリアス将軍のお姿を見かけたという報告は入っておりません」


 と、祓魔官なる小男が低い声でそのように述べたてた。

 それはいささか舌足らずで、奇妙に不吉な感じのする声音であった。


「ともあれ、アルグラッド軍は幾名もの将を失った上、グワラムにおける戦いでも大敗を喫し、かつてないほど傷ついております。それを再建して獅子の軍の栄光を再び世に示すには、ディラーム老のお力も必要なのではないでしょうか?」


「ええ、それはその通りかもしれませんが……」


 レイフォンはそのように答えつつ、またティムトのほうをうかがった。

 バウファの要請に応じるか否か、これはずいぶんな重要事であるように思えたので、ティムトの意見を聞く前に返事をしたくなかったのである。

 そんなレイフォンの視線を受けて、ティムトは「はい」とうなずいた。


「レイフォン様のご懸念はわかります。そのお話を、どうしてジョルアン元帥やロネック元帥には内密にしなくてはならないのか……レイフォン様は、その点をお気にかけられているのでしょう?」


 そういえば、その点については説明がされていないままであったのだ。

 レイフォンはうなずき、バウファのほうに視線を戻した。


「ご懸念はごもっとも。わたくしも心苦しいところではあったのですが……両元帥のご気性を考慮すると、ディラーム老の復帰が定まるまでは、内々に話を進めるべきであろうと思えたのです」


「ほう、何故ですか?」


「お二人はかねてより切望していた元帥の座をようやく手中にされたところであるのですから、ここでディラーム老が復帰するとの報を耳にしてしまったら、またその座を奪われてしまうのではないかと疑心暗鬼に陥ってしまうことでしょう。もちろん陛下とて、ひとたび任じた役職を無下に取り上げるような真似をするわけがありませんが、人の心とは弱いものなのです」


「なるほど」とレイフォンは応じたが、あまり答えになっていないように感じられたので、内心では首をひねっていた。

 が、ティムトがいくぶん強めの目つきでレイフォンの顔を見つめているので、余計なことは口にせずにおく。


「では、ディラーム老と面談していただけますかな? 時と場所はこちらで整えておきますので……」


「ええ、承りました。私の父も特にディラーム老の容態を気にかけておられたので、老がお力を落としておられるなら、是非とも元気づけてあげたいところです」


「ありがとうございます。それでは執務の最中に失礼いたしました」


 そうして神官長とその従者は早々に白牛宮から立ち去っていった。

「ふう」と椅子にもたれつつ、レイフォンはティムトを振り返る。


「で、これはどういう一幕であったのかな? 何だか私は目隠しをして橋の上でも歩かされているような心地だったよ」


「要するに、新王派の人々も半月を待たずして勢力争いを開始したということでしょう。バウファ神官長は、武力的な後ろ盾としてディラーム老を選出したのですよ」


「ええ? ディラーム老は堕落の極にある神官職の人々を心の底から軽蔑していたじゃないか? 前王ともども、教団とは対立していたはずだろう?」


「だから、それを懐柔してほしいという思いも込められているのではないですか? セルヴァ随一の知略を持つというレイフォン様に」


「あっはっは。それは自分がセルヴァ一の知略家と言っているようなものじゃないか。私の功績とされている所業は、すべてティムトの功績であるのだからね」


「……そんな馬鹿げた評判が、僕にはだんだん重荷になってきてしまいましたよ」


 ティムトはぶすっとした顔で言い、レイフォンをにらみつけてきた。


「こんなに次から次へと厄介な仕事を持ち込まれたら、身も心ももちません。神官長のお頼みを了承したのはレイフォン様なのですから、ご自分で処理していただけますか?」


「それは困るよ! 私にはまったく正しい道筋など見えていないのだから! 陰謀家の神官長と頑固者の老将にはさまれて、私に何ができるというのさ?」


「だったら、気安く巻き込まれないでください」


「いや、だって……ティムトには何か考えがありそうだったからさ。ティムトには、我々の為すべき正しい道筋が見えているんだろう?」


 ティムトは深々と溜息をつき、長椅子の上に身を投げ出した。

 レイフォンの他には絶対に見せることのない、放埒な姿である。


「正しい道筋が見えていても、手駒が足りなすぎるのですよ。ダリアス将軍かヴァルダヌス将軍でもいてくれれば、まだいくらかやりようはあるのですが……」


「うん? 行方知らずのダリアスはともかく、ヴァルダヌスは廃王子とともに灰燼と帰してしまっただろう?」


「どうでしょうね。瓦礫に埋まった遺骸はどれも黒焦げで、半数以上は誰であるかも判別できなかったそうですよ。……そして、カノン王子とヴァルダヌス将軍は、その判別できないほうに含まれているんです」


「といっても、黒焦げになったことに変わりはないじゃないか」


「ひどい遺骸は瓦礫に押し潰されて、頭蓋すらもが砕けてしまっていたんです。二名分ぐらい遺骸が足りなくても確認することはできない状態だったのですよ」


「それじゃあまさか、ヴァルダヌスと廃王子は生きながらえているとでも言うつもりなのかい? 宮殿中が炎に包まれていたというのに、どうやって?」


「カノン王子は幽閉された神殿の中で、いにしえの魔術に耽溺していたという噂があるのですよ。その魔術の力で逃げ出したのではないでしょうかね」


 ほとんど投げやりな口調で言いながら、ティムトはやわらかい敷物に顔をうずめてしまった。


「何にせよ、この場にいない人間を手駒にすることはできません。ちょっと考えを整理したいので、しばらく話しかけないでください」


「うん、よろしく頼むよ」


 レイフォンは安堵の笑みを浮かべつつ、苦労多き従者のために温かいお茶を入れるべく、暖炉の薪に火をつけることにした。

 そんな二人とディラーム老との面談が果たされたのは、その翌日のことであった。

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